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法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

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トルコにおける会社設立の実務と法的リスクを解説

トルコにおける会社設立の実務と法的リスクを解説

トルコ共和国(以下、トルコ)は、欧州とアジアを結ぶ地理的要衝に位置し、若年人口の多さと活発な経済活動を背景に、多くの日本企業にとって重要な投資先となっています。本件国政府は外国直接投資(FDI)を促進するため、会社法制の近代化と行政手続きのデジタル化を強力に推進してきました。特に、会社設立プロセスにおける「ワンストップショップ」方式の導入や中央登記システム(MERSIS)の稼働により、形式的な設立手続きは劇的に効率化され、書類が完備していれば原則として即日での法人格取得が可能となっています。

しかし、こうした手続きの表面的な「容易さ」だけで進出形態を判断することは、長期的なビジネスにおいて予期せぬリスクを招く可能性があります。日本の法制度、特に会社法における「有限責任」の原則に慣れ親しんだ日本企業が見落としがちな重大な法的リスクが、トルコの有限会社(Limited Liability Company:以下LLC)には潜んでいます。その最たるものが、LLCの株主が負う、税金や社会保険料などの「公的債務」に対する個人的かつ無制限の責任です。加えて、急激なインフレーションに対応するため、2024年1月より最低資本金要件が大幅に引き上げられ、既存企業に対しても2026年末までの増資が義務付けられるなど、法規制は刻々と変化しています。

本稿では、トルコへの進出を検討する日本の経営者および法務担当者を対象に、最新のトルコ商法(TCC)および関連法令に基づき、会社設立の具体的なプロセス、株式会社(JSC)と有限会社(LLC)の法的構造の違い、そして特に注意を要する公的債務責任のメカニズムについて、判例や実務上の留意点を交えて詳説します。

トルコの投資環境と会社法制の最新動向

近代化された商法典とデジタル化の進展

トルコの企業法制の根幹を成すのは、2012年に全面的に改正・施行された「トルコ商法(Turkish Commercial Code:TCC、法律第6102号)」です。この法律は、トルコの欧州連合(EU)加盟プロセスの一環として整備されたものであり、コーポレート・ガバナンス、財務報告の透明性、監査基準において、国際的なスタンダードを取り入れています。

かつてトルコでの会社設立は、複数の官庁を回り、膨大な書類にスタンプを受ける必要がある煩雑な手続きの代名詞でした。しかし、現在は各地の商工会議所内に設置された「商業登記局(Trade Registry Directorate)」が唯一の窓口となる「ワンストップショップ」制度が確立されています。さらに、中央登記システム(MERSIS)というオンラインプラットフォームが導入されたことで、定款の作成、商号の予約、納税者番号の取得といったプロセスが一元化されました。これにより、物理的な手続きは大幅に短縮されています。

2024年の資本金要件引き上げと2026年問題

トルコにおける近年のインフレーションと通貨安は、会社法制にも直接的な影響を及ぼしています。企業の資本充実と債権者保護を図るため、本件国政府は大統領令(第7887号)を発出し、2024年1月1日より会社設立に必要な最低資本金を大幅に引き上げました

この改正により、新たに現地法人を設立する場合、株式会社(JSC)であれば最低250,000トルコリラ有限会社(LLC)であれば50,000トルコリラの資本金を用意する必要があります。これは従来の基準額の5倍にあたります。

さらに重要な点は、この資本金引き上げが新規設立企業だけでなく、既に本件国で活動している既存企業にも波及することです。2024年5月に成立した商法改正(法律第7511号)により、資本金が新基準を下回っている既存の会社は、2026年12月31日までに 資本金を新基準額以上に増資しなければならないと定められました。この期限までに増資手続きを完了しない場合、当該会社は法律上「解散」したものとみなされるという、極めて重いペナルティが課されています。したがって、既に現地法人を有する日本企業は、期限内に増資決議を行うことが不可欠です。

「テクニカル破産」計算の特例措置(2026年まで延長)

トルコでは、資本と法定準備金の合計額が赤字によって一定割合以上失われた場合、会社は「資本欠損」または「債務超過(テクニカル破産)」とみなされ、増資や解散等の措置を講じる義務が生じます(TTK第376条)。

