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法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

IT・ベンチャーの企業法務

数値的基準を満たす企業でもNASDAQ上場を拒絶され得る新解釈指針IM-5101-3の解説

2025年12月19日、米国証券取引委員会(SEC)は、NASDAQ市場における新規上場審査の在り方を根本から変革する新たな解釈指針「IM-5101-3」を承認しました。この指針は、上場を希望する企業がNASDAQの定める数値的な基準を満たしている場合であっても、取引所の裁量によって上場を拒絶できる権限を大幅に強化するものです。これは、特に近年、日本を含むアジア圏の企業、いわゆる外国民間発行体(Foreign Private Issuers, FPI)が関与した「ミーム株」的な激しい株価変動や、ソーシャルメディアを悪用した株価操縦が相次いだことを受けたものと言えます。

モノリス法律事務所では、これまでIT・インターネット法務、および国際法務の観点から多くの企業のガバナンス構築を支援してきましたが、今回の規制変更は、米国市場への進出を目指す日本企業にとって、重要な転換点となります。従来のように、形式的な基準(Quantitative Standards)をクリアすれば上場が約束されるという時代は終わりました。今後は、企業自身の「レディネス(習熟度)」、選定するアドバイザーの「質」、そして株式の流動性構造といった質的な側面が、取引所によって厳格に精査されることになります。

本記事では、この新解釈指針の背景にある具体的なリスク要因と、日本法との構造的な違いについて解説します。

市場操作の脆弱性に対するNASDAQの新たな裁量権

市場操作の脆弱性に対するNASDAQの新たな裁量権

米国証券取引法に基づく自律規制機関(SRO)としてのNASDAQは、以前からRule 5101により、投資家保護や公共の利益のために上場を拒否、あるいは条件を付す広範な裁量権を有していました。しかし、従来の裁量権は主に発行体自身やその関係者の不正行為(Misconduct)に焦点を当てたものであり、第三者による市場操作の可能性のみを理由に上場を拒絶する権限は不明確でした。

新解釈指針IM-5101-3は、この「隙間」を埋めるために導入されました。同指針によれば、NASDAQは申請企業が全ての形式要件を満たしている場合であっても、その証券が市場操作に対して「脆弱(Susceptible)」であると判断すれば、上場を承認しないことが可能となりました。これは、発行体自体に落ち度がない場合であっても、市場環境や外部要因を理由に上場の可否を決定できるという、強力な権限になります。

項目旧来の枠組み (Rule 5101 / IM-5101-1)新解釈指針 (IM-5101-3) の追加要因
精査の対象発行体自身および直接の関係者非提携の第三者、類似企業、アドバイザー
拒絶の根拠過去の不正、犯罪歴、虚偽記載市場操作への「脆弱性」、異常なボラティリティ予測
判断基準主に発行体の内部要因同様の特性を持つ他社の取引パターン
アドバイザー特段の精査対象外過去の関与案件における取引パターンの履歴

この背景には、2025年にSECが連発した取引停止命令があります。例えば、シンガポールに拠点を置くSmart Digital Group Limited(SDM)は、SEC Release No. 34-104112において一時的な取引停止命令(Section 12(k)に基づく)を出されましたが、これは、同社自体が不正を行ったわけではなく、正体不明の第三者がSNSを通じて株価を人工的に吊り上げようとしたことを根拠としていました。NASDAQは、このような事態を未然に防ぐため、上場申請の段階で「同様の被害に遭う可能性が高い企業」を排除する方針を固めたのです。

NASDAQ市場のアジア系FPIを巡る「ミーム株」問題と執行の背景

新解釈指針が特にターゲットとしているのは、ケイマン諸島や英領バージン諸島(BVI)に設立され、東南アジアや中国、日本などのアジア圏で実質的な事業を営む小規模なFPIです。2024年から2025年にかけて、これらの企業はNASDAQのCapital Market層に上場した直後、ソーシャルメディア上での不透明な推奨行為(Pump and Dump)により、合理的な理由のない株価の乱高下に巻き込まれるケースが多発しました。

SECは2025年を通じて、Smart Digital Group Limitedのほか、QMMM Holding Limited(34-104113)、Etoiles Capital Group Co., Ltd.(34-104163)、Platinum Analytics Cayman Limited(34-104164)など、複数の企業に対して取引停止措置を講じました。これらの企業は、上場後1年未満であることが多く、浮動株が極めて薄い(Low Float)という共通の特徴を持っていました。

NASDAQは、IM-5101-3の導入にあたり、これらの取引停止措置を受けた企業と「類似の特性」を持つ申請企業を特定し、精査することを明言しています。具体的には、事業運営の拠点、役員の居住地、そして後述するアドバイザーの顔ぶれが、過去の「問題銘柄」と重なる場合、上場審査は極めて厳格になります。これは、日本企業が米国市場を目指す際、単なる財務数値の整理だけではなく、自社が「市場操作の標的になりやすい属性」を備えていないかを客観的に評価しなければならないことを示唆しています。

