弁護士法人 モノリス法律事務所03-6262-3248平日10:00-18:00(年末年始を除く)

法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

IT・ベンチャーの企業法務

スペイン王国の法律の全体像とその概要を弁護士が解説

近年、スペイン経済はEU平均を上回る成長を続けています。特に観光業をはじめとするサービス分野の好調な輸出、そしてEUの次世代復興基金(Next Generation EU funds)の活用が成長を牽引しています。政府はこれらのEU資金を活用し、エネルギー、デジタル化、商業などの多様な分野で改革と投資を推進しており、外国からの投資を積極的に誘致する姿勢を見せています。実際、外国企業からの投資意欲は高く、インフラ、生活の質、市場規模、人材の質などが高く評価されています。

しかし、スペインでのビジネス展開を成功させるためには、その法制度を深く理解することが不可欠です。スペインの法体系は、日本と同じくローマ法に起源を持つ大陸法系に属し、包括的な法典や法律に基づいていますが、EU加盟国であることから、EU法の影響を強く受けている点が日本とは大きく異なります。EU指令や規則はスペイン国内法に直接影響を与え、特定の分野では国内法に優先して適用されることもあります。また、スペインの司法制度は、その歴史的背景から、慣習法、ローマ法、地域法、そして現代の成文法が複雑に融合しており、日本と比較して、裁判所の種類や構造にも特徴的な違いが見られます。

本記事では、スペインでのビジネス展開を検討する日本の経営者や法務部員の方々が、現地の法制度の全体像を把握し、特に日本の法律との重要な相違点を理解できるよう、主要な法分野に焦点を当てて解説します。

スペインの法制度の全体像と日本法との比較

スペインの法制度は、その歴史とEU加盟という特性が色濃く反映されています。日本と同様に大陸法系に属し、包括的な成文法典が法の主要な源泉である点は共通していますが、その運用や構造には独自の要素が見られます。

法体系の基本原則

スペインの法体系は、ローマ法に深く根ざした大陸法システムであり、判例法を主とする英米法とは対照的に、包括的な法典と法律に基づいています。法の源泉は、民法典第1条に定められている通り、「法律、慣習、法の一般原則」です。この体系の頂点に立つのは1978年スペイン憲法であり、その第9条第1項により法制度の最高規範と位置づけられています。憲法は、スペインが「社会民主主義的法治国家」であり、自由、正義、平等、政治的多元主義を最高の価値とすると定めています。

日本も大陸法系であり、成文法が中心である点はスペインと共通しています。しかし、スペインではEU法が国内法に直接適用され、優先するという点が日本とは根本的に異なります。EU指令や規則はスペイン国内法に直接影響を与え、特定の分野ではEU法が国内法に優越する構造となっています。

裁判所の種類と構造

スペインの司法制度は複雑であり、憲法(第117条~127条)が基本原則を定め、組織構造や管轄の詳細は組織法6/1985に規定されています。司法は独立した第三の政府部門であり、すべての裁判所が国家機関である点で統一されています。最高司法機関は、マドリードに所在する最高裁判所(Tribunal Supremo)です。最高裁判所は、民事、刑事、行政訴訟、社会(労働)、軍事の5つの部会に分かれており、下級裁判所の判決に対する控訴を扱います。また、首相や閣僚、国会議員に対する民事・刑事事件も管轄します。

全国管轄裁判所(Audiencia Nacional)もマドリードにあり、テロ、大規模な麻薬密売、マネーロンダリング、組織犯罪、大規模な企業・政治腐敗事件など、国家または国際的な影響を持つ特定の重大事件について全国的な管轄権を持ちます。この裁判所は、行政控訴や、自治州を超える広範な労働紛争も扱います。各50の県には地方裁判所(Audiencia Provincial)があり、刑事・民事事件の主要な管轄裁判所として機能し、下級裁判所からの控訴も扱います。各17の自治州には高等裁判所(Tribunal Superior de Justicia)があり、民事・刑事、行政、社会(労働)の各部門を持ち、自治州内の最高司法機関です。

スペインにおける会社設立とコーポレートガバナンス

スペインで事業を展開する際、適切な会社形態の選択と、その後のコーポレートガバナンス体制の構築は極めて重要です。日本の会社法と比較して、スペインの会社法(特に「資本会社法」Ley de Sociedades de Capital)にはいくつかの特徴があります。

会社形態と設立手続

スペインで最も一般的な会社形態は、日本の株式会社に相当する株式会社(Sociedad Anónima, S.A.)と、日本の合同会社に相当する有限責任会社(Sociedad de Responsabilidad Limitada, S.L.です。有限責任会社(S.L.)の最低資本金は3,000ユーロであり、設立時に全額払い込む必要があります。これに対し、株式会社(S.A.)の最低資本金は60,000ユーロと高く設定されています。

