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アルメニアの会社形態と会社設立手続きを弁護士が解説

アルメニアの会社形態と会社設立手続きを弁護士が解説

近年、アルメニア共和国(以下「アルメニア」)は、ITセクターの著しい成長や、ロシアが主導するユーラシア経済連合(EAEU)へのアクセス拠点として注目を集めています。

アルメニアの会社法制は、日本企業にとっても比較的理解しやすい構造を持っています。基本法であるアルメニア民法典の下、「有限責任会社に関する法律(Law on Limited Liability Companies)」および「株式会社に関する法律(Law on Joint Stock Companies)」が主要な会社形態を定めています。これらは、それぞれ日本の合同会社および株式会社に類似した法的枠組みです。実務上、100%子会社の設立や小規模な事業運営には有限責任会社(LLC)が、将来的な株式の公募や、より厳格なガバナンス体制を要する合弁事業には株式会社(JSC)が選択されます。

日本企業にとって、アルメニアの会社法制で特に注目すべき点は、日本の常識とは大きく異なる二面性、すなわち「設立の圧倒的な容易さ」と「特定形態におけるガバナンスの厳格性」です。

第一に、設立手続きは驚くほど迅速かつ低コストです。「法人の国家登録に関する法律(Law on State Registration of Legal Entities)」に基づき、登記当局である法人国家登録局(State Register of Legal Entities Agency)のオンライン・ポータルが完備されています。標準定款を用いるLLCであれば最短20分、書類に不備がなければ通常1〜2営業日で登記が完了し、設立時の国庫手数料も原則無料です。これは、設立に公証人の定款認証や登録免許税を要し、数週間単位の時間を要する日本の実務とは根本的に異なります。

第二に、この「設立の容易さ」とは裏腹に、アルメニアの会社法には、日本法との重要な相違点が存在します。最も重大なリスクは、LLCの「社員の自由な脱退権」です。日本の合同会社の感覚で合弁事業を組成すると、パートナーの自由な離脱によって事業が頓挫する可能性があります。 さらに、株式会社(JSC)の特定の形態、特に公開株式会社(Open JSC)には、日本よりも厳格なガバナンス規制が「法律上の義務」として課されています。加えて、アルメニアの最高裁判所に相当する破棄院(Court of Cassation)は、近時の判決において、取締役のリスク管理体制構築義務について厳しい判断を下しており、経営責任は厳格に問われる傾向にあります。

本記事では、この対照的な二面性に着目し、LLCとJSCの法的特徴、特に日本の法務常識が通用しない脱退権リスクや厳格なガバナンス規制の具体的な内容、および会社設立手続きの実務を、進出を検討する日本企業向けに解説します。

アルメニア有限責任会社(LLC)と日本の合同会社

有限責任会社(Limited Liability Company, LLC)は、アルメニアにおいて最も一般的に利用される会社形態です。その法的地位は「有限責任会社に関する法律(Law on Limited Liability Companies)」によって規定されます。出資者(Participant)は、原則としてその出資額の範囲内でのみ会社の債務に対して責任を負う「有限責任」を享受します。この点は、日本の合同会社と同様であり、外国企業が100%子会社を設立する際の一般的な選択肢となっています。

柔軟な機関設計と最低資本金要件の不存在

アルメニアのLLCのガバナンス構造は、日本の合同会社と同様に非常に柔軟です。法律上、取締役会(Board of Directors)の設置は義務付けられておらず、会社の最高意思決定機関は「社員総会(General Meeting of Participants)」となります。日常の業務執行は、定款の定めに基づき選任される「執行役(Director または Management Board)」が担います。

また、日本の合同会社が最低資本金1円から設立可能であるのと同様に、アルメニアのLLC法も、設立時における最低資本金の要件を法定していません。銀行業や保険業など、特定のライセンスを必要とする事業は除外されますが、一般的なビジネスにおいては、資本金ゼロでの登記も可能です。この制度的な柔軟性と、後述する設立手続きの簡便さが、LLCが多用される大きな理由です。

