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法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

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マルタ共和国における訴訟・仲裁・調停による紛争解決メカニズム

マルタの法制度は、大陸法(Civil Law)と英米法(Common Law)の要素を融合させた独自のハイブリッドシステムを特徴とし、さらに欧州連合(EU)法の影響を強く受けています。

本記事では、日本企業がマルタ国内の企業と契約を締結し、または事業を展開する際に直面しうる紛争について、訴訟・仲裁・調停による解決メカニズムを解説します。

また、日本国内での訴訟判決や仲裁判断がマルタ国内でいかに執行可能であるかという点も重要です。マルタはEU加盟国であり、非EU加盟国である日本からの判決には、EU域内からの判決とは異なる取り扱いが適用されます。

マルタの裁判所の構成と管轄権

マルタの司法府は、憲法裁判所(Constitutional Court)、控訴院(Court of Appeal)、刑事控訴院(Court of Criminal Appeal)、刑事裁判所(Criminal Court)、民事裁判所(Civil Court)といった上級裁判所(Superior Courts)と、治安判事裁判所(Court of Magistrates)といった下級裁判所(Inferior Courts)からなる階層構造を有しています 。商事紛争は一般的にマルタの民事裁判所(Civil Courts)が管轄します。

民事裁判所第一審(First Hall of the Civil Court)は、家族部(Family Section)、任意管轄部(Voluntary Jurisdiction Section)、商事部(Commercial Section)、および一般管轄部(General Jurisdiction Section)の4つのセクションに分かれており、民事および商事の請求を扱う一般的な管轄権を有します。請求額が€11,646.87を超える商事案件は、民事裁判所第一審が管轄します。これに対し、€11,646.87以下の請求は下級裁判所である治安判事裁判所が担当します。さらに、€3,494.06未満の少額請求については、少額請求審判所(Small Claims Tribunal)という特定の審判所が判断を下します。日本における、地方裁判所・簡易裁判所・少額訴訟、に近い概念です。

なお、例えば、雇用関係の問題や不当解雇の事案を扱う産業審判所(Industrial Tribunal)など、特定の商業的性質の紛争を解決するために設立された専門審判所(specialised tribunals)も存在します。

訴訟手続の基本

マルタの上級裁判所における民事訴訟は、通常、申請者による宣誓付申立書(sworn application)を裁判所書記局に提出することによって開始されます。下級裁判所では、宣誓の必要がない申立書で手続きを開始できます。申立書は遅滞なく被告に送達され、裁判所は送達日から15日以降30日以内の審理期日を指定します。被告が宣誓付答弁書を提出しない場合は「contumacious(不服従)」とみなされます。

書面による予備手続きの後、裁判所の審理が進行し、当事者は証拠を提出し、証人の尋問および反対尋問が行われます。これは裁判所自体または裁判所が任命した司法補助官の前で行われます。マルタの裁判所および前述の審判所におけるすべての商事手続は公開で審理され、一般の誰もが傍聴することができます

マルタの裁判所は、一般的に非効率であり、手続きに長期間の遅延が一般的であると指摘されています。この状況は、紛争解決の長期化とそれに伴う費用増加のリスクを伴います。しかし、請求額に応じて管轄裁判所が細分化され、少額請求審判所や産業審判所のような専門審判所が設けられているという側面もあります。

代替的紛争解決(ADR)の選択肢

マルタでは、訴訟以外の紛争解決手段として、仲裁(Arbitration)と調停(Mediation)が法的に確立されており、その利用が推奨されています。これらは、裁判所での訴訟と比較して、より迅速、低コスト、非公式、かつ機密性の高い解決を可能にするという利点があります 。  

仲裁(Arbitration)

マルタにおける仲裁は、マルタ仲裁法(Arbitration Act, Chapter 387 of the Laws of Malta)によって規定されています。この法律に基づき、マルタ仲裁センター(Malta Arbitration Centre, MAC)が設立され、国内仲裁および国際商事仲裁の促進と運営を担っています。マルタ仲裁法は、国際的な仲裁の主要な枠組みであるUNCITRALモデル法を第一付属書として組み込んでおり 、外国仲裁判断の承認および執行に関するニューヨーク条約(1958年)の署名国です。これにより、国際的な仲裁判断のマルタにおける執行可能性が保証されています。

