「業務中・通勤中の研修でOK」という人材開発支援助成金コンサルの研修は不正受給の疑い

人材開発支援助成金は、労働者のキャリア形成を支援し、企業の競争力を高めるための重要な制度です。研修費用の負担を軽減できることから、多くの事業者が活用を検討しています。
しかし、その制度の複雑さから、事業者自身が要件を完全に把握することが難しく、申請手続きを外部のコンサルタントや社会保険労務士に依頼するケースが少なくありません。この状況に目をつけ、「簡単に助成金を受け取れる」と謳う悪質なコンサルタントや業者が増えているのが現状です。
彼らは、助成金の要件を歪めて解釈し、事業者に対し「業務中や通勤中でも研修と認められる」といった誤った情報を与えることがあります。このような甘言に乗ってしまうと、企業は知らない間に不正受給という重大なリスクを背負い込むことになります。
本記事では、「業務中・通勤中の受講」タイプの不正に焦点を当て、なぜ「業務中・通勤中の受講」が不正受給と判断されるのか、その法的根拠と企業が直面するペナルティについて詳しく解説します。
この記事の目次
「業務中・通勤中」と助成金の要件

人材開発支援助成金の支給要件は、研修の内容だけでなく、その実施方法、特に「時間」と「場所」について非常に厳格です。コンサルタントが「OK」と安易に断言する以下のような行為は、助成金の不正受給に該当する可能性が高いものです。
業務中の受講
助成金支給の要件として、訓練は「所定労働時間内に業務と完全に切り離された状態」で実施される必要があります。厚生労働省のQ&Aでは、所定労働時間外や休日に実施された訓練は、割増賃金を支払っていたとしても原則的に賃金助成の対象とはならないと明確に示されています。
Q14 会社の休日に従業員に訓練を受けさせた場合、割増賃金を支払っていれば助成対象になりますか。振替休日をあらかじめ設定して、勤務日として予定を組んでいた場合はどうですか。
令和6年11月版 人材開発支援助成金事業主様向けQ&A
A14 所定労働時間外・休日に実施した訓練は、割増賃金を支払っていたとしても、賃金助成の対象とはなりません。就業規則などで振替休日についての規定があり、あらかじめ休日を振り替えていた場合(振替休日)は賃金助成の対象となります。ただし、休日に訓練を受けさせ、事後的に休日を付与(代休)した場合は、休日に訓練を実施しているため賃金助成の対象とはなりません。
また、自社内で訓練を実施する場合、通常の事業活動と明確に区別して行うことが確認できる見取り図の提出が求められます。
所定場所以外での受講
助成金の申請においては、訓練の実施場所を「訓練実施計画届」に明記することが求められます。これは、訓練が監督者の目の届く、適切な環境で計画通りに実施されることを確認するためです。自宅やカフェ、移動中の電車内といった、申請時に指定した場所以外で研修を行う行為は「場所違反」にあたります。これは、研修が管理された環境で行われたかどうかの証明が困難になるため、不正受給の判断材料となります。
所定時間外での受講
訓練は、訓練計画で定められた時間通りに実施されることが大原則です。「職業訓練実施計画届」には、訓練の初日と最終日を記載する欄があり、計画された日時で訓練が行われるべき要件が示されています。さらに、訓練時間が「10時間以上」であることなど、具体的な時間数も要件として定められています。計画とは異なる日時(従業員の休日や計画された残業時間中など)に受講が行われた場合も、「時間違反」として不正の対象となり得ます。
時間や場所に関する要件の趣旨
これらの要件が厳格に定められているのは、助成金が単に研修費用を補填するものではなく、労働者の「実質的な能力開発」という本来の目的を達成するためのものであるからです。人材開発支援助成金には、「1コースの訓練時間が10時間以上」といった具体的な訓練時間の要件も定められています。
集中できる環境で、業務から切り離された時間に行われる研修でなければ、十分な学習効果は期待できません。行政は、この実質的な効果を担保するために、時間や場所といった形式的な要件を厳格に審査しているのです。
助成金不正受給発覚後のペナルティと企業が直面するリスク

