エッグフォワード社による人材開発支援助成金の不正受給問題から学ぶ自衛の方針

人材開発支援助成金は、企業のリスキリングや人材育成を支援する重要な公的制度です。しかし、その複雑性を悪用した不正受給が後を絶たず、深刻な社会問題となっています。特に、「実質無料」を謳うスキームは、「営業協力費」など、名目が何であろうと、実質的なキックバックを行う時点で不正受給と認定される可能性が非常に高いものと言えます。
本記事では、令和6年12月3日、厚生労働省の労働局が人材開発支援助成金の不正受給に関与したとして社名を公表した、エッグフォワード株式会社の事案の分析を行います。そして、不正がもたらすリスクと、企業が自衛を行うためのポイントについて解説します。
例えば、今回、エッグフォワード社の社名は公表されましたが、申請事業主側の社名は、公表されていません。「それは何故なのか」という点は、今回の事案から学ぶべきことの一つです。
この記事の目次
助成金不正受給事案の概要と背景
エッグフォワード株式会社の事業内容
エッグフォワード株式会社は、東京都渋谷区に本社を置く人材・組織コンサルティング企業です。同社は、企業変革支援や人材開発を中核事業として展開しており、大手企業との提携やスタートアップ支援にも注力していました。人材・組織に関する専門家としての高い信用力を標榜しており、それが顧客獲得の大きな強みとなっていたと考えられます。
不正に関与した助成金の特定
本件の不正受給事案は、「人材開発支援助成金(人への投資促進コース)」に関わるものです。この助成金は、事業主が雇用する労働者に対し、職業に関連する知識や技能の習得を目的とした訓練を実施した場合に、その訓練経費や訓練期間中の賃金の一部を国が助成する制度です。労働者の能力開発を促進し、企業の生産性向上を支援することを目的としています。
この助成金は、近年、新型コロナウイルス感染症の影響による特例措置や、政府が掲げる「人への投資」加速化の流れで要件が緩和され、利用機会が拡大しました。制度の複雑性が増したことで、制度の隙間を狙う専門業者が、いわば「不正受給のコンサルタント」として参入する余地が生まれた可能性は否定できません。
事案の公表
この不正事案は、厚生労働省の愛知労働局、東京労働局、そして岐阜労働局がそれぞれ令和6年12月3日に公表したことにより明らかになりました。各労働局は、エッグフォワード株式会社が、助成金を不正に受けた事業主の不正受給に関与したことを確認したと発表しています。
参考:厚生労働省東京労働局|人材開発支援助成金の不正受給に関与した訓練実施者の公表について
本件の助成金不正受給の具体的スキーム

「実質的負担」の要件
人材開発支援助成金は、申請事業主が訓練経費の「全額」を負担していることを支給の要件としています。これは、助成金が税金を原資とする公的資金であり、企業の自発的かつ実質的な投資努力を支援するという、制度本来の趣旨に基づくものです。事業主が訓練費用を負担していない、あるいはその費用が別の形で還流されている場合、助成金申請は要件を満たさないことになります。この「実質的負担」という要件が、エッグフォワード社が用いていた不正スキームに関わります。
「実質無料」スキームの構造
エッグフォワード社が関与した不正の手口は、いわゆる「実質無料」スキームとして構築されていました。その具体的な仕組みは以下の通りです。
- 資金の補填:訓練を実施する事業者であるエッグフォワード社が、助成金の申請者である事業主に対し、「営業協力費」などの名目で、訓練経費と同額または一定割合の金額を支払いました。
- 見せかけの費用負担:助成金申請事業主は、エッグフォワード社から補填された資金を原資として、形式上は自社で訓練経費を全額支払ったかのように装い、虚偽の申請を行いました。
- 助成金の申請と分配:事業主は、この申請に基づいて助成金を受給し、その後、事業主が受け取った助成金の一部を、事前に交わされた覚書に基づき、エッグフォワード社が収受することになっていました。
