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シンガポールの資金決済法を弁護士が解説

シンガポールの資金決済法を弁護士が解説

シンガポールの決済サービス法(Payment Services Act,)は、急速な進化を遂げるFinTech産業の発展とデジタルエコノミーの拡大に対応するため、デジタル決済、送金、電子マネー、そして暗号資産(仮想通貨)の事業者を包括的に規制する法律として2020年1月に施行されました。本法の主要な規制目的は、マネーロンダリングおよびテロ資金供与対策(AML/CFT)の徹底、利用者資金の厳格な保全を通じた消費者保護、決済システム間の相互運用性の確保、そしてテクノロジーやサイバーリスクの適切な管理という4つの柱から成り立っています。シンガポール金融管理局(MAS)は、本法を通じてイノベーションを阻害することなく、金融システムの安全性と柔軟性のバランスを追求し、世界トップクラスの規制フレームワークを構築しています。

第一に、シンガポールの規制フレームワークは単一の取引額ではなく月間の総取引規模に応じたライセンス制度(スタンダード決済機関ライセンスとメジャー決済機関ライセンスなど)を導入しており、日本の資金決済法における資金移動業の種別分類とは根本的なアプローチが異なります。

第二に、デジタル決済トークン(DPT)に関する規制が極めて厳格であり、2024年4月の法改正によってカストディ業務やシンガポール国内を経由しない海外間送金などにも規制範囲が大幅に拡大されました。

第三に、ステーブルコインに関する新たな枠組みが導入され、日本円を含むG10通貨にペッグされた単一通貨ステーブルコインについて厳格な裏付け資産や償還要件が定められています。

第四に、無許可営業に対する罰則は非常に重く、直近の判例でも厳格な判断基準が示されているほか、海外からシンガポール居住者を対象にサービスを提供するリバースソリシテーション(逆勧誘)に対しても極めて厳しい監視の目が向けられています。

シンガポールでのビジネス展開を検討している日本企業の経営者や法務担当者にとって、本法と日本の法規制との構造的な違いを正確に理解することは、現地での円滑な事業運営とコンプライアンス遵守において不可欠な前提条件となります。本記事では、これらの重要な相違点や最新の法改正動向、さらには具体的な判例を含めて、シンガポールの資金決済法の実務的な詳細を網羅的に解説します。

シンガポール決済サービス法制定の背景とモジュール型規制の導入

シンガポールにおける現在の決済サービス法(以下、本法)は、旧来の決済システム監視法と両替・送金事業法を統合し、決済手段のデジタル化に即応できる単一の法体系として整備されました。本法が規制の対象とする決済サービスは、口座開設サービス、国内送金サービス、海外送金サービス、加盟店獲得(マーチャント・アクイジション)サービス、電子マネー発行サービス、デジタル決済トークン(DPT)サービス、そして両替サービスの7つの分野に分類されています。事業者が自社のビジネスモデルに合わせて必要なサービス区分のみを選択し、ライセンスを取得できるモジュール型の規制構造を採用している点が最大の特徴です。

日本の資金決済に関する法律(以下、日本の資金決済法)では、前払式支払手段、資金移動業、暗号資産交換業、電子決済手段等取引業といった形で、機能や媒体ごとに独立した章立てで規制が設けられています。これに対しシンガポールの本法は、一つの法律と単一のライセンス構造の中で複数の決済サービスを一元的に管理しています。この制度設計から、事業者が将来的に新たな決済サービスを事業ポートフォリオに追加する際の手続きが簡素化され、ワンストップでのライセンス拡張が可能になるということが言えるでしょう。日本企業がシンガポールに進出するにあたっては、自社の提供するプロダクトがこれら7つの分類のどれに該当するか、あるいは複数のサービスにまたがる複合的なものかを初期段階で正確に見極めることが、法務戦略上の極めて重要なステップとなります。

