ADRによるNASDAQ上場とは?日本企業のための標準的なタイムラインを解説

米国NASDAQ市場への上場を検討する日本企業が最初に行き当たるのが「結局、どれくらいの期間と手順が必要なのか」という素朴な問いです。
国内上場であれば、監査法人との予備調査から主幹事証券の選定、N-2期・N-1期を経て申請へ、という道筋が広く共有されています。しかし米国上場については、日本語で得られる情報が断片的であり、しかも日本企業の多くが用いるADR(米国預託証券)という仕組みを前提とした解説はさらに限られます。会計基準の転換、PCAOB登録監査法人による監査、SECとのやり取りといった工程が、それぞれどの程度の期間を要し、どのような順序で並ぶのかが見えないまま、判断を先送りにしてしまうケースも少なくありません。
本記事では、日本の会計基準を採用している日本企業が、ADRを用いてNASDAQ市場に上場する場合の標準的なタイムラインについて、専門家以外の方にも理解いただけるよう、順を追って解説いたします。
この記事の目次
ADR(米国預託証券)とは
ADR(American Depositary Receipt/米国預託証券)とは、日本をはじめとする非米国企業の株式を裏付けとして、米国内での流通を目的に発行される証券です。日本の株式そのものを米国の取引所で売買させるのではなく、その株式を預かった預託銀行が発行する証券を上場させる、という仕組みです。
ADRは米ドル建てで、米国の証券口座から米国株とまったく同じ手順で売買でき、決済も配当の受取りも米国内で完結します。1920年代から存在する制度であり、預託銀行、引受会社、法律事務所のいずれにも豊富な経験の蓄積があります。
ADRの3つのレベル
ADRを理解するうえで最初に押さえるべきは、開示水準と上場の有無による3つのレベルの区別です。
| レベル | 取引の場 | 資金調達 | 主な提出書類 |
| レベル1 | 店頭取引のみ(取引所に上場できない) | 不可 | Form F-6(Rule 12g3-2(b)に基づく報告義務免除が前提) |
| レベル2 | NYSE・NASDAQ等に上場 | 不可 | Form F-6、Form 20-F・6-K |
| レベル3 | NYSE・NASDAQ等に上場 | 可(公募増資) | Form F-1、Form F-6、Form 20-F・6-K |
レベル2のADRは主要な証券取引所に上場され、SECへの登録が義務付けられ継続的な情報開示が求められますが、新規の資金調達はできません。これに対しレベル3のADRは、同様に上場されつつ最も厳しい情報開示基準が課される一方、ADRの新規発行を通じて米国市場での資金調達が可能になります。
つまり、資金調達を伴うNASDAQ上場を目指す場合は、レベル3のADRを組成することになります。
なお、日本企業のスポンサー付きADRの大多数は、非上場の店頭取引であるレベル1プログラムです。ニュースなどで「日本企業のADR」として目にするものの多くはこのレベル1であり、本記事で扱う上場とは別物である点にご注意ください。
もう一つ、スポンサードかアンスポンサードかという区別があります。発行会社が自ら預託銀行と預託契約を結んで組成するのがスポンサードADR、金融機関が発行会社の関与なしに独自に組成するのがアンスポンサードADRです。アンスポンサードADRは取引所に上場できず店頭取引が中心となるため、上場を目指す以上、スポンサードであることが前提となります。
ADRとADSの違い
実務ではADRとADSという2つの用語が使い分けられます。ADS(American Depositary Share)とは、原株に対する権利の単位を指し、ADRがそれを表章する証券です。
「1ADS=原株◯株」という比率を設定し、米国の投資家にとって違和感のない株価水準(一般に数ドルから数十ドル程度)になるよう調整します。この比率の決定も、上場準備における作業の一つです。この比率は、投資家にとっての馴染みやすさだけでなく、NASDAQの新規上場基準(市場区分ごとの最低買気配値、株主数、時価総額等)を満たすことを前提として決定されます。NASDAQへの上場申請自体は登録届出書の手続と並行して行い、SEC手続の進行とあわせて条件付承認を取得します。
日本企業がADRによるNASDAQ上場を選ぶ理由

日本企業がADRを選択する理由は、大きく3つに整理できます。
