著作者人格権と名誉又は声望の保護とは?
当サイトの別記事においても解説しましたが、著作権は特許権等の他の知的財産権とは異なり、申請手続をしなくても、著作物が創作された時点でその著作物を創作した人に、
- 著作権
- 著作者人格権
の2つが、自動的に発生します(無方式主義)。
そして、著作者人格権とは「公表権」(著作権法第18条)、「氏名表示権」(第19条)、「同一性保持権」(第20条)の3つの権利の総称であり、著作者の人格的利益を保護するものです。
さらに、これらに該当する侵害行為でないとしても、著作者の名誉又は声望を害する方法により著作物を利用した場合には、著作者人格権の侵害とみなすという規定が設けられています。
この記事の目次
名誉又は声望の侵害
著作者の名誉又は声望を害する方法によりその著作物を利用する行為は著作者人格権侵害とみなされ、違反行為に対して、著作者は、民事上は差止め、損害賠償、名誉回復措置の請求をすることができますし、刑事罰もあります。
著作権法第113条
7項 著作者の名誉又は声望を害する方法によりその著作物を利用する行為は、その著作者人格権を侵害する行為とみなす。
この規定は体裁上は権利として規定されているわけではありませんが、「名誉名声侵害みなし規定」と呼ばれていて、著作者人格権において、公表権、氏名表示権、同一性保持権と並ぶ権利とされています。
では、実際には、どのような行為が「著作者の名誉又は声望を害する方法によりその著作物を利用する行為」にあたるのでしょうか。著作物を利用されることによって、自分が築いてきた名誉や声望が侵害されるとは、どのような行為のことを指すのでしょうか。教科書的に言われるのは、芸術作品である著作物を風俗広告に利用するなどの行為ですが、これだけではありません。
写真家の名誉又は声望が侵害された場合
最近にも、プロの写真家が、自分の写真を許可なく1年以上にわたり、卑わいな画像等とともに被告が運営するアダルトサイト(風俗店に関する掲示板に係る情報のまとめサイト)のトップページに掲載したとして、被告に損害賠償を求めた事例があります。
被告がサイトにアップロードした夜景写真は原告の著作物であるから、原告の著作権(複製権、公衆送信権)侵害にあたり、このような利用行為は、原告の著作者としての名誉及び声望を害する方法により著作物を利用するものである、と原告は主張しました。裁判所は、被告は呼出しを受けながら本件口頭弁論期日に出頭せず、答弁書その他の準備書面も提出しないから、請求原因事実を争うことを明らかにしないものと認め、これを自白したものとみなしました。
写真をアダルトサイトにアップロード
その上で、原告が本件写真の制作者であり著作者であると認め、被告が本件写真を複製し、被告サイトにアップロードして公衆送信したことにより、原告の本件写真についての著作権(複製権、公衆送信権)を侵害したことを認めました。さらに、被告の行為は、被告サイトにおける本件写真の使用態様に照らし、原告の名誉又は声望を害する方法により著作物を利用する行為であると認められ、原告の著作者人格権を侵害したとみなされる、としました(東京地方裁判所2019年10月30日判決)。
そして、著作権侵害に係る慰謝料は、「著作権侵害行為によって生じた損害は財産損害に対する損害賠償によって回復されるのが通常」であるとして、原告が写真の使用許諾をする場合の使用料3万2400円、そして著作者人格権侵害に係る慰謝料として30万円、弁護士費用3万円、合計36万2400円の支払いを被告に命じました。
著作物が翻案されて名誉又は声望が侵害された場合
『目覚め』と題するルポルタージュ風の読み物をテレビドラマ化するにあたってされた基本的ストーリーの変更等が、著作者人格権を侵害したものであるとして、著作者がドラマのプロデューサーやテレビ東京らに対し、損害賠償請求及び謝罪広告掲載請求を求めた事例があります。
原告著作物は、サウジアラビアへ単身赴任を命じられた建設会社員の妻である主人公が、夫に同行したいと考えたが、会社の事情で許されないため、同行を実現させようと努力する過程で、人間として自立し、成長していく姿を描くものであり、愛によって結ばれているはずであった夫婦が、実は一つの組織であり、「男は仕事、女は家庭」という分業の上に立っていたことに気づき、離婚に至るというものです。
被告らはこの著作をもとに、ドラマ『悪妻物語?夫はどこにも行かせない!海外単身赴任を阻止せよ』の脚本を作成しましたが、原告がこれを検討したところ、原告著作物の最も重要な主題の創造的思想表現を根本的に改変していることがわかったので、ドラマ化を承諾することができない旨回答しました。被告らは原告の承諾がとれないため、当初はドラマの原作者を原告とし、原作を原告著作物としていたのを、急遽その原作者名と原作名をカットして、本件テレビドラマを放映してしまいました。
創作意図に反する脚本の改変
被告らが改変した脚本は、状況設定も、あら筋の展開においても、途中までは原告著作物とまったく同一ですが、その後の展開としては、主人公が仕事をもち、いきいきと働く姿を描いてはいるが、主人公が今まで「愛」にこだわり過ぎた子供っぽい未熟な妻であったことを痛感し、夫の単身赴任先に同行しようとしたことは妻としてあるべき姿ではなかったと後悔して夫に謝り、夫を単身赴任させ、その留守宅を守り、自分の生活を見出したことに喜びを感じるという結末とされていました。
裁判所は、まずテレビドラマの原作としての通常支払われるべき使用料を50万円と認定し、さらに、
