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法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

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ジョージアにおける契約法務の包括的分析と日本法との比較

ジョージアにおける契約法務の包括的分析と日本法との比較

南コーカサスの要衝、ジョージアは、長らく「ビジネスのしやすさ(Ease of Doing Business)」を国家ブランディングの中核に据え、極めて規制の少ないリベラルな経済環境を世界に提示してきました。かつて「バラ革命」以降に断行された急進的な規制緩和により、同国は契約の自由を最大限に尊重し、行政の介入を極限まで排した法制度を構築しました。この環境は、世界中から投資家やデジタルノマド、そして生殖補助医療(ART)を求めるカップルを惹きつけ、ジョージアを特異な「リバタリアン的実験場」へと変貌させました。

しかし、2020年代半ばを迎えた現在、ジョージアの法務環境は劇的な「揺り戻し」の只中にあります。欧州連合(EU)への加盟候補国としての地位を獲得し、EU法(Acquis communautaire)との整合性を求められる中で、労働者保護、移民管理、そして生命倫理に関する規制が急速に強化されています。特に、2023年の労働移民法改正や2026年に導入が予定される労働許可制度、そして議論が続く代理出産禁止法案は、これまでの「自由放任」というジョージアのイメージを根本から覆すものです。

本記事は、ジョージアにおける契約法の現状と展望を、特に代理出産契約と労働・移民契約という二つの焦点領域に絞って解説します。法制度の表層的な条文解釈にとどまらず、その背後にあるドイツ法由来の法理、裁判所の判断傾向、そして政治的背景までを文章で丁寧に紐解き、日本の経営者や法務部員が直面するリスクと機会を浮き彫りにすることを目的とします。

ジョージア民法典の構造と契約法の基本原理

ジョージアでのビジネスや個人的な契約行為を行う際、最も基本的かつ重要な前提となるのが、同国が英米法(Common Law)ではなく、大陸法(Civil Law)の国であるという事実です。

1991年のソビエト連邦崩壊後、ジョージアは旧ソ連法からの脱却を急ぎましたが、その過程でモデルとされたのはドイツ民法(BGB)でした。1997年に制定された「ジョージア民法典」は、ドイツの法学者の直接的な支援を受けて起草されており、その体系は日本の民法と極めて高い親和性を持っています。判例法中心の英米法とは異なり、成文法が法源の頂点にあり、「契約の成立には申込と承諾が必要」「債務不履行には損害賠償と解除権が発生する」といった基本ロジックは、日本の法務担当者にとって直感的に理解しやすいものです。

契約自由の原則と信義則の優越

ジョージア民法典の精神的支柱は「私的自治」と「契約の自由」にありますが、これは無制限ではありません。日本民法第90条と同様に、公序良俗に反する契約は無効とされます。近年では特に労働契約や消費者契約において、弱者保護の観点から強行法規が増加しており、当事者の合意があっても排除できない権利が拡大しています。

実務において特筆すべきは、「信義誠実の原則(Good Faith)」の強力な運用です。ジョージア民法第8条第3項は、権利行使および義務履行における信義誠実を義務付けています。これは単なる倫理規定にとどまらず、裁判所が契約書に明記されていない義務を当事者に課したり、形式的には適法に見える権利行使を「権利濫用」として無効化したりする際の根拠として頻繁に引用されます。急激な社会変動や法整備の不備を埋めるために、司法がこの原理を用いて法創造的な判断を下す傾向がある点は、日本法以上にダイナミックな運用と言えるでしょう。

契約違反と救済のメカニズム

契約が履行されなかった場合の救済手段も、大陸法的なアプローチが採用されています。損害賠償においては、日本と同様に「完全賠償主義」が採られ、現実に生じた損害(逸失利益を含む)の填補が原則となります。英米法に見られるような懲罰的損害賠償は原則として認められません。

契約解除については、重大な契約違反(Material Breach)があった場合に認められますが、催告の手続きが厳格に求められることがあります。また、裁判所が契約通りの履行を命じる「特定履行」も制度上は存在しますが、実務上は金銭賠償が優先される傾向にあります。このように、救済の体系は日本法と類似しているものの、その運用には現地の司法慣行が色濃く反映されています。