仲裁合意は、「当事者が、特定の法的関係に関して生じた、または将来生じうるすべての紛争または特定の紛争を仲裁に付託することに合意したもの」と定義されます。これは、契約中の仲裁条項の形式をとることも、別途の合意の形式をとることも可能です。仲裁手続きの開始には、通常、当事者双方の同意が必要ですが、マルタ仲裁法は、軽微な交通事故やマンションの紛争など、特定の状況下で仲裁が義務付けられる場合も規定しています。

マルタ仲裁センターによって登録された仲裁判断は、執行権原(executive title)を構成します 。これにより、国内判決と同様に執行が可能となります。また、特定の条約が適用される外国仲裁判断は、マルタ仲裁センターによる登録後、マルタの裁判所によって国内判断と同様に執行されます。仲裁判断に対する不服申立ての根拠は、仲裁法第70条に詳細に規定されています。これには、当事者の行為能力の欠如、不適切な通知、仲裁の範囲を超える事項の判断、合意された手続きまたは法の不遵守などが含まれます。また、対象事項がマルタ法の下で仲裁可能でない場合や、判断が公序良俗に反する場合も、判断の取り消しが可能です。最終的な仲裁判断に対しては、法律上の争点(point of law)について控訴院への控訴が認められる場合があります。

調停(Mediation)

マルタにおける調停は、調停法(Mediation Act, Chapter 474 of the Laws of Malta)によって規制されています。マルタ調停センター(Malta Mediation Centre)は、紛争当事者が自発的に、または裁判所や他の裁定機関からの付託によって、調停を通じて紛争を解決するためのフォーラムを提供しています。

調停は、中立的で資格のある公平な調停人(mediator)が、紛争当事者間の交渉を促進し、自発的な解決を支援するプロセスです。調停人は解決策を強制する権限を持たず、裁判官や仲裁人として行動することはありません。解決は当事者間の合意によってのみ達成されます。調停は、訴訟に比べて費用がはるかに安く、迅速なプロセスです。また、非公式かつ機密性が高いという特徴があります。調停中に述べられたことや提出された文書はすべて機密情報であり、いかなる訴訟手続きにおいても証拠として認められません。これにより、当事者間の関係性が維持されやすく、特にビジネス関係の継続を望む場合に有効な手段となります。調停の結果として締結された合意は、執行可能となります。

契約書における仲裁条項の必要性

こうしたシステムの用意されているマルタにおいては、契約を締結する際、契約書に「仲裁条項」を明示的に含めることは、紛争発生時のリスクを大幅に軽減する戦略的措置となり得ます。マルタの裁判所の非効率性を回避し、ニューヨーク条約に基づく国際的な執行可能性を確保するためです。調停も関係性維持の観点から有用ですが、その合意の執行力については、最終的な合意内容を法的拘束力のある形で文書化するなど、専門家のアドバイスを得て慎重に進める必要があります。

日本企業がマルタ企業と契約する際の留意点

マルタ企業との国際契約においては、紛争発生時のリスクを最小限に抑えるため、事前の準備と契約内容の慎重な検討が不可欠です。特に、日本とマルタの法制度の違いを理解し、適切な条項を契約に盛り込むことが重要となります。

準拠法と裁判管轄の選択

国際契約における一般論ではありますが、当事者は契約の準拠法(governing law)および紛争解決の裁判管轄(jurisdiction)または仲裁地(arbitral seat)を自由に選択することが一般的に認められています。この明示的な合意(express choice of court agreement or express jurisdiction clause)は、紛争発生時の法的予測可能性を大幅に高めるため、極めて重要です。

裁判管轄条項には、特定の法域の裁判所のみが紛争を扱う「専属的(exclusive)」、特定の裁判所が管轄権を持つことを認めつつ他の裁判所も管轄権を持つ可能性を認める「非専属的(non-exclusive)」、そして一方の当事者のみが特定の法域で提訴を制限される「非対称的(asymmetric)」または「片務的(one-sided/unilateral)」なものがあります 。準拠法と裁判管轄が異なる場合、管轄裁判所が外国法を適用するために専門家の証拠を必要とし、訴訟費用が増加する可能性があるため、通常は両者を一致させるのが望ましいとされます。