単に原告著作物の本件テレビドラマへの翻案にあたってストーリーや表題が改変されたというのみではなく、女性の自立、女性の権利の擁護のための著述活動、社会的活動の一つとして、現代の結婚や女性の自立についての原告の思想、社員の妻に及ぶ企業の支配の批判等の表現として著述された原告著作物が、そのような思想、批判が汲み取れないものに改変され、実在の人物である山脇史子をモデルに、同人の承諾を得て、夫の海外単身赴任という事件をきっかけに、主婦が社会的に目覚め、自分の道を模索して自立しようとする姿を表現した原告著作物が、社会的な視野の狭いあさはかな妻が夫との同伴を求めて大騒ぎしたが、結局は反省して夫の単身赴任を受け入れるという話に改変されたうえ、日本有数のテレビ局において午後9時からの54分間という視聴者のきわめて多い時間に放映されたもので、本件テレビドラマによる原告著作物についての右のような態様の同一性保持権の侵害によって原告はその社会的な名誉声望を毀損され著しい精神的苦痛を被ったものと認められる。
東京地方裁判所1993年8月30日判決
とし、「原告の創作意図に反する利用」として同一性侵害であり、「女性の自立、女子の権利擁護のための著述活動、社会的活動を行ってきた原告の名誉または声望を害する方法による原告著作物の利用」で、著作者人格権を侵害したとして、慰謝料100万円、合計150万円の支払いと朝日新聞全国版朝刊社会面に謝罪広告を掲載することを命じました。
漫画家の名誉又は声望が侵害された場合
漫画家である原告が被告に対し、被告が原告の描いた似顔絵を無断で画像投稿サイトに投稿し、削除を求めた原告から殺人予告を受けたような記事をTwitterに投稿したことについて、著作者人格権侵害、名誉毀損を主張して賠償を求めた事例があります。『海猿』や『ブラックジャックによろしく』、そして人間魚雷回天による特別攻撃隊を扱った『特攻の島』等で著名な漫画家佐藤秀峰は、漫画製作所を経営し、「漫画on Web」というサイトを運営していましたが、販売促進活動の一環として、同サイトで自分の作品を購入した顧客に対し、その希望する人物の似顔絵を色紙に描き、贈与するというサービスを行いました。
被告はこのサイトを通じて、佐藤の漫画2冊を購入すると共に昭和天皇及び現上皇の似顔絵を各1枚贈るよう申し入れて入手し、Twitterに、「天皇陛下にみんなでありがとうを伝えたい。陛下の似顔絵を描いてくれるプロのクリエータさん。お願いします。クールJAPANナウ、です。」と投稿し、その後、似顔絵のうちの1枚を撮影した写真を画像投稿サイトにアップロードした上、Twitterに「陛下プロジェクトエントリーナンバー1、X.海猿、ブラックジャックによろしく、特攻の島」と投稿し、画像投稿サイトへのリンク先を掲示しました。また、残る1枚の似顔絵についても、上記画像投稿サイトにアップロードし、Twitterに「はい応募も早速三通目!…なんとまたXさんの作品だ!なんか萌えますな。萌え陛下。」と投稿し、画像投稿サイトへのリンク先を掲示した、というものです。
政治的企画への似顔絵の利用
これに対し佐藤は、「お客様のリクエストには極力お応えするのですが、政治的、思想的に利用するのはご遠慮ください。あくまで個人的利用の範囲でお応えしたイラストです。」と投稿したところ、被告は、本件似顔絵の写真を上記画像投稿サイトから削除しました。しかし、被告は、Twitterに「毒をもって毒を制すということで、大手マスコミと同じ手法を取ってみた。」「どんな手を使っても注目を集めて伝えたいことがあるんです。」「Xさんにも○害予告されましたし、あちこちから狙われてますので…(以下省略)」等と投稿しました。
佐藤はこれにつき、似顔絵を無断で画像投稿サイトに投稿したことは著作権(公衆送信権)を侵害し、名誉又は声望を害する方法で著作物を利用する行為として著作者人格権侵害であるとし、「○害予告」は「殺人予告」を意味するので、佐藤が被告に対し殺害予告をしたとの事実を摘示することは佐藤の社会的評価を低下させるものであるとして、損害賠償を求め提訴しました。
裁判所はまず似顔絵の写真を画像投稿サイトに投稿したとして著作権(公衆送信権)侵害を認め、「陛下プロジェクト」なる企画に原告が賛同して似顔絵を投稿したかのような外形を整えたのは、「原告やその作品がこのような政治的傾向ないし思想的立場からの一面的な評価を受けるおそれを生じさせるものであって、原告の名誉又は声望を害する方法により本件似顔絵を利用したものとして、原告の著作者人格権を侵害するものとみなされるということができる」とし、著作権侵害により被った損害額20万円、著作者人格権侵害に伴う慰謝料15万円を認めました(東京地方裁判所2013年7月16日判決)。
また、似顔絵を画像投稿サイトから削除するよう求められたことに対し、意趣返しともとれる形で、「Aさんにも○害予告されました」と、「原告から常軌を逸した攻撃的言動ないし危害の告知を受けたかのような記事を投稿し、原告の名誉を毀損した」として、名誉毀損に伴う慰謝料15万円も認め、合計50万円の支払いを被告に命じました。
まとめ
著作物とは、著者の思想又は感情を創作的に表現したものなのですから、著作者の創作意図を外れた利用方法や形態により、その創作意図や思想的スタンスに疑問や疑いを抱かせたり、著作物に表現されている芸術的価値を低めたりするような行為は、厳に慎まなければなりません。築いてきた名誉や声望を、その著作物を利用されることにより侵害されたら、経験豊かな弁護士に相談し、速やかに対応することが必要です。
カテゴリー: 風評被害対策