オランダの広告規制を弁護士が解説

オランダ(正式名称、オランダ王国)でのビジネス展開を成功させるためには、現地の広告規制を正確に理解することが不可欠です。広告はブランドの顔であり、市場における信頼性を築く上で中心的な役割を担います。
本稿では、オランダの不公正な商慣行を禁止する法規制を中心に、日本の景品表示法や薬機法に相当する規定との主要な相違点を、最新の法令および判例に基づき詳細に解説します。特に、特定の脆弱な消費者を保護する考え方や、医薬品・医療機器に適用される厳格なルールは、日本企業が事前に把握すべき重要な注意点です。
この記事の目次
オランダの広告規制の枠組み
オランダの広告規制は、日本の法体系とは異なるEU法という包括的な枠組みに基づいて構築されています。この点を理解することが、オランダでの事業リスクを評価する上での出発点となります。
オランダにおける広告規制の中心は、日本の景品表示法に相当する「不公正な商慣行を禁止する法律」(Wet oneerlijke handelspraktijken)です。この法律は、欧州連合(EU)の「不公正商慣行指令」(Directive 2005/29/EC)を国内法化したものであり、オランダ民法典(Burgerlijk Wetboek, BW)第6巻第3節3Aに規定されています。
この法規制は、誤認を招く行為と攻撃的な行為という2つの類型に大別される不公正な商慣行を包括的に禁止しており、消費者保護を目的としています。オランダの法規制がEU指令に準拠していることは、単に法的根拠を示すだけでなく、実務上も重要な意味を持ちます。オランダの裁判所や規制当局は、EU司法裁判所の判例やEU全体の動向を常に考慮して法的判断を行うことになります。したがって、日本の企業がオランダで事業を行う場合、オランダ国内法だけでなく、EUレベルの最新の法規制動向にも目を向ける必要性が高まっていると言えるでしょう。これは、一つの国での訴訟リスクを軽減するための戦略が、EU全体のリスク管理に直結することを意味しています。
オランダの平均的な消費者の概念
オランダの広告規制における法的判断の基準となる「平均的な消費者」(average consumer)の概念は、日本の「一般消費者」とは異なるニュアンスを持ち、特に脆弱な消費者の保護に関して明確な相違点があります。
「合理的かつ注意深い消費者」という法的判断基準
EU法の下で定義される「平均的な消費者」は、日本の「一般消費者」よりも厳格な基準として捉えられます。具体的には、この概念は「合理的によく情報を得ており、観察力があり、かつ慎重な消費者」(reasonably well-informed and reasonably observant and circumspect consumer)を指し、EU司法裁判所が1998年のGut Springenheide判決で確立したものです。この概念は、すべての広告が完全に誤りのない情報を提供する必要があるわけではなく、合理的な消費者が自ら情報を確認し、判断できる程度の情報は許容されるという考え方に基づいています。
日本の景品表示法における「一般消費者」の概念が、より広範で、必ずしも「慎重な」消費者を前提としないのに対し、オランダの法的基準は、消費者の自己責任をある程度前提としていることが特徴です。
脆弱な消費者を保護する特別な配慮
オランダの法規制における最も重要な相違点は、特定の脆弱な集団を対象とする広告の場合、その集団の平均的なメンバーを基準に判断される点です。特に、子供は法的に脆弱な消費者として明確に認識されています。
この原則を具体的に示すのが、オランダ消費者・市場庁(Autoriteit Consument en Markt, ACM)が、ゲーム会社Epic Games社に課した2024年5月の罰金事例です。ACMは、同社のゲーム「Fortnite」内の商慣行が、子供の脆弱性を悪用した不公正な広告に当たると判断しました。
この事例における違反内容は以下の通りです。
- 誤認を招く広告:ゲーム内のアイテムショップで「限定」を謳うカウントダウンタイマーを使用しながら、実際にはアイテムがその後も利用可能だったこと。これは、子供の「見逃したくない」(FOMO:Fear of Missing Out)という心理を悪用し、不必要な緊急性を煽った行為として「誤認を招く広告」と認定されました。