事業規模に応じたシンガポールのライセンス制度

事業規模に応じたシンガポールのライセンス制度

シンガポールで決済サービスを提供する事業者は、その業務範囲と規模に応じて、両替商ライセンス(Money-changing License)スタンダード決済機関ライセンス(Standard Payment Institution License)メジャー決済機関ライセンス(Major Payment Institution License)のいずれかを取得する義務を負います。両替商ライセンスは実店舗などでの法定通貨の交換のみを行う事業者を対象としているため、FinTech企業やITを活用した決済事業者にとって実務上重要となるのは、スタンダード決済機関とメジャー決済機関の区分です。

スタンダード決済機関ライセンスは、新興企業や中規模の事業者が過度なコンプライアンスコストを負うことなく市場に参入できるよう設計された枠組みです。このライセンスを取得するための基準として、単一の決済サービスを提供する場合は月間の総取引額が300万シンガポールドル以下、複数の決済サービスを提供する場合は月間の総取引額が合計600万シンガポールドル以下であることが求められます。また、電子マネー発行サービスを行う場合は、1日あたりの電子マネー発行残高(フロート)が500万シンガポールドル以下でなければなりません。これらの上限を超える大規模な決済ビジネスを展開する場合は、メジャー決済機関ライセンスの取得が必須となります。

規制項目スタンダード決済機関(SPI)メジャー決済機関(MPI)
月間取引額の上限(単一サービス)300万シンガポールドル以下上限なし
月間取引額の上限(複数サービス)600万シンガポールドル以下上限なし
1日あたりの電子マネー残高上限500万シンガポールドル以下上限なし
必要な最低資本金(ベースキャピタル)10万シンガポールドル25万シンガポールドル
規制当局へのセキュリティ・デポジット不要10万または20万シンガポールドル

日本の資金決済法における資金移動業は、第一種から第三種までの区分が存在しますが、この区分は主に「1回の送金金額の上限」に基づいています。例えば、第二種資金移動業は100万円相当額以下の送金を対象としており、第三種資金移動業は5万円以下の少額送金を対象としています。これに対し、シンガポールの本法は1回の取引額ではなく「月間の総取引額」を基準にライセンスを区分している点に決定的な違いがあります。したがって、日本の枠組みでは少額送金を中心とするために規制の緩い区分に該当するビジネスモデルであっても、トランザクション数が多く月間の総取扱高が巨額になる場合、シンガポールでは即座にメジャー決済機関として最も厳しい規制に服することになります。

この制度設計から、MASが個々の取引単位のリスクよりも、事業者が破綻した際のマクロな金融システムへの影響度や消費者全体への被害規模を重視して規制強度を決定しているということが言えるでしょう。シンガポールでビジネスを展開する日本企業は、自社の取引ボリュームの予測値をシンガポールドル換算で精緻に算出し、閾値を超えるタイミングを正確に見計らってメジャー決済機関へのライセンス移行手続きを準備するなどの資本政策を策定する必要があります。

シンガポール決済サービス法の第23条による利用者資金の保全義務

メジャー決済機関ライセンスを保有する事業者に対しては、本法第23条により、顧客から受け取った資金の厳格な保全(Safeguarding)が義務付けられています。事業者は自己の運転資金と顧客の資金を明確に分別管理し、事業者の倒産リスクから顧客資産を完全に隔離しなければなりません。

資金保全の方法として本法が認めているのは、主に3つの手段です。第一に、シンガポール国内で認可された銀行などの保全機関(Safeguarding Institution)に信託口座(Trust Account)を開設し、そこに資金を預託する方法です。第二に、保全機関から顧客の資金と同額の銀行保証(Bank Guarantee)を取得する方法、そして第三に、保全機関が顧客に対して全額の責任を負うという確約(Undertaking)を取り付ける方法です。日本の資金決済法においても、資金移動業者や前払式支払手段の発行者に対して利用者資金の保全が義務付けられており、法務局などの供託所への履行保証金の供託、あるいは金融機関との履行保証金保全契約の締結といった手段が用いられています。日本の制度が国が管理する供託所という公的な仕組みを軸の一つとしているのに対し、シンガポールでは民間金融機関の信託機能や保証枠を最大限に活用し、金融市場の枠組みの中で保全を完結させる仕組みとなっています。

