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法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

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助成金不正受給から社労士の刑事責任が問われた宮崎地判平成28年3月23日判決の解説

助成金申請を外部の専門家である社会保険労務士(社労士)やコンサルタントに依頼する際、企業経営者は、その専門知識と倫理観を信用します。しかし、もし社労士やコンサルタントが不正スキームの「指南役」となった場合、事業主は知らず知らずのうちに刑法上の詐欺罪(10年以下の懲役 )の共犯者となってしまいます。

そして、不正受給が公的機関(労働局など)の調査で発覚した瞬間、社労士やコンサルタントが、「顧客の刑事責任回避」ではなく、「自らの専門資格剥奪の防止と組織の存続」を最優先とし、顧客の利益とは明確に相反する行動を取り始めるケースも、残念ながら、存在します。そうした社労士やコンサルタントが取る典型的な行動は、顧客への「甘言による説得」です。「これは単なる書類上のミスだ」「このまま自主申告をせずに乗り切るのが最善だ」などと主張し、労働局に対し虚偽の主張を続けるよう仕向けます。

本記事で解説する宮崎地方裁判所平成28年3月23日の判決は、助成金の不正受給の発覚後、社労士の「裏切り」が、単なる説得ではなく、恐喝などの犯罪行為にエスカレートした、非常に悪質な事件です。すなわち、本件の社労士は、説得に失敗したとき、顧客を脅し、虚偽の供述を強要するという、顧客への強要罪を犯したのです。

地域再生中小企業創業助成金制度と不正受給スキーム

「地域再生中小企業創業助成金制度」の概要と要件

本件で社労士が詐取を企てたのは、「地域再生中小企業創業助成金制度」です。これは、雇用情勢が厳しい地域で新たに創業し、労働者を雇い入れる中小企業事業主に対し、創業から6ヶ月以内の運営費用や人件費を助成するものでした。

この制度には、不正のターゲットとなった重要な支給要件がありました。それは、「設立される法人等の代表者が、当該法人等と事業内容に関して同一性が認められる事業を営み、又は営んでいた場合には、支給されない」という点です。すなわち、既に同じ事業をしている者が名義を変えて申請することは認められません。 

本件における具体的な不正の手口

社労士事務所の代表者や窓口担当の元社労士らは、顧客数社(飲食店経営者ら)と共謀し、この支給要件の根幹を崩す虚偽申請を体系的に実行しました。既遂総額は約2,400万円に上ります。

不正の種類具体的な手口裁判所で認定された事実
事業主の偽装(名義貸し)助成金の支給要件である「同一事業を営んでいないこと」を回避するため、実際の経営者ではない第三者の名義を借り、新規開業した事業主であると虚偽申請店舗1での事件: 実際の経営者とは別に、別の会社の従業員を名目上の事業主として申請
架空の経費計上創業支援金を受給するため、実際には支出していない経費を計上店舗2での事件: 創業のための大理石看板設置工事の事実がないにもかかわらず、その費用262万5000円を架空計上
経費の過剰な水増し実際にかかった経費の額を大幅に水増しして申請店舗1での事件: 店舗改装工事費用等として、多くとも157万4000円しか支出していないにもかかわらず、644万5420円を支出した旨を虚偽申請(約487万円の水増し)
架空労働者の雇用雇用奨励金を受給するため、支給基準に合致する労働者の雇用事実がないにもかかわらず、多数の架空労働者を雇用した旨を申請店舗1,2での事件: 多数の架空労働者を計上し、虚偽の「対象労働者等一覧表」などを提出

窓口担当の元社労士は、顧客に対し「要は書類が肝心であり、書類さえ整っていればいい」と、開業日の遡及指示や、雇用の実態がない者を計上する方法を具体的に指南していました。裁判所は、専門的な知識のない顧客が、自力で虚偽のタイムカード、出勤簿、虚偽の領収書といった複雑な書類を多数作成することは「にわかには考え難い」と認定し、専門家による不正指南行為が詐欺実行に不可欠だったとして、その責任を顧客と同程度に重いと評価しました。

問題発覚後の社労士による説得と強要

問題発覚後の裏切り説得と強要

組織の保身のための「甘言」と「強要」

この事件で不正受給が発覚したのは、労働局の調査によるものでした。そして、顧客は労働局に対して、正直に事実を供述し、不正請求が社労士事務所の職員の指導によるものだったと述べました。

