F1史に残る“物議のラスト1周”──2021年アブダビGP、ルール運用の是非

2021年F1世界選手権の最終戦、アブダビグランプリ。年間チャンピオンが最終ラップで決するという劇的な展開の裏で、FIAのレースディレクターによる前例のないセーフティカー解除判断が大きな波紋を呼びました。この記事では、当該判断がスポーティング・レギュレーションに照らしてどうであったのかを検討するとともに、F1におけるルール運用と公平性のバランスについて考察します。
この記事の目次
何が起きたのか──終盤の混乱
2021年12月12日、アブダビのヤス・マリーナ・サーキットで行われた決勝レースは、ハミルトンとフェルスタッペンが同点で最終戦に臨むという歴史的な状況で行われました。
レースはハミルトンが主導権を握っていましたが、レース終盤で下された“ある判断”が大きな物議を醸すことになります。
53周目、後方を走っていたニコラス・ラティフィ(ウィリアムズ)がクラッシュし、セーフティカー(SC)が導入されました。この間に、2位を走行していたフェルスタッペンはすぐにピットインし、グリップ性能に優れる新品のソフトタイヤに交換します。一方、トップを走っていたハミルトンは、順位を守るためにピットに入らず、すでに何十周も使用していたハードタイヤのままコースに留まりました。
一般的に、セーフティカー導入中の手順としては、本来「すべての周回遅れ車両に追い越しを許可した後に 次の周終了時にSCが退場」というのが基本ルールです。しかし今回、F1レースディレクターのマイケル・マシは、ハミルトンとフェルスタッペンの間に挟まっていた5台の周回遅れ車両のみに追い越しを許可し、その直後にSCを退場させて最終ラップを再開させました。
この“イレギュラーな措置”によって、新品タイヤのフェルスタッペンがハミルトンのすぐ後ろに位置し、圧倒的なグリップ差で追い抜く展開が生まれました。その結果、たった1周のバトルで形勢が逆転し、フェルスタッペンがワールドチャンピオンに輝いたのです。
FIAスポーティング・レギュレーションに照らした検証

この処置は、当時有効だった「2021 Formula One Sporting Regulations」の以下の条項に関わるものでした:
競技長が安全と判断し、かつ「LAPPED CARS MAY NOW OVERTAKE」のメッセージが全参加者に送信された場合、リーダーに周回遅れにされたすべての車両は、先頭車両およびセーフティカーを追い越す必要がある。
競技長がセーフティカーの継続を必要と判断しない限り、最後の周回遅れ車が先頭車両を追い越した次の周回の終わりにセーフティカーはピットに戻る。
2021 Formula One Sporting Regulations 55.3
しかし、このGPでは:
周回遅れ全車ではなく、一部の車両のみが追い越しを許可された
次の周回を待たず、同じ周回中にセーフティカーがピットインした
これは明らかに条文と齟齬がある運用であり、FIAが「ショーの維持」を目的として、規則の例外的解釈を行った事例といえます。
赤旗(レース中断)の可能性はなかったのか
本件では、赤旗(レース一時中断)を出すという選択肢も存在していました(第41条)。赤旗であれば、全車がピットでタイヤ交換可能となるため、フェルスタッペンだけがソフトを履くというアドバンテージはなくなります。
また、残り1周での再スタートが可能となり、タイトル決定戦としての公平性と安全性の両立が図れた可能性もあります。
メルセデスはSC解除が難しいと判断してピットに入らなかった一方、FIAが55.1や55.3条に反する措置を取ったため、戦略が崩壊。これは結果的にスポーツの根幹に関わる問題を引き起こしました。なお、本レースのレースディレクターを務めたマイケル・マシは2021年シーズンでFIAを退職しています。
結論──ルールの柔軟運用はどこまで許されるか
この事案は、F1におけるルール運用の「柔軟性」と「厳格性」の境界が問われた象徴的な事件でした。FIAは2022年以降、レースディレクターの裁量を縮小し、セーフティカー運用ルールの明確化を進めています。
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