さらに、メジャー決済機関はライセンス維持の条件として、MASに対して直接セキュリティ・デポジットを差し入れる義務も負います。月間取引額が600万シンガポールドル以下の決済サービスを提供している場合は10万シンガポールドル、それを超える大規模な取引を行っている場合は20万シンガポールドルの担保を現金または銀行保証の形式で維持する必要があります。これは、事業者が予期せぬ破綻に直面した際、MASが顧客への迅速な返金手続きのために直接執行できる強力な担保として機能します。

シンガポールのデジタル決済トークン(DPT)規制

シンガポールのデジタル決済トークン(DPT)規制

シンガポールの決済サービス法において、現在最も法務上の対応が急務となっているのが、デジタル決済トークン(Digital Payment Token、以下「DPT」)に対する規制です。本法では、法定通貨に裏付けられておらず、公衆の間で決済手段として受け入れられている価値のデジタル表現であって、電子的に移転、保管、取引が可能なものをDPTと定義しています。実務上、ビットコインやイーサリアムなどの主要な暗号資産はすべてこのDPTに該当し、これらを扱う事業者はDPTサービス提供者としての厳しい規制に服することになります。

日本の資金決済法における「暗号資産」の定義と、シンガポールの「DPT」の定義は類似していますが、非代替性トークン(NFT)の扱いなどにおいて実務上の運用に重要な違いが存在します。日本では、決済手段としての機能を持たないデジタルアートやゲーム内アイテムなどのNFTは、原則として暗号資産に該当しないと考えられています。シンガポールにおいても同様に、金融的機能を持たず特定の財やサービスの支払い手段として広く受け入れられていないNFTは、DPTの定義から除外される傾向にあります。しかし、所有権の法的性質に関して両国には大きな違いがあります。日本の民法上、所有権の客体は有体物に限られるため、暗号資産やNFTに対して伝統的な意味での所有権を観念することは困難です。これに対し、コモンロー(英米法)を基礎とするシンガポール法の下では、スマートコントラクトの記述や当事者間の契約条項を通じて、NFTに対する財産的権利がより柔軟に法的に保護される可能性があります。

2024年4月施行の法改正による規制範囲の抜本的拡大

マネーロンダリングリスクへの対応と消費者保護の強化を目的として、2024年4月4日に施行された決済サービス法の改正により、DPTサービスの定義が大幅に拡大されました。改正前の法律では、事業者が実際に顧客の資金やDPTを占有し、あるいは直接的に移転を実行する場合に主にライセンス要件が適用されていました。しかし改正後は、本法第21A条などの新設規定により、以下の業務が明確にライセンス取得義務の対象となりました。

第一に、DPTのカストディ(保管)サービスです。顧客の暗号資産の秘密鍵を管理し、資産を保管する事業者は、売買を行わなくとも規制対象となります。第二に、事業者自身がDPTや資金を直接保有しない状態での、口座間におけるDPT移転の促進や交換の媒介業務です。第三に、資金がシンガポール国内の口座を一切通過しない形で行われる、異なる国境を越えた送金ファシリテーション業務です。

この法改正から、MASが国内に法人拠点を置きながら実態としては海外の顧客間だけで資金を動かすような、いわゆる規制の抜け穴を利用したオフショアビジネスモデルを完全に封じ込めようとしているということが言えるでしょう。これまで特定の免除規定に依拠してシンガポール国内で適法に活動していた多くのグローバル事業者も、この改正によって改めてライセンス要件に服することになり、コンプライアンス体制の抜本的な見直しを迫られています。