これに対して、社労士事務所の代表者と、その企業グループの最高責任者ら(判決文のみからは詳細が不明ですが、この社労士事務所は「企業グループ」に属するような構造にあったようです。この構造自体にも大きな問題があった可能性があります。)は、顧客を呼び出し、労働局への供述内容を撤回させるための工作を開始しました。彼らは、社労士事務所の関与を否定する内容に供述を訂正するよう要求しました。

この要求が通らなかった際、企業グループの最高責任者らは顧客に対し、極めて威圧的な言葉を浴びせました。裁判所が認定した脅迫の文言には、以下のようなものがあります。

  • 「正直に言わんかったら大変なことになるで。」
  • 「一生商売できんなるで。」
  • 「うちに火の粉が降りかかるようなことをしたら、俺は火の粉を降りかぶせるぞ。」 

裁判所は、これらの発言は、最高責任者らが違法な行為を含む方法で顧客の身体や営業活動を含む財産に危害を加えるのではないかと「畏怖させるに足りる程度のものと認められる」と認定しています。

虚偽の書面作成の強要

この脅迫により、顧客は、自己の意思に反して、社労士事務所の職員の指導によって不正請求を行った旨を「全ては事実ではありません。」と撤回する旨の虚偽の書面を作成させられました。これは、社労士事務所側が、組織的な責任回避のために顧客に虚偽の供述を強要した、強要罪という刑事犯罪に該当する行為です。

補足:事務所内での恐喝行為

なお、不正受給それ自体と直接の関係は不明ですが、さらにこの組織は、社内トラブル(元職員の不適切な女性関係や事務ミス)を利用し、元職員に対しても「お前、殺すぞ。殺すぞ、お前。お前の親も全部行くぞ」と脅迫し、合計36万円を恐喝する事件も起こしました。元職員(被害者)は、この脅迫により「自殺することも一定程度考えてリストカットを行うまでに至っている」ほどの「極度の精神的ストレスや畏怖の念」を感じていたと認定されています。

本件判決における刑事責任

本件の判決刑事責任

この社労士事務所の社労士には、多額の詐欺罪に加え、顧客への強要罪、元職員への恐喝罪という複合的な犯罪の責任が問われました。そして、以下のような判決が下されました。

窓口担当の元社労士社労士事務所の代表者
認定罪状詐欺、詐欺未遂、強要、恐喝詐欺、強要、恐喝
刑罰(最終)懲役3年8月(実刑)懲役2年4月(執行猶予3年)
量刑判断の要因詐欺の指南役として不可欠な役割を担い、犯行が執行猶予期間中の再犯であったため実刑詐欺は1件のみ認定に留まり、不正決断の責任は負うものの、前科がなく、被害回復がなされていたため執行猶予

まとめ:助成金不正受給に関する相談は弁護士へ

本件の最も重要な教訓は、申請を代行した社労士やコンサルタントの中には、不正が発覚した際、自身の刑事責任や資格剥奪などの処分の回避を最優先する者も、残念ながら存在する、ということです。彼らが「書類上のミスだから自主申告はするな」「こちらでなんとかする」と説得してくる場合、それはあなたの利益ではなく、彼らの保身のための甘言である可能性が高いのです。

社労士やコンサルタントの甘言に乗って不正関与を否定したり、虚偽の供述を続けた場合、あなたは彼らの不正に最後まで組み込まれ、最終的に詐欺罪の共犯者としての責任を問われます。さらに、本件のように、組織的隠蔽工作の過程で、脅迫や強要といった新たな犯罪の被害者や共犯者にされるリスクすら負うことになります。

企業として、助成金不正の疑惑が生じた際に危機を最小限に抑えるための原則は以下の通りです。

  1. 甘言を拒否する:社労士やコンサルタントから、不正を否定するよう説得されても、断固として拒否してください
  2. 独自の弁護士を立てる:その社労士事務所やコンサルタントと利害関係のない、刑事リスクと行政リスク双方に精通した弁護士へ、迅速かつ正直に相談してください
  3. 正直な対応を取る:組織的な隠蔽や供述の捏造は絶対に避け、弁護士の指導のもと、当局(労働局や警察)に対して事実に基づいた正直な対応をとるべきです

助成金不正の指南に「巻き込まれた」と感じた場合、あるいは現在、社労士やコンサルタントからの強引な対応や当局からの調査に直面している場合は、これ以上問題を悪化させる前に、当事務所にご相談ください。

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弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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