調査の結果、エッグフォワード社から事業主へ支払われた「営業協力費」には、対価関係に立つ実質的な役務提供が認められず、名目上の契約が不正を隠蔽するための手段であったことが明らかになっています。このスキームは、事業主が自己負担なしで訓練を受講できる上に、一定の利益が残るというものでした。そして、この場合、事業主は訓練経費の「全額」を負担しているとは言えず、支給の要件を満たさないため、「不正受給」である、ということになります。
悪質な助成金不正受給の指南行為と法的問題
エッグフォワード社の不正は、単に資金還流スキームを考案しただけにとどまりません。同社は、申請事業主に対して助成金支給申請書の作成方法を指南し、さらに労働局から不正受給に関する調査を受けた際の対応方法についても指示を出していたとされています。
この指南行為は、不正の幇助という範疇を超えていると言えるでしょう。本件でエッグフォワード社が行ったとされる、対応方法についての指示の詳細は公表されていませんが、例えば、「営業協力費(など実質的なキックバックの支払い)」に関して、対価関係に立つ実質的な役務提供があったと証言するように求める、といった指示を行う業者も存在する模様です。
助成金不正受給の全容
エッグフォワード株式会社が関与したとして今回公表された、人材開発支援助成金の不正受給額は、複数の労働局が公表した情報によれば、下記とのことです。
労働局 | 助成金名 | 不正受給額 | 申請事業社数 | 公表日 |
---|---|---|---|---|
愛知労働局 | 人材開発支援助成金(人への投資促進コース) | 14,850,000円 | 1社 | 令和6年12月3日 |
東京労働局 | 人材開発支援助成金(人への投資促進コース) | 4,950,000円 | 1社 | 令和6年12月3日 |
岐阜労働局 | 人材開発支援助成金(人への投資促進コース) | 9,900,000円 | 1社 | 令和6年12月3日 |
そして、こうした不正は、エッグフォワード社のような訓練実施者の側が発案し、複数(今回明らかになったのは3社)の申請事業主に持ちかける、という形で行われることが通常です。このため、例えば、この場合の3社の中の1社で従業員からの内部告発が行われ、行政が当該1社を調査し、組織的犯行の可能性が高いと判断し、他の申請事業主の事例に関しても横断的に調査を行う、といった形で、いわば「芋づる式」の調査が比較的容易に行われるものと思われます。
助成金不正受給の法的・経営的側面:リスクと罰則
刑事・民事上の法的責任
助成金の不正受給は、単なる行政上の問題ではなく、犯罪行為に該当する可能性があります。労働局を欺いて公的資金を不正に取得する行為は、刑法第246条の詐欺罪に問われる可能性が極めて高いとされています。詐欺罪は「10年以下の懲役」と定められており、罰金刑が規定されていないため、起訴されると正式裁判となります。
この法的責任は、不正スキームを考案したエッグフォワード社と、虚偽の申請を行った申請事業主の双方に及びます。
- エッグフォワード社:不正を指南した訓練実施者は、単なる幇助にとどまらず、詐欺罪の共同正犯として問われる可能性があります。このような悪質な指南役は、たとえ全額を弁償したとしても実刑判決を受ける可能性が十分にあり得ます。なお、同社の元取締役が、助成金不正とは別の事案で会社法違反(特別背任)の容疑で 2024年11月13日に逮捕された事実も公表されています。
- 申請事業主:申請事業主もまた、自らが虚偽の申請を行ったため、詐欺罪の共同正犯に問われるリスクがあります。
金銭的・行政的ペナルティ
不正受給が確定した場合、関与した企業には以下の複合的な重罰が科されます。これらは、エッグフォワード社と申請事業主、双方に科されるペナルティです。
詳細 | |
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受給額の全額返還 | 不正に受給した金額の全額を返還する義務があります。エッグフォワード社が関与した事案では、合計2,970万円の返還命令が下されています。 |
