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ルクセンブルク大公国の会社形態と会社設立の解説

ルクセンブルク大公国の会社形態と会社設立の解説

ルクセンブルクは、欧州連合(EU)の中心に位置する内陸国でありながら、その政治・経済的安定性、高度な金融インフラ、そして国際的な企業活動を強力にサポートする柔軟な法制度により、世界有数の金融センターとしての地位を確立しています。

ルクセンブルクの商事会社法は、その根幹を1915年8月10日法(Loi du 10 août 1915, concernant les sociétés commerciales)に置いています。この法律は、度重なる改正と、EU指令の国内法化を通じて、今日の国際的な要請に応える形で進化を続けてきました。この法的基盤は、日本の会社法が明治時代にドイツ法を参考に成立し、戦後にアメリカ法の影響を受けて現代化されたのと同様に、大陸法(シビルロー)を基礎としつつも、国際的な潮流を取り入れてきた歴史的背景を持つといえます。このような共通の法文化を持つ一方で、両国の会社法は異なる発展を遂げた部分があり、特に設立手続やガバナンス構造において、重要な相違点が見られます。

ルクセンブルク法が認める商事会社には、株式会社(Société anonyme: SA)、有限会社(Société à responsabilité limitée: SàRL)、簡易株式会社(Société par actions simplifiée: SAS)、株式合資会社(Société en commandite par actions: SCA)、合名会社(Société en nom collectif: SNC)、単純合資会社(Société en commandite simple: SCS)、特別合資会社(Société en commandite spéciale: SCSp)、協同組合(Société coopérative: SC)など多岐にわたります。この中でも、日本企業が最も利用する可能性が高いのは、SA、SàRL、そして近年導入されたSàRL-Sです。

本記事では、ルクセンブルクでの事業展開を検討されている日本の経営者や法務担当者の皆様に向けて、同国の商事会社形態と設立プロセスを、日本の法制度との重要な違いに焦点を当てて解説いたします。本稿が、皆様の海外進出計画の一助となれば幸いです。

ルクセンブルクの主要な会社形態

株式会社(Société anonyme: SA)

SAは、その機能性において日本法上の「株式会社」と非常に類似しており、大規模事業や株式の公開を視野に入れた企業に適した形態です。株主の責任は出資額に限定され、株式を公開市場で発行して資金調達が可能です。

最低資本金と払込要件については、日本法と決定的に異なります。ルクセンブルクのSAの最低資本金は30,000ユーロと定められており、これは設立時に全額が引き受けられる必要があります。一方、日本の新会社法では最低資本金制度が廃止され、1円から株式会社の設立が可能となっています。ただし、ルクセンブルクのSAでは、設立時に資本金の全額を払い込む必要はなく、最低でも30,000ユーロの4分の1にあたる7,500ユーロを払い込めば設立が可能です。日本の会社法では原則として設立時の払込を全額完了させる必要があるのと比較すると、この点ではルクセンブルクの方が柔軟な制度設計になっているといえるでしょう。

SAのガバナンスは、以下の2つのモデルから選択できます。一つは、取締役会(Board of Directors)が経営と監督を一体的に担う単層型(one-tier structure)です。これは日本の会社法における取締役会設置会社に近い構造で、最も一般的に選択されています。もう一つは、経営委員会(Management Board)と監査役会(Supervisory Board)がそれぞれ経営執行と監督を分担する二層型(two-tier structure)です。これはドイツ法に類似したモデルであり、日本法にはない独特の構造です。

また、SAは、原則として最低1名の法定監査役(statutory auditor)を任命することが義務付けられています。これは、特定の事業規模を超えた場合に監査が義務化される点において、日本の「大会社」の会計監査人設置義務と似ていますが、その基準は大きく異なります。ルクセンブルクでは、2期連続で以下の3つの基準のうち2つを超えた場合、監査が義務付けられます。

  • 年間純売上高:880万ユーロ超
  • 貸借対照表総額:440万ユーロ超
  • 平均従業員数:50名超

日本の会社法における会計監査人設置義務が、資本金5億円以上または負債総額200億円以上という静的な指標に依存する「大会社」に課せられるのに対し 、ルクセンブルクの基準はより実態的な事業規模(売上、資産、従業員数)に基づいており、両国の会社規模の判断基準に対する思想の違いがうかがえます。

有限会社(Société à responsabilité limitée: SàRL)

SàRLは、その柔軟性と手続の簡素さから、ルクセンブルクの中小企業に最も人気のある形態です。その構造は、日本の「合同会社」(LLC)に非常に類似しており、社員の責任が出資額に限定される点が共通しています。

しかし、最低資本金と社員数においては、日本法と明確な違いがあります。SàRLの最低資本金は12,000ユーロ または12,500ユーロ と定められており、設立時に全額払い込む必要があります。日本の合同会社が最低資本金1円から設立できるのと比較すると 、ルクセンブルクのSàRLは依然として一定の初期資本を要する形態であることがわかります。また、社員数は1名から最大100名までと制限されています。これは、社員数に上限がない日本法とは異なる点です。

経営は1名または複数のマネージャー(manager)が行い、その国籍に制限はありません。SàRLの持分は、株式とは異なり、第三者への譲渡には原則として社員総会の承認が必要とされます。

簡易有限会社(SàRL-S)

2016年に導入された簡易有限会社(Société à responsabilité limitée simplifiée: SàRL-S)は、起業家がより手軽に事業を始められるよう、手続を簡素化し、資本金要件を大幅に引き下げることを目的とした新しい会社形態です。

