AI時代の経営を支えるデータのルールブック――いま企業に必要な「データガバナンス」とは

デジタルトランスフォーメーション(DX)の進展により、企業が扱うデータの量と重要性は、ここ数年で一気に高まりました。その一方で、データの扱い方を誤ったことによる法的リスクやレピュテーションリスクも、これまでになく顕在化しています。
こうした背景を踏まえ、デジタル庁は「データガバナンス・ガイドライン」を公表しました。本ガイドラインは主に経営者を対象としたものですが、実務の現場、とりわけ法務部門がどのように関与すべきかについても重要な示唆を含んでいます。
本記事では、ガイドラインの全体像を押さえつつ、企業法務担当者が実務で注意すべきポイントをできるだけ具体的に整理していきます。
この記事の目次
なぜいま「データガバナンス」が経営のテーマになるのか
データガバナンスとは、企業が保有するデータを「安全に、かつ価値ある形で使い続けるための仕組み」だと考えると分かりやすいでしょう。デジタル庁のガイドラインは、企業がデータを最大限に活用しながら、持続的な企業価値の向上につなげるための指針を示したものです。
参考:デジタル庁|「データガバナンス・ガイドライン」を策定しました
これまで、企業の経営資源は「人・モノ・金」と言われてきました。しかし、デジタル化が進んだ現在においては、「データ」もまた、経営を左右する極めて重要な資産となっています。特に、生成AIの急速な普及によって、データを起点とした経営戦略は、一部の先進企業だけのものではなくなりつつあります。
一方で、データを組織や国境を越えて活用しようとすると、各国の法令への対応や、情報漏えい、誤情報の拡散といった新たなリスクとも向き合わなければなりません。ガイドラインが目指すデータガバナンスとは、こうしたリスクを適切に管理しながら、国内外のルールを守りつつ、データの価値を最大限に引き出せる組織の力を整えていくことにあります。
「外に出さない」だけでは足りない――データガバナンスの必要性

これまで多くの企業では、データの保護といえば、情報セキュリティ対策が中心でした。主な目的は、外部からの不正アクセスや情報漏えいを防ぐこと、すなわち「社外に出さない」ことに重点が置かれてきたと言えるでしょう。
しかし現在は、グローバルなサプライチェーンの構築や、欧州では、Gaia-X や Catena-X といった「国境や企業を越えてデータを安全に共有する共通基盤」の整備が進んでおり、こうした動きが企業間データ連携の前提になりつつあります。もはや「データは外に出さない」という考え方だけでは、企業活動が成り立たない時代に入っています。
これから求められるのは、「守るべきデータは確実に守りつつ、共有すべき相手には安全にデータを渡せる仕組み」をどう作るか、という視点です。そのためには、特定のシステムやハードウェアだけに依存するのではなく、データそのものに着目し、生成・取得から利用、保存、そして削除に至るまでの“データの一生(ライフサイクル)”全体を見通した管理が欠かせません。
また、データは国境を越えてやり取りされることも珍しくありません。どの国の法律が適用されるのか、どこにデータが保管されるのかといった点まで視野に入れたうえで、ルール・技術・業務プロセスを組み合わせた立体的なセキュリティ対策が必要になります。単なるシステム管理を超えて、「データをどう扱い、どう活かすか」という経営視点でのセキュリティへと、発想を転換することが求められています。
データガバナンスは“現場任せ”にできない――経営者に求められる責任
データガバナンスは、情報システム部門や法務部門だけに任せておけばよいテーマではありません。DXの成否や企業の信頼性そのものに直結するため、経営者自身が強いリーダーシップを発揮して取り組むべき経営課題だと言えます。その理由は、大きく分けて次の2点です。
DX戦略と一体となった体制づくりが不可欠
データを活用して継続的にDXを進めていくためには、経営ビジョンとデータガバナンスを切り離して考えることはできません。経営者は、データを単なる業務データではなく「企業価値を生み出す資産」として位置づけ、その活用と管理の両立を全社レベルで設計する必要があります。