AML/CFT要件と厳格な消費者保護措置

DPTサービス事業者に対しては、MASが発行する「Notice PSN02」という厳格なガイドラインが適用されます。これには、詳細な顧客管理(KYC)および顧客デューデリジェンス(CDD)、継続的な取引モニタリング、疑わしい取引の報告、記録保持、そしていわゆる「トラベルルール(暗号資産の送金時に顧客の識別情報を送信先の事業者に通知する義務)」の遵守が含まれます。

さらに消費者保護の観点から、MASはDPT事業者に対する事業行動規制を大幅に強化しています。新設された本法第21A条の規定に基づき、事業者は顧客のDPTを自身の固有資産から物理的かつ法的に完全に分離し、信託財産として保管する義務を負います。顧客資産の毎日の照合(リコンシリエーション)や、カストディ部門と他の事業部門(自己売買部門など)との利益相反を防止するための独立性確保も厳格に求められます。また、個人顧客(リテール顧客)を過度な投機リスクから保護するため、DPT取引を促進するためのインセンティブ(口座開設ボーナスや紹介料など)を提供することや、クレジットカードを利用したDPTの購入、借入を利用したレバレッジ取引を提供することが固く禁じられています。

シンガポールにおけるステーブルコインの新たな規制フレームワーク

暗号資産市場における価格のボラティリティを克服し、実体経済でのデジタル決済を安全に普及させるため、MASは2023年8月にステーブルコインに関する新たな規制フレームワークを最終決定しました。この枠組みは、法定通貨の価値に連動する単一通貨ステーブルコイン(Single-Currency Stablecoins:SCS)を対象としており、本法の下で新たな規制基準を設けるものです。

日本の事業者が法務戦略上特に注目すべき点は、この枠組みがシンガポールドルだけでなく、日本円を含むG10通貨(米ドル、ユーロ、日本円、英ポンドなど)にペッグされたステーブルコインにも適用される点です。シンガポール国内で発行され、MASの定める厳格な要件を満たすステーブルコインのみが、「MAS規制ステーブルコイン(MAS-regulated stablecoins)」という公式のラベルを使用することが許可されます。

この公式ラベルを取得し維持するためには、発行者は極めて高いハードルを越えなければなりません。第一に、流通するステーブルコインの額面の100パーセント以上を、常に質の高い流動資産(準備資産)で裏付ける必要があります。準備資産の構成や評価、保管方法には厳しい制限が課されます。第二に、発行者は事業の継続性と倒産時の秩序ある清算を担保するため、最低100万シンガポールドル、あるいは年間営業費用の50パーセントのいずれか高い方のベースキャピタルを維持する義務を負います。第三に、顧客からの償還請求があった場合、発行者は5営業日以内に額面通り(Par value)でペッグされた法定通貨を返還しなければなりません。第四に、価格安定メカニズムや監査結果などをホワイトペーパーを通じて透明性高く開示することが求められます。

日本の資金決済法等においても2023年に電子決済手段に関する法改正が行われ、銀行や資金移動業者、信託会社によるステーブルコインの発行スキームが世界に先駆けて整備されました。シンガポールの枠組みは、日本の制度と消費者保護という目的を共有しつつも、準備資産の構成要件や監査サイクルに対してより直接的かつ定量的な規制を課すことで、国際的な金融ハブとしての信頼性を担保しようとしています。MASは、不適切なトークンを「MAS規制ステーブルコイン」と詐称した事業者に対して、個人の場合は禁錮刑を含む厳しい罰則を科す方針を明確にしています。

