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法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

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【令和8年1月施行】「下請法」が「中小受託取引適正化法」へ大改正、5つの主要改正点を解説

急激な人件費や原材料費、エネルギーコストの高騰により、企業間取引における価格転嫁が大きな課題となっています。こうした状況を受け、公正取引委員会と中小企業庁は、発注側・受注側が対等な立場で価格を交渉しやすくなるよう、サプライチェーン全体に「構造的な価格転嫁」を根付かせる新たな仕組みの整備を進めてきました。

その一環として、令和8年(2026年)1月には「下請法(正式名称:下請代金支払遅延等防止法)」が大きく改正され、法律の正式名称も「製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律」へと変更されることになりました。今回の改正では、これまで対象外だった取引類型やフリーランスの保護範囲の拡大、手形払いの原則禁止、行政による面的執行の強化など、企業にとっても実務上の影響が大きい内容が含まれています。

本記事では、改正法の主要ポイントを整理し、保護対象となる中小受託事業者と委託事業者それぞれの立場から何が求められるのかを、弁護士がわかりやすく解説します。

「下請法」とは

「下請法」とは、その第1条に定められているとおり、「下請代金の支払遅延等を防止することによって、親事業者の下請事業者に対する取引を公正ならしめるとともに、下請事業者の利益を保護し、もって国民経済の健全な発達に寄与することを目的とする」法律です。

「下請法」は「独占禁止法(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)」を補完する特別法として制定されました。

下請法と独占禁止法は、いずれも公正な取引と自由な競争環境を守るための重要な法律で、下請法は、受託(下請)事業者に対する委託(親)事業者の不当な取り扱いを規制する法律です。

しかし、令和8年(2026年)から施行される改正法により、その第1条においても「我が国における働き方の多様化の進展に鑑み、個人が事業者として受託した業務に安定的に従事することができる環境を整備するため、特定受託事業者に業務委託をする事業者について、特定受託事業者の給付の内容その他の事項の明示を義務付ける等の措置を講ずることにより、特定受託事業者に係る取引の適正化及び特定受託業務従事者の就業環境の整備を図り、もって国民経済の健全な発展に寄与することを目的とする」法律であることが明記されました。

取引上の問題について、時代の変化に応じた措置であることが改正の背景にあります。

令和8年(2026年)に施行される改正法は、働き方の多様化という時代の変化に対応するためのものです。改正法では、個人事業主などが安心して業務に取り組める環境を整えることが目的であると明確にされました。業務を委託する事業者に対して契約内容の明示などを義務付け、取引の適正化と就業環境の整備を図っています。

参考:公正取引委員会|中小受託取引適正化法(取適法)関係

改正下請法(中小受託取引適正化法)の5つのポイント

「下請法」大改正の背景と概要

近年の急激な労務費や物価の上昇に対応し、事業者間の取引適正化を図るため、公正取引委員会と中小企業庁が国会に提出した改正法案が2025年5月16日に可決・成立しました。

この改正により、2026年1月1日から「下請法」は「中小受託取引適正化法」に名称が変わり、内容も大幅に改正されます。

主な改正点は、以下の5つです。

  1. 協議を適切に行わない代金額の決定の禁止
  2. 手形払等の禁止
  3. 運送委託の対象取引への追加
  4. 従業員基準の追加
  5. 面的執行の強化

以下、各改正点についてポイントを解説します。

協議を適切に行わない代金額の決定の禁止

原材料費やエネルギー価格、労務費などが上昇しているにもかかわらず、発注者(親事業者)がそのコスト上昇分を取引価格に反映せず、従来の価格のまま取引を続けさせるという価格据え置きが問題視されていました。この問題に対応するため、改正法では、協議を適切に行わないまま一方的に代金額を決定することを禁止し、価格交渉の透明性と公正性を強化する規定を設けました(改正法第5条2項4号)。

この規定が追加された背景には、従来の「買いたたき」規制だけでは対応が難しかった問題があります。

  • 「買いたたき」の立証の難しさ:従来の買いたたき規制では、「通常支払われる対価(市場価格)に比べ著しく低い」ことを証明する必要がありました。しかし、特注品などでは市場価格の算定が難しく、違反を立証するハードルが高いという課題がありました。
  • 交渉の機会さえ与えられない実態:立場の弱い受注者は、取引停止を恐れて価格交渉を切り出すこと自体が困難でした。たとえ申し入れても、発注者に無視されたり、まともに取り合ってもらえなかったりする「門前払い」が横行していました。