- 攻撃的な広告:ゲーム内動画や通知で、子供に直接的に購入を促したり、親に購入を説得するよう促したりしたこと。
これらの違反に対し、Epic Games社には合計1,125,000ユーロ(日本円で約1億8,500万円)の罰金が科されました。同社は異議申し立てを行う一方、オランダのプレイヤーに対しては、18歳未満のユーザーが48時間以内にストアから消えるアイテムを「見たり購入したりできない」よう変更を加えました。
この判例は、日本の広告規制と比較して、より具体的に「デジタルコンテンツと子供」という分野で、ゲーム内のUI/UX(ユーザーインターフェース/ユーザー体験)自体が「広告」として規制の対象となりうることを明確に示しています。また、カウントダウンタイマー(誤認性)と、購入を促す直接的な表現(攻撃性)という複数の要素が組み合わさることで、子供という脆弱な消費者の判断能力を著しく制限したと判断されました。この事例から、複数の商慣行が複合的に作用し、単体では問題とならない行為が全体として「不公正」とみなされるという、より広範な因果関係が読み取れます。ACMがデジタルサービス法(DSA)の監督当局に就任したことからも、今後、オンラインプラットフォーム上の広告、アルゴリズムによるパーソナライズ、消費者のレビュー表示など、デジタル環境における不公正な商慣行への監視がさらに強化されるトレンドにあることがわかります。
オランダにおける誤認を招く広告と攻撃的な広告
不公正な商慣行の2つの主要な類型、誤認を招く広告と攻撃的な広告は、日本の法律における「不当表示」や「特定商取引」の概念と重なりつつも、その定義と禁止事項には細かな違いが存在します。
誤認を招く広告(Misleading advertising)
オランダ民法典第6巻第193c条は、製品の主要な特性(availabiity, benefits, risksなど)、価格、事業者の身元、原産地などについて、平均的な消費者を欺く、または欺く可能性のある情報を提供することを禁止しています。この概念は、日本の景品表示法における「不当な表示」のうち「優良誤認表示」と「有利誤認表示」にほぼ相当します。
日本の法律との比較において特徴的なのは、オランダの規定が、虚偽の品質マークや認証の使用、そして虚偽のオンラインレビューや推奨事項の利用も明確に禁止している点です。オンラインでの欺瞞行為をより細かくカバーする規定があることは、デジタル市場の健全性を保つための強い意志を反映していると言えます。
攻撃的な広告(Aggressive advertising)
オランダ民法典第6巻第193h条は、威圧、強制、または不当な影響力によって、平均的な消費者の自由な選択を著しく制限する商慣行を禁止しています。これは、日本の法律には直接的に明確な対応規定が存在しませんが、特定商取引法における「威迫」や「困惑」といった概念に一部類似します。しかし、オランダの規定は、デジタル環境における執拗な勧誘や心理的圧力をかける行為を広く対象としています。
さらに、オランダ民法典第6巻第193i条には、いかなる場合でも攻撃的と見なされる行為のリスト(ブラックリスト)が定められています。これには、顧客が敷地内から出られないような印象を与えることや、訪問販売で顧客の退去要求を無視することなどが含まれます。
オランダの医薬品・医療機器広告規制

日本の薬機法および医療広告ガイドラインに相当する、オランダの医薬品・医療機器広告に関する厳格な規制には、日本企業が特に注意すべき相違点が含まれています。
医薬品広告
オランダでは、医薬品法(Geneesmiddelenwet)に基づき、医薬品の広告が厳格に規制されています。日本の薬機法と同様に、処方箋医薬品の一般消費者への広告は禁止されており、医療従事者への広告は、定められた条件の下でのみ許可されます。
非処方箋薬(OTC医薬品)の広告は可能ですが、以下の条件を遵守しなければなりません。
- 広告が医薬品に関するものであることが明確であること。