その中核を担う存在として、近年はCDO(Chief Data Officer:データ責任者)を設置する企業も増えています。CDOは、部門を横断してデータの利活用を統括し、リスク対策の方針を定め、その結果を検証し、必要に応じて施策を見直すというサイクルを継続的に回していく役割を担います。こうした体制づくりを主導できるのは、最終的には経営者しかいません。
データ活用に伴う法的リスクと「説明責任」の重み
データ活用が進むほど、法的リスクも比例して高まります。たとえば、収集したデータに誤情報や個人情報が含まれていた場合、あるいは海外にデータを移転した結果、相手国の法令に抵触してしまった場合、多額の損害賠償請求や企業イメージの大きな毀損につながるおそれがあります。
こうしたインシデントが発生した際、最終的に社会やステークホルダーに対して説明責任を負うのは経営者です。自社でどのようなデータを扱い、どのようなルールで管理していたのかを、正確に、かつ迅速に説明できる体制が整っていなければなりません。
また、平時においても、自社の「データマチュリティ(データ活用・管理の成熟度)」を把握し、必要に応じて対外的に公開していくことは、企業のサステナビリティへの取り組みとして評価される時代になっています。データガバナンスは、リスク管理であると同時に、企業価値を高めるための重要な情報開示のテーマにもなっているのです。
データガバナンスを支える「4つの実装ポイント」

デジタル庁のガイドラインでは、データを安全に、かつ価値ある形で活用していくために、データガバナンスを支える「4つの柱」が示されています。実務の現場では、これらを単なる方針で終わらせず、実際の業務プロセスに落とし込んでいくことが重要です。その中で法務部門は、ルールづくりやリスク評価の中核的な役割を担うことになります。
ポイント1:越境データ対応の実務
グローバルに事業を展開する企業にとって、データの越境移転はもはや特別なものではありません。複数の国・地域にまたがってデータを扱うことを前提に、どのデータが、どこで、どのように取得・利用・保存・削除されているのかを把握できる業務プロセスを整えることが求められます。
法務部門として特に重要になる視点は、次の3つです。
① 規制動向の継続的な把握
海外の法規制や国際ルールは頻繁に更新されます。どの国の法律がどのデータに適用されるのかを常に把握し、外部の専門家なども活用しながら、将来的なリスクを見越した対応を検討していく必要があります。
② 個人情報などに関する法益の確保
医療・金融・教育など、特に機微性の高い個人情報を含むデータについては、たとえ社内であっても、取得国・利用国それぞれの法令を意識した慎重な取り扱いが不可欠です。
③ 契約による責任範囲の明確化
国内外の取引先とデータを共有する場合には、契約やルールを事前に明文化し、システム障害や不正利用が起きた場合の責任の所在を明確にしておく必要があります。契約内容は一度決めて終わりにせず、事業環境や法規制の変化に応じて見直していくことが重要です。
ポイント2:セキュリティ設計必要性
従来の情報セキュリティ対策は、主にシステムやネットワークを守る発想でした。しかし、これからは「どのデータを、誰が、どの範囲で使ってよいのか」という、データそのものを中心に据えたセキュリティ設計が求められます。
法務の観点から押さえておきたいポイントは次の4つです。
① データのレベル分けと対応ルールの整備
すべてのデータを同じ重要度で扱うのではなく、データの機微性やリスクの大きさに応じて段階的にレベル分けを行い、それぞれに応じた技術的対策と運用ルールを定めます。
② データの正確性・信頼性の担保
データが信頼できる出所から取得され、改ざんされていないことを担保できなければ、社外との共有は大きなリスクになります。信頼性を担保できないデータは、原則として外部と共有しないという判断も重要です。
③ 責任範囲の明確化
特に高度に保護すべき個人情報を第三者に渡す場合、その後の不正利用について「誰がどこまで責任を負うのか」を、契約などの法的文書で明確にしておく必要があります。
④ クラウドサービス利用時の注意
クラウドを利用する際には、データがどの国に保管されるのか、その国の法規制はどうなっているのかといった点にも注意を払う必要があります。
ポイント3:データを“使える組織”には?
