【令和8年10月義務化】カスハラ防止法とは?企業に求められる対策と実務対応を解説

近年、顧客や取引先からの理不尽な要求や著しい迷惑行為、いわゆる「カスタマーハラスメント(以下「カスハラ」といいます)」が深刻な社会問題となっています。
これを受け、令和7年(2025年)6月、労働施策総合推進法等が改正され、令和8年(2026年)10月からカスハラ防止のための雇用管理上の措置を講じることが企業に義務付けられました。本改正は、従業員の心身の健康を守り、健全な職場環境を維持するために不可欠な一歩です。
企業の労務・法務担当者としては、単なる法令遵守に留まらず、企業の社会的信用や人材確保の観点からも、この「カスハラ防止法」の趣旨を深く理解し、実効性のある対策を構築することが求められています。本記事では、この改正法の背景、具体的な内容、そして企業が取るべき対応について解説いたします。
この記事の目次
「カスハラ防止法」成立の背景
近年、顧客による過度な要求や暴言など、いわゆるカスタマーハラスメントが社会問題として広く認識されるようになっています。
深刻化する現場のカスハラ実態
カスハラ対策が法制化されるに至った最大の背景は、現場で働く従業員が受ける被害の深刻化と、それに伴う企業の損失が看過できない水準に達したことにあります。本来、顧客からのクレームは商品やサービスの改善に繋がる貴重な意見であるべきですが、近年は過剰な要求や不当な言いがかり、人格を否定するような暴言といった悪質なケースが目立つようになっています。
厚生労働省が実施した令和5年度(2023年度)の「職場のハラスメントに関する実態調査」によれば、過去3年間に従業員からカスハラの相談があったと回答した企業の割合は27.9%に上り、令和2年度調査と比較して8.4ポイントも増加しています。具体的な事例としては、「継続的、執拗な言動」が72.1%と最も多く、次いで「威圧的な言動」が52.2%、「精神的な攻撃(暴言、土下座の要求等)」が44.7%となっており、従業員が受ける精神的ストレスは極めて甚大です。
参考:厚生労働省|職場のハラスメントに関する実態調査について
企業経営への悪影響とカスハラ対策への社会的要請
カスハラは従業員個人の問題に留まらず、企業経営にも多大な損失を招きます。相次ぐクレーム対応に追われることによる業務効率の低下、被害を受けた従業員のメンタルヘルス不調による休職や離職、さらにはそれらに伴う人材の流出や採用難といった悪影響が懸念されます。また、従業員の氏名がSNS上で公開され、付きまとわれるといったプライバシー侵害のトラブルも発生しています。
こうした中で、企業には従業員をカスハラから守るための「安全配慮義務」や「職場環境調整義務」を果たすことが法的に、また社会的に強く求められるようになりました。先行して「東京都カスタマーハラスメント防止条例」が成立(令和7年4月1日施行)するなど、地域レベルでの対策も進んでいましたが、全国一律の基準で企業の責務を明確にする必要性が高まり、今回の国レベルでの法改正に至りました。
カスハラ防止法で定められた措置義務とは

今回の改正では、カスタマーハラスメントの概念を整理するとともに、企業に対して具体的な対応を求める枠組みが整備されました。
カスタマーハラスメントの定義
改正後の労働施策総合推進法において、カスタマーハラスメントとは、以下の3つの要素をすべて満たすものと規定されています。
- 職場において行われる、顧客、取引の相手方、施設の利用者その他の当該事業主の行う事業に関係を有する者(顧客等)の言動であること。
- 当該労働者が従事する業務の性質その他の事情に照らして、社会通念上許容される範囲を超えたものであること。
- 当該労働者の就業環境が害されること。
ここで重要となるのは、「社会通念上許容される範囲を超えた」かどうかの判断です。指針案によれば、要求内容が相当性を欠く場合(契約関係のない要求、過剰なサービス要求、不当な損害賠償要求等)や、要求の手段・態様が不相当な場合(身体的・精神的な攻撃、威圧的な言動、執拗な言動、拘束的な言動等)がこれに該当します。一方で、正当な理由に基づくクレームや、社会通念上相当な範囲での申し入れはカスハラには当たりません。
事業主が講ずべき雇用管理上の措置義務
今回の改正により、事業主には主に以下の3つの措置を講ずることが義務付けられました。
まず、体制の整備と適切・迅速な対応として、事業主は、カスハラにより労働者の就業環境が害されないよう、労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備(相談窓口の設置等)をしなければなりません。また、被害の実効的な抑止を図るための措置や、発生時の迅速かつ適切な対応、再発防止策を講ずることも求められます。
次に、不利益取扱いの禁止として、労働者がカスハラの相談を行ったことや、事実関係の確認に協力したことを理由として、解雇その他の不利益な取扱いをすることが厳に禁止されます。
最後に、他企業への協力努力義務として、自社の従業員が他社の従業員に対してカスハラを行った際、その企業から事実確認等の協力要請があった場合には、これに応ずるよう努めなければなりません。
国・事業主・労働者・顧客の責務
改正法では、カスハラ問題に関与するすべての主体の責務が明確化されました。
- 国の責務:カスハラ問題に対する国民の関心と理解を深めるため、広報・啓発活動を行うよう努めること。
- 事業主の責務:従業員の理解を深めるとともに、従業員自身が他社の労働者に対してカスハラを行わないよう研修の実施などの配慮をし、国の啓発活動に協力するよう努めること。また、役員自身も理解を深め、注意を払う努力義務があります。
- 労働者の責務:問題への理解を深め、他社の労働者への言動に注意を払うとともに、事業主が講じる防止措置に協力するよう努めること。
- 顧客等の責務:問題への理解を深め、労働者の就業環境を害さないよう、自身の言動に注意を払うよう努めること。
企業に求められるカスハラ防止法への対応

