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インド共和国の仮想デジタル資産(VDA)規制および税制を解説

インドの仮想デジタル資産(VDA)規制および税制を解説

近年、世界最大の人口と若年層を擁するインドは、デジタル金融の分野においても無視できない巨大市場へと成長を遂げました。特に暗号資産(仮想通貨)の普及率は、民間調査機関のレポート等でも世界トップクラスの水準にあることが示されており、多くの日本人経営者や投資家にとって、その市場の熱量は魅力的に映ることでしょう。しかし、インドにおける暗号資産ビジネスを取り巻く法規制環境は、かつての「規制の空白」や「全面禁止の懸念」といった不透明な段階を脱し、現在は極めて厳格かつ精緻な管理体制へと移行しています。

インド政府の現在のアプローチは、暗号資産を決済手段としての「通貨」とは認めないものの、課税対象となる「資産」として明確に定義し、高率の課税と徹底したマネーロンダリング対策の網をかけるというものです。具体的には、2022年財政法による「仮想デジタル資産(Virtual Digital Asset:VDA)」という定義の導入、所得税法改正による一律30%のキャピタルゲイン課税、取引ごとの1%源泉徴収(TDS)、そして2023年のマネーロンダリング防止法(PMLA)適用拡大による交換業者への登録義務付けなどが挙げられます。

2024年には世界最大級の取引所であるBinanceに対し、コンプライアンス義務違反を理由とした巨額の制裁金が科され、2025年にはマドラス高等裁判所において暗号資産の法的性質に関する画期的な判決が下されるなど、法執行と司法判断の両面で重要な進展が見られました。

本記事では、インド独自の「VDA」の定義、懲罰的とも評される税制の詳細、PMLAに基づく厳格なコンプライアンス要件、そして最新の重要判例について、日本の法制度との比較を交えながら詳説します。

なお、インドの包括的な法制度の概要は下記記事にてまとめています。

インドにおける仮想デジタル資産(VDA)の法的定義

インドで暗号資産関連ビジネスを行うにあたり、最初かつ最も重要なステップは、法律が対象をどのように定義しているかを理解することです。インド法においては、「暗号資産(Cryptocurrency)」という一般的な用語ではなく、「仮想デジタル資産(Virtual Digital Asset:VDA)」という独自の法律用語が採用されています。これは2022年財政法によって所得税法第2条(47A)として新設されたもので、その定義は極めて広範です。

この定義によれば、VDAとは「暗号学的手段またはその他の手段により生成された情報、コード、番号、またはトークン」であり、独自の価値を有するという約束や表現の有無にかかわらず、価値のデジタル的表現を提供するものとされています。ここで特筆すべきは、定義の中で「インド通貨または外国通貨を除く」と明記されている点です。これにより、ビットコインやイーサリアムなどの暗号資産は、法的に法定通貨としての地位を否定され、あくまで投資や価値保存の対象となる「資産」として位置付けられています。また、この定義には非代替性トークン(NFT)も明示的に含まれており、アートやコレクティブルのデジタル化も規制の対象となります。

日本の資金決済法における「暗号資産」の定義が、不特定の者に対する代価の弁済に使用できるという「決済機能」に着目しているのに対し、インドのVDA定義は「価値の保存」や「資産性」に焦点を当てている点に大きな違いがあります。日本法が決済手段としての適正な利用を規律する「業法」中心のアプローチであるのに対し、インド法はまず課税対象として捕捉するための「税法」による定義が先行していることが、規制の性質を決定づけています。

世界で最も厳格な水準にあるインドVDA税制

世界で最も厳格な水準にあるインドVDA税制

インド進出を検討する企業にとって最大のハードルとなるのが、2023年4月から施行されている所得税法第115BBH条に基づく課税制度です。インド政府はVDA取引に対して、他の金融資産とは異なる極めて厳しい課税ルールを適用しています。

まず、VDAの譲渡から生じる所得に対しては、投資家の所得区分にかかわらず一律30%の税率が適用されます。これに健康・教育目的税(Cess)やサーチャージが加算されるため、実効税率はさらに高くなります。日本の税制における暗号資産取引益は雑所得として総合課税の対象となり、所得税と住民税を合わせて最大約55%の累進課税が適用されますが、インドでは利益が少額であっても一律の高税率が課されるため、特に小口投資家やスタートアップにとっては重い負担となります。

さらに厳しいのが課税所得の計算方法です。インドの税法では、VDAの譲渡益を計算する際、差し引くことが認められる経費は「取得費(Cost of Acquisition)」のみに限定されています。マイニングに要した電気代、ハードウェアの減価償却費、従業員の給与、オフィス賃料などは一切経費として認められません。したがって、事業全体としては赤字であっても、VDAの売買単体で利益が出ていれば、その部分に対して課税されるリスクがあります。

加えて、損失の取り扱いについても厳しい制限があります。日本法では、雑所得の範囲内であれば暗号資産の利益と損失を相殺(内部通算)することが可能ですが、インド法ではVDA取引から生じた損失を、給与所得や事業所得など他の所得と相殺することは一切認められていません。さらに、解釈によっては異なるVDA間(例えばビットコインの利益とイーサリアムの損失)の損益通算さえも否認されるリスクが指摘されています。また、当該年度に生じた損失を翌年度以降に繰り越すことも禁止されています。

