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法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

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人材開発支援助成金の「親子会社スキーム」と不正受給リスクを弁護士が解説

近年、企業が従業員のスキルアップを支援するための「人材開発支援助成金(リスキリング助成金)」が注目を集めています。しかしその一方で、助成金を巡る不正受給の事例も頻繁に報じられるようになりました。その中でも監視されている一つの類型が、親会社と子会社が連携して助成金を申請する、いわゆる「親子会社スキーム」です。

このスキーム自体が直ちに違法となるわけではありませんが、その運用方法によっては極めて高いリスクを伴います。本記事では、この親子会社スキームがなぜ問題視されるのか、不正と見なされる4つの核心的な判断基準、そしてリスクが顕在化した場合の具体的な対処法について、過去の摘発事例を交えながら解説します。

人材開発支援助成金の「親子会社スキーム」を巡る現状

制度の目的と厳格化の背景

人材開発支援助成金(リスキリング助成金)は、事業主が雇用する労働者に対して職務に関連した専門的な知識や技能を習得させるための訓練を実施した場合に、訓練経費や訓練期間中の賃金の一部を国が助成する制度です。この制度の目的は、単に企業の金銭的負担を軽減することではなく、国の政策目標である「人への投資」を促進し、労働者の能力開発を支援することにあります。

しかし、近年、この制度を悪用した不正受給が後を絶たず、制度の根幹を揺るがす事態に発展しています。特に、会計検査院が2024年に、検査対象となった助成金の約3割にあたる32事業主で、総額1億円を超える不正受給があったと指摘したことが、大きな転換点となりました。これにより、厚生労働省は不正受給を防ぐための厳格な対策を講じるよう要求され、労働局の審査体制はこれまでの形式的なものから、申請の実態を深く掘り下げる、実質的なものとなりました。

「親子会社スキーム」とは

本記事が対象としている「親子会社スキーム」とは、ケースによって多少の差はありますが、概要、以下のようなスキームです。

親子会社スキームの概要

まず、親会社は子会社に対して研修を委託し、研修費を支払います。そして、支払った金額をベースに労働局に対して助成金の申請を行います。

子会社は、研修会社ですが、自身では研修プログラムを持っていないため、そのプログラムを外部企業(上図の「コンサル会社」)から仕入れ、当該外部企業に対して「利用料金」「レンタル料」などの名目の金員を支払います。この外部企業が、スキームを提案した会社であり、時に「実質的な費用負担なし」などの文句で勧誘を行っていることもあります。

また、このお金の出入により、子会社は現金が増加する一方、親会社は現金が目減りするため、子会社から親会社に対して、何らかの名目で還流を行っている事例も少なくありません。

「親子会社スキーム」が問題視される本質的な理由

親子会社スキームが監視されるのは、その形式の裏で、助成金制度の趣旨に反する行為が行われやすい構造にあるためです。具体的な問題点として、以下のような点が挙げられます。

  • 「実体のない」研修会社を用いた申請:子会社が研修事業を行うための実態(専属の従業員、独自のノウハウなど)を伴わず、単に助成金申請のための箱として機能している場合、労働局はこれを「トンネル会社」とみなし、申請の正当性を疑います。
  • 助成金の不正な還流:グループ会社間の取引という名目で、助成金の原資となる研修費用が不当に親会社へ還流される事例が頻発しています。助成金の支給要件は、事業主が訓練経費の全額を負担することであるため、この還流行為は不正受給の核心を突く問題となります。
  • 悪質なベンダーとの共謀:特定のコンサル会社やコンテンツベンダーが、実質的な費用負担なしで助成金を受給できるようなスキームを提案・指南していたことが明らかになり、これらの会社が関与する申請は、それ自体が不正受給と疑われるという状況になっています。

これらの問題は、単なる手続上の不備ではなく、助成金制度の根本的な目的を歪める行為として、労働局や会計検査院から厳しく追及されることになります。

不正受給の判断に関わる4つの核心的要素

実務上、助成金の審査において、親子会社スキームが不正受給と見なされるかどうかは、以下の4つの要素が複合的に判断されているケースが多いものと思われます。

要素1:研修事業を担う子会社の「事業実態」の有無

助成金を受給するためには、子会社が独立した事業体として、研修事業を主体的に行っている実態が必要です。

まず、そもそも子会社が研修事業を、実態として行っているのか、という点です。子会社に、親会社以外の企業に対して研修を販売した実績がない場合、事業実態は、まず認められないでしょう。また、悪質なコンサル会社から、「他に1件でも販売実績があれば良いので、1件分の取引実績を偽装すれば良い」などと言われているケースもあるようです。

次に、子会社が親会社と独立した、独立性のある事業体なのか、という点です。以下のようなケースは、子会社の独立性がなく、その事業実態が希薄であると判断され、労働局に厳しく指摘される可能性が高いと思われます。

  • 代表者の兼任: 子会社の代表者が親会社の代表者も兼任していると、子会社としての独立性が認められにくい方向に傾きます。
  • 給与・社会保険の支払い: 子会社の従業員(特に研修事業の責任者)の給与や社会保険が親会社から支払われていると、子会社としての独立性が認められにくい方向に傾きます。
  • 所在地の一致: 親会社と子会社の本店所在地が同一で、子会社が独自の事業所を持っていないと、子会社としての独立性が認められにくい方向に傾きます。

研修事業を行う子会社は、専属の責任者を置き、給与や社会保険を自社で支払い、独立した事業体としての要件を整備していることが必要です。

要素2:提供する研修プログラムの「独自性」の有無

助成金制度は、企業の主体的な人材育成努力を支援するものです。このため、研修プログラムが子会社独自のノウハウに基づいて開発・提供されているかが重要な判断基準となります。