会社設立は、2人以上の当事者間の合意、または単独所有会社の場合は一方的な意思表示によって開始できます。設立には、公証人による設立証書(deed of incorporation)の作成が義務付けられており、すべての設立パートナーまたは株主が署名し、会社の全持分または株式を引き受ける必要があります。この証書には、パートナーの身元、会社形態、各当事者の出資情報、割り当てられた持分などが詳細に記載されます。

設立証書は、商業登記所(Mercantile Registry)に登録されることで、会社は法人格を取得します。この登録は、設立証書の正式化から2ヶ月以内に行う必要があります。会社名には、S.L.の場合は「Sociedad de Responsabilidad Limitada」または「Sociedad Limitada」(略称S.R.L.またはS.L.)、S.A.の場合は「Sociedad Anónima」または「S.A.」を含める必要があります。既存の会社名と同じ名称を使用することは禁止されています。登記上の本店所在地は、スペイン国内で会社の中心的な管理・経営活動が行われる場所、または主要な事業所がある場所に置く必要があります。

取締役と株主の権利義務

取締役は、定款に別段の定めがない限り、パートナーまたは株主であるか否かにかかわらず任命できます。法人が取締役として任命される場合、その法人は取締役としての職務を遂行する自然人を指名しなければなりません。取締役の任期は4年間に短縮され、再任も可能です。取締役の報酬に関する透明性が高められており、株主総会で3年間の期間で承認され、会社のパラメータと整合している必要があります。株主は、利益分配、清算資産への参加、新株・転換社債の優先引受権、総会への出席・議決権行使、決議の異議申し立て、会社情報へのアクセスなど、基本的な権利を有します。

スペインの会社法では、取締役の注意義務と忠実義務が強調され、「ビジネス判断の原則(business judgement rule)」が適用されます。この原則に基づき、取締役には高い水準の注意義務と忠実義務が求められ、利益相反状況では投票を棄権する必要があります。

スペインにおける海外資本からの投資規制

海外資本からの投資規制

スペインは外国直接投資(FDI)を積極的に誘致する一方で、特定の戦略分野における投資に対しては、近年厳格な審査制度を導入しています。これは、日本企業がスペイン市場へ進出する際に特に注意すべき点です。

外国直接投資(FDI)審査制度

2020年以降、スペインでは特定の外国直接投資が審査の対象となり、2023年9月1日には新たなFDI規制が施行され、追加の手続きが導入されました。この規制は、公共の秩序、公共の安全、または公衆衛生に影響を与えるとみなされるFDIに対して、事前の行政承認を義務付けています。特に、EU/EFTA域内の投資家による投資であっても、その投資額が5億ユーロを超える場合や、スペインの上場企業を対象とする場合は、2026年12月31日までFDI規制の適用が延長されています。

FDI申請は、通常、スペインの対象企業に直接投資を行う法人によって提出されますが、審査プロセスでは最終的な投資主体が主に分析されます。すなわち、日本企業がEU域内に子会社を設立し、そこからスペインに投資する場合でも、最終的な日本親会社の支配構造が審査対象となる可能性があります。

スペイン政府が鉄道車両メーカーTalgoの買収を国家安全保障上の理由で拒否した事例は、特定の戦略的企業に対する外国資本の投資が、たとえ経済的合理性があったとしても、国家の安全保障や産業発展の観点から阻止されうという例です。日本企業は、スペインの重要産業分野(例:インフラ、エネルギー、防衛関連)へのM&Aを検討する際には、単なる経済的側面だけでなく、地政学的リスクや国家戦略との整合性も深く考慮する必要があるでしょう。

主要な規制対象分野と閾値

FDI規制の対象となるのは、特定の重要セクターへの投資です。これには、重要インフラ、重要技術およびデュアルユース技術、基幹的投入物(エネルギーなど)の供給、機密情報へのアクセスを持つ投資、メディア関連が含まれます。投資家がスペイン企業株式の10%以上を取得する場合、または企業取引、法的行為、事業活動を通じて企業の完全または部分的な支配権を得る場合にFDIと定義されます。過去会計年度の売上高が500万ユーロ未満のスペイン企業への投資は、一般的に事前承認の対象外ですが、エネルギー、通信、原材料分野の特定の投資には例外があります。審査期間は最大3ヶ月で、この期間内に応答がない場合は承認が拒否されたとみなされます。事前相談(preliminary opinion or consultation)の制度もあり、この場合は30営業日以内に回答が得られます。