近年の急激な為替変動を受け、商務省は特例措置を設けています。最新のコミュニケ改正(2024年12月公表)により、2026年1月1日まで は、資本欠損の計算において「未履行の外貨建債務から生じる為替差損」を計算に含めないことが認められています。これにより、外貨建ての借入金を持つ現地法人が、計算上の為替差損によって直ちに破産状態とみなされるリスクが軽減されています。

トルコとの日本の株式会社(JSC)と有限会社(LLC)の法的構造比較

トルコとの日本の株式会社(JSC)と有限会社(LLC)の法的構造比較

日本企業がトルコに進出する際、JSCとLLCのどちらを選択すべきかは、単なる資本金の多寡や手続きの簡便さだけで判断すべきではありません。両者の法的な構造、特に設立時の資金拘束と、株主が負う責任の範囲には決定的な違いがあります。以下の表に、主要な相違点を整理しました。

表1:株式会社(JSC)と有限会社(LLC)の比較

比較項目株式会社 (Joint Stock Company:JSC)有限会社 (Limited Liability Company:LLC)
最低資本金250,000 トルコリラ (TRY)50,000 トルコリラ (TRY)
設立時の払込資本金の 25% を設立前に銀行口座へ払込・ブロック(凍結)する必要あり。残額は24ヶ月以内に払込。設立前の払込は 不要。全額を登記後24ヶ月以内に払い込めばよい。
株主数最低1名(上限なし)最低1名(上限50名)
ガバナンス取締役会 (Board of Directors) が業務執行を行う。取締役は株主である必要はない。マネージャー (Manager/Director) が業務執行を行う。少なくとも1名のパートナーがマネージャーとなるのが原則だが、第三者も選任可能。
株式・持分の譲渡比較的自由。株券の交付や裏書等で譲渡可能。公証人の認証は不要。厳格。譲渡契約は 公証人 の認証が必要であり、さらに総会の承認と商業登記が必要。
株主の責任 (一般)出資額を限度とする有限責任。出資額を限度とする有限責任。
株主の責任 (公的債務)原則なし (※取締役を兼任していない場合)。個人的責任あり。会社が支払えない税金等について、出資比率に応じて個人の全財産で責任を負う。

設立時払込(Capital Blocking)の違いによるスピード感

実務上、設立のスピードに影響を与えるのが「資本金のブロック」です。JSCの場合、設立登記申請前に資本金の25%以上を銀行の設立準備口座に預け入れる必要があります。銀行は資金を確認後に「ブロックレター」を発行し、これを登記局に提出します。現地での銀行口座開設には、親会社の法的書類の審査(KYC)等で時間を要することが多く、これが設立のボトルネックとなる場合があります。

一方、LLCは設立前の払込義務が免除されており、登記完了後に銀行口座を開設して送金すればよいため、初期の手続きはよりスムーズです 3。

トルコ有限会社における「公的債務」への株主責任

本稿において最も強調すべき点は、有限会社(LLC)における「公的債務に対する株主の個人的責任」です。これは日本の会社法における有限責任の原則とは大きく異なり、トルコ特有の強力な債権回収メカニズムです。

公的債務徴収手続法第35条の構造

トルコには、国税、地方税、社会保険料、行政罰金などの「公的債務」の徴収を確保するための特別法として、「公的債務徴収手続法(法律第6183号)」が存在します。同法第35条は、LLCの株主責任について次のように定めています。

「有限会社の株主は、会社から全額または一部を徴収できない公的債務、あるいは徴収不能であることが判明した公的債務について、その資本持分比率に応じて、直接かつ個人の資産をもって責任を負う」

この規定により、LLCの株主は、会社が出資した金額の範囲内にとどまらず、個人の全財産(親会社の資産)をもって責任を負う可能性があります。この責任は「無過失責任」と解釈されており、株主が経営に関与していなかったとしても、出資比率に応じた支払義務からは逃れられません。

取締役・マネージャーの責任(重複第35条)

また、同法の「重複第35条」は、会社の法的代表者(JSCの取締役、LLCのマネージャー)の責任を定めています。会社資産から公的債務が徴収できない場合、法的代表者はその全額について個人的責任を負います。これはJSC、LLCを問わず適用されます。日本から取締役を派遣する場合、このリスクを十分に認識する必要があります。