このステーブルコイン規制に関する公式なパブリックコンサルテーションの回答文書は、シンガポール金融管理局の公式ウェブサイトで確認することができます。

参考:シンガポール金融管理局の公式ウェブサイト

シンガポール国境を越えたサービス提供と逆勧誘の制限

シンガポール国境を越えたサービス提供と逆勧誘の制限

日本企業がシンガポールに物理的な拠点を設けず、海外からシンガポール居住者に対してオンラインで決済サービスを提供する際のリスクについても十分に留意する必要があります。本法第9条は、適切なライセンスを持たない者が、シンガポール国内の公衆に対して決済サービスを提供する目的で勧誘(Solicitation)を行うことを固く禁じています。違反した場合は最高25万シンガポールドルの罰金が科され、違反状態が継続する期間に応じて1日あたり最高2万5000シンガポールドルの追加罰金が科される可能性があります。

ここで国際的な法務実務上頻繁に問題となるのが、事業者が能動的な営業活動を行わず、シンガポールの顧客側から自発的にサービスを申し込んできたとされる「リバースソリシテーション(逆勧誘)」の概念です。欧州連合(EU)における暗号資産市場規則(MiCA)と同様に、MASもこのリバースソリシテーションの例外を極めて限定的に解釈しています。

単に自社のウェブサイト上の免責事項(ディスクレーマー)や利用規約に「本サービスはシンガポール居住者を対象としたものではない」と記載するだけでは、規制当局から見て不十分とみなされるリスクが非常に高いのが実情です。シンガポール国内のIPアドレスからのアクセスを技術的に遮断するジオブロッキングの導入や、シンガポールドル建てでの決済インターフェースの排除など、実質的なアクセス制限措置が講じられていない場合、結果としてシンガポール居住者への勧誘行為があったと認定される可能性があります。これらの厳しい措置から、MASが形式的な法の潜脱を絶対に許さず、国内居住者の保護を最優先する強硬な姿勢をとっているということが言えるでしょう。

無許可営業に関する近年の判例と執行動向

決済サービス法の解釈と運用に関して、シンガポールの裁判所は法規制の実効性を担保するために極めて厳格な判断を下しています。無許可営業に関する基準を明確にした重要な判例として、2025年に高等裁判所一般部(General Division of the High Court)で争われた「Chang Jiunn Jye v Public Prosecutor」事件(判決年月日:2025年11月12日)があります。

Chang Jiunn Jye v Public Prosecutor事件の詳細と司法判断

本件の控訴人であるChang Jiunn Jyeは、中国人民元(RMB)と米ドル(USD)を交換する国境を越えた送金サービスを無許可で提供したとして、本法第5条第1項違反の罪に問われました。事案の概要として、控訴人はWeChat等を利用した指示を通じ、1ヶ月の間に合計200万米ドルに上る2回の通貨交換取引を仲介しました。控訴人は裁判において、自身は単なる「中間業者(ミドルマン)」であり、知人への個人的な手助けに過ぎず、本法が処罰の対象とする「事業(Business)を営んでいた」わけではないと主張しました。

しかし、高等裁判所一般部のSee Kee Oon裁判官は控訴人の主張を全面的に退け、原審の有罪判決(禁錮6週間)を支持しました。判決において裁判所は、無許可で決済サービス事業を営んでいたか否かを客観的に判定する「Business Inquiry」として、2つの独立したテストを提示しました。一つは、不特定多数の誰に対しても対価を条件にサービスを提供する意思があるかを問う「All and Sundry Test(不特定多数テスト)」、もう一つは、一連の取引にシステム性、継続性、反復性が認められるかを問う「System and Continuity Test(システムおよび継続性テスト)」です。

裁判所は、本件における控訴人の取引がわずか2回であったとしても、1ヶ月という短期間に200万米ドルという巨額の資金が中国、インドネシア、シンガポールを跨ぐ複雑な仲介者システムを通じて移動しており、控訴人が為替スプレッドから経済的利益を得ていた事実を重く見ました。この判決から、取引回数が極めて限定的であったり、当事者間の個人的な関係性を主張したりしたとしても、客観的なシステムの継続性と商業的な動機が認定されれば、本法が禁止する「無許可事業の遂行」として厳しく処罰されるということが言えるでしょう。シンガポールの司法は、決済サービス法違反に対して抑止効果(Deterrence)を最も重要な量刑基準と位置付けており、無免許での送金やDPTの取り扱いは即座に実刑判決に結びつく重大なリスクを孕んでいます。

