スウェーデンにおける会社設立と法的リスク管理

北欧最大の経済規模を有し、イノベーションと透明性の高いビジネス環境で知られるスウェーデン王国(以下、スウェーデン)。日本企業が欧州単一市場へのゲートウェイとして、あるいは先端技術やスタートアップとの協業拠点として同国へ進出する際、その法制度は一見すると合理的で親しみやすいものに映ります。しかし、その透明性の裏側には、日本法とは根本的に異なる厳格な「経営者責任」の法理が潜んでいることに注意が必要です。特に、資本金が毀損した場合の取締役の個人的責任や、未払い税金に対する厳格な代表者責任は、日本企業の感覚で子会社管理を行っていると、予期せぬ巨額の個人的債務を負うリスクがあります。2025年5月に下された最高裁判所判決(CashCom事件)は、登記されていない「事実上の取締役」にまでその責任範囲を拡張するものであり、日本本社から派遣される駐在員や本社の管理職にとっても看過できない法的リスクとなっています。
本稿では、スウェーデン進出を検討する日本人経営者および法務担当者を対象に、進出形態の選択肢である「有限責任会社(Aktiebolag)」と「支店(Filial)」の法的な違いを解説します。また、手続き面の解説にとどまらず、日本の会社法との比較法的視点から、現地法人運営におけるコンプライアンスの勘所と、最新の判例法理に基づくリスク管理の実務を詳細に論じます。スウェーデンでのビジネス展開は、単なる市場参入ではなく、こうした厳格な法的規律への適応プロセスでもあるのです。
この記事の目次
スウェーデン進出における法的枠組みと事業形態の選択
スウェーデンにおいて外国企業が事業活動を行うための法的基盤は、主に会社法(Aktiebolagslag)および外国支店法(Lag om utländska filialer m.m.)によって規律されています。日本企業が現地拠点を設立する場合、選択肢は主に「有限責任会社(Aktiebolag、略称:AB)」と「支店(Filial)」の2つに大別されます。これらは日本の株式会社や支店に相当する概念ですが、その法的性質や運営に伴う義務には独自の法的設計が見られます。
両者の根本的な違いは、独立した法人格の有無と、それに伴う親会社の責任範囲にあります。有限責任会社は独立したスウェーデン法人であり、株主の責任は出資額を限度とする有限責任にとどまります。これに対し、支店は外国親企業の出先機関にすぎず、法的には親会社と同一の人格を有します。したがって、支店が現地で負った債務については、日本の親会社が直接的かつ無限の責任を負うことになります。
実務上の選択において重要な指標となるのが、設立手続きの難易度と情報開示の負担です。有限責任会社は最低資本金制度や厳格な銀行手続きが存在するものの、一度設立されれば現地企業として独立した信用力を持ちます。一方、支店は資本金が不要で設立が容易に見えますが、毎年の決算において「親会社の財務諸表」をスウェーデン当局に提出し、公開する義務を負います。日本の親会社の詳細な決算情報を全訳して現地の登記所に提出し、誰でも閲覧可能な状態に置くことは、上場企業や機密性を重視する企業にとって大きな負担となり得ます。
スウェーデンの有限責任会社(Aktiebolag)設立と運営実務
有限責任会社(AB)は、スウェーデンにおける最も標準的な事業形態であり、日本の株式会社に相当します。会社法に基づき、非公開会社(Privat AB)と公開会社(Publik AB)に分類されますが、一般的な進出においては非公開会社が選択されます。
最低資本金と銀行証明書の壁
2020年以降、スウェーデンにおける非公開会社の最低資本金は25,000クローナ(約35万円)に引き下げられています。これは起業を促進するための政策ですが、後述する「資本不足時の責任」との関係で、日本企業にとっては逆説的にリスクを高める要因ともなっています。日本の会社設立では資本金1円でも設立が可能ですが、スウェーデンではこの最低資本金要件が厳格に維持されています。