株式会社(JSC)を選択すべき理由

ここで重要なのは、法律第6183号第35条が「有限会社の株主」のみを対象としている点です。株式会社(JSC)の株主は、この規定の対象外です。したがって、JSCを選択し、日本から取締役を派遣せず(あるいは適切なリスク管理を行い)、出資者としての地位に留まる限り、日本の親会社が現地法人の税金滞納等の責任を直接追及されるリスクは遮断されます。これが、日本企業に対してJSCの設立を強く推奨する最大の法的根拠です。

判例に見る責任追及の実態

本件国の最高行政裁判所である国務院(Danıştay)の判例においても、この責任規定は厳格に運用されていますが、一定の制限も設けられています。例えば、株式譲渡によって株主でなくなった場合、譲渡前の期間に発生した債務については、譲渡人と譲受人が連帯して責任を負うとされるケースがあります。また、法的代表者については、その在任期間中に発生した債務に限定して責任を負うという判決(Danıştay第4部 2021/3207号等)が出ており、責任期間の明確化が図られています。

日本企業のためのトルコにおける会社設立プロセス

日本企業がJSCを設立する場合の標準的なプロセスは、以下の手順で進行します。

  1. 基本事項の決定とMERSIS入力
    現地の代理人(弁護士等)を通じて、中央登記システム(MERSIS)に商号、目的、資本金、役員等の情報を入力し、定款のドラフトを作成してシステムの承認を受けます。
  2. 書類の準備と認証(アポスティーユ)
    日本側で、親会社の登記簿謄本、取締役会決議書、委任状等を準備します。これらは翻訳し、公証人役場での認証を経て、外務省による「アポスティーユ(Apostille)」の付与を受ける必要があります。トルコはハーグ条約加盟国であるため、アポスティーユがあれば現地での領事認証は原則不要です。
  3. 署名宣言(Signature Declaration)
    会社代表者(取締役)の署名見本を作成します。以前は現地登記局への出頭が必須でしたが、現在は在外トルコ領事館での認証も認められています。ただし、実務上は手続きの確実性を期すため、設立に合わせて代表者が渡航し、現地の商業登記局または公証人の面前で署名を行うケースも多く見られます。
  4. 資本金の払込(ブロック)
    JSCの場合、資本金の0.04%を競争当局へ納付し、資本金の25%以上を銀行の設立準備口座に送金して「ブロックレター」を取得します。
  5. 登記申請と完了
    必要書類を管轄の商業登記局に提出します。不備がなければ即日で登記が完了し、法人格を取得します。その後、税務署への登録、署名鑑(Signature Circular)の作成、実質的支配者(UBO)の申告などを行います。UBO申告では、間接保有を含め25%以上の持分を持つ個人を特定して税務当局に通知する義務があります。

まとめ

トルコにおける会社設立は、デジタル化と「ワンストップショップ」の導入により、手続き面では世界トップクラスの迅速さを実現しています。しかし、その背後にある法的構造、特に有限会社における株主責任のあり方は、日本の常識とは大きく異なります。「設立が簡単で、資本金も安いからLLCで良い」という安易な判断は、将来的に親会社の資産を脅かす重大なリスクとなりかねません。

モノリス法律事務所としては、トルコへの進出を検討する日本企業に対し、以下のリスクヘッジ策を提言いたします。

  1. 原則として株式会社(JSC)を選択すること:コンプライアンスと親会社のリスク遮断の観点から、設立時の手間やコスト(資本金ブロック等)を許容してでも、JSCを選択することが合理的です。
  2. 既存LLCの組織変更:既にLLCとして進出している場合は、JSCへの組織変更(Conversion)を検討すべきです。
  3. 資本金要件への対応:既存法人は2026年末までに新資本金基準(JSC 25万リラ、LLC 5万リラ)への増資を完了させる必要があります。

トルコでのビジネス展開は大きな可能性を秘めていますが、法制度の特殊性を理解した上でのスキーム構築が不可欠です。モノリス法律事務所では、現地の最新法令に基づき、設立から運営、撤退に至るまでの法的サポートを提供いたします。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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