社員の自由な脱退権

しかし、このLLCの柔軟性には、日本企業が合弁事業(Joint Venture, JV)を組成する際に看過できない重大な法的リスクが内包されています。それは「社員の脱退(Withdrawal)」に関する規定です。

前提として、日本の合同会社では、社員の持分の安定性を図るため、その脱退は厳しく制限されています。日本の会社法第606条によれば、持分の定めのある社員は「やむを得ない事由」がなければ脱退できず、定款で別途定めた場合でも、通常は他の社員全員の同意などを要求します。

これに対し、アルメニアの「有限責任会社に関する法律」は、社員に極めて強力な脱退権を認めています。同法第12条(e)項は、社員の権利として「他の社員の同意に関わらず、いつでも(at any time)会社から脱退する権利」を有することを明確に規定しています。同法第21条もこの権利を確認しています。

この規定が合弁事業に与える影響は深刻です。例えば、日本企業A社がアルメニア企業B社と50:50のLLCを設立した場合、A社は、B社が永続的なパートナーであると期待するかもしれません。しかし、アルメニア法に基づき、B社は、A社の同意なく「いつでも」脱退を通告できます。脱退が通告されると、LLCはB社に対してその持分価値(事業価値の50%)を金銭で払い戻す義務を負います。

B社はこの強力な脱退権を交渉の切り札として利用し、A社に対して不利益な条件変更を要求したり、高額での持分買い取りを強制したりする可能性があります。もしLLCに払い戻し資金がなければ、事業は破綻しかねません。アルメニアにおいてLLCを選択する場合、この基本構造を前提とした設計を考える必要があります。

アルメニアの株式会社(JSC)と日本の株式会社

株式会社(Joint Stock Company, JSC)は、「株式会社に関する法律(Law on Joint Stock Companies)」に基づき設立される、よりフォーマルな会社形態です。資本が株式(Stock)に分割され、株主(Shareholder)は、その保有株式の価値の範囲内でのみ責任を負います。

これは日本の株式会社に相当し、将来的な公募増資や上場を企図する場合、あるいは前述したLLCの脱退権リスクを回避し、安定的な合弁事業の器を構築する場合に選択されます。

公開JSC(OJSC)と非公開JSC(CJSC)

JSC法は、株式の譲渡制限の有無により、二つの形態を定めています。

一つは「非公開株式会社(Closed Joint Stock Company, CJSC)」です。CJSCは、株主数が最大49名に制限され、株式は原則として既存の株主間または予め定められた者の間でのみ譲渡が可能です。これは日本の「非公開会社(譲渡制限株式会社)」に相当します。LLCの脱退権リスクを回避し、安定したパートナーシップを法的に拘束したいJVにおいて、CJSCは有力な選択肢となります。

もう一つは「公開株式会社(Open Joint Stock Company, OJSC)」です。OJSCは、株式を公衆に対して自由に販売・譲渡でき、日本の「公開会社」に相当します。

なお、最低資本金に関して、旧JSC法第16条ではOJSCに1000倍、CJSCに100倍の最低賃金相当額の資本金を要求していましたが、近時の法改正により、この要件は原則として撤廃されています。現在、銀行、保険、証券業など特定のライセンス事業を除き、LLCと同様にJSCも最低資本金要件なしで設立が可能です。

公開JSC(OJSC)に課される「法律上の義務」

アルメニアの会社法制の第二の特徴は、設立の容易さとは対照的な、OJSCに対する厳格なガバナンス規制です。日本企業がアルメニアでOJSCを設立・運営する場合、日本の会社法や金融商品取引法上の規律とは異なる、法律上の強制義務に直面することになります。

日本において、上場企業のガバナンスの多くは、証券取引所が定める「コーポレートガバナンス・コード」によって規律されています。これは原則として「コンプライ・オア・エクスプレイン(遵守か、さもなくば説明か)」を求める「ソフトロー」です。アルメニアにも同様の「コーポレート・ガバナンス・コード(Rulebook)」が存在し、2024年6月の民法典改正(第76.1条)によってその法的位置づけが強化されましたが、これ自体への準拠は原則として任意です。