契約締結前のデューデリジェンス

マルタ企業との取引を行う際には、相手方の企業登録情報(corporate registration details)を検証することが極めて重要です 。これには、会社の正式名称、本店所在地、代表者の氏名と住所などの重要な情報が含まれます 。企業登録簿は一般に公開されており、法務局(Legal Affairs Bureau)を通じて証明書を取得できます 。この確認は、取引相手が正当な法人であることを保証し、架空の相手方との取引リスクを排除するために不可欠です。

日本国内での判決のマルタにおける執行可能性

日本企業にとって、マルタ国内の企業との間で紛争が発生し、日本国内で判決や仲裁判断を得た場合、それがマルタ国内で執行可能であるか否かは極めて重要な問題です。この執行可能性は、国際的な条約の有無、および各国の国内法によって定まります。

外国判決の承認と執行の法的枠組み

マルタにおける外国判決の承認および執行は、主に組織・民事訴訟法(Code of Organisation and Civil Procedure, Chapter 12 of the Laws of Malta, 以下「COCP」)のArt. 825A以降によって規定されています 。これらの規定は、EU規則の範囲外の事項、またはEU規則と矛盾しない場合に適用されます。

マルタはEU加盟国であるため、他のEU加盟国の裁判所によって下された判決は、EU規則(特に民事及び商事に関する裁判管轄権の承認及び執行に関する規則(EU)No 1215/2012、通称「ブリュッセルI規則(改正)」)に基づき、執行宣言(exequatur)の必要なくマルタで承認・執行されます 。しかし、日本はEU加盟国ではないため、日本国内の裁判所によって下された判決のマルタにおける執行は、COCPの一般規定に服します。COCP Art. 826に基づき、外国判決がマルタで執行されるためには、以下の要件を満たす必要があります。

  • 当該判決が原判決国の法律に従って既判力(res judicata)を有し、控訴の対象とならないこと
  • 当該判決がマルタ国外の管轄権を有する裁判所によって下されたものであること

これらの要件を満たした上で、当該判決の承認と執行を求める申立てをマルタの裁判所に提出する必要があります 。申立てには、判決の認証謄本と、英語またはマルタ語への認証翻訳が添付されなければなりません。

COCP Art. 811およびArt. 827は、外国判決の承認または執行が拒否される可能性のある複数の事由を定めています。主な拒否事由には以下が含まれます。

  • いずれかの当事者による詐欺によって判決が取得された場合
  • 敗訴した被告に対して必要な召喚状または訴訟開始命令が適切に送達されなかった場合(ただし、被告が裁判に出廷しなかった場合に限る)
  • 判決を下した裁判所が管轄権を有していなかった場合(ただし、当該異議が提起され、判断されていない場合に限る)
  • 判決が誤った法の適用を含んでいる場合
  • 判決が「extra petita」(請求の範囲を超える)または「ultra petita」(権限を超える)である場合
  • 判決がマルタの公序良俗(public policy)または国内公法に反する規定を含んでいる場合

ここで特に問題なのが、「敗訴した被告に対して必要な召喚状または訴訟開始命令が適切に送達されなかった場合」という条件です。日本の会社がマルタの会社に対し、日本国内の裁判所で訴訟を提起する場合、その訴状等を、どのようにマルタ国内の企業に送達すれば良いか、という点が問題となるからです。

ハーグ送達条約に基づく国際送達の仕組み

日本とマルタ共和国は、いずれも「民事又は商事に関する裁判上及び裁判外の文書の外国における送達に関する条約」(ハーグ送達条約)の締約国です。日本は1970年7月27日に、マルタは2011年10月1日にこの条約が発効しています。日本の会社が日本の裁判所でマルタの会社に対して訴訟を起こした場合、日本の裁判所からマルタの会社への送達は、このハーグ送達条約の規定に従って行われることになります。