今回の法改正を踏まえ、企業にはカスハラを防止し、従業員の就業環境を守るための具体的な体制整備が求められます。
基本方針の明確化と周知
企業がまず取り組むべきは、カスハラを許容しないという姿勢を明確に打ち出すことです。
社内規定やパンフレット、ホームページ等で「どのような行為がカスハラに当たるか」「カスハラに対しては毅然と対応し、従業員を保護する」という方針を従業員および顧客等に対して周知・啓発する必要があります。これにより、社内の規範意識を高めると同時に、外部に対する抑止力として機能させることが期待できます。
相談窓口の設置と相談体制の整備
従業員が被害を受けた際、迷わず相談できる体制を整えることが不可欠です。相談窓口をあらかじめ定め、担当者が適切に対応できるようマニュアルの整備や研修を実施する必要があります。相談対応にあたっては、相談者のプライバシー保護に十分配慮し、被害者が萎縮して相談を躊躇しないよう、広く相談を受け付ける姿勢が重要です。
対応マニュアルの策定と研修の実施
具体的なカスハラが発生した際の初動対応や、判断に迷った場合の報告フローを定めた対応マニュアルを策定します。厚生労働省が公表している「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」や、スーパーマーケット業編等の業種別マニュアルを参考にしつつ、自社の業態に即した内容にカスタマイズすることが望ましいでしょう。
参考:厚生労働省|業種別カスタマーハラスメント対策企業マニュアル (スーパーマーケット業編)等を作成しました。
また、従業員に対しては、顧客対応力の向上やカスハラへの対処法に関する研修を実施します。役員に対しては、理解深化のための研修を行うことが努力義務として課されています。
発生時の迅速な対処と事後の配慮
実際にカスハラが起きた際は、事実関係を迅速かつ正確に確認します。必要に応じて、防犯カメラの映像や録音データなどの客観的な証拠を確認することも検討すべきです。
事実が確認された場合は、被害者に対してメンタルヘルスケアや配置転換などの配慮措置を講じるとともに、行為者に対しては、度を越した悪質なケースにおいて警察への通報や弁護士を通じた法的措置(警告文の発出、出入り禁止、仮処分申し立て等)も視野に入れた毅然とした対応をとります。
また、再発防止のために、発生の原因となったサービス上の不備がなかったか等を分析し、必要に応じて業務改善を図ることも重要です。
まとめ:カスハラ防止法の対策については専門家に相談を
カスハラ防止法の施行により、企業にはこれまで以上に重い責任が課されることになります。しかし、これは単なる負担増ではなく、従業員が安心して能力を発揮できる職場環境を築き、企業の持続的な成長にもつながります。一方で、カスハラ対策を漫然と怠れば、従業員に対する安全配慮義務違反として損害賠償責任を問われるだけでなく、社会的信用の失墜や深刻な人材不足を招くリスクがあります。
事業者としては、法改正の施行を待つことなく、自社の実態に合わせた対策をしていくことが求められます。顧客と従業員が、お互いに敬意を払い、尊重し合える関係性を構築することこそが、カスハラ問題解決の根本的な鍵となるでしょう。
このような対策にあたっては、社内で見当にとどまらず、外部の弁護士の助言を得ることが推奨されます。
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モノリス法律事務所は、IT、特にインターネットと法律の両面に高い専門性を有する法律事務所です。近年、カスハラ防止法対策に関するガバナンスに注目が集まっています。当事務所では労務問題に対するソリューション提供を行っております。下記記事にて詳細を記載しております。
カテゴリー: IT・ベンチャーの企業法務

