しかし、日本の法務担当者が注意すべきは、アルメニアでは、ガバナンスの根幹となる規制が、この任意の「コード」ではなく、強制力のある「株式会社に関する法律」そのものにハード・ローとして規定されている点です。

同法がOJSCに対して直接義務付けている主な内容は、独立取締役の設置義務、CEOと議長の兼任禁止、そして監査委員会の設置義務です。 第一に、OJSCは、取締役会(Board of Directors)のメンバーの少なくとも3分の1を、法律上の要件を満たす「独立取締役(independent directors)」としなければなりません。これはJSC法第85条第5項に規定されています。 第二に、OJSCにおいては、業務執行のトップ(CEOまたはGeneral Director)と、取締役会の監督責任者(Board Chairman)の役職を、同一人物が兼任することが法律で禁止されています。 第三に、OJSCは、取締役会の下に監査委員会(Audit Committee)を設置することが義務付けられています。 日本では、これらの規律の多くが「コード」の原則(ソフトロー)として扱われますが、アルメニアのOJSCにおいては、これらが法律上の絶対的な義務であるという点で、規制のレベルが異なります。

取締役の責任に関する破棄院(最高裁)の判例

こうした厳格な法規制に加え、アルメニアの司法(裁判所)も、取締役の責任を厳しく問う姿勢を示しています。設立の容易さに目を奪われ、ガバナンス体制の構築を怠った場合、現地法人の取締役(日本の親会社からの派遣役員を含む)が個人として法的責任を追及されるリスクがあります。

アルメニアの最高裁判所に相当する破棄院(Court of Cassation)は、近時(判決月は8月と報じられています)の判決において、「株式会社に関する法律」第90条(取締役の忠実義務、Fiduciary Duties)の解釈について重要な判断を下しました。

この判決において破棄院は、「企業のリスク管理体制(corporate risk management procedures)の不遵守は、取締役の義務違反に明確に該当し、当該取締役の個人責任を問う根拠となる」と判示しました。

この判例の意義は重大です。これは、取締役の責任が、積極的な不正行為(忠実義務違反)だけでなく、適切な「リスク管理体制」という体制を構築しなかったという不作為(善管注意義務違反)によっても生じうることを、最高司法機関が確認したことを意味します。日本企業がアルメニアにJSC(特にOJSC)を設立する場合、法律が要求する独立取締役の設置といった形式的な対応だけでなく、破棄院が要求する実質的な「リスク管理体制」を文書化し、運用することが、派遣取締役の法的リスクをヘッジするために不可欠となります。

アルメニアの会社設立手続き

アルメニアの会社設立手続き

アルメニアの会社法制におけるもう一つの特徴は、その設立手続きの圧倒的な簡便さです。手続きは「法人の国家登録に関する法律(Law on State Registration of Legal Entities)」に基づき、法務省傘下の一元的な登記当局である「法人国家登録局(State Register of Legal Entities Agency)」が管轄しています。

オンライン登記システム「e-register.am」と設立費用

設立手続きは、登記当局が運営するオンライン・ポータル「e-register.am」を通じて、ほぼ完全に電子化されています。

このシステムの導入により、LLCやJSCの設立登記申請にかかる国庫手数料は原則として無料とされています。これは、設立に際して公証人認証費用や高額な登録免許税を要する日本や他の多くの国と比較して、著しい優位点です。(ただし、支店の設置や設立後の定款変更、あるいは特定のファスト・トラック・サービスには別途手数料が定められています。)

登記完了までの時間も、日本の法務局での登記手続きと比較して劇的に短縮されています。標準的な定款テンプレートを使用してLLCを電子申請した場合、最短20分で登記が完了すると公表されています。テンプレートを使用しない場合やJSCの設立であっても、提出書類に不備がなければ、通常1〜2営業日で登記が完了します。