これらのFDI規制は、重要インフラ、重要技術、基幹的供給、機密情報アクセス、メディアといった特定の「重要セクター」に焦点を当てています。そして例えば、AI技術 も「重要技術」としてFDIの文脈で言及されており、デジタル分野への投資も審査対象となりえます。

スペインの不動産取引における公証証書

スペインでは、不動産の所有権移転を正式化するために、公証人による売買証書(escritura pública de compraventa)の作成と署名が不可欠です。この公証証書がなければ、所有権移転は法的に認められません。公証証書は、買い手が不動産登記所(Land Registry)に不動産を自身の名義で登録するために必要であり、登録がなければ法的に認識された所有者とはみなされず、潜在的な法的リスクにさらされます。

日本において不動産の所有権移転登記が対抗要件であるのに対し、スペインではより強く所有権の公示要件としての性格を持つと言えます。公証証書には、売主と買主の身元、不動産の詳細な記述、法的状況、購入価格と支払い条件、税金と手数料、その他合意事項などが記載されます。公証人は原本を保管し、買主は認証された写し(copia autorizada)を受け取ります。

スペインにおける広告規制と消費者保護

スペインの広告規制は、EU指令に基づいており、日本の景品表示法(景表法)に相当する「不公正競争法」や「一般広告法」によって規律されています。特に、不公正な商慣行の類型や、医薬品・医療機器の広告に対する厳格な規制が特徴です。

不公正な商慣行と広告の禁止

スペインでは、一般広告法34/1988 および不公正競争法3/1991 が広告を規制しています。これらの法律は、消費者の行動や意思決定に影響を与える「不公正な商業慣行」を禁止しています。不公正な商業慣行は、主に「誤解を招く行為(misleading practices)」と「攻撃的な行為(aggressive practices)」に分類されます。

誤解を招く行為には、虚偽情報の提供や重要情報の省略が含まれます。例えば、品質マークの虚偽表示、おとり広告、病気の治療効果の虚偽主張、ねずみ講、他社製品と混同させるような広告、隠れたマーケティング(広告であることを明示しない)などが挙げられます。

攻撃的な行為には、消費者に圧力をかけて購入させるものが含まれます。例えば、契約するまで店から出られないと思わせる行為、消費者の自宅への執拗な訪問、子供に大人を説得させるような広告などが含まれます。

日本の景表法における不当表示(優良誤認表示、有利誤認表示など)と類似する点が多いですが、スペインの規制は「人間の尊厳を侵害する広告」を明確に違法としています。これには、女性を侮辱的または差別的に描く広告、性差別的・人種差別的ステレオタイプを助長する広告、未成年者の未経験や軽率さを利用する広告などが含まれます。

医薬品・医療機器の広告規制

医薬品の広告は、EU指令の国内法化である国王令1416/1994 や、スペイン医薬品・医療機器庁(AEMPS)のガイドライン、そして製薬業界の自主規制規範であるFarmaindustria Code によって厳しく規制されています。

まず、一般消費者向け広告の制限として、処方箋医薬品や公的資金で賄われる医薬品の一般消費者向け広告は禁止されています。結核、性感染症、がん、慢性不眠症、糖尿病など、特定の疾患に対する医薬品の一般向け広告も許可されていません。広告には、それが広告であること、医薬品であること、製品名、製造販売承認取得者の名称、効能、組成、添付文書を読むことの推奨、薬剤師への相談推奨などが明確に表示されなければなりません。また、「診察が不要である」と示唆する、効果を保証する、副作用がないと示唆する、優位性を主張する、有名人による推奨など、特定の表現は禁止されています。

そして、医療従事者(HCPs)向け広告は、製品名、製造販売承認取得者の名称と住所、定性的・定量的組成、製品概要(SmPC)の必須データ(臨床データ、適応症、注意点、禁忌)、用量、剤形、処方・調剤制度、小売価格、公的資金調達条件、治療の推定費用など、詳細な情報を含まなければなりません。メッセージは正確、バランスが取れ、正直、客観的であり、適切な科学的評価に基づいている必要があります。なお、「データオンファイル(data on file)」の使用は販促目的では許可されていません。

そして、特徴的なのが、贈答品・接待・サンプル提供の厳格な規制です。医薬品の処方や調剤に関わるHCPsへのインセンティブ、ボーナス、割引、贈答品、利益の提供は原則禁止されています。ただし、医療または薬局の実務に関連する「ごくわずかな価値」の贈答品は例外です。Farmaindustria Codeでは、文具や専門用途品で市場価格が10ユーロを超えないものと具体的に定められています。金銭の提供は、いかなる状況でも明示的に禁止されています。HCPsへの接待は、合理的かつ控えめであり、会議の主要な科学的目的と関連する宿泊、交通、登録費に厳密に限定されなければなりません。豪華なホテルや娯楽活動は禁止されています。サンプル提供は例外的であり、AEMPSの事前承認が必要です。新有効成分、治療上の利点がある新剤形などに限定され、HCPsからの書面による要求に基づいて提供されます。

