ポーランドの税法解説:法人所得税と付加価値税の実務

中東欧における最大の経済大国であるポーランド共和国(以下、ポーランド)は、EU市場へのゲートウェイとして日本企業にとって重要な投資先です。その税制は、企業の成長を後押しする強力な優遇措置と、デジタル技術を駆使した世界でも類を見ない厳格な徴税システムという二つの顔を持っています。
特に日本企業が注目すべきは、法人所得税(CIT)における「小規模納税者」に対する9%という極めて低い税率や、再投資を促進する「エストニアCIT」といった、日本の中小企業税制よりも手厚いインセンティブです。しかしその一方で、付加価値税(VAT)においては、日本では導入されていない「スプリット・ペイメント(分割支払い)」の義務化や、送金先口座を国のデータベースで確認させる「ホワイトリスト制度」など、高度な監視システムが稼働しています。
最新の法改正では、スプリット・ペイメント制度の適用期限が2028年まで延長される見込みであるほか、2024年後半に下された最高行政裁判所(NSA)の判決により、契約上の違約金の損金算入は認められやすくなった反面、VATの形式不備については善意の第三者であっても保護されないという厳しい司法判断が定着しつつあります。これらに違反した場合、悪意がなくとも「損金否認」や「加算税」といった制裁が即座に科されるリスクがあります。
本記事では、2025年の最新基準額や判例に基づき、日本法との比較を交えて、現地ビジネスを成功させるための税務戦略とコンプライアンス要件を詳説します。
この記事の目次
ポーランド税制の全体像と日本法との比較視点
ポーランドの税法体系は、1992年制定の法人所得税法(CIT法)と2004年制定の物品・サービス税法(VAT法)を中核としています。日本の税法体系と比較した際、最も顕著な違いは「形式への厳格さ」と「デジタル監視の徹底」にあります。日本の税務調査では、実質所得者課税の原則に基づき、書類上の軽微なミスであれば経済的実態が優先される余地がありますが、ポーランドでは請求書の記載不備や送金手続きの誤りが、即座に税務上の否認につながります。
ポーランド法人所得税(CIT)の構造と優遇措置

ポーランドの法人所得税(CIT)は、日本の法人税と同様に企業の所得に対して課されますが、企業規模に応じた税率設定や、外国企業の支店に対する扱いにおいて独自の特徴を持っています。
納税義務者と課税範囲
ポーランドに登記上の本店または実質的な管理拠点を有する法人は「居住者」とみなされ、全世界所得に対して課税されます。これは日本の内国法人と同様の扱いですが、日本企業のポーランド支店(Branch)の扱いには注意が必要です。法的には日本本店の延長ですが、税務上は恒久的施設(PE)として独立した納税主体に近い扱いを受け、支店に帰属する所得に対してCITが課されます。
税率構造と小規模納税者特例
CITの標準税率は19%ですが、特定規模以下の企業には9%の軽減税率が適用されます。この二段階の構造は日本の中小法人向け軽減税率(年800万円以下の所得に対し15%)と類似していますが、ポーランドの9%税率はより低率であり、適用要件が売上高によって機械的に決まる点が特徴です。
| 税率区分 | 適用対象 | 税率 | 備考 |
| 標準税率 | 全ての法人(原則) | 19% | キャピタルゲイン(資本利得)には一律で適用 |
| 軽減税率 | 小規模納税者および設立初年度の法人 | 9% | 事業所得(Operational Income)にのみ適用 |
小規模納税者の定義と2025年の制限額
「小規模納税者(Small Taxpayer)」として9%の税率を適用するためには、以下の二つの基準を満たす必要があります。基準額はユーロで設定されていますが、判定にはポーランド国立銀行(NBP)の特定日の為替レートで換算されたズロチ(PLN)建の金額が用いられます。為替変動により、日本円換算での枠が変動する点に注意が必要です。
| 判定基準 | 基準額(ユーロ) | 2025年適用におけるPLN換算額 | 換算レート基準日 |
| 1. 前年度売上高基準 | 売上高(税込)が200万ユーロ以下 | 8,569,000 PLN | 2024年10月1日 |
| 2. 当年度収益基準 | 収益(税抜)が200万ユーロ以下 | 当該年度の1月2日のレートで換算 | 2025年1月2日 |
日本企業が現地法人を設立する場合、設立初年度は無条件で9%の適用が可能ですが(会社分割等による設立を除く)、2年目以降はこの厳格な売上基準をクリアしなければなりません。また、この9%税率は事業所得にのみ適用され、株式譲渡益などのキャピタルゲインには適用されないため、所得の種類ごとに区分経理が必要となります。
損金算入の制限と最新判例
ポーランドCIT法では、「収益を得るため」の費用であっても、特定の項目について損金算入(KUP)を厳しく制限しています。特に日本企業が注意すべきは、「接待費(Representation expenses)」が原則全額損金不算入である点です。日本では交際費の一部損金算入が認められていますが、ポーランドでは単なる飲食費は厳しく否認されるため、会議費としての実態を備え、詳細な議事録等で証拠化する必要があります。
判例解説:契約上の違約金の損金算入可否
実務上、契約不履行に伴う違約金(Contractual Penalties)の取り扱いは頻繁に争点となります。CIT法第16条第1項第22号は「商品の欠陥、工事の欠陥、サービスの欠陥に起因する違約金」を損金不算入としていますが、単なる「納期遅延」がこれに含まれるかについて、2024年末に重要な司法判断が下されました。
最高行政裁判所(NSA)判決 2024年12月19日(事件番号 II FSK 409/22)
この事案では、サービス提供の遅延により違約金を支払った納税者が、その費用を損金計上できるかが争われました。税務当局は「遅延」も広義の「欠陥(不完全な履行)」であるとして損金を否認しましたが、最高行政裁判所はこれを覆しました。裁判所は、租税法の例外規定(損金不算入規定)は厳格に解釈すべきであり、「遅延(Timeliness)」は条文にある「欠陥(Defect)」とは異なる概念であると判示しました。この判決により、製品やサービスの品質自体に問題がない場合の「納期遅延による違約金」は、原則として損金算入が可能であることが明確化されました。これは、納期遵守が厳しく求められる製造業やIT開発等の日本企業にとって、法的安定性を高める重要な判断と言えます。
ポーランド付加価値税(VAT)の厳格なデジタル管理