なお、本記事では具体的な社名の指摘は控えますが、こうした「ミーム株」の問題は、日本企業も他人事ではなく、日本企業が同様の取引停止措置を受けたケースも現実に発生しました。このため、「日本企業であれば、この問題は無関係」とも言えない状況です。

リスク要因①:アドバイザーの「質」とゲートキーパー責任

IM-5101-3において、最も革新的かつ注意を要する精査項目の一つが、企業が起用するアドバイザー(証券会社、法律事務所、監査法人、IRコンサルタント、清算機関等)の質です。NASDAQは、これらの専門家が過去に関与した上場案件において、不自然な株価変動や規制当局による調査が行われていなかったかを横断的に調査します。

これは、いわゆる「ゲートキーパー」としての専門家に対する信頼性を、発行体の上場適格性に直結させるという考え方に基づいています。もし、申請企業の主幹事証券会社が過去に「ミーム株」的な乱高下を繰り返した銘柄を多く手がけていた場合、NASDAQはその証券会社による株式の配分(Allocation)が、意図的に特定の投資家グループに集中させられ、意図的な流動性の欠如を生み出しているのではないかと疑義を抱くことになります。

精査対象となるアドバイザー注目される評価ポイント
アンダーライター (証券会社)過去の案件における上場直後の株価ボラティリティ、株式の配分先
法律事務所規制当局との対応履歴、コンプライアンス体制の助言実績
監査法人継続企業の前提 (Going Concern) に関する意見の有無と妥当性
清算・仲介業者取引の透明性と、不自然な集中取引の有無

特に、アドバイザーが新設された法人である場合、その法人の「プリンシパル(主要メンバー)」が以前所属していた事務所での実績まで遡って調査が行われます。これは、過去に問題を起こした人物が看板を掛け替えて同様のスキームを繰り返すことを防ぐための措置です。日本企業が米国上場を検討する際、コスト面だけでなく、アドバイザーが米国規制当局からどのような評価を受けているかを事前にデューデリジェンスすることは、今や不可欠なプロセスとなりました。

リスク要因②:流動性の集中リスクと配分構造

「ミーム株」的な操作を可能にする物理的な土壌は、市場に供給される株式が極端に少なく、かつ特定の少数の投資家にその保有が集中している状態にあります。NASDAQは、形式的な株主数や浮動株時価総額の基準(例えばCapital Market層での1500万ドルの非制限浮動株要件等)を満たしていたとしても、その「配分の実態」を精査します。

IM-5101-3の下では、アンダーライターやブローカーによる株式の割当先が、実質的に同一の支配下にあるグループではないか、あるいは二次市場での売買を制限するような裏合意が存在しないかが注視されます。もし、上場時の株式配分が、適切な価格形成を妨げるほど集中していると判断されれば、NASDAQは「十分な流動性が期待できず、価格操作の標的になりやすい」として、上場を拒絶する根拠とします。

この点に関連し、NASDAQは2025年9月以降、純利益基準で上場する場合の非制限公募株式の最低時価総額を従来の500万ドルから1500万ドルへ引き上げるなど、流動性要件そのものを厳格化させる動きも見せています。形式要件の引き上げと、IM-5101-3による質的な裁量精査は、いわば「両輪」となって、小規模かつ不透明なIPOを市場から排除しようとしているのです。

リスク要因③:経営陣の「レディネス(習熟度)」

リスク要因③:経営陣の「レディネス(習熟度)」

米国市場に上場するということは、世界で最も厳格とされる1933年証券法および1934年証券取引所法、そしてサーベンス・オクスリー法(SOX法)に服することを意味します。IM-5101-3は、申請企業の経営陣および取締役会が、これらの米国公開企業としての要件(US Public Company Requirements)に対して十分な経験や習熟度(Familiarity)を有しているかを審査の対象として明文化しました。

これは、単に有能なCFOを雇用しているかといった点に留まりません。取締役会が、NASDAQのガバナンス規則を理解し、内部統制の不備を自ら発見・是正できる能力があるか、また、規制当局からの照会に対して誠実かつ迅速に対応できる体制が整っているかが問われます。特にアジア圏の企業においては、経営の意思決定が米国法のルールと乖離した「独自の商慣習」に基づいて行われている場合、それが市場操作を許すガバナンスの隙間(Vulnerability)とみなされるリスクがあります。

また、経営陣や主要株主の誠実性(Integrity)についても、広範なバックグラウンドチェックが行われます。過去の規制当局への照会(Referrals)の有無やその結果は、NASDAQの審査記録の一部となり、上場の可否を左右する決定的な要因となります。

Smart Digital Group Limited事件の教訓

2025年9月26日にSECが発出したSmart Digital Group Limited(SDM)に対する取引停止命令(SEC Release No. 34-104112)は、IM-5101-3導入の決定的なトリガーとなりました。新指針の運用の方向性を理解するため、この事例について詳細を解説します。

SDMは、シンガポールに拠点を置くケイマン諸島法人で、NASDAQ Capital Marketに上場していました。SECの命令書によれば、同社株の取引停止の理由は、同社自身の不正ではなく、「正体不明の第三者」がソーシャルメディアを通じて投資家に対し、株価を不当に吊り上げるための購入推奨を行っていたことにありました。SECは、このような「Pump and Dump」スキームから投資家を保護するため、10営業日の間、一切の取引を停止させました。