以下の表は、日本とインドの暗号資産税制の主要な違いを整理したものです。

比較項目日本 (Japan)インド (India)
所得区分雑所得(総合課税)VDA譲渡所得(分離課税)
税率累進課税(最大約55%)一律30%(+加算税等)
経費の範囲売上獲得に直接要した費用全般取得費のみ(その他経費は否認)
損益通算雑所得内で可能不可(他所得との相殺禁止)
損失繰越不可不可

取引ごとのインド源泉徴収(TDS)による流動性への影響

高税率と並んで市場に大きな影響を与えているのが、所得税法第194S条に基づく源泉徴収(TDS)制度です。この制度は、インド居住者がVDAを購入または交換する際、その対価の1%を源泉徴収し、政府に納付することを義務付けるものです。

この制度の主眼は税収確保もさることながら、すべての取引を政府が把握するための「足跡」を残させることにあります。取引所や購入者は、取引額の1%を差し引いて売り手に支払い、差し引いた分を納税者番号(PAN)と紐づけて納税します。これにより、政府は誰がいつどれだけの取引を行ったかを完全に把握することが可能になります。

この1%のTDSは、頻繁に売買を繰り返すトレーダーやマーケットメイカーにとっては、資金効率(資本の回転率)を著しく低下させる要因となります。納付されたTDSは確定申告を行えば還付請求が可能ですが、それまでの間、資金がロックされてしまうからです。日本には暗号資産取引に対するこのような源泉徴収制度は存在せず、この点はインド独自の商習慣としてシステム対応や資金計画に組み込む必要があります。

インドのマネーロンダリング防止法とFIU-INDへの登録義務

インドのマネーロンダリング防止法とFIU-INDへの登録義務

税制による捕捉に加え、インド政府はマネーロンダリング防止法(PMLA)を用いた規制を強化しています。2023年3月の財務省通知により、VDA交換業者、カストディ業者、その他関連サービス提供者は、PMLA上の「報告事業者(Reporting Entity)」に指定されました。

これにより、インド国内で活動する事業者はもちろん、海外に拠点を置きながらインド居住者にサービスを提供する事業者も、インド金融情報機関(FIU-IND)への登録が義務付けられました。登録事業者は、銀行と同様に厳格な本人確認(KYC)、取引記録の5年間保存、疑わしい取引の当局への報告義務を負います。

この規制の実効性を証明したのが、2024年のBinance(バイナンス)に対する法執行事例です。FIU-INDは、無登録で営業を続けていた世界最大手の取引所Binanceなどに対し、PMLA違反を理由にアプリの遮断やURLのブロックを行いました。最終的にBinanceは、インド市場への復帰を果たすため、FIU-INDに登録を行うとともに、過去のコンプライアンス違反に対する制裁金として約1億8820万ルピー(約3億円強)を納付しました。この事例は、インド政府が海外事業者に対しても法を執行する強い意志と能力を持っていることを示しており、日本企業が進出する際にも、現地法人設立やFIU登録といった正規の手続きが不可欠であることを示唆しています。

インド司法判断による投資家保護の進展

規制当局による監視が強化される一方で、司法の場では投資家の権利保護に関する重要な判断が示されています。2025年10月、マドラス高等裁判所は Rhutikumari v. Zanmai Labs Pvt. Ltd. 事件において、暗号資産の法的性質に関する画期的な判決を下しました。

この事案は、大手取引所WazirX(運営:Zanmai Labs)がサイバー攻撃を受けた後にユーザーの資産を凍結したことに対し、投資家が資産の保全を求めたものです。裁判所は、暗号資産は有体物ではないものの、インド法制下において「財産(Property)」に該当すると認定しました。さらに重要な点として、取引所とユーザーの関係は単なる債権債務関係ではなく、「信託(Trust)」に近い関係にあると判示しました。

これにより、取引所は受託者として高度な善管注意義務を負い、ハッキング被害などを理由にユーザーの資産を不当に拘束したり、損失をユーザーに転嫁したりすることは許されないという司法判断が示されました。日本では資金決済法によって利用者財産の分別管理や信託保全が義務付けられていますが、インドにおいても判例法理を通じて同様の保護規範が形成されつつあることは、市場の健全化に向けた前向きな動きと言えます。

まとめ

インドの暗号資産市場は、世界最大級のポテンシャルを秘めている一方で、世界で最も厳格な規制と税制が敷かれている市場でもあります。VDAに対する30%の課税、経費否認、1%のTDS、そしてFIU-INDへの登録義務は、参入障壁として機能すると同時に、一度コンプライアンス体制を確立した企業にとっては、無法地帯ではない安定した競争環境を提供することも意味します。

日本企業がインドでのビジネス展開を検討する場合、単に市場規模に期待するだけでなく、税務コストやコンプライアンスコストを緻密に計算した事業計画が求められます。また、最新の判例が示すように、サイバーセキュリティ対策は法的責任を回避するための最重要課題となっています。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

カテゴリー: IT・ベンチャーの企業法務

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