ジョージアにおける会社設立の実務を弁護士が解説

かつて「グルジア」と呼ばれたジョージアは、コーカサス地方に位置し、欧州とアジアの結節点として地政学的に重要な位置を占めています。同国は世界銀行の「Doing Business」ランキングで上位に位置するなど、手厚い投資家保護と簡素な行政手続きを背景に、外国資本の誘致を積極的に進めてきました。特に、日本の経営者や法務担当者にとって注目すべき点は、現地に渡航することなくリモートで会社設立が可能である点や、IT企業に対する強力な税制優遇措置が存在することです。しかしながら、2021年に施行された新「起業家法」によるEU法準拠のガバナンス強化や、近年の税務当局による「経済的実体(Substance)」の厳格な審査など、進出にあたっては表面的なメリットだけでなく、法的な落とし穴を慎重に検討する必要があります。
本稿では、最新の法令および2025年時点での実務運用に基づき、ジョージアでの会社設立、税制、および法的リスクについて、日本法との比較を交えながら詳細に解説します。特に、配当を行うまで法人税が課されない「エストニア・モデル」の税制や、IT企業が享受できる「バーチャルゾーン」および「国際企業ステータス」の具体的要件とリスク、さらには日本とジョージアの租税条約に基づく課税関係について詳述します。
この記事の目次
2021年改正ジョージア企業法と会社形態の選択
ジョージアの会社法制は、長らく1994年に制定された「起業家法(Law of Georgia on Entrepreneurs)」によって規律されてきましたが、EUとの連合協定(Association Agreement)に基づく法制度の調和を目指し、2021年に抜本的な改正が行われました。この新法は2022年1月1日より施行されており、コーポレートガバナンスの透明性向上や少数株主権の強化が図られています。日本の会社法と比較した場合、ジョージアの法制度はドイツ法の影響を強く受けており、大陸法系の体系を有しているため、基本的な概念において日本法と親和性があります。
外国企業がジョージアに進出する際に利用される主要な事業形態は、有限責任会社(Limited Liability Company:LLC)と株式会社(Joint Stock Company:JSC)です。実務上、圧倒的多数の企業がLLCを選択しています。その最大の理由は、LLCには最低資本金の要件が存在しないためです。これに対し、新法下での株式会社(JSC)は、設立時に少なくとも10万ラリ(2025年時点のレートで約550万円相当)の最低資本金が必要とされ、その設立および維持のハードルが引き上げられました。
日本法における合同会社に近い形態であるLLCですが、新法ではガバナンス構造がより厳格化されています。例えば、定款変更や組織再編といった重要事項の決議には、議決権の75パーセント以上の賛成が必要とされるなど、少数株主(パートナー)の保護が強化されました。また、2022年1月1日以前に設立された既存の法人については、新法への準拠(定款の書き換え等)を行うための移行期間が設けられていますが、この期限は数回の延長を経て、2026年4月1日までとされています。この期日までに対応を行わない場合、法人登記が停止され、最終的には清算手続きに移行するリスクがあるため、既存のジョージア法人を保有する日本企業は注意が必要です。
参考:Law of Georgia on Entrepreneurs
https://matsne.gov.ge/en/document/view/5230186?publication=6
ジョージアにおける会社設立の実務と遠隔手続き
ジョージアにおける会社設立手続きの最大の特徴は、発起人や取締役が現地に赴くことなく、代理人を通じた完全リモートでの設立が可能である点です。これは、ジョージア国家公共登録庁(NAPR)がデジタル化と代理申請を広範に認めていることによります。
具体的な手続きとしては、まず日本国内において、現地の弁護士やコンサルタントに設立権限を付与する委任状(Power of Attorney:PoA)を作成します。日本とジョージアは共に「外国公文書の認証を不要とする条約(ハーグ条約)」の締結国であるため、日本国内の公証役場で公証人の認証を受け、外務省によるアポスティーユ(Apostille)付与を受けることで、その文書はジョージア国内で公文書としての効力を持ちます。日本の東京都や大阪府などの主要な公証役場では、ワンストップサービスにより、公証人の認証と同時にアポスティーユの取得が即日で可能です。
