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法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

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NASDAQ上場基準の変更により利益基準で最低1500万ドルの時価総額が必要に

2025年9月、米国NASDAQは、新規上場を目指す企業に対する要件を強化する新たな規則変更案(File No. SR-NASDAQ-2025-068)を米国証券取引委員会(SEC)に提出しました。この提案のメイントピックは、特に「利益基準」で上場を目指す企業に対し、その主要な流動性指標である「浮動株時価総額」(MVUPHS)の最低要件を、従来の500万ドルから1500万ドルへと引き上げるというものです。

この変更は、NASDAQが市場の健全性と投資家保護を強化する継続的な取り組みの一つと位置付けられます。そして、この基準が変更されると、NASDAQ上場を目指す日本企業の中には、根本的な部分での戦略の変更などを検討せざるを得なくなる企業も出る可能性があります。

本記事では、この変更の詳細な内容とその背景について解説します。

NASDAQ上場規制変更の概要と背景

規制変更の概要と背景

利益基準における「浮動株時価総額」要件の変更点

本件の核心となるNASDAQの提案(File No. SR-NASDAQ-2025-068)は、特定の市場区分における新規上場要件を厳格化するものです。具体的には、Nasdaq Capital Marketにおける利益基準での新規上場に際し、浮動株時価総額の最低要件を従来の500万ドルから1500万ドルに引き上げることが提案されています。 

この変更は、単に最も小規模な市場の入り口を狭めるだけでなく、NASDAQ全体にわたる、広範・継続的な取組の一環です。NASDAQの公式な提出書類を分析すると、この変更はNasdaq Capital Marketに限定されたものではなく、Nasdaq Global Marketにおける利益基準にも適用され、最低要件が800万ドルから1500万ドルに引き上げられることが分かります。NASDAQは、市場全体にわたって流動性基準の強化を志向しており、より上位市場を目指す日本の企業も例外なく影響を受けることになります。 

「浮動株時価総額」の定義とその変化

「Market Value of Unrestricted Publicly Held Shares」(浮動株時価総額、MVUPHS)は、米国の上場基準における中心的な流動性要件の一つです。これは、役員、取締役、10%以上の大株主といった内部関係者が保有する株式や、譲渡制限が付いた株式を含まず、公に取引可能な株式のみを対象とした時価総額を指します。 

NASDAQは、市場の公正な価格形成を可能にするため、上場時点での十分な流動性プールを確保することを重視しています。この趣旨より、NASDAQでは、2019年以降、浮動株時価総額の定義や流動性要件が、継続的に見直しされてきました。例えば、制限付き株式を浮動株時価総額の計算から除外する変更や、2025年4月には、浮動株時価総額の要件を「新規株式公開(IPO)における売出株式のみ」で満たすことが必要となるルール更新が行われました。これにより、既存株主が売り出しを行う株式は、原則として算入されないことになりました。このような流動性要件の継続的な厳格化は、出来高の薄い小規模銘柄における不正取引や価格操作の懸念を払拭するための継続的な取組であると言えるでしょう。 

NASDAQ上場規制強化の背景にある市場の懸念

NASDAQは、今回の提案の目的として、市場の健全性と投資家保護を掲げています。特に、出来高の薄い小規模銘柄における極端な価格変動や、潜在的な市場操作(pump-and-dump schemes)が重大な懸念事項として挙げられています。

また、NASDAQは、中国を主要な事業拠点とする企業(以下「中国企業」)に対する懸念も述べています。公式見解によると、中国企業は、NASDAQ上場企業全体の10%未満しか占めていません。しかし、2022年8月以降、NASDAQが規制当局へ付託した事例(regulatory referrals)の約70%が、中国企業に関連していました。この状況に対応するため、NASDAQは、中国企業に対し、上場基準にかかわらず、IPOで2500万ドル以上の資金調達を義務付ける独自の基準も提案しています。 