NASDAQの視点から見れば、SDMのような企業が市場に存在するだけで、NASDAQ全体のブランドや信頼性が損なわれると考えたのです。IM-5101-3は、SDMのような「特性(低流動性、特定地域への拠点集中、同様のアドバイザー起用)」を持つ企業を、上場前の段階でブロックするための「予防的措置」です。

この事例から日本企業が学ぶべきは、自社が「クリーン」であっても、市場の構造が「悪意ある第三者」に利用されやすい状態にあれば、NASDAQはその企業を排除するということです。これを回避するためには、上場直後から機関投資家による安定的な保有を確保する、流動性の高い配分設計を行う、といった「構造的な防御策」を講じる必要があります。

拒絶通知への対応と情報開示の義務

IM-5101-3に基づきNASDAQが上場を拒絶することを決定した場合、企業には極めて厳しい開示義務が課せられます。NASDAQ Staffによる拒絶の書面通知を受け取った企業は、その日から4営業日以内に、プレスリリース等のRegulation FD(公平開示規則)に準拠した方法で、通知を受領した事実、根拠となった規則、およびNASDAQが示した具体的な懸念事項を公表しなければなりません。

これは、上場プロセスの失敗を公にすることを強いるものであり、その企業の将来的な資金調達やブランド価値に甚大な影響を与えます。もちろん、企業にはNASDAQのリスティング・ハアリング・パネル(Hearing Panel)に対して不服を申し立てる権利が認められていますが、その審査期間中も「拒絶された」という事実は市場に晒され続けることになります。

このため、日本企業が米国上場を進める際には、形式的な基準を満たしたからといって楽観視するのではなく、プレ・レビュー(予備審査)の段階でNASDAQの担当者と緊密にコミュニケーションを取り、潜在的な懸念事項(アドバイザーの過去の実績や、法域リスク等)を事前に解消しておく「先回り」の戦略が極めて重要となります。

NASDAQ上場のIM-5101-3の精査をパスするための必要事項

IM-5101-3の精査をパスするための必要事項

2026年以降の米国市場進出を見据え、日本企業がIM-5101-3の精査をパスするために準備すべき事項をまとめます。

第一に、アドバイザーの「ホワイトリスト化」です。単にコストが安い、あるいは日本国内での実績があるという理由だけでアドバイザーを選定するのではなく、米国でのIPO、特にFPIの案件において、規制当局から「クリーン」であると認められているパートナーを選定しなければなりません。これには、主幹事証券会社のみならず、法律事務所、会計事務所、IR会社、さらには株式事務代行機関までもが含まれます。

第二に、株式配分の設計です。浮動株比率を最低限に抑えて株価を維持しようとする戦略は、今や「市場操作への脆弱性」を自ら露呈する行為に他なりません。適切な流動性を確保し、かつ長期保有を目的とした機関投資家への配分を重視する「健全な株主名簿」の構築が、上場承認の鍵となります。

第三に、経営陣のコンプライアンス体制の構築です。取締役会の議事録作成から内部通報制度の運用に至るまで、米国法の基準で「いつ、誰に、何を聞かれても即座に、かつ正確に答えられる」体制を構築しておく必要があります。特に、ソーシャルメディア等での自社株に関するデマや不適切な推奨行為に対して、いかに迅速に公式声明を出し、当局と連携できるかという「クライシス・マネジメント(危機管理)」の習熟度が、NASDAQによって厳しくチェックされることになります。

まとめ:NASDAQ上場のためのガバナンス構築は弁護士に相談を

NASDAQが導入した新解釈指針IM-5101-3は、米国資本市場が直面する新たな脅威である「デジタル時代の市場操作」に対する、断固たる拒絶の意思表示です。これは、形式的な基準をクリアすれば誰でも参入できる「オープンなプラットフォーム」から、取引所がその権威と裁量を持って参加者の「質」を保証する「厳選されたクラブ」へと、NASDAQの性格が変容したことを意味しています。

日本企業にとって、この変化は一見すると参入障壁の強化に思えるかもしれません。しかし、真に透明性の高い経営を実践し、世界基準のガバナンスを備えた企業にとっては、不当な価格操作のリスクが軽減された「健全な市場」への招待状でもあります。米国市場という世界最大の舞台で正当な評価を得るためには、もはや財務上の成功だけでは不十分です。市場の誠実性を守るというNASDAQの使命(Public Interest mandate)に、企業としていかに貢献できるかを示すことが、これからの米国上場戦略の核心となります。

当事務所による対策のご案内

モノリス法律事務所では、海外進出を目指す日本企業の皆様に対し、最新の国際規制動向を踏まえた戦略的法務アドバイスを提供しております。米国上場を巡るガバナンス構築やアドバイザー選定、そしてIM-5101-3をはじめとする規制対応について、専門的な見地から引き続きサポートしてまいります。NASDAQ上場支援については、下記記事をご参照ください。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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