参考:Apostille (MOFA Japan)
https://www.mofa.go.jp/ca/cs/page22e_000416.html
現地代理人は、このアポスティーユ付き委任状と、定款(Charter)、および現地での法人登記上の住所(Legal Address)の使用同意書をNAPRに提出します。手続きは通常、申請の翌営業日、追加料金を支払う特急申請を利用すれば即日(同日)に完了します。日本法人の登記手続きが通常1週間から2週間程度要することと比較すると、その迅速性は際立っています。ただし、登記上の住所に関しては、単なる私書箱や実体のない住所貸しサービス(バーチャルオフィス)を利用することのリスクが高まっています。後述する税務調査において、実体性の欠如を理由に免税ステータスが否認される事例が増加しているため、郵便物の受領や物理的なアクセスが可能な住所を確保することが実務上推奨されます。
ジョージアの税制とエストニア・モデル
ジョージアの法人税制は、2017年より導入された通称「エストニア・モデル」を採用しています。これは、法人が利益を計上した決算期には課税を行わず、その利益を株主への配当(または配当とみなされる支出)として分配した時点で初めて法人税を課すという仕組みです。
具体的には、配当額を0.85で除した金額に対して15パーセントの法人税が課されます。これは実質的に、配当額に対して約17.65パーセントの税負担となります。日本法人が利益の発生と同時に課税(発生主義)されるのに対し、ジョージアでは利益を内部留保し、再投資に回している限り、法人税の支払いを無期限に繰り延べることができます。これは、キャッシュフローを重視するスタートアップ企業や、現地での事業拡大を目指す企業にとって大きなメリットとなります。
また、日本とジョージアの間には、2021年に発効した「所得に対する租税に関する二重課税の除去並びに脱税及び租税回避の防止のための日本国とジョージアとの間の条約(日・ジョージア租税条約)」が存在します。この条約により、ジョージア法人が日本居住者(法人または個人)に対して配当を支払う際の源泉徴収税率は、議決権の10パーセント以上を保有する親子会社間などの要件を満たす場合、従来の法制よりも低い5パーセント(または免税)に制限される場合があります。ジョージア国内法上の配当源泉税率も5パーセントですが、租税条約の適用により、将来的な国内法の税率引き上げリスクから保護されるという法的安定性が確保されています。
参考:Convention between Japan and Georgia for the Elimination of Double Taxation
https://www.mofa.go.jp/files/100143488.pdf
ジョージアのIT企業向け優遇税制と実体要件の厳格化

ジョージア進出の最大の誘因となっているのが、ITセクターに対する強力な優遇税制です。主に「バーチャルゾーン(Virtual Zone Person:VZP)」と「国際企業(International Company Status:ICS)」の2つのステータスが存在します。
バーチャルゾーンは、ITサービスを国外の顧客に提供する企業を対象とし、その利益に対する法人税が全額免除(0パーセント)される制度です。しかし、近年、ジョージア歳入庁(Revenue Service)はこの適用の審査を厳格化しています。特に2022年12月に発行された「方法的指針」以降、単にソフトウェア開発を行うだけでなく、ジョージア国内における「十分な経済的実体(Substance)」が求められるようになりました。これには、ジョージア国内での適切な資格を持つ従業員の雇用や、実際の業務遂行の実績が含まれます。
一方、国際企業ステータス(ICS)は、ITおよび海運業を対象とし、法人税率を5パーセントに軽減するとともに、配当にかかる源泉税を0パーセント、さらに従業員の賃金にかかる所得税を通常の20パーセントから5パーセントに引き下げる制度です。ICSの取得には、ジョージア国内または海外の親会社において2年以上の当該事業の実績が必要とされます。日本のIT企業が子会社を設立する場合、日本本社の実績をもって要件を満たすことが可能です。バーチャルゾーンと比較して法人税は発生しますが、配当課税が免除される点や賃金税の大幅な削減効果がある点、そして要件が明確で法的安定性が高い点から、組織的な事業展開を行う日本企業にとってはICSの方が推奨される傾向にあります。
