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法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

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ラトビア共和国の法律の全体像とその概要を弁護士が解説

ラトビア共和国は、欧州北東部、バルト三国の中心に位置する国です。2004年に欧州連合(EU)および北大西洋条約機構(NATO)に加盟し、同年にはシェンゲン協定に参加、2014年にはユーロを導入しました。ラトビアは欧州の中でも財政の健全性が際立っており、特に低い公共負債水準が特筆されます。2024年に一時的な景気減速を経験したものの、2025年以降は民間消費と公共投資に牽引される形で緩やかな経済成長が予測されています。

ラトビアは、日本の法制度と共通の基盤を持つ大陸法系の法制度を採用する国です。特に、1922年に制定された同国の憲法(Satversme)は、ドイツのヴァイマル憲法やスイス連邦憲法の影響を強く受けていることが知られています。

また、ラトビアは、EU内でも特にデジタル化が進んでおり、デジタル公共サービス分野でEU加盟国中6位にランクされるなど、行政の効率化と技術革新に積極的に取り組んでいます。こうした背景は、ビジネスの迅速な立ち上げや、イノベーションを志向する企業にとって、非常に魅力的な環境だと言えるでしょう。

本記事では、ラトビアの法律の全体像とその概要について弁護士が詳しく解説します。

ラトビアの法制度の全体像と日本法との比較

ラトビアの法制度は、確立された法の支配と成文法主義に支えられています。その法源は、厳格な階層構造に従って運用されており、最高位には1922年に制定され、バルト三国で最も古い憲法であるSatversme(憲法)が位置しています。その下に、議会(Saeima)が承認した国際協定、法律、そして閣僚会議の規則などが続きます。

司法制度においては、日本と同様に三審制が採用されており、35の地区・市裁判所を第一審、6つの地方裁判所を第二審、そして最高裁判所を最終審として構成されています。

また、行政事件を専門的に扱う独立した行政裁判所と、法律やその他の法規範の合憲性を審査する権限を持つ独立機関である憲法裁判所が設置されています。憲法裁判所は、7名の判事によって構成され、その候補者は議会、閣僚会議、最高裁判所から推薦されます。

ラトビアの法人税制

法人税制

ラトビアは、税制度の魅力で知られています。2018年に導入された法人所得税(CIT)制度の改革により、ラトビアは「再投資利益非課税」という画期的な仕組みを採用しました。この制度の下では、企業が獲得した利益は、配当として株主に分配されるか、または「みなし配当」と見なされる特定の支出に充てられない限り、課税対象となりません。すなわち、実質税率が0%です。課税は、利益が実際に分配されたり、経済活動に直接関係しない支出(例:関連会社への融資や特定の費用)に使用されたりした時点でのみ発生します。

この制度は、日本における法人税制とは根本的に異なります。日本では、事業年度の利益に対して毎年法人税が課せられ、企業は利益を再投資に回す前に税負担を負います。対照的に、ラトビアでは、企業は税負担を繰り延べ、稼いだ利益をそのまま事業の拡大、研究開発、設備投資などに再投資することが可能です。

ただ、この制度の恩恵を最大限に享受するためには、課税対象となる「みなし配当」の定義を正確に理解し、適切な会計処理を行う必要があります。例えば、非事業目的の支出や関連会社への融資などは、配当と同様に課税の対象となります。意図的な租税回避を防ぐための措置は行われている、ということになります。

ラトビアにおける会社設立とコーポレートガバナンス

ラトビアで最も一般的な法人形態は、日本の株式会社に相当する有限責任会社(SIA)であり、その設立には最低2,800ユーロの資本金が必要となります。しかし、ラトビア独自の制度である「低額資本SIA」は、最低資本金を1ユーロから2,799ユーロの範囲内で設定可能であり、小規模な事業者やスタートアップにとっての初期負担を軽減します。

会社設立手続きは、高度にデジタル化されており、商業登記(Commercial Register)への申請はオンラインで完結することができます。標準的な手続きでも3~5営業日、追加費用を支払えば1営業日という迅速さで設立が完了します。