ハーグ送達条約に基づく送達は、以下の手順で進められるのが一般的です。

  1. 中央当局への送付: 日本の裁判所(または送達を行う権限のある司法官)は、送達を求める文書(訴状、召喚状など)と、送達請求書、訴訟の概要書といった標準化された書式を、マルタの中央当局(Central Authority)に直接送付します。なお、送達されるすべての文書は、日本語からマルタ語または英語への完全な翻訳が求められます。
  2. マルタ国内での送達: マルタの中央当局は、その文書を受領した後、マルタ国内の法で許容される方法で送達を手配します。通常、これは現地の裁判所の執行官(bailiff)を通じて行われます。
  3. 送達証明書の返送: 送達が完了すると、マルタの中央当局は送達証明書を作成し、送達を請求した日本の司法官に返送します。

「適切に送達されたこと」という要件は、被告が訴訟の存在を確実に知り、防御の機会を与えられたことを保証するためのものです。国際的な判決の承認・執行において、被告の「デュー・プロセス(適正手続)の権利」や「公正な裁判を受ける権利」が尊重されたかどうかが厳しく審査されます。

したがって、被告の所在が不明な場合などに用いられる公示送達(service by publication)のような、実際に被告に文書が手渡されない送達方法では、マルタでの判決承認が拒否される可能性は、高いものと言えます。このような送達方法は、被告が実際に訴訟の存在を知る機会が極めて限定的であるため、国際的な文脈では「適切な送達」とはみなされず、被告の防御の権利が侵害されたと判断されるリスクがあるためです。

マルタ国内の判決の日本における執行可能性

なお、念のため、逆のパターンについて解説すると、日本においては、外国判決の承認は民事訴訟法(平成8年法律第109号)第118条、執行は民事執行法(昭和54年法律第4号)第24条によって規定されています。外国判決が最終的かつ確定的なものである場合、以下の条件を満たせば効力を有します。

  • 外国裁判所の管轄権が、日本の法令、条約または慣習により否定されないこと
  • 敗訴した被告が、訴訟の開始に必要な召喚状または命令を適切に送達されたこと(公示送達またはこれに類する送達を除く)、または送達を受けずに応訴したこと
  • 判決の内容および訴訟手続きが、日本の公の秩序または善良の風俗に反しないこと
  • 相互保証があること

日本は、マルタとの間で判決の相互承認・執行に関する二国間条約を締結していません。したがって、日本でマルタの判決を執行しようとする場合、上記民事訴訟法第118条第4号の「相互保証」の要件が、大きな問題となります。

日本・マルタ間における判決執行の複雑性と仲裁の優位性

日本とマルタの間には、裁判所判決の相互執行を直接規定する二国間条約が存在しないため、判決の執行は双方の国内法に基づく複雑なプロセスとなります。特に、日本側がマルタ判決を執行する際に「相互保証」の立証が必要となる点は、大きなハードルです。マルタ側が日本判決を執行する際も、COCPの様々な拒否事由に直面する可能性があります。この複雑さと不確実性は、訴訟を選択する際の大きなリスクとなります。

これに対し、仲裁判断は、マルタがニューヨーク条約の署名国であるため、日本で得られた仲裁判断もマルタで比較的容易に執行可能であるという明確な優位性を持つことになります。したがって、日本企業がマルタ企業との国際契約を締結する際には、紛争解決条項として「仲裁合意」を優先的に選択することが、将来的な執行リスクを大幅に軽減する最も賢明な戦略であると言えます。

まとめ

マルタ共和国とのビジネスは、その地理的優位性とEU加盟国としての安定性から、日本企業にとって大きな機会を提供します。しかし、国際取引に伴う紛争リスクを効果的に管理するためには、マルタの法的枠組み理解することが不可欠です。マルタの司法制度は、訴訟の長期化という課題を抱える一方で、請求額に応じた専門的な裁判所や、仲裁・調停といった代替的紛争解決(ADR)手段が充実しています。特に仲裁は、ニューヨーク条約に基づく国際的な執行可能性が確保されている点で、訴訟よりも有利な選択肢となります。

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弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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