  • 第三者企業のコンテンツの「レンタル」: 第三者企業であるコンサル会社やコンテンツベンダーが提供する既存のプログラムを、子会社が「レンタル」して利用している場合、子会社に独自の研修ノウハウがなく、実態が伴わないと判断されやすいと思われます。
  • 独自コンテンツの有無:そもそも子会社には、「レンタル」以外で自社商材として提供できるコンテンツがあるのか、どういった分野に専門性を持つ研修会社で、どういった研修をラインナップしているのか、という点も問題視されるものと思われます。

実際に、研修プログラムの「レンタル」が問題とされた摘発事例も存在します。子会社が研修事業を行うのであれば、その分野における専門性を持ち、独自に開発したカリキュラムを提供することが、適正な運用のために不可欠です。

要素3:親会社への「還流」取引の適正性

助成金は、親会社が(子会社に対して)支払った研修費の60%~75%を支給するものです。このため、助成金を「実質無料」で悪用する企業は、25%~40%の「目減り」分の「取り返し」を行う傾向があります。

こうした事情もあって、最も問題視されるのは、研修費用として支払われた資金が子会社から親会社に不当に「還流」されていることです。助成金の支給要件には、「申請事業主が訓練経費の全額を負担していること」が定められています。そして、「実質的な還流が行われている」場合は「全額の負担が行われていない」と言えるので「不正受給である」という判断は、親子会社スキームでも、他の類型の不正受給事案でも、一般的に行われています。

  • 問題のない還流:役員報酬や配当といった、正当な根拠に基づいた資金移動は、直ちに還流とは言えないでしょう 。
  • 問題視される還流:一方で、「営業経営支援費」や「営業協力費」といった名目で、助成金の金額に連動するような不自然な資金移動は、実質的な費用負担がなかったと判断される可能性が極めて高いです。

過去の実例では、子会社(訓練実施機関)から親会社(申請事業主)に対し、「営業協力費」の名目で訓練経費と同額の金銭が支払われ、実質的な費用負担がなかったことが摘発理由となりました。労働局は、名目上の取引だけでなく、その資金移動が実態を伴う対価関係に基づいているかを厳格に審査します。

要素4:悪質なコンテンツベンダーとの「関係性」

労働局の調査は、不正が疑われる特定のコンサル会社・コンテンツベンダー(研修提供会社)を起点に、その取引先を網羅的に追跡する傾向にあります。

不正が公表されたコンサル会社・コンテンツベンダーと取引があった場合、その事実だけで労働局の調査対象となる可能性が高まります。労働局は「不正受給情報」を共有しているため、こうした企業が関与する申請は、厳重なチェックを受けることになります。

一部の悪質なベンダーは、「実態がなくてもよい」「他社への営業実績は不要」といった甘言を弄していることが指摘されています。このような提案を受け入れた場合、企業はベンダーと共謀して不正を行ったと判断されるリスクがあります。逆に、早期にベンダーとの関係を断ち、労働局の調査に協力することで、「悪意がなかった」と判断され、不正受給認定を免れる可能性が高まると言えるでしょう。

不正発覚が企業にもたらす深刻なペナルティ

助成金の申請には、以下の3つの結末が考えられます。

  1. 不問(問題なし): 申請が適正と判断され、助成金が予定通りに支給されるケース。
  2. 不支給: 申請内容に不正はないものの、要件を満たしていないなどの理由で、助成金が支給されないケース。
  3. 不正受給: 偽りや不正行為が認定され、助成金の返還とペナルティが科されるケース。

この中で、企業が最も避けなければならないのが「不正受給」です。不正受給と認定された場合、以下の重いペナルティが企業に科されます 。  

  • 金銭的負担: 不正受給額の全額返還に加え、2割に相当する加算金の納付が命じられます 。さらに、返還が完了するまで年率3%の延滞金が発生し続けます。
  • 信用失墜: 企業名、代表者名、役員名が厚生労働省のウェブサイトで公表されます 。これにより、企業の信用力が低下し、顧客離れ、金融機関からの評価低下、資金調達への悪影響など、事業の継続を困難にする深刻なデメリットが発生します。
  • 行政的制裁: 不正受給と認定された日から、雇用関係助成金の全てが5年間、受給停止となります。
  • 刑事罰: 悪質なケースでは、詐欺罪(刑法第246条)などの刑事訴追を受けるリスクも存在します。

こうしたペナルティや対策については、以下の記事にて詳細に解説しています。

参考:リスキリング助成金のキックバックによる不正受給と法的リスク

まとめ

人材開発支援助成金の「親子会社スキーム」は、適切な運用がなされていれば問題ありません。しかし、その形式を悪用し、実体のない事業体や不正な資金還流を行うことは不正受給であり、企業に甚大な損害をもたらすリスクを伴います。

人材開発支援助成金の制度は複雑であり、その解釈や運用には高度な専門知識が求められます。もし、現在申請している助成金に不安を感じていたり、労働局からの調査にどのように対応すべきか迷っている場合は、早期に法律の専門家にご相談いただくことを強く推奨します。

モノリス法律事務所は、本稿で解説したようなリスク診断から、コンテンツベンダーへの返金請求交渉、そして労働局との協議同行まで、多岐にわたるサポートを提供しています。

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モノリス法律事務所は、IT・ビジネスと法律の両面に高い専門性を有する法律事務所です。当事務所では、東証プライム上場企業からベンチャー企業まで、ビジネスモデルや事業内容を深く理解した上で潜在的な法的リスクを洗い出し、リーガルサポートを行っております。補助金や助成金の不正受給に関連する業務に関しては、下記記事にて詳細を記載しております。

モノリス法律事務所の取扱分野:補助金等の不正受給対応

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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