項目ラトビア(SIA)ラトビア(低額資本SIA)日本(株式会社)日本(合同会社)
最低資本金2,800 EUR1 EUR資本金規制なし資本金規制なし
設立日数標準3~5営業日、特急1営業日標準3~5営業日、特急1営業日約2~4週間約1週間
設立費用 (概算)150 EUR + 公証人費用など20 EUR + 公証人費用など約20万円~約6万円~
設立手続きのデジタル化オンライン申請が可能オンライン申請が可能オンライン申請が可能オンライン申請が可能
特徴最も一般的で信頼性が高い所有権に制限あり設立費用が比較的高額設立費用が比較的安価

コーポレートガバナンスに関しては、ラトビア商法(Commercial Law)がその主要な法的根拠となります。また、Nasdaq Riga証券取引所が発行する「コーポレートガバナンスの原則と実施に関する勧告」が、上場企業を中心に規範的な役割を果たしています。商法は、会社の機関、取締役会や評議会の役割、そして株主の権利を規定しており、透明性の高い商業登記簿を通じて誰でも会社の記録や文書を閲覧できます。

ラトビアの外国資本への開放政策と国家安全保障

ラトビアでは、原則として国内投資家と外国投資家は平等に扱われます。しかし、この開放政策には国家安全保障上の例外が存在します。外国直接投資(FDI)スクリーニング制度は、特定の分野における「適格な持分」または「支配的影響力」の取得に対して、内閣による事前承認を義務付けています。ここでいう「適格な持分」とは、会社の議決権または資本金の10%以上の直接的・間接的保有を指します。この審査制度は、重要インフラ、軍事、AI技術、農業用地など、国の安全保障に密接に関わる分野の事業を対象としています。

その他のラトビアのビジネス関連法制度

AI・テック関連法制とイノベーション促進

ラトビアは、EUの広範なデジタル規制を遵守しつつも、独自の国家戦略によってAI技術のエコシステムを積極的に構築しようとしています。その中心となるのが、議会によって採択された「人工知能センター法」です。この法律に基づき、政府、研究機関、デジタル業界の代表者からなる「ラトビア国家人工知能センター」が設立されました。このセンターの目標は、AI分野における国民のスキル向上、倫理的かつ責任あるAI利用の推進、そしてAIシステムに起因するリスクの軽減です。

この新法における最も注目すべき点は、「AI規制サンドボックス」の創設権限がAIセンターに付与されたことです。このサンドボックスは、特定の規制要件を一時的に適用せず、管理された環境下でAIシステムのテストを可能にします。EUの包括的なAI規制である「EU AI法」は、特に高リスクなAIシステムに対して厳しい要件を課しており、AI開発企業にとってコンプライアンス上の大きな課題となり得ます。しかし、ラトビアのサンドボックスは、この厳格な規制を一時的に緩和し、イノベーションを安全にテストするための環境を提供します。これにより、企業は、新技術の概念実証(PoC)をラトビアで実施し、その知見を将来のEU市場全体への展開に活かすための「実験場」として活用できる可能性があります。この「EU法遵守」と「国内イノベーション促進」という二重の規制構造は、非常にユニークなアプローチだと言えるでしょう。

また、ラトビアの公共部門は、IT調達においてオープンソースソフトウェア(OSS)をプロプライエタリソフトウェアと平等に扱うことを法律で義務付けています。そして実際に、公共データポータル(Open Data Portal)などの主要なデジタルインフラは、OSS技術を用いて構築されています。

消費者保護と広告規制

ラトビアは、消費者の保護を重視しており、特に医薬品広告に関しては、EU法を上回る厳格な規制を設けています。ラトビアの「広告法」は、子どもの権利を保護し、虚偽または誤解を招く広告を禁止する一般的な規定を定めていますが、特定の分野ではさらに厳しい要件が課されます。特に、医薬品に関する規制は、日本の医薬品医療機器等法(薬機法)や医療広告ガイドラインに匹敵する、あるいはそれを超える厳格さを持っています。

