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法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

IT・ベンチャーの企業法務

補助金不正受給を行った経営陣の民事損害賠償責任が問われた甲府地裁平成18年10月3日判決

企業や法人を新たに引き継いだ経営者、あるいは投資先企業の不祥事を発見した株主にとって、重要な課題の一つは、過去の不正行為を法的に清算することです。

旧経営陣や役員による補助金・助成金の不正受給や私的流用は、単なる組織の信用問題で終わらず、法人(会社)に対する損害賠償責任を発生させる不法行為です。すなわち、新経営陣や株主は、こうした行為を行った旧経営陣や役員に対して、会社として、損害賠償の請求を検討することになります。新たな体制にとって、不正の清算は、組織の財務健全性を回復し、コーポレート・ガバナンスを確立するためにも必要なプロセスと言えます。

本記事では、社会福祉法人を舞台に、旧体制が施設の建設費用を水増しして補助金を不正に取得し、その資金を元理事の個人債務の返済に流用し、これに対して新体制による損害賠償請求が行われた、甲府地裁平成18年10月3日判決を取り上げます。

この裁判例は、新しく代表権を握った者、M&Aによって企業価値の毀損に直面した新株主兼経営者、そして株主代表訴訟を検討する投資家など、「不正を追及する立場」の側にとって、不正清算の実現可能性や、そのために必要な法的要件を示すものだと言えます。

本件損害賠償請求事件の概要

事件の舞台と不正実行者の立場

本件の原告となった法人は、軽費老人ホーム等の社会福祉事業を行うことを目的として設立された社会福祉法人です。この法人の設立と、施設の建設に関与した以下の3名が、不正受給を企てた実行犯(連帯責任認定者)となりました。

  • 元理事(被告1):法人設立当初の理事であり、法人の業務全般を統括していた人物です。この人物の多額の個人債務の返済が、不正スキームの最大の動機でした。
  • 企画会社代表(被告2):法人設立の評議員でもあり、事業計画立案等の業務を委託された会社の代表者です。不正スキームの立案者の一人として機能しました。
  • 建設会社常務取締役(被告3):施設の設置事務等に関与した人物で、建設会社の常務取締役という立場にありながら、不正受給の実行役の一人となりました。

補助金不正受給の手口

不正の手口は、公的資金である補助金を最大限に騙し取るために、施設の建設費用を水増しすることでした。そして、不正受給された補助金が、上記の元理事によって私的流用されていました。

  1. 不正な計画の共謀:法人設立以前から、元理事(被告1)、企画会社代表(被告2)、建設会社常務取締役(被告3)の3名は、法人設立後に交付される補助金や借入金の一部を、元理事の抱えていた個人債務(合計1億2000万円)の返済に充てることを企てていました。
  2. 水増し請求の実行:実際には6億7980万円しか要しない建設事業費に対し、8億2030万円を要したとする虚偽の申請を山梨県に行いました。また、設備整備費についても、実際より高額な申請を行いました。
  3. 差額の捻出と流用:工事請負代金を8億2030万円とする「表の契約」と、代金を6億7980万円に減額する「裏の契約」を結び、その差額約1億4050万円を不正に捻出。この結果、合計1億9691万2479円を不正に受給したと認定されました。

この不正受給に関与した元理事ら3名は、その後、補助金適正化法違反及び詐欺罪で起訴され、執行猶予付きの有罪判決を受け、これが確定しました。

旧体制からの権限奪還と訴訟提起

旧体制からの権限奪還と訴訟提起

不正行為の実行当時、不正に関与した元理事(被告1)は法人の業務全般を統括していました。法人名義での虚偽の申請や資金の口座移動は、この旧体制下で行われています。

新体制として過去の不正を追及するためには、まず不正行為者を法人の代表権や業務執行から完全に排除し、追及の意思を持った者が法人の代表権を掌握することが必須となります。本件においても、以下の経緯で新体制が代表権を確保し、訴訟提起を実現しました。

不正実行時の代表権の状況と権限の混乱

元理事(被告1)は、法人設立当初からの理事であり、業務全般を統括していましたが、多額の個人債務があったため、別の人物が形式的に理事長に就任していました。

しかし、不正実行時には被告1らが業務を主導し、法人の資金を私的に流用していました。不正が発覚した後、当時の理事会は被告1らの辞任をめぐって混乱し、正常に運営できない状態に陥りました。

所轄庁の介入と新体制の確立

理事会が機能不全に陥った結果、当時の理事全員が任期満了で退任しました。そして、所轄庁である山梨県知事が、社会福祉法に基づき、3名の仮理事を選任するという措置を取りました。

この行政による介入により、追及の意思を持った人物が法人の正式な代表者となりました。仮理事に選任された3人は、正式な理事を選任し、その後、そのうちの1名が理事長に選任され、法人の代表権を確保しました。

このプロセスは、株式会社であれば、株主が旧経営陣を解任し、株主側の新経営陣を任命する、といった、株主による介入に相当するものだと言えるでしょう。

新体制による訴訟決議の実行

平成14年6月20日、新理事長が就任した新理事会が開催され、不正に関与した元理事ら3名に対し、「貸付金返還請求訴訟を行う旨の決議」を採択しました。

このように、不正行為者が権限を握っている場合でも、所轄庁の指導や、株式会社における役員交代を通じて、法人の代表権を確保できれば、過去の不正行為者に対する損害賠償請求訴訟を行うことが可能になります。また、株式会社の場合であれば、株主代表訴訟によって同様の訴訟を提起するという選択肢もあります。

共同不法行為の立証

新体制が訴訟を提起した後、裁判所が元理事(被告1)、企画会社代表(被告2)、建設会社常務取締役(被告3)の3名に対して、7604万円を超える連帯責任を認定した根拠は、彼らによる共同不法行為(民法719条1項)の成立です。