これに関連する透明性義務として、Farmaindustria Codeは、HCPsや医療機関への「価値の移転(transfers of value)」を文書化し、ウェブサイトで公開することを義務付けています 。これには、寄付、イベント、サービス、R&D関連の支払いが含まれます。

日本の薬機法や医療広告ガイドラインも厳格ですが、スペインのように業界自主規制が法的な効力を持つかのように機能し、かつHCPsへの金銭的・非金銭的利益供与に対する具体的な金額制限や公開義務がここまで詳細に定められているケースは少ないです。この二重規制と高い透明性要件より、日本企業がスペインで医薬品・医療機器のマーケティングを行う際には、より複雑なコンプライアンス体制を構築する必要があります。

スペインの労働法における雇用関係の原則

スペインの労働法は、憲法(Constitución Española)に労働者の権利(平等な機会、公正な賃金、組合加入権、社会保障など)が規定されており、主要な法源は労働者法典(Estatuto de los Trabajadoresです。

  • 労働契約:すべての労働者は労働契約を結ぶ権利があり、4週間を超える雇用や特定の専門職(弁護士、トップマネージャーなど)は書面による契約が義務付けられています。契約は開始から10日以内に公共雇用サービス(SEPE)に提出され、雇用主は開始から2ヶ月以内に書面契約の写しを従業員に提供する必要があります。
  • 労働時間:フルタイムの週労働時間は最大40時間で、通常は1日9時間、1時間の昼食休憩が含まれます。2025年には週37.5時間への短縮が計画されています。6時間連続勤務後には15分の休憩が義務付けられています。週に少なくとも1日半の連続した休息日が義務付けられています。1日の労働と次の労働日の間には最低12時間の休息が必要です。
  • 残業:従業員が同意した場合にのみ可能で、年間80時間の有償残業が上限です。緊急の損害防止や修復のための作業は含まれません。夜間残業はごく一部の例外を除き違法です。
  • 有給休暇:すべての労働者は、年間最低30暦日の有給休暇を取得する権利があります。少なくとも1回の連続した2週間の休暇を取得することが義務付けられています。
  • 病気休暇:病気や負傷の場合、医療証明書に基づき病気手当が支給されます。業務外の病気や怪我の場合、最初の3日間は無給、4日目から20日目までは社会保障拠出額の60%、21日目以降は75%が支給されます。雇用主は最初の15日間を負担し、その後は社会保障制度が負担します。

また、解雇には正当な理由が必要であり、不当解雇の場合には高額な解雇手当が義務付けられることがあります。

スペインのオープンソースソフトウェア推進政策

オープンソースソフトウェア推進政策

スペインには、OSSの利用を促進する特定の国家政策は存在しませんが、公共部門でのOSS導入には大きな進展が見られます。デジタル行政庁(National Agency for Digital Administration)や技術移転センター(Technology Transfer Centre, CTT)が主要な役割を担っており、CTTはスペイン公共部門が使用するOSSソリューションへの主要な参照点となっています。また、ガリシア、カタルーニャ、バレンシア、バスク地方など、多くの自治州では、技術中立性の原則を確立し、OSSの利用と促進を義務付ける法制を導入しています。

さらに、スペイン政府は「オープンアクセス」原則を強く推進しています。2023年には、公的資金による研究成果を出版と同時にオープンアクセスにすることを義務付ける法制を導入しました。これはEUのPlan Sイニシアチブに沿ったもので、学術論文や研究データの即時オープンアクセスを目指しています。2023年には、年間2,380万ユーロの予算を伴う初の国家オープンサイエンス戦略が承認され、公的資金による研究成果をすべて無料でアクセス可能にすることを目指しています。

まとめ

スペインの法制度は、EU法の直接適用、多層的で専門的な裁判所構造、公証人による厳格な会社設立・不動産取引要件、経済安全保障を重視した外国直接投資(FDI)審査制度、社会的価値を重視した広告規制、EU統一の資金決済サービス規制、そしてGDPRと国内法が連携する厳格な個人情報保護・デジタル権利制度など、日本とは異なる特徴を多く持っています。

スペイン市場での持続可能なビジネス展開のためには、これらの法的特性への理解と対応が必要です。例えば、会社設立時には公証人の関与が必須であること、不動産取引では公証証書と登記が所有権の確実な確保に不可欠であること、広告内容がスペインの社会的・倫理的基準に合致しているか注意を払うことが求められます。

関連取扱分野:国際法務・海外事業

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

シェアする:

TOPへ戻る