その典型的な例が、EU司法裁判所で争われたEuroaptieka事件(C-530/20)です。この事件では、ラトビアの薬局チェーンが、特定の医薬品名を挙げずに「医薬品の15%割引」を広告したことに対し、ラトビア保健監督局が、国内法に基づき広告を禁止しました。ラトビア国内法は、医薬品の価格、特別セール、または他の製品との抱き合わせ販売に基づく広告を禁止していますが、この規定はEUの医薬品指令(2001/83/EC)には直接明記されていませんでした。

ラトビアの憲法裁判所からの照会を受け、EU司法裁判所は、このラトビア国内法がEU法と整合的であると判断しました。判決は、価格に基づく広告が、消費者に医薬品の「非合理的な使用」を促し、公衆衛生上のリスクを高める可能性があるという点で、EU指令の目的である「公衆衛生保護」と一致していると結論付けました。この判決は、EUの法的調和(Harmonization)の原則にもかかわらず、加盟国が国内法で公衆衛生保護のために、より厳格な規制を課すことが許容されていることを示す、重要な先例となりました。

労働法

ラトビアの労働法(Labour Law)は、労働者の権利を保護し、EU指令や国際労働機関(ILO)の条約との整合性が高いものになっています。

主な労働条件は、日本の労働基準法と多くの共通点を持っており、正規の労働時間は、原則として週40時間、1日8時間と定められており、残業は労使間の書面による合意が必要です。また、全ての労働者には、年間で最低4暦週間の有給休暇が保証されており、これは日本法の有給休暇制度(年間最低10日間)よりも長期間です。解雇に関しては、従業員の行動や能力、または経済的・組織的理由に基づいて、雇用主は書面で通知することにより労働契約を終了させることができます。全体として、ラトビアの労働法は、透明で明確なルールを提供しており、日本企業は一般的な欧州の労働慣行を理解していれば、大きな問題なく対応できる可能性が高いです。

個人情報保護法

個人情報保護法

個人情報保護に関しては、ラトビアはEU加盟国として、2018年に施行された「一般データ保護規則」(GDPR)を国内法として直接適用しています。GDPRは、日本の個人情報保護法と比較して、データ主体の権利をより広範に保障し、企業に対してより厳格な義務を課します。例えば、データ主体の権利(アクセス権、訂正権、消去権、データポータビリティ権など)はより詳細に規定されており、個人データ漏洩が発生した場合、企業は原則として72時間以内に監督機関に通知する義務を負います。日本企業がラトビアで事業を展開する際には、日本の個人情報保護法との違いを十分に認識し、GDPRのコンプライアンス要件を完全に満たすための体制構築が不可欠となります。

許認可が必要なビジネス

許認可が必要なビジネス分野には、金融サービス、医療・医薬品、建設・不動産、賭博・くじ、アルコール・タバコ小売、通信、教育サービス、交通・物流などがあります。

許認可の取得プロセスは、通常、申請書類の提出、企業文書の提供、担当者の資格証明、事業計画書の提出、そして法定手数料の支払いを含みます。複雑なライセンスの場合、審査に1~6ヶ月を要することもあるため、事業計画の初期段階で許認可の要否と手続きを特定しておくことが、円滑な市場参入のために重要です。

まとめ

ラトビアは、その革新的な税制、効率的な行政手続き、そしてイノベーションを積極的に推進する法制度を持っており、魅力的な投資先であると言えます。特に、再投資利益非課税の法人税制は、日本の法制度にはない、事業の成長とキャッシュフローを最大限に優先する制度です。

しかし、その一方で、EU法と国内法の二重構造、医薬品広告のような特定の分野における厳格な規制、そして国家安全保障上の外国直接投資スクリーニング制度など、日本とは異なる複雑な法務・税務リスクが存在することも事実です。これらの課題を乗り越え、ラトビアでのビジネスを円滑に開始するためには、日本とラトビア双方の法制度を深く理解し、現地の商習慣や行政手続きに精通した専門家のサポートが不可欠だと言えるでしょう。

関連取扱分野:国際法務・海外事業

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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