設立実務において日本企業が直面する最大の障壁の一つが、資本金の払込証明です。会社登録庁(Bolagsverket)への登記申請には、スウェーデン国内の銀行、または欧州経済領域(EEA)内の銀行が発行した「資本金が払い込まれたことを証する証明書(Bankintyg)」の原本または電子証明の提出が必須となります。日本の銀行が発行する証明書は認められません。
ここで問題となるのが、近年の厳格なマネーロンダリング対策(AML)です。現地の銀行は、スウェーデンに居住する代表者が不在の段階や、実質的支配者の確認が完了していない段階での法人口座開設を拒否する傾向にあります。会社がないと口座が作れず、口座がないと会社が作れないというジレンマを解消するため、実務上は現物出資による設立や、設立済みの棚卸会社(Shelf Company)を購入するスキームが頻繁に利用されています。
ガバナンス構造と居住要件
ABの機関設計は、株主総会、取締役会、およびマネージング・ディレクター(MD)によって構成されます。日本の取締役会設置会社と類似していますが、役員の居住要件については日本よりも保守的な規制が残っています。
取締役の半数以上は、EEA(欧州経済領域)の居住者でなければなりません。また、MDを設置する場合、その者もEEA居住者である必要があります。日本でもかつては代表取締役の住所要件がありましたが、現在は撤廃されています。スウェーデンでは依然としてこの要件が維持されており、日本から派遣する駐在員が居住許可を取得する前の段階では、役員構成に苦慮することになります。例外的に会社登録庁から免除(Dispens)を得ることも可能ですが、必ず許可されるとは限りません。
また、取締役が1名または2名の場合は、少なくとも1名の取締役代理(Suppleant)を選任し登記する必要があります。これは日本の「補欠取締役」とは異なり、正取締役が病気や不在の場合に直ちにその職務を代行する権限を有する常設の機関です。
スウェーデンの支店(Filial)における特有の法的義務
支店(Filial)を選択する場合、資本金の払込は不要であり、撤退時の手続きも比較的容易です。しかし、運営面での負担は決して軽くありません。
支店は親会社の一部門であるため、その商号には必ず「Filial」という語を含め、かつ親会社の名称を表示して従属性を明確にする必要があります。また、事業運営の責任者として支店長(MD)を1名任命する必要があり、支店長は原則としてEEA内に居住していなければなりません。居住要件を満たす支店長がいない場合、別途スウェーデン居住者を送達受取人として登記する必要があります。
支店を選択する際の最大の懸念点は、財務情報の「二重開示」義務です。支店は独自の会計帳簿を作成する義務を負うだけでなく、親会社の年次報告書(決算書)および支店自体の年次報告書の両方を、スウェーデン会社登録庁に提出・登記しなければなりません。日本の親会社の決算書を毎年スウェーデン語に翻訳(英語が認められる場合もあります)し、公的機関に提出して一般公開することは、事務的コストだけでなく情報管理の観点からも慎重な検討を要します。
【重要】スウェーデンにおける取締役の個人的責任と「資本不足」のリスク

本稿において最も強調すべき点は、スウェーデンにおける取締役の個人的責任の厳格さです。日本の会社法においても役員の対第三者責任(429条)は存在しますが、スウェーデン法、特に会社法第25章に基づく「資本不足(Kapitalbrist)」ルールは、主観的な悪意がなくとも形式的な要件で発動する点で、日本法の実務感覚とは大きく異なります。
会社法第25章の罠:資本の50%ルール
スウェーデン会社法第25章は、会社の自己資本(Equity)が登録資本金の半分未満になった場合の手続きと、それに違反した場合の取締役の個人的責任を定めています。これを「管理貸借対照表制度(Control Balance Sheet Regime)」と呼びます。
手続きとして、取締役会は自己資本が登録資本金の50%を下回ったと疑うべき理由が生じた時点で、直ちに「管理貸借対照表」を作成し、監査人の審査を受けなければなりません。その後、株主総会を招集して事業の継続か清算かを決議し、8ヶ月の猶予期間内に資本を回復させ、再度総会で確認する必要があります。