東証グロース市場とNASDAQの比較

東証グロース市場とNASDAQの比較

東証グロース市場とNASDAQのキャピタル・マーケットは、いずれも新興企業を対象としていますが、その上場哲学には根本的な違いがあります。東証グロースは「高い成長可能性」を重視しており、新規上場時点での収益性や財政状態を問いません。日本のスタートアップは、この柔軟な基準を利用して、赤字の段階で早期上場(early exit)を目指す傾向があります。 

一方、NASDAQは、少なくとも利益基準の場合、継続事業からの利益実績を明確に要件としています。日本のスタートアップ企業にとっての選択肢は、国内のグロース市場で早期に上場を目指すか、米国市場でより大きな資金調達とグローバルな成長を狙うか、というものになります。後者を選ぶ場合、今回の規制強化は新たなハードルとなります。

NASDAQは「純利益」や「浮動株時価総額」といった財務・流動性指標に厳しい基準を設けることで、投資家保護を重視していると言えるでしょう。

NASDAQによる規制変更提案の現状と今後の展望

提案の現状とSECの審査プロセス

本件変更は、NASDAQがSECに規則変更案(Proposed Rule Change)として提出したものであり、現時点ではまだ「提案」段階にあります。 

NASDAQは、自律規制機関(Self-Regulatory Organization, SRO)として、米国証券取引所法(Securities Exchange Act of 1934)第19条(b)(1)および関連規則(Rule 19b-4)に基づき、規則変更案をSECに提出します。SECは、この提案が「投資家保護」や「公正かつ効率的な市場の維持」といった法定要件を満たすか審査します。SECは、提案された規則変更について一般からの公開コメントを募集するプロセスを経ます。これにより、投資家、企業、市場関係者などの多様な意見が審査に反映されることになります。 

上場維持の課題

NASDAQの上場基準は、新規上場時だけでなく、継続的な維持基準としても厳格に適用されます。Wang & Lee Groupという企業は、2025年8月26日に時価総額の低迷や複数の規則違反を理由にNASDAQから上場廃止となりました。同社は上場維持計画を提出しましたが、承認されませんでした。 

今回の新規上場基準の引き上げは、上場後のデリスティング基準の厳格化とも並行して進められています。上場を達成したからといって終わりではなく、常に厳しい流動性要件を満たし続けることが求められることになります。この「上場後のデリスティング基準」は、日本企業が米国市場を理解する上で、特に認識しておくべき重要なポイントです。 

まとめ:NASDAQ上場規制については弁護士に相談を

NASDAQが利益基準における浮動株時価総額要件を1500万ドルに引き上げるという提案は、米国市場が小規模なIPOに対して、流動性と財務健全性への要求をより一層強めていることを明確に示しています。これは、単なる数字の変更ではなく、市場の健全性を守るための広範な規制強化の動きであり、特に東証グロース市場のような柔軟な基準に慣れた日本の企業にとっては、米国市場での成功に向けた新たな課題となるでしょう。

米国の資本市場は、その魅力的な資金調達機会と引き換えに、複雑で厳格な規制環境を企業に課します。上場プロセスの初期段階から、最新の規則変更の動向を正確に把握し、米国会計基準(US GAAP)に基づく財務報告、訴訟リスク管理、そしてSECの厳格な審査に対応する体制を構築することが不可欠です。モノリス法律事務所は、このような複雑な米国法務環境における上場準備から、継続的なコンプライアンス、そして有事の際のリスク対応に至るまで、日本企業の米国市場進出を包括的にサポートいたします。お気軽にご相談ください。

当事務所による対策のご案内

モノリス法律事務所は、IT、特にインターネットと法律の両面に高い専門性を有する法律事務所です。ベンチャー法務に経験と実績を有し、国際ネットワークと連携する法律事務所として、モノリス法律事務所は日本企業によるNASDAQ上場を全面的にサポートいたします。NASDAQ上場支援については、下記記事をご参照ください。

モノリス法律事務所の取扱分野:NASDAQ上場支援

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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