相互の意思を通じた「共謀」の認定

民事責任追及の最大のポイントは「不正実行者たちが共謀して不法行為を行った」ことの立証です。裁判所は、この3名が、不正受給によって得られた金員を元理事(被告1)の個人債務返済に充てることを、法人設立以前から「相互に意思を通じて、企て、現に実行したもの」であると認定しました。

刑事確定判決の活用

この認定を決定づけた強力な証拠は、3名が既に補助金適正化法違反及び詐欺罪で有罪判決を受けて確定していたという事実です。

刑事罰が確定しているという事実は、民事裁判において、被告らが「故意」をもって不正行為を行ったこと、そして不正の「共謀」があったことを立証する上で、証明力の高い証拠として強力に作用します。追及側は、刑事事件の過程で明らかになった事実を最大限活用すべきです。

公的資金の目的外利用

被告側は、流用した資金が法人の設立準備に関連する個人債務の返済に充てられたものであり、私的流用には当たらないと主張しました。しかし、裁判所はこれを全面的に排斥し、公的資金の不正流用について極めて厳格な判断を下しました。

裁判所は、補助金等の目的について、「原告に交付された補助金や事業団からの借入金は、設立後の法人の必要費用を支援する目的で交付あるいは貸し付けされるものであり、設立の準備資金や寄附者の負債を返済することを目的として支給されるものでないことは明らか」であると判示しています。

この判示は、補助金・助成金の使途は厳格に限定されており、たとえ法人の設立準備に間接的に関わる費用であったとしても、個人の負債返済に充てる行為は、法人の利益に反する「私的流用」に該当するという判断だと言えます。

不正受給による損害額の算定と立証

損害額の算定と立証

原告法人は、水増しされた補助金の差額全体や延滞金を含む約2億円の賠償を求めましたが、裁判所が最終的に認定し連帯支払いを命じたのは、金7604万9446円でした。

認定損害額の根拠

裁判所が私的流用による損害として認定したのは、合計7255万円でした。この金額は、被告1の個人口座に「給与」として扱われる形で振り込まれた金額です。具体的には、原告法人の預金口座から元理事(被告1)の個人口座に支払われた合計7327万円余りのうち、7255万円について、税務手続の中で元理事に対する「給与」として扱われ、重加算税が課せられたという経緯があったのです。裁判所は、税務当局が法人の事業運営とは無関係な「給与」と認定し課税した事実を重視し、「もっぱら」被告1の「個人の利益を図るために用いられたものと認めるのが相当」と判断しました。

すなわち、こうした、不正受給と私的流用の事案では、会社が請求可能な損害賠償は、その流用によって会社に生じた損害であり、それは原則的には、(会社ではなく)個人の利益のために具体的に流用された金額であり、その証拠は、税務・会計上の処理記録等になります。

一部被告への請求の棄却

本件では、不正に関与したとされる6名の被告のうち、会計事務所職員や建設会社などへの請求は棄却されました。この境界線は、追及者が責任を負うべき対象を絞り込む上で重要です。

まず、会計事務所職員に対する責任は否定されました。この職員は、上司や実行役の指示に基づき、預金口座の出入金という「機械的な事務」を行ったに過ぎないと認定されたからです。裁判所は、当該職員が、不正な私的流用が行われていることについて「自ら認識して、被告」「らの私的不正流用に加担したことを認めるに足りる的確な証拠はない」として、共同不法行為の成立を否定しました。

次に、建設会社(という法人)に対する使用者責任請求も棄却されました。つまり、不正実行役の一人であった建設会社常務取締役(被告3)は個人として連帯責任を負う一方で、その使用者である建設会社への使用者責任(民法715条)に基づく請求は否定されました。裁判所は、被告3の行為は、建設会社(という法人)「の利益を度外視し、もっぱら設立前の原告あるいは被告」「1らの利益を図ろうとの目的のもと行われたもの」であり、会社の事業活動とは切り離された「個人的な行為」とみなし、建設会社「における職務執行の範囲内のものとは認め難い」と判断したのです。

つまり、ある役員などの不正が会社には利益をもたらさず、専ら個人の私益を図る目的で行われた場合は、会社を相手とした使用者責任の追及は困難となる可能性があり、その場合は不正行為者個人への追及を主軸とすべきということになります。

まとめ:不正受給に関する相談は弁護士へ

甲府地裁平成18年10月3日判決は、新体制による過去の不正の清算が、法的に可能なケースがあることを示すものだと言えるでしょう。特に本件では、民事より先行して行われた刑事事件、法人の代表権の掌握、そして資金使途に関する税務処理が、重要な要素となっていたと言えます。

M&A後の新経営陣、企業価値の回復を目指す新株主、あるいはガバナンスの正常化を目指す理事長(本件における新理事長の立場)になった場合は、以下のような行動を迅速に取る必要があります。

  1. 代表権の確保と権限の行使:まず、不正行為者から代表権を完全に切り離し、法人が主体となって訴訟を提起できる体制を確立するべきです。株式会社の場合は、新取締役による訴訟、または株主による株主代表訴訟の提起が検討対象となるでしょう。
  2. 証拠の収集:刑事裁判の記録、行政の調査報告書、そして最も重要な旧経営陣時代の会計帳簿と税務申告記録を速やかに保全し、どの金員が私的流用されたかを特定することが必要です。
  3. 専門家への相談:補助金不正受給は、行政法、刑法、民法の境界をまたぐ複雑な分野です。不正追及を成功させるためには、刑事弁護と民事紛争の双方に精通し、補助金や助成金の不正受給に関わる業務の経験が豊富な法律事務所に、証拠保全の段階から相談することが重要だと言えるでしょう。

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弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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