第一に、日本法人のまま上場できることです。米国市場に上場するのだから米国法人をグループの頂点に据えるべきではないか、という発想は自然なものです。しかし、日本法人を米国法人の傘下に移す組織再編は株式交換を伴い、実質的な支配者に変更がない場合であっても、日本の税務上は譲渡と扱われてキャピタルゲイン課税が生じるおそれがあります。上場を見据えて企業価値が高まっているタイミングであればなおさらで、現金による税負担は重くなります。ADRであれば、日本法人を発行体としたまま米国市場にアクセスできます。
第二に、米国の投資家にとって買いやすいことです。外国株式であるという理由だけで投資対象から外されることがなく、機関投資家・個人投資家の双方にリーチできます。
第三に、実績のある枠組みであることです。制度設計をゼロから行う必要がないため、想定外の事態が生じにくく、スケジュールの見通しも立てやすくなります。
ADRによるNASDAQ上場の全体像と所要期間
結論から申し上げますと、関係者の起用を含めた準備を本格的に開始してから取引開始まで、おおむね8か月から12か月、実際に多いケースとしては10~12か月が標準的です。SECとのやり取りが長引いた場合には14か月程度まで伸びることもあります。
内訳は次のとおりです。
| 段階 | 内容 | 所要期間 |
| 第0段階 | 関係者の起用・体制構築 | 1〜2か月 |
| 第1段階 | 会計基準の転換 | 2〜3か月 |
| 第2段階 | PCAOB監査 | 2〜3か月 |
| 第3段階 | 登録届出書の作成・秘密提出 | 第2段階と並行 |
| 第4段階 | SECとのやり取り | 2〜3か月 |
| 第5段階 | 公開提出から取引開始 | 1〜1.5か月 |
これらを直列に積み上げると、おおよそ8か月から12か月という計算になります。第3段階が独立した期間として現れないのは、登録届出書の作成を監査と並行して進めるためです。
国内上場と比べると短く感じられるかもしれません。国内上場は、上場を決めた時点から将来に向かって監査を受けながら準備を進める建て付けであり、監査に必要な期間として最低でも3年程度を要します。これに対し米国上場は、過去の決算を遡って監査する建て付けです。作業の総量が少ないわけではありませんが、期間としては圧縮されます。逆に言えば、短い期間に作業が密集するため、スケジュールは常にタイトになります。
NASDAQ上場準備の各段階
第0段階:関係者の起用と体制構築(1〜2か月)
米国上場は、関与する専門家の数が国内上場と比べて格段に多くなります。典型的には、米国の引受会社、財務アドバイザー、日本の法律顧問、米国の法律顧問、必要に応じて第三国の法律顧問、会計アドバイザー、PCAOB登録監査法人、そしてADR特有の関係者である預託銀行が加わります。
この起用が遅れると、全体が止まります。とりわけPCAOB登録監査法人と預託銀行は後工程の起点になるため、早期の決定が求められます。あわせて、各社が資料を共有するためのデータルームを構築し、誰がどの作業に責任を持つかを整理します。
第1段階:会計基準の転換(2〜3か月)
日本企業がNASDAQ上場を目指すうえで、最大の作業がここにあります。
日本の会計基準(JGAAP)で作成された財務諸表は、そのままでは米国上場に使えません。SECに提出する財務諸表は、米国会計基準(US GAAP)またはIASBが公表するIFRSで作成する必要があります。理論上は日本基準に米国基準への調整表を添える方法もありますが、実務上は転換してしまうのが通例です。
作業は、会計アドバイザーが会社に入り、事業内容と業務プロセスを理解するところから始まります。とりわけ重視されるのが売上の認識です。受注からサービス提供、売上計上、入金までの流れを一つひとつ追いかけ、US GAAPではどう処理すべきかを整理していきます。
海外子会社がある場合は、ここが一段と重くなります。日本と海外では決算期が異なることが珍しくなく、連結のために子会社の帳簿を親会社の事業年度に組み替える作業が発生します。また、子会社を買収により取得した場合には、のれんの金額と、それが無形資産に配分されるべきものかどうか(取得原価の配分)の検討も必要になります。買収時に現地で作成された評価書類が、現地の外為規制への対応など別の目的で作られていることもあり、そのまま使えるとは限りません。
第2段階:PCAOB監査(2〜3か月)
転換した財務諸表について、PCAOB(米国公開会社会計監督委員会)に登録した監査法人の監査を受けます。日本の監査法人による監査済みであっても、PCAOB登録がなければ要件を満たしません。
監査人への資料の引渡しにも3〜4週間を要するため、提出予定日から逆算すると監査の着手時期は自動的に決まります。監査法人の起用をこの段階の1〜2か月前に完了させておかなければならないのは、このためです。