重要な注意点として、これらの優遇税制を享受するためには、実体の伴わない「ペーパーカンパニー」であってはならないという点です。2025年等の近年の判例や税務紛争において、歳入庁は実体のない企業に対し、過去に遡って免税措置を否認し、追徴課税を行うケースが散見されます。例えば、ジョージア仮想ゾーン居住者協会(Georgian Virtual Zone Residents Association)の会員企業が関与した事例では、IT企業が十分な資格を持つ従業員を現地で雇用していなかったことを理由に、配当とみなされた所得について追徴を受け、法廷で争われたケースがあります。裁判所は、実体要件の解釈について納税者側の主張を認める判決を下すこともありますが、こうした紛争を避けるためには、設立当初から物理的なオフィスの確保や現地スタッフの雇用といった実体形成への投資が不可欠です。
参考:International Company Status (Revenue Service)
https://www.rs.ge/PersonsPreferentialTax-en?cat=2&tab=1
ジョージアの銀行口座開設と金融実務の課題
法人設立自体は容易ですが、その後の銀行口座開設は外国人投資家にとって大きなハードルとなっています。ジョージアの主要銀行(Bank of GeorgiaやTBC Bankなど)は、マネーロンダリング対策(AML)の観点から、非居住者が出資する法人の口座開設審査を厳格化しています。特に、取締役が一度も現地を訪問せずにリモートで法人口座を開設することは、現在では極めて困難です。口座開設には、取締役の対面での面談に加え、事業計画書、取引先との契約書、そしてオフィス賃貸契約書などの提出が求められ、ここでも「ジョージア国内での経済的結びつき」が問われます。
代替手段として、Wise(旧TransferWise)やPayseraといったフィンテックサービスの法人口座を利用するケースが増えています。これらはリモートでの開設が可能ですが、ジョージアの国庫(Treasury)への納税に関しては注意が必要です。ジョージアの納税システムは、国内銀行からの送金を前提とした統一国庫コード(例:101001000)を使用するため、海外送金扱いとなるフィンテック口座からの納税には、仲介銀行の経由や特別な送金手続きが必要となる場合があります。納税の遅延や着金不明を防ぐため、可能であれば現地銀行口座の開設を目指すべきでしょう。
ジョージアにおける紛争解決と司法制度
ジョージアでのビジネスにおいて紛争が生じた場合、原則として現地の裁判所が管轄権を持ちます。トビリシ市裁判所には商事紛争を専門とする部門が設置されていますが、裁判官の不足や案件の増加により、審理の遅延が慢性的な問題となっています。単純な行政訴訟や商事訴訟であっても、第一審の判決が出るまでに数年を要することも珍しくありません。
日本企業が契約書を作成する際には、紛争解決条項として、ジョージアの裁判所ではなく、国際仲裁(Arbitration)を指定することがリスク管理として有効です。ジョージアは「外国仲裁判断の承認及び執行に関する条約(ニューヨーク条約)」の加盟国であるため、他国で下された仲裁判断をジョージア国内で執行することが法的に保証されています。
まとめ
ジョージアでの会社設立は、最低資本金の不要なLLCという柔軟な会社形態、エストニア・モデルによる再投資の促進、そしてIT企業に対する強力な税制優遇措置など、日本企業にとって多くのメリットを提供しています。一方で、2021年の法改正によるコンプライアンス要件の強化や、税務当局による実体要件の厳格な審査、銀行口座開設の難易度など、実務上の課題も存在します。特に「ペーパーカンパニー」による安易な節税は、現在では大きな税務リスクを伴うものであり、現地での雇用や拠点形成を伴う実質的なビジネス展開が求められています。
我々モノリス法律事務所は、こうしたジョージアの最新の法規制や実務慣行を踏まえ、日本企業の皆様の現地進出や法的課題の解決をサポートいたします。現地の法律事務所や専門家とのネットワークを活用し、設立手続きから税務コンプライアンス、契約書作成に至るまで、円滑な事業運営をお手伝いすることが可能です。
カテゴリー: IT・ベンチャーの企業法務
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