助成金不正受給を指南するコンサルタントと事業者
助成金の不正受給には、不正を指南した研修会社や社会保険労務士も深く関与しているケースが少なくありません。悪質な業者は、事業者から受け取った報酬の一部を不正な形で還流させるなど、巧妙な手口を用いています。
本記事で解説した「業務中・通勤中の受講」タイプの不正にも、大きく分けると2つのタイプがあると言えます。
まず、事業主は会社の費用を正しく用いて従業員に研修を受けさせたいと考えているものの、従業員本人や部署などのレベルで、「業務中・通勤中の受講」が、「サボタージュ」として行われている、といったタイプです。これは、「不十分な研修に対して研修費や助成金が用いられている」という現象で、助成金不支給の理由にはなり得ますが、「極めて悪質な不正」とまでは言えないかもしれません。
一方で、事業主自身がこうした「業務中・通勤中の受講」に加担しており、助成金の不正還流などが同時に行われているタイプのものは悪質性が高いと判断されるでしょう。つまり、以下のような構造です。
- 事業主として、会社の資金や勤務時間を用いてまで従業員に受講させたい、とまでは思わない研修が存在する
- そうした研修について、研修会社などが「業務中・通勤中の受講でも良い」と述べる
- 更に、研修費として受け取った金員の一部を、「紹介料」「アンケート協力費」などの名目で、直接又は間接的にキックバックする、といった提案も行う(いわゆる「実質無料」スキーム)
- 事業主としては、3より会社の資金を実質的に使うものではなく、2より勤務時間を実質的に使うものではないので、1のとおりに必要性の低い研修でも、「ないよりはあった方が良い」という理由で導入する
こうした構造の助成金受給は、明確な不正受給です。
不正受給に適用される法的規定とペナルティ
助成金不正受給は、単なるルール違反ではなく、以下のような刑事罰の対象となる犯罪行為です。
- 詐欺罪(刑法第246条): 虚偽の申請によって助成金をだまし取った場合、10年以下の拘禁刑が科される可能性があります。
- 補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律: 偽りその他不正な手段により助成金の交付を受けた者は、5年以下の拘禁刑または100万円以下の罰金に処されることが明記されています。
不正が発覚した場合、事業者はこれらの刑事罰のリスクに加え、以下のペナルティがあります。
- 金銭的制裁: 支給された助成金の全額返還に加え、不正受給額の2割相当の違約金、さらに年3%の延滞金が課されます。
- 事業者名の公表: 不正受給による支給取消額が100万円以上の場合、原則として事業者名が公表されます。これにより、取引先や金融機関からの信用を決定的に失い、事業継続に深刻な影響が出る可能性があります。
- 受給停止措置: 不正発覚から原則5年間、当該助成金を含む全ての助成金の受給が停止されます。
行政による抜き打ち調査と内部告発の実態
行政による調査は年々厳格化しており、不正は必ず発覚すると考えるべきです。発覚の主な経緯としては、以下のものが挙げられます。
- 労働局の立ち入り調査:労働局の職員は、事前予告なしに事業所を訪問し、出勤簿や賃金台帳、労働者名簿といった書類を詳細に確認します。
- 従業員へのヒアリング:会社を通さずに、従業員に直接電話や面談で、実際の労働状況や研修の実態について確認を求めることがあります。
- 従業員や関係者からの内部告発:特に、企業に不満を持つ元従業員や取引先からの内部告発が増加傾向にあります。
助成金不正受給の疑いが発覚した場合の適切な対応

万が一、不正受給の事実が判明した場合、最も重要なのは、労働局の調査が入る前に自らその事実を申告する「自主申告」です。自主申告を行い、迅速に全額返還すれば、事業者名の公表を原則として回避できる可能性が高まります。
また、不正を指南する悪質な研修会社によってこうした不正受給に巻き込まれてしまった場合、当該研修会社に対する返金請求なども検討するべきでしょう。
まとめ:助成金に関する法務リスクは弁護士に相談を
「業務中や通勤中の受講でも助成金がもらえる」という安易なコンサルタントの言葉は、助成金の制度を理解していないか、意図的に不正を指南している可能性が高い危険なものです。人材開発支援助成金は、業務と明確に切り離された環境と時間で実施されることで、初めてその目的である「実質的な学習効果」が担保されます。
不正が発覚した場合、企業は助成金の返還、違約金、刑事罰、そして事業者名の公表という、事業継続に致命的な影響を及ぼすリスクに直面します。
もし、過去の助成金申請内容に不安を感じている、あるいは不正の疑いが判明した場合は、一刻も早く弁護士にご相談ください。
当事務所による対策のご案内
モノリス法律事務所は、IT、特にインターネットと法律の両面に高い専門性を有する法律事務所です。当事務所では、東証プライム上場企業からベンチャー企業まで、ビジネスモデルや事業内容を深く理解した上で潜在的な法的リスクを洗い出し、リーガルサポートを行っております。下記記事にて詳細を記載しております。
カテゴリー: IT・ベンチャーの企業法務