今回の改正は、この「交渉のスタートラインに立てない」という問題を解消し、対等な立場で話し合いを行う機会を法的に保障することを目的としています。これにより、サプライチェーン全体でコスト上昇分を適切に分担し、中小企業が賃上げの原資を確保できる公正な取引環境を整える狙いがあります。

この改正により、発注者(委託事業者)は以下のような対応が急務となります。

  • 価格交渉に応じる社内プロセスの整備:購買部門や営業担当者に対し、受注者からの価格協議の要請があった場合は、必ず応じることを社内ルールとして徹底する必要があります。
  • 価格決定に関する説明責任の準備:価格を据え置く、あるいは引き下げる場合には、その根拠となるデータや客観的な情報を準備し:相手に説明できる体制を整えておくことが重要です。
  • 交渉記録の保管:トラブルを避けるため、いつ、誰が、どのような内容で協議を行ったのかを議事録などで記録・保管しておくことが推奨されます。

手形払等の禁止

委託代金の支払期日は、これまで通り60日以内とするルールは維持されますが、今回の改正で新たに支払手段が原則として現金払いに限定される点が大きな変更点です。

今回の法改正では、受注者(下請事業者)の資金繰りの負担を根本的に解消するため、委託代金の支払い方法が厳格化されました。

具体的には、これまで商慣習として残っていた約束手形での支払いが全面的に禁止されます。さらに、電子記録債権(でんさい)やファクタリングであっても、支払期日までに現金化することが難しいものは同様に禁止されることになりました。

この改正の背景には、手形払いが受注者にとって多くの不利益をもたらしてきた実態があります。

  • 資金繰りの悪化:手形は現金化できるまでの期間(支払サイト)が平均100日前後と非常に長く、受注者はその間、売上があっても手元に現金がない状態となり、経営が圧迫されていました。
  • 余分なコスト負担:手形を期日前に現金化するには、金融機関に手数料(割引料)を支払う必要があり、そのコストは受注者が一方的に負担していました。
  • 管理の手間とリスク:紙の手形は、紛失や盗難のリスクがあるほか、その保管・管理にも手間とコストがかかっていました。
  • 不公平な負担の転嫁:発注者側は支払いを先延ばしにすることで、実質的に無利子で資金を調達しているのと同じ恩恵を受けていましたが、その負担はすべて受注者に押し付けられていました。

これまでも行政指導により手形サイトの短縮などが進められてきましたが、依然として手形慣行が根強く残っていました。こうした状況を完全に解消するため、今回の法改正でついに原則現金払いが義務付けられ、受注者に負担を強いる支払い手段が禁止されることになったのです。

保護の対象に「特定運送委託」を追加

今回の法改正で、保護の対象となる取引の種類が拡大され、新たに「特定運送委託」が加わります。

これは、これまで対象外だったトラック運送業者などが荷主から受ける運送委託を法の保護対象に含めるもので、物流業界における取引の適正化を図るのが目的です。

これまで下請法の対象は、以下の4つの取引類型に限られていました。

  1. 製造委託
  2. 修理委託
  3. 情報成果物作成委託(プログラム、Web記事、設計図など)
  4. 役務提供委託(メンテナンス、コールセンター業務など)

令和8年(2026年)からは、これらに⑤ 特定運送委託が加わり、合計5類型となります。

この改正により、個人事業主のドライバーや中小の運送会社が、大手の荷主や元請けの運送会社から不当な取引を強いられることを防ぎ、より公正な契約を結べる環境が整備されます。

適用範囲に「従業員数」基準を追加

4:従業員基準の追加項目

これまでの下請法は、取引を発注する側(親事業者)と受注する側(下請事業者)の資本金の大きさだけで適用対象になるかどうかを判断していました。

しかし、この仕組みには大きな抜け穴がありました。資本金は小さくても、売上規模や従業員数が非常に多い「身軽な大企業」が存在しました。例えば、IT業界やサービス業などでは、大きな資本がなくても多数の従業員を抱え、事業を急拡大している企業が多くあります。このような企業が、資本金が自分たちより大きい下請事業者に発注する場合、従来のルールでは下請法の対象外となっていました。その結果、実質的には発注者側が圧倒的に強い立場にあるにもかかわらず、下請事業者は法律で保護されず、不当な取引を強いられるケースがあったのです。

今回の改正では、従来の「資本金基準」に加えて、新たに「従業員数基準」が設けられました。これにより、資本金が小さくても従業員数が多い事業者が、従業員数の少ない事業者に発注する場合も、新たに法の対象となります。