アルメニア政府は、この「ワンストップショップ」の原則に基づく迅速かつ低コストな登記システムを、外国投資誘致の柱の一つとして推進しています。

参考:法人国家登録局(State Register of Legal Entities Agency)公式ウェブサイト

外国法人(日本法人)が発起人となる場合の実務

日本の親会社が発起人(Founder)となり、アルメニアに100%子会社(LLCまたはJSC)を設立する場合、この迅速なプロセスを活用できますが、前提として日本側で準備すべき書類の認証手続きが実務上の鍵となります。

登記申請には、発起人の決定書(議事録)、定款(Charter)、役員のパスポート情報、現地住所証明、実質的支配者(UBO)の申告などが含まれます。発起人が外国法人(日本の親会社)である場合、その存在と代表権を証明する文書(日本の場合は「履歴事項全部証明書」)や、設立を決定した取締役会議事録などが必要となります。

ここで重要となるのが認証プロセスです。アルメニアは「外国公文書の認証を不要とする条約(ハーグ条約)」の加盟国です。したがって、日本で発行されたこれらの公文書(登記簿謄本や、公証人認証を経た議事録)は、日本の外務省によるポスティーユ(Apostille)認証を取得する必要があります。

アポスティーユを取得した後、これらの全ての外国語(日本語・英語)文書は、アルメニア国内において、公証されたアルメニア語翻訳(notarized Armenian translations)を作成し、登記申請時に添付する必要があります。

したがって、アルメニアの登記が「20分」や「1日」で完了するというのは、これら全てのアポスティーユ付き書類と公証翻訳が完璧に揃っていることが前提です。日本企業にとっての実務的なタイムラインは、「日本での書類準備とアポスティーユ取得(数日〜数週間)」+「アルメニアでの公証翻訳(数日)」+「登記申請(1〜2日)」となります。

まとめ

本記事では、アルメニア共和国における主要な会社形態(LLCとJSC)の法的特徴と、会社設立手続きの実務について、日本法との比較を交えながら概観しました。

アルメニアのビジネス環境は、日本企業にとって二つの対照的な側面を持っています。一方で、「e-register.am」という優れた電子登記システムにより、設立手続きは1〜2営業日、かつ国庫手数料無料という、世界でも類を見ないほどの迅速性と低コストを実現しています。この「参入の容易さ」は、アルメニア政府による外国投資誘致政策の明確な表れと言えるでしょう。

しかしその一方で、会社法の実体法、特にガバナンスと出資者の権利に関しては、日本法の常識が通用しない重要な相違点が存在します。

最大の注意点は、日本の合同会社に似たLLCの取り扱いです。アルメニアのLLC法が社員に認める「理由を問わず、いつでも可能な脱退権」は、安定的な合弁事業(JV)を志向する日本企業にとって、予期せぬ事業撤退リスクや、パートナーからの不測の要求を許す重大な法的リスクとなり得ます。

他方、株式会社(JSC)は、特に公開JSC(OJSC)において、独立取締役の設置やCEOと議長の兼任禁止を「法律上の義務」として課しており、日本の「コーポレートガバナンス・コード」の「コンプライ・オア・エクスプレイン」原則よりも厳格な規律が求められます。アルメニア破棄院(最高裁)が、取締役の「リスク管理体制の不遵守」について個人責任を問う判断を下している点も、設立後の経営において決して軽視できません。

アルメニアへの進出を成功させるためには、この「入口(設立)の容易さ」と「内部(ガバナンス・社員権)の厳格さ」を正確に理解し、事業の目的に応じて適切な会社形態(100%子会社ならLLC、合弁事業ならCJSCなど)を選択する法務戦略が不可欠です。

当事務所は、現地法人の設立、定款や合弁契約書の作成、ガバナンス体制の構築、そして日本法との比較分析に基づいた法的アドバイスの提供など、幅広くサポートいたします。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

カテゴリー: IT・ベンチャーの企業法務

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