違約金(加算金) | 不正受給額の20%に相当する金額の納付を命じられます。不正受給額2,970万円に対して、約594万円の加算金が科されることになります。 |
延滞金 | 不正受給日の翌日から返還完了までの年率10.95%の利息が課されます。返還が遅延するほど、企業の金銭的負担は加速度的に増加します。 |
助成金受給資格の剥奪 | 不正受給と判定された日から5年間、雇用関係助成金を含むすべての助成金の受給資格が剥奪されます。返還が完了しない場合は延長されます。 |
助成金申請事業主の社名が公表されなかった理由

社名の公表基準
今回、エッグフォワード株式会社は「訓練実施者」として、複数の労働局から社名と代表者名が公表されました。一方で、助成金を申請した3社の事業主(企業)の社名は公表されていません。
これは、社名の公表基準が「訓練実施者」と「申請事業主」で異なるためです。
- 訓練実施者(エッグフォワード社):社会保険労務士や訓練実施機関など、不正に関与した指南役の場合、金額や返還の有無にかかわらず、原則として社名が公表されます。これは、不正の連鎖を断ち切るための厳しい措置です。
- 申請事業主(訓練を受けた企業):申請事業主の社名が公表されるのは、原則として労働局の調査により不正が発覚し、かつ支給決定取消額が100万円以上の場合に限られます。しかし、労働局による調査が入る前に事業主自らが自主申告を行い、速やかに全額を返還した場合、公表を免れる可能性があるとされています。今回の事案で申請事業主の社名が公表されなかったのは、これらの企業が自主申告という対応を取ったことが理由である可能性があります。
訓練実施者と申請事業主の潜在的な利害対立
このため、訓練実施者の社名がまだ公表されていない時点では、訓練実施者と申請事業主の間には、潜在的な利害対立があります。
- 訓練実施者(今回のケースにおけるエッグフォワード社の立場):不正が発覚すると原則社名を公表されるので、自主申告という手段は基本的にない。申請事業主による自主申告を妨害し、「逃げ切る」ことを望む
- 申請事業主(今回のケースにおける3社の立場):適切な自主申告を行えば、(今回の3社のように)社名を公表されずに済む可能性がある
訓練実施者から申請事業主に対し、「不正受給に関する調査を受けた際の対応方法についての指示」などが行われやすいのは、こうした構造によるものだと言えるでしょう。
まとめ:助成金に関するトラブルは弁護士に相談を
エッグフォワード社の事例は、助成金制度の複雑性を悪用した不正が、いかに巧妙かつ組織的に行われるかを示す典型例です。
今回の事案を受けて、助成金制度の監査は、形式的な書類確認から、資金の流れや役務提供の実態を詳細に検証する「実質主義」へと移行していくと予測されます。会計検査院も、不正を防ぐための制度見直しを厚生労働省に要求しており 、今後は異なる省庁間でデータが連携され、不正受給がより容易に発覚する体制が構築される可能性が高いと考えられます。
企業は、今回の事例から以下の予防策とリスク管理の重要性を認識する必要があります。
まず、事前の対策としては、コンプライアンス体制の強化と、専門家の選定基準の厳格化が必要でしょう。助成金申請に関わる担当者への教育を徹底し、申請書類の作成プロセスに内部監査を組み込むべきです。そして、助成金申請のサポートを外部に委託する場合、「簡単」「実質無料」といった甘い言葉に惑わされるべきではありません。
また、万が一、不正の疑いがある場合は、労働局の調査が入る前に速やかに自主申告を行うことが、法的・金銭的リスクを最小化する上で最も重要な手段となります。自主申告を行うことで、特に悪質な場合などの例外を除き、事業主名の公表を免れる可能性があります。
そして、その際には、訓練実施者(今回のケースにおけるエッグフォワード社の立場)から、不正受給に関する調査を受けた際の対応方法についての指示などを受けても、従うべきではありません。
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モノリス法律事務所の取扱分野:補助金等の不正受給対応
カテゴリー: IT・ベンチャーの企業法務