- 製品名と正しい使用方法が記載されていること。
- 子供を主なターゲットとしないこと。
- 他の医薬品よりも優れていると示唆する表現を安易に使用しないこと。
医薬品広告のコンプライアンスを監督するため、オランダには自主規制機関である「医薬品広告コード財団」(Stichting Code Geneesmiddelenreclame, CGR)および「広報審査会」(Keuringsraad KOAG/KAG)が存在します。特にKOAG/KAGは、OTC医薬品の一般向け広告を公開する前に、事前に承認を得ることを推奨または義務付けており、これは日本の制度とは大きく異なる点です。法律と業界の自主規制が密接に連携しており、これらの自主規制を無視した場合、法的制裁のリスクが高まるという構造になっています。
医療機器広告
医療機器の広告も同様に厳格に規制されており、誤解を招く表現や誇張された表現、不必要な恐怖を煽る表現は禁止されます。
日本の医療広告ガイドラインとの重要な相違点は、オランダでは、医薬品・医療機器の一般向け広告において、著名人や専門家による推奨や、彼らへの言及が明確に禁止されていることです。日本の医療広告ガイドラインでは、専門家による「治療内容または効果に関する体験談」の記載が禁止されていますが、オランダの規制はさらに広範で、推奨行為そのものを一般向け広告から排除する方針です。これは、消費者の合理的な判断を保護するという考え方がより強く働いているためと考えられます。
オランダの広告監督機関と罰則、法的措置
オランダの広告規制は、強力な監督機関によって厳格に執行されており、違反者には日本の法制度と比較しても高額な制裁が課される可能性があります。
規制当局と執行権限
オランダの広告規制における主要な監督機関は「オランダ消費者・市場庁」(Autoriteit Consument en Markt, ACM)です。ACMは、不公正な商慣行の禁止に関する執行を担い、調査権限を有しています。医薬品や医療機器に関しては、「保健・青少年ケア監査局」(Inspectie Gezondheidszorg en Jeugd, IGJ)が主な監督機関となります。
制裁措置と法的救済
ACMは、不公正な商慣行の違反者に対して、最大90万ユーロ(または違反企業の全世界年間売上高の最大10%)の罰金を科すことができます。この罰金は、日本の課徴金とは異なり、行政上の制裁金としての性質を持ちます。
ACMによる制裁措置は、以下の手順で不服申し立てを行うことが可能です。
- 異議申し立て:ACMの決定に対し、6週間以内にACMの理事会に異議申し立てを行う。
- 控訴:理事会の決定に不服がある場合、ロッテルダム地方裁判所(District Court of Rotterdam)に控訴する。
- 上訴:地方裁判所の判決に不服がある場合、貿易産業控訴審裁判所(Dutch Trade and Industry Appeals Tribunal, CBb)に上訴する。CBbは、この種の事案におけるオランダの最高裁判所です。
また、不公正な商慣行によって損害を被った消費者は、契約の取り消し(annul the concluded agreement)を求めることができます。
ACMの罰金には、不服申し立ての手続きが明確に定められています。これは、罰則が厳格である一方で、企業に適切な法的救済手段が保障されていることを意味します。法務担当者にとっては、罰金決定がなされた場合でも、その後の異議申し立てや控訴を通じて、自社の主張を法的に争う余地があることを把握しておくことが重要です。
まとめ
オランダでの事業展開を検討する日本の企業にとって、現地の広告規制の理解は単なるコンプライアンス上の課題ではなく、ブランドの信頼性を確立するための重要なステップです。日本の法律と多くの共通点がある一方で、「平均的な消費者」の概念における脆弱な集団への配慮や、医薬品・医療機器広告における厳しい事前審査制度や著名人推奨の禁止など、注意すべき相違点が明確に存在します。
こうした複雑な法規制環境下でも安心してビジネスを進めるために、正確な法的知見に基づいた戦略的な広報活動が求められます。
カテゴリー: IT・ベンチャーの企業法務