もし取締役会がこの一連のプロセス、特に「管理貸借対照表の作成」や「総会の適時招集」を怠った場合、取締役は連帯して、その懈怠期間中に発生した会社の新たな債務について、個人的に支払い義務を負います。日本の会社法には、単に債務超過に陥ったという事実だけで、取締役が対外的な取引債務全額の連帯保証責任を自動的に負わされるような規定はありません。
スウェーデンの最低資本金は25,000クローナ(約35万円)と低額です。設立直後の現地法人がオフィス契約や初期投資を行えば、容易に17.5万円程度の損失を計上し、この「50%ルール」に抵触してしまいます。この時点で取締役が漫然と事業を続け、所定の手続きをとっていなければ、その後に発生したオフィスの賃料や取引債務について、取締役個人が私財で支払う義務が生じるのです。
最新判例:事実上の取締役への責任拡張(CashCom事件)
この責任リスクは、登記された正規の取締役にとどまりません。2025年5月15日にスウェーデン最高裁判所(Högsta domstolen)が下した「CashCom事件(Case T 8723-23)」判決は、日本企業にとっても衝撃的な内容を含んでいます。
この事案では、資本不足状況下において、正式に登記された取締役ではないものの、経営に実質的な影響力を行使していた人物(いわゆる影の取締役)が、会社法25章18条に基づく個人的責任を負うかが争われました。最高裁は、同条の責任主体は形式的な取締役に限定されず、実質的に取締役としての機能を果たしていた者(De Facto Director)も含まれると判示しました。
これは、日本本社からスウェーデン子会社の経営を実質的に指揮・命令している本社の担当部長や、現地に駐在しているが登記されていないマネージャーが、子会社の倒産時に「事実上の取締役」と認定され、個人的に巨額の債務弁済を求められるリスクがあることを意味します。この判決文の詳細は、スウェーデン裁判所公式ウェブサイト等で確認可能です。
参考:スウェーデン最高裁判所 判決要旨(T 8723-23)
未払い税金に対する代表者責任
会社法以外でも、税手続法において取締役および支店長の厳格な責任が定められています。会社が源泉徴収税や付加価値税などを滞納した場合、その滞納について「故意または重過失」があった取締役は、会社と連帯して納税義務を負います。
ここでの「重過失」の認定基準は非常に低く設定されています。資金繰りが悪化し、納税期限までに税金を支払えないことが予見できたにもかかわらず、直ちに支払いを停止して破産等の法的措置をとらずに事業を継続した場合、それは「重過失」とみなされます。日本では経営者が「会社を再建するためにギリギリまで努力する」ことが美徳とされる側面もありますが、スウェーデンでは「早期に清算手続きに入らずに税金を滞納させた」として、個人的責任を追及される根拠となります。
まとめ
スウェーデンにおける会社設立は、デジタル化された行政手続きにより効率的に進められる一方で、会社法および税法における経営者責任は、日本の法感覚よりもはるかに厳格かつ形式的に運用されています。特に、最低資本金の低さは参入障壁を下げる一方で、会社法25章に基づく個人的責任のリスクを増大させる要因となっており、2025年のCashCom判決以降、そのリスクは登記簿上の役員以外にも波及する可能性があります。
日本企業が安全に進出を果たすためには、設立形態の慎重な選択はもちろんのこと、設立直後からの厳密な財務モニタリング体制の構築が不可欠です。資本の50%割れを即座に検知し、自動的に法的手続きを開始できるガバナンスを設計することが、経営陣を守るための最良の防衛策となります。モノリス法律事務所では、こうした現地の法的特性を踏まえた定款作成、資本政策の立案、そして現地専門家との連携によるコンプライアンス体制の構築をサポートいたします。北欧市場への展開をご検討の際は、ぜひご相談ください。
カテゴリー: IT・ベンチャーの企業法務
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