ポーランドの付加価値税(VAT)は、日本の消費税に相当する間接税ですが、その徴税システムは「脱税防止」を最優先に設計されており、企業に重い事務負担と責任を課しています。標準税率は23%です。
スプリット・ペイメント(分割支払い)制度
日本企業にとって最も異質な制度が「スプリット・ペイメント(MPP)」です。これは、買主が代金を支払う際、銀行システムが自動的に「本体価格」と「VAT分」を分割し、VAT分を売主の「VAT専用口座」に入金させる仕組みです。売主はこのVAT専用口座の資金を自由に使えず、納税や自身の仕入VAT支払いにしか充当できません。
強制適用の要件と2028年までの延長
当初は期限付きの措置でしたが、その効果が認められ、EU理事会の承認を経て適用期間が2028年2月28日まで延長される見込みです。以下の条件をすべて満たす取引は、法律上、スプリット・ペイメントによる決済が義務付けられています。
- 取引当事者:双方がVAT納税者であること(B2B)。
- 取引金額:請求書総額が15,000 PLN(約60万円)を超えること。
- 対象品目:VAT法別表第15(Annex 15)に含まれる物品・サービス(電子機器、鉄鋼、建設サービス、自動車部品など)。
請求書には「mechanizm podzielonej płatności(スプリット・ペイメント)」と記載する義務があり、これを怠った売主、あるいは記載があるにもかかわらず通常の振込を行った買主には、VAT額の30%相当の加算税が科されます。さらに、買主側では支払った全額がCIT計算上の損金として認められない(損金否認)という二重の制裁を受けます。
ホワイトリスト制度と送金規制
スプリット・ペイメントと並び、企業の資金管理を拘束するのが「ホワイトリスト」制度です。これは国税庁が管理するVAT納税者のデータベースであり、企業が税務署に届け出た銀行口座番号が公開されています。
CIT法第15d条およびVAT法第96b条により、15,000 PLNを超える取引の支払いを行う際、買主は送金先口座が支払日時点でホワイトリストに掲載されているかを確認する義務があります。もし未登録の口座に送金した場合、その費用はCIT上の損金として認められず、さらに売主がVATを滞納した場合には連帯納税義務を負います。日本のように「請求書に書かれた口座に振り込めばよい」という常識は通用せず、送金ごとのデータベース照合(API連携等による自動化)が実務上必須となります。
仕入税額控除の否認リスクと最新判例
日本のインボイス制度では、適格請求書の保存が仕入税額控除の要件ですが、ポーランドでは請求書の内容が正しいかどうかの「実質判断」が買主に求められます。特に、「リバースチャージ(買主がVATを申告納税する方式)」が適用されるべき取引で、誤って通常のVAT付き請求書を受け取り、VATを支払ってしまった場合の取り扱いについて、厳しい司法判断が下されています。
最高行政裁判所(NSA)判決 2024年10月29日(事件番号 I FSK 352/21)
この事案では、本来リバースチャージ方式で処理すべき建設サービスについて、売主が誤ってVATを上乗せして請求し、買主(善意)がその通りに支払い、支払ったVATを控除しました。最高行政裁判所は、買主に脱税の意図がなかったとしても、誤った請求書に基づくVAT控除は認められないと判断しました。また、税務当局には、売主が請求書を訂正できるかどうかを確認する義務はないとも述べました。
この判決により、日本企業は受領した請求書の税率や課税方式(通常課税かリバースチャージか)が法的に正しいかを自ら検算・確認しなければならず、誤った請求書を信じて支払った場合、後でVAT控除を否認され、コストが増加するリスクがあることが明確になりました。
まとめ
ポーランドの税制は、法人所得税における9%の軽減税率など、進出企業にとって魅力的なインセンティブを提供する一方で、付加価値税を中心としたコンプライアンス要件は極めて厳格です。特に、スプリット・ペイメント制度の延長や、ホワイトリスト制度による送金規制は、日本の経理実務とは大きく異なる対応を求めています。
日本企業がポーランドで事業を展開する際は、単なる記帳代行ではなく、日々の支払プロセスにこれらの法的チェックを組み込む体制構築が不可欠です。モノリス法律事務所では、現地の最新法令や判例に基づいた契約書のレビュー、税務リスクの評価、そしてコンプライアンス体制の構築について、サポートいたします。
カテゴリー: IT・ベンチャーの企業法務

