この工程で日本企業が最も戸惑うのが、監査法人との距離感です。日本の上場準備では、監査法人はある意味で「こちら側の人間」であり、会社と連携しながら監査を進めるという感覚があります。しかし米国では、監査法人は少なくとも形式的には完全な第三者として登場します。会社と監査法人だけで進めようとしても噛み合わないことが多く、間に立って準備を担う会計アドバイザーの存在が前提になります。
第3段階:登録届出書の作成と秘密提出
日本企業のような外国民間発行体(Foreign Private Issuer/FPI)は、SECに対してForm F-1という登録届出書を提出します。米国内の企業が使うForm S-1に対応するものです。なお、SECは2025年6月、FPIの定義の見直しに関するコンセプトリリースを公表し、米国外での取引量要件や主要外国取引所への上場要件を課す案などを示しています。2026年10月時点で正式な規則改正案は公表されていませんが、SECの規制アジェンダには改正提案が予定されており、FPIとしての優遇(本国基準のコーポレートガバナンスの適用、開示の緩和等)の前提が将来変動しうる点には留意が必要です。
ADRを用いる場合、これに加えてForm F-6というADR自体の登録届出書が必要になります。つまり、募集についてのF-1と、預託証券についてのF-6という二本立てになる点が、株式の直接上場との違いです。
実務では、いきなり公開の場に出すのではなく、まず秘密提出(コンフィデンシャル・ファイリング)を行います。上場するかどうかが未確定の段階で財務情報や事業内容が世に出てしまうことを避けられる仕組みであり、日程の柔軟性を保つうえでも有効です。
F-1のドラフトは、監査が完了する1〜2か月前から並行して作成を始めます。最初の包括的なドラフトを関係者に配布し、各社のレビューを経て精度を上げ、監査済みの数値が確定した時点で差し込む、という進め方が標準です。
第4段階:SECとのやり取り(2〜3か月)
提出からおよそ4週間後、SECから最初のコメントレター(質問状)が届きます。「この点をもう少し明確にしてほしい」「この数字とこの数字の整合性はどうなっているのか」といった指摘です。
回答書は米国弁護士が作成しますが、内容は会社・会計アドバイザー・各国の法律顧問が一体となって詰めていきます。回答と同時に修正版を再提出し、次のコメントを待つという往復を繰り返します。やり取りは通常2〜3ラウンドで、何回で終わるかは事前に読めません。ここがスケジュール上の最大の変動要因です。
この期間には並行して、引受人の報酬の妥当性についてFINRA(金融取引業規制機構)の審査を受け、NASDAQからの条件付承認を取得します。
第5段階:公開提出から取引開始まで(1〜1.5か月)
SECのコメント対応が一段落すると、公開提出です。ここで初めて情報が公になり、投資家への募集活動が可能になります。公開提出はロードショー開始の一定期間前に行う必要があるため、逆算して日程を組みます。
その後、経営陣が海外投資家を回るロードショー、需要を積み上げるブックビルディング、そして価格決定へと進みます。この時期は海外出張が集中し、経営陣の時間が大きく取られます。そして効力発生・価格決定を経て、取引開始となります。
ADRに固有のNASDAQ上場準備作業

株式の直接上場との違いとして、ADRでは次の4つの作業が加わります。いずれも第0段階から第3段階にかけて進めるものです。
1つ目は、預託銀行の選定と預託契約の締結です。預託銀行は、日本国内のカストディアンに保管された原株を裏付けとしてADSを発行し、配当の米ドルへの転換・交付、議決権行使の取次ぎを担います。発行会社・預託銀行・ADS保有者の三者の関係を規律する預託契約を締結します。スポンサードADRでは預託業務を行える預託銀行は1行に限定されるため、選定は慎重に行う必要があります。
2つ目は、カストディアン(保管機関)の手当てです。原株は日本国内の保管機関に預けられ、それを裏付けとしてADSが発行されます。
3つ目は、ADS比率の決定です。前述のとおり、米国の投資家にとって自然な株価水準となるよう「1ADS=原株◯株」を設定します。
4つ目は、議決権行使の設計です。ADSの保有者は、日本の株主名簿上の株主ではありません。株主として記載されるのは預託銀行であり、ADS保有者は預託銀行に対して議決権行使の指図を行う形になります。その手続を預託契約であらかじめ定めておく必要があります。
NASDAQ上場スケジュールを左右する3つの制約