SàRL-Sは、最低資本金がわずか1ユーロで設立可能であり 、定款は私署証書で作成できるため、公証人の関与が必須ではありません。これにより、設立費用を大幅に抑えることが可能となります。この「1ユーロ」という最低資本金要件は、日本の合同会社の「1円」という概念と非常に類似しており 、両国が起業家精神を育むために、初期の金銭的ハードルを下げるという共通の政策的意図を持っていることが見て取れます。

しかし、ルクセンブルクのSàRL-Sには、日本法にはない重大な制約が存在します。まず、出資者および経営者は自然人(個人)に限定され、法人による出資や経営は認められていません。また、自然人一人につき、SàRL-Sを保有できるのは一社のみであり、意図的に複数社を保有した場合、その者は無限連帯責任を負うことになります。さらに、金融サービス、不動産投資、ヘルスケアなど、特定の事業目的は認められていません。これらの厳格な制約は、手続を簡素化する一方で、EUの厳格なマネーロンダリング対策(AML)指令と整合性を保ち、透明性を確保するためのバランス策であると考えられます。公証人による厳格な本人確認手続を省略する代わりに、出資者を個人に限定し、事業内容を限定することでリスクを管理しているのです。

ルクセンブルクにおける会社設立の具体的なステップ

ルクセンブルクにおける会社設立の具体的なステップ

ルクセンブルクでの会社設立には、いくつかの重要な手続が求められます。

  1. 会社名の選定と確認:希望する会社名がルクセンブルク商業会社登記簿(Luxembourg Business Registers: RCS)でユニークであることを確認し、名称利用可能性証明書(certificate of availability)を申請する必要があります。この証明書は、名称が「利用可能であること」を証明するだけであり、名称の予約(reservation)を行うものではないという点が重要です。先にRCSに登記申請を行った者が優先されるため、手続を迅速に進める必要があります。
  2. 資本金の払込と銀行証明書:設立に先立ち、ルクセンブルク国内の銀行に設立中の会社名義で口座を開設し、最低資本金を全額(SAの場合は一部)払い込む必要があります。この手続は、欧州の厳格なAML(マネーロンダリング対策)およびKYC(顧客確認)要件により、最も時間のかかるプロセスとなることが多く、非居住者である日本企業にとっては、予想外の遅延要因となり得ます。一部の資料が主張する「迅速な設立」は、この銀行手続の現実を見落としている可能性があります。
  3. 公証人の役割と定款の作成:SAおよびSàRLの設立には、ルクセンブルクの公証人による定款の作成が必須です。公証人は、定款の内容が法的に適切であるかを確認し、資本金の払込証明書などの必要書類を検証します。これは、日本の合同会社では定款の認証が不要であるのと比較すると 、ルクセンブルクの法制度が定款の真正性確保を重視していることの表れといえます。
  4. 登記と官報への公告:公証人が作成した定款は、ルクセンブルク商業会社登記簿(RCS)に登録され、電子官報(Recueil Electronique des Sociétés et Associations: RESA)に公告されます。設立行為の効力自体は公証人による定款作成時点で発生しますが、その効力を第三者に対して主張するためには、RCSへの登録と官報への公告が必須となります。

ルクセンブルクで会社設立後に実質的支配者登録簿(RBE)を登録

ルクセンブルクは、EUの第4次マネーロンダリング対策指令(AML Directive)を国内法化するため、2019年1月13日法に基づき、実質的支配者登録簿(Registre des bénéficiaires effectifs: RBE)を設立しました。これは、金融犯罪対策における透明性の確保を目的とした、現代的な法的要請です。

RCSに登録義務のある全ての法人は、原則としてRBEへの情報登録が義務付けられます。登録すべき情報には、実質的支配者の氏名、国籍、生年月日、居住国、住所、識別番号、保有する権益の性質と範囲が含まれます。これらの情報は、原則として一般に公開されますが、特別な事情がある場合(例:実質的支配者の生命や安全に危険が及ぶ可能性)、申請により情報へのアクセスを制限することが可能です。これは、透明性と個人の安全を両立させようとする法制度の配慮です。

まとめ

本稿では、ルクセンブルクの主要な会社形態であるSA、SàRL、およびSàRL-Sの特徴と設立手続について、日本の法制度との違いを交えながら解説しました。日本の経営者や法務担当者の皆様にとって、特に以下の点が重要な相違点として挙げられます。

  • 最低資本金:日本では廃止された最低資本金制度が、ルクセンブルクではSA(30,000ユーロ)、SàRL(12,000/12,500ユーロ)で依然として存在します。
  • 公証人の役割:日本の合同会社では不要な定款認証が、ルクセンブルクのSàRL設立には必須です。
  • 簡易会社形態の制約: 1ユーロから設立できるSàRL-Sは魅力的ですが、出資者が自然人に限定されるなど、日本法にはない厳格な制約が存在します。
  • 設立手続の実務:銀行での資本金払込証明書の取得プロセスは、EUの厳格なコンプライアンス要件により、予想以上に時間を要する可能性があります。

これらの複雑な法制度の違いを正確に理解し、円滑な会社設立を実現するためには、現地の法務に精通した専門家のサポートが不可欠です。モノリス法律事務所では、会社形態の選定から定款作成、設立手続の代行、設立後のコンプライアンス支援に至るまで、ルクセンブルク進出を検討される皆様を包括的にサポートいたします。お気軽にご相談ください。

関連取扱分野:国際法務・海外事業

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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