ジョージア代理出産契約の法的枠組みと規制動向

ジョージア代理出産契約の法的枠組みと規制動向

ジョージア契約法の中で、現在最も注目され、かつ最もリスクが高い分野が「代理出産契約」です。ジョージアは世界でも数少ない「外国人の商業的代理出産」を認める国ですが、その法的環境は現在、大きな不確実性に包まれています。

現行法における代理出産の自由と親子関係の確定

1997年に制定された「医療に関する法律」は、代理出産を明示的に合法化しています。この法律の最大の特徴は、代理母の権利を極限まで制限し、依頼者(Intended Parents)の権利を強力に保護している点です。法的に代理出産を利用できるのは、婚姻関係にある異性愛者のカップル(事実婚を含む)で、かつ医学的に妊娠・出産が不可能である場合に限られます。

ジョージア法の特異性は、出生の瞬間から依頼者が法的な親となるという「親権の自動的確定」にあります。医療法第143条および第144条の規定により、ドナーや代理母は生まれた子の親として認知される権利を有しません。したがって、出生証明書には代理母の名前は記載されず、最初から依頼者夫婦の名前が「父」「母」として記載されます。

これは日本の法制度とは決定的に異なります。日本の最高裁は「母子関係は分娩の事実によって生じる」としており、日本人がジョージアで代理出産を行った場合、ジョージア法上は「依頼者が親」ですが、日本法上は「代理母が親」となります。この「法のねじれ」は、日本への帰国時や出生届提出時に国籍留保や特別養子縁組の手続きを複雑にしますが、ジョージア国内の手続きにおいては、代理母の同意すら不要で親権が確定するため、依頼者にとっては法的に非常に有利な環境と言えます。

商業的代理出産契約の実務

商業的代理出産が認められているため、契約には金銭的条項が詳細に含まれます。公証人による認証が必須とされ、代理母への報酬、医療費、生活費補助などが規定されます。支払いは、妊娠確認時、心拍確認時、出産後といったマイルストーンごとの分割払いが一般的です。また、多胎妊娠時の減胎手術や中絶に関する事前同意、出産後の子の引き渡し義務、面会権の放棄なども契約の核心部分となります。

外国人利用禁止法案によるリスクの高まり

しかし、この安定した環境は崩れつつあります。2023年6月、ジョージア政府は「外国人の代理出産利用禁止」の方針を打ち出しました。政府は、商業的代理出産が「人身売買のリスク」や「経済的困窮者の搾取」につながっているとし、利用者をジョージア国民に限定する「利他主義」への回帰を主張しました。

当初、この禁止法案は2024年1月1日の施行が予定されていましたが、2025年現在、完全施行は見送られ、法的には依然として外国人の利用が可能という報告が優勢です。しかし、法案が撤回されたわけではなく、「無期限延期」の状態にあるに過ぎません。いつ議会で審議が再開され、即時施行されるか予測できない状況が続いています。

このため、現在代理出産契約を検討する場合、契約期間中に法改正が行われるリスク(遡及適用の有無)や、出生後の出国許可取得におけるトラブルを想定した厳密なリスクマネジメントが不可欠です。具体的には、法改正時の返金ルールや、胚を近隣の合法国へ移送する権利を契約に盛り込むなどの対策が求められます。

ジョージアの労働移民法と雇用契約:管理社会への転換

ジョージアの労働市場は、かつて「解雇の自由」が広く認められ、外国人もビザなしで就労可能という開放性を誇っていましたが、近年の法改正により規制強化の波が押し寄せています。

労働法による雇用契約の規律と解雇規制

現在の労働法は、EU基準に近い労働者保護規定を備えています。1ヶ月を超える労働契約は書面での締結が義務付けられ、契約期間も原則として無期雇用とされます。有期雇用は客観的な理由がある場合にのみ認められ、30ヶ月を超えて更新された場合は自動的に無期契約とみなされます。