【具体例】

  • 委託する側: A社(資本金 5,000万円 / 従業員 400人)
  • 受託する側: B社(資本金 8,000万円 / 従業員 50人)

<これまでのルール(資本金基準のみ)>
A社はB社よりも資本金が小さいため、この取引は下請法の対象外でした。A社がB社に対して無理な要求をしても、B社は法律で保護されませんでした。

<これからの新ルール(従業員数基準を追加)>
A社は従業員数が300人を超えており、B社の従業員数(300人以下)よりも多いため、この取引は「中小受託取引適正化法」の対象となります。これにより、B社は法律で保護されるようになります。

このように、従業員数という新しい「ものさし」を加えることで、資本金の額だけでは捉えきれなかった企業間の実質的な力関係をより正確に反映できるようになります。

面的執行の強化

今回の改正では、「面的執行の強化」という新しい仕組みも導入されました。「面的執行の強化」とは、これまで主に公正取引委員会と中小企業庁が担ってきた法律の監督体制を、他の省庁も巻き込んで多角的に広げることを指します。

今回の改正で、各業界を所管する事業所管大臣(例えば、建設業なら国土交通大臣、運輸業なら国土交通大臣、IT関連なら経済産業大臣など)にも、法律を執行するための新たな権限が与えられます。

具体的には、担当する業界の事業者に対して、以下のようなことができるようになります。

  1. 指導・助言::担当業界の親事業者(発注者)が法律に違反するおそれがあると認めた場合、その事業者に対して指導・助言ができるようになります。
  2. 調査協力::公正取引委員会が調査を行う際に、事業所管大臣も必要な協力を行います。

これにより、制度の実効性を高め、より多くの下請事業者を保護することが狙いです。

改正下請法(中小受託取引適正化法)の罰則

今回の法改正は、親事業者に対してより一層のコンプライアンス(法令遵守)を求めるものですが、違反した場合の罰則についても理解しておくことが重要です。

まず、改正後の「中小受託取引適正化法」でも、従来の下請法と同様の罰則規定が維持されます。具体的には、親事業者の代表者、代理人、従業員などが違反行為を行った場合、その行為者と法人の両方が罰せられる「両罰規定」が適用されます。

親事業者が下請事業者に対して買いたたき、受領拒否、不当な返品、支払遅延といった禁止行為を行い、その後の公正取引委員会による是正勧告に従わなかった場合、50万円以下の罰金が科される可能性があります。また、これらの禁止行為とは別に、公正取引委員会が行う検査を拒んだり、妨げたり、あるいは虚偽の報告をしたりした場合も、同様に罰則の対象となります。

また、今回の改正では、実質的に罰則を受けるリスクは高まったと考えるべきです。

その理由の一つとして、まず違反行為の範囲が明確化・拡大された点が挙げられます。これまでグレーゾーンとされてきた「協議なき価格据え置き」が明確に「買いたたき」の一種として禁止行為に含まれたことで、公正取引委員会による違反認定が容易になり、指導や勧告、そして最終的には罰則へとつながる可能性が高まりました。加えて、監督体制が強化されたことも大きな要因です。公正取引委員会や中小企業庁だけでなく、各事業を所管する省庁にも指導・助言の権限が与えられた結果、より多くの「目」が取引を監視することになり、違反行為が発見されやすくなります。

公正取引委員会から勧告を受けると、原則としてその内容(違反した親事業者名、違反事実の概要など)が公表されます。企業名が公表されれば、

  • 「下請けいじめをする企業」というネガティブなイメージが広がる
  • 金融機関や取引先からの信用が低下する
  • 優秀な人材の採用が困難になる

といった、事業の存続に関わる深刻なダメージを受ける可能性があります。これらの公表リスクを重く受け止め、社内の取引体制を整備することが不可欠です。

    まとめ:改正下請法(中小受託取引適正化法)への対応については弁護士に相談を

    以上、「下請法(中小受託取引適正化法)」の改正点について、保護対象となる中小受託事業者と委託事業者の規制について、ポイントを解説しました。

    今回の改正により、取引の実務や契約書の見直しが必要となるケースも考えられます。また、国際取引にも一定の条件で適用される可能性があるため、専門的な判断が不可欠です。

    改正「下請法(中小受託取引適正化法)」について不明な場合は、弁護士へ相談することをおすすめします。

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    弁護士 河瀬 季

    モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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