本判決の詳細な理由書は、シンガポール最高裁判所の公式判例データベースで確認することができます。

参考:eLitigation判例データベース

MASによる執行(エンフォースメント)体制の強化

司法の厳格な姿勢と歩調を合わせるように、MASの行政処分(エンフォースメント)も近年激化の一途を辿っています。2025年末にかけて、MASは複数のメジャー決済機関に対して、AML/CFT規制違反に基づく多額の和解金(Composition penalties)を科す執行措置を発表しました。国境を越えた送金サービスにおけるコンプライアンスの欠如に対するこれらの連続した処分は、ライセンスの取得がゴールではなく、ライセンス取得後も経営陣(シニアマネジメント)が主導して継続的かつ実効性のあるリスク管理体制を維持し続けなければならないという、当局からの極めて強力なメッセージです。

シンガポール決済システムの相互運用性とSGQRによる技術的基盤

シンガポール決済システムの相互運用性とSGQRによる技術的基盤

規制の厳格化と消費者保護の徹底を図る一方で、本法は消費者の利便性向上とFinTechエコシステムの健全な成長を促進するための「相互運用性(Interoperability)」の確保にも主眼を置いています。本法第25条および第26条により、MASは決済システム間の相互運用性を強制し、市場の分断を防ぐ権限を与えられています。

この方針を最も象徴する国家規模のプロジェクトが「SGQR(Singapore Quick Response Code)」およびその発展形である「SGQR+」の推進です。これまで店舗ごとに乱立していた多様なモバイル決済アプリのQRコードを国家主導で単一の統一規格に統合することで、加盟店は複数の決済事業者と個別に煩雑な契約を結ぶ手間を省き、単一の金融機関のシステムを通じて国内外の多様なQR決済をシームレスに受け入れることが可能となりました。このようなテクノロジー主導のインフラ整備は、規制の明確化と相まって、新たな決済ソリューションを提供する事業者がシンガポール市場に進出する際の強力な追い風となっています。

まとめ

シンガポールの決済サービス法(PSA)は、急速なイノベーションの促進と金融システムの保護という二つの命題を高い次元で両立させた世界最高水準の法体系です。事業規模に応じた柔軟なライセンス制度(スタンダード決済機関およびメジャー決済機関)を用意し参入障壁を最適化する一方で、顧客資金の厳格な保全やAML/CFTの徹底には極めて高いコンプライアンス基準を設けています。

特に、2024年の法改正によってカストディ業務やオフショア取引への網が掛けられたデジタル決済トークン(DPT)規制の拡大や、日本円などのG10通貨に対応した新たなステーブルコイン規制の枠組みは、日本企業の今後のアジア展開において避けては通れない最重要の法務領域となります。また、無許可営業に対する裁判所(Chang Jiunn Jye事件など)の実刑を辞さない厳しい判断や、リバースソリシテーションへの規制当局の強硬な姿勢を踏まえれば、シンガポールをハブとしたグローバルなビジネスモデルの構築には、精緻な事前のリーガルリサーチと法務戦略が不可欠です。

自社の提供するテクノロジーや決済スキームが、本法のどのライセンス区分に該当するのか。また、日本の資金決済法とシンガポール法の間で生じる規制のギャップをどのように埋め、適切なガバナンス体制を構築していくべきか。こうした複雑な法的課題について、モノリス法律事務所では、企業のビジネスモデルに即した的確なリーガルリスクの分析とコンプライアンス体制の構築に向け、戦略的な法務の観点からしっかりとサポートいたします。東南アジア市場での安全かつ円滑な事業展開に向け、常に変動する現地の最新の法規制動向を注視し、経営と法務が一体となった対応を進めていくことが強く求められます。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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