特に注意が必要なのは解雇規制です。かつての「理由なき解雇」は廃止され、現在は第37条に列挙された正当な理由(経済的理由、能力不足、義務違反など)がなければ解雇は認められません。さらに、解雇を行う際には30日前の予告と、少なくとも1ヶ月分の給与に相当する退職手当(Severance Pay)の支払いが義務付けられています。あるいは、予告期間を置かずに最低2ヶ月分の給与を支払って即時解雇することも可能です。日本の労働基準法にはない法定の金銭補償義務が存在する点は、ジョージア労働法の特徴と言えます。

2023年改正と2026年の新・労働許可制度

2023年9月に施行された改正「労働移民法」は、外国人雇用の現場を一変させました。ジョージアの雇用主は、外国人労働者の情報を専用ポータルサイトに登録することが義務付けられ、違反には罰金が科されるようになりました。これにより、当局は外国人労働者の実態を把握する体制を整えました。

さらに、2026年3月からは、より抜本的な改革である「就労活動許可(Work Activity Permit)」制度の導入が予定されています。これにより、外国人がジョージアで働くためには、合法的な滞在資格に加えて、労働省が発行する許可証が必要となります。この規制は、現地企業の従業員だけでなく、フリーランサーや個人事業主といった自営業者(Self-employed Foreigner)にも適用される見込みです。許可の発行には、日本人対現地人の雇用比率や、雇用主の売上要件などの条件が課される可能性があり、実体のないペーパーカンパニーを通じたビザ取得は極めて困難になると予想されます。

ジョージアにおける契約違反と紛争解決の実務

契約法制がいかに整備されても、契約違反は避けられません。ジョージアにおける紛争解決プロセスには、特有のリスクが存在します。

債務不履行と損害賠償の範囲

ジョージア民法では、契約違反に対して完全賠償主義を採っています。これには直接損害だけでなく、契約が履行されていれば得られたはずの「逸失利益」も含まれます。ただし、逸失利益を請求するためには、単なる推測ではなく、具体的な証拠に基づく証明が必要です。また、日本民法と同様に、予見可能性の範囲内での間接損害も賠償の対象となり得ます。

司法判断の傾向と遅延リスク

ジョージアの裁判所は、近年の労働紛争において「労働者保護」の姿勢を鮮明にしています。例えば、使用者が提示した「組織変更」による解雇を厳格に審査し、実質的な証拠がないとして解雇を無効とし、バックペイの支払いと職場復帰を命じる判決が相次いでいます。

しかし、ジョージアの司法制度最大の問題は、手続きの著しい遅延です。複雑な商事紛争では、第一審だけで数年を要することも珍しくありません。このため、迅速な解決を望むビジネス契約においては、裁判所ではなく仲裁(Arbitration)を選択する条項を契約書に盛り込むことが強く推奨されます。

まとめ

ジョージアの契約法環境は、「リバタリアン的な自由放任」から「EU基準の法治国家」へと急速に変貌を遂げています。かつてのような「ビザなしで入国し、翌日から自由にビジネスや契約ができる」という前提は、もはや過去のものとなりつつあります。

第一に、契約法の基礎においては、ドイツ法由来の体系と信義則の強力な運用を理解し、日本法との親和性と相違点を踏まえた契約書作成が必要です。

第二に、代理出産については、法的にはまだ外国人の利用が可能であるものの、いつ禁止法案が施行されてもおかしくない「レッドカード寸前」の状況です。利用を検討する場合は、法改正リスクに対する周到な出口戦略が不可欠です。

第三に、労働・移民に関しては、2026年に向けて管理体制が完成しつつあります。現地法人や駐在員を抱える企業は、新たな労働許可制度への適合性を早期に確認する必要があります。

このように、ジョージアでのビジネス展開には、現地の最新法令に基づいた精緻なリーガルチェックとリスク管理が求められます。モノリス法律事務所では、こうした現地の法改正動向を常にモニタリングし、貴社のビジネスを守るためのサポートを提供いたします。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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