データマチュリティとは、組織がデータを使いこなし、その価値を最大化しつつリスクを最小限に抑える「総合力」を指します。単発のDX施策だけでなく、この総合力を継続的に高めていくことが、企業価値の向上につながります。
法務部門に関係する主なポイントは次の2つです。
① データマチュリティの評価と対外的な開示
CDOなどのリーダーシップのもと、内部監査や外部有識者の評価を取り入れながら、自社のデータ活用・管理の成熟度を定期的に見直していくことが重要です。こうした取り組みや現状を適切に開示していくことは、投資家や取引先からの信頼にもつながります。
② データ人材の育成と評価制度
全社的なデータリテラシーの底上げに加え、高度なデータスキルを持つ人材が正しく評価される人事制度の整備も欠かせません。経営・人事部門と連携しながら、中長期的な人材育成の仕組みを構築していく必要があります。
ポイント4:AIなどの先進技術とどう向き合うか
AIをはじめとする先端技術は、企業に大きな価値をもたらす一方で、処理の仕組みがブラックボックス化しやすく、個人情報や安全保障に関わる新たなリスクも生み出します。そのため、技術の利活用にあたっては、あらかじめ行動指針を定め、継続的に見直していくことが重要です。
法務対応の主なポイントは次の3つです。
① 個人情報・機微データの保護
個人情報保護法やGDPRなどを踏まえ、AI活用における個人情報の取り扱い方針を明確にし、必要に応じて社外にも公表します。学習データに個人情報や偏りのあるデータが含まれていないかを確認し、削除や匿名化を行う体制も重要です。
② 契約によるノウハウの保護
AI開発事業者などに学習データを提供する場合には、秘密保持契約などを通じて、データや学習成果が不正に流用されないようにしておく必要があります。
③ 透明性と検証可能性の確保
どのようなデータを使ってAIが動いているのか、問題が起きたときに説明できる状態を保つことが求められます。AIの開発過程や入出力データのログを、合理的な範囲で記録・保存しておくことも重要です。
データは囲い込む時代から、つながる時代へ

デジタル庁のガイドラインが最終的に目指しているのは、データを企業の中に閉じ込めたままにするのではなく、適切なルールのもとで積極的に利活用し、企業価値の向上につなげていくことです。
人口減少や市場の成熟といった環境変化のなかで、これまで「競争領域」として各社が囲い込んできたデータを、あえて「協調領域」として切り出し、他社や社会と共有・連携する動きが広がっています。
法務の役割も、こうした流れのなかで変わりつつあります。すべてのデータを一律に「機微情報」として過度に守るだけでは、データ活用のスピードや柔軟性を損ねてしまいます。
データの性質やリスクをあらためて見直し、機微性の低いデータについては社会と共有することで、自社の製品・サービスの価値向上や、無駄な投資の抑制につなげる――そのような“攻めの法務”の視点が、これからますます重要になります。
まとめ:データガバナンスについては専門家に相談を
データガバナンスは、DXやAI活用を進める企業にとって、今や避けて通れないテーマとなっています。一方で、その実装には IT と法律の双方に関する専門的な知見が不可欠であり、社内だけですべてを完結させることが難しい場面も少なくありません。
ガイドラインを踏まえた実務対応を進めていくうえでは、ITと法務の両面に精通した専門家と連携しながら、自社の実態に合ったルール設計やリスク管理体制を段階的に整えていくことが、現実的かつ効果的なアプローチと言えるでしょう。
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カテゴリー: IT・ベンチャーの企業法務

