第一に、財務諸表の鮮度です。Form 20-F Item 8.A.4により、監査済年次財務諸表は募集・上場の時点(登録届出書の効力発生時)で15か月を超えて古いものであってはならず、IPOの場合はさらに、提出時点で12か月を超えないことが求められます。また、直近の監査済事業年度末から9か月を超えると、中間財務諸表の追加が必要になります。手続が長引くと、中間期の財務諸表を追加で作成しなければならなくなり、余計な時間と費用が発生します。効力発生の目標日から逆算してスケジュールを組むのは、この制約があるためです。
第二に、監査に要する期間です。監査そのものに数か月、資料の引渡しに3〜4週間を要し、ここは圧縮が効きません。
第三に、関係者の起用時期です。誰か一人の起用が遅れると全体が止まるため、主要アドバイザーの起用完了時期は、最初に設定すべきマイルストーンとなります。
NASDAQ上場において法務面で問題になりやすい論点
会計面だけでなく、法務面でも相応の準備が必要です。実際によく問題になるのは、次のような点です。
資本の沿革を示す資料
過去3期分の各期末時点の株主名簿、資本の推移が分かる資料、組織再編に関する株主総会議事録などが求められます。「直近のものしかない」という状態では、各時点の株主構成を特定できません。設立から現在までに親子関係の逆転や合併を経ている会社では、どの法人を基点として沿革を遡るかの整理も必要になります。
新株予約権の管理
新株予約権を誰にいつ何個付与し、行使や失効がどうなっているかを示す原簿が必要です。退職者から権利放棄の書面を取得しておらず、失効登記も未了というケースは少なくありません。登記がなされているからといって本人が同意しているとは限らず、上場後に権利を主張されるリスクが残ります。早い段階で同意書を取得しておくべき論点です。
関連当事者取引の洗い出し
役員が保有・関与する他社をアンケート等により確定させたうえで、仕訳帳から該当する取引を3期分抽出する、という手順が標準です。経理担当者の交代などにより仕訳が追えていない期間があると、ここで難航します。
NASDAQ上場後に続く継続開示義務
上場はゴールではありません。取引所に上場した後は、1934年証券取引所法上の義務として、様式20-F(年次報告書。日本の有価証券報告書に相当。事業年度末から4か月以内に提出)および6-K(臨時報告書)の提出が継続して課せられます。20-Fには内部統制報告(SOX404)も含まれます。さらに2025年12月成立のHolding Foreign Insiders Accountable Actを受け、SECは2026年2月、FPIの取締役・執行役員にもSection 16に基づく報告(Form 3・4・5)を義務付ける最終規則を採択しました。従来FPIに認められていた免除が廃止された点であり、上場後の役員管理体制に直結します。
準備期間中は外部の専門家が総出で支援しますが、上場後はこれらを毎年英語で作成し続ける体制を自社で回していくことになります。準備の段階から、その体制を見据えておく必要があります。
まとめ:ADRによるNASDAQ上場については弁護士に相談を
ADRによるNASDAQ上場のタイムラインは、「効力発生の目標日」から逆算して組み上げられます。会計基準の転換に2〜3か月、PCAOB監査に2〜3か月、SECとのやり取りに2〜3か月。この3つのブロックが直列に並び、その前後に関係者の起用と実行局面が付くという構造です。準備開始から取引開始まで、標準的には10〜12か月を見込むことになります。
そして、このスケジュールを守れるかどうかは、会計基準の転換をいつ始められるか、監査法人と預託銀行をいつ起用できるか、という初動でほぼ決まります。また、資本の沿革や新株予約権の管理といった法務面の論点は、着手が遅れるほど是正が難しくなる性質のものです。
米国・香港をはじめとする各国の専門家が関与するプロジェクトにおいては、日本法側の窓口として全体を俯瞰し、論点を早期に拾い上げる役割が不可欠となります。上場を検討する段階から、クロスボーダー案件に精通した弁護士にご相談されることをお勧めいたします。
当事務所による対策のご案内
モノリス法律事務所は、IT、特にインターネットと法律の両面に高い専門性を有する法律事務所です。モノリス事務所では、日本企業のNASDAQ上場について、米国・香港等の各専門家と連携しながら、日本法側の窓口として一貫した支援を行っております。下記記事にて詳細を記載しております。
カテゴリー: IT・ベンチャーの企業法務
タグ: NASDAQ上場支援アメリカ



































