バーチャルYouTuber・VTuberの企業案件契約書の要点
バーチャルYouTuber・VTuberは、YouTuberの場合と同様に、クライアント企業から依頼を受けて商品やサービスなどの宣伝を行う、いわゆる「案件」を獲得することができるような存在となりつつあります。
こうした「案件」のためにクライアント企業と締結するべき契約書は、一般には、「業務委託基本契約書」とでも言うべきものになります。商品やサービスなどの宣伝という「業務」をクライアントから「委託」されるための契約書であり、また、動画一本のために毎回契約書を締結するのは煩雑なので、様々な案件に利用できるような「基本契約」に関する契約書、という意味内容です。
そしてバーチャルYouTuber・VTuberの場合、こうした基本契約書には、
- タレントや芸能人などの場合と同じような条項
- YouTuber特有の条項
- バーチャルYouTuber・VTuber特有の条項
が必要です。これらについて、一つずつ解説していきます。
この記事の目次
タレントや芸能人などの場合と同じような条項
委託業務の設定
タレントや芸能人を抱える芸能事務所等がクライアント企業と締結する契約書は、例えば、以下のような条項で構成されます。
クライアント企業は芸能事務所等に、クライアント企業が指定する商品やサービス等に関して、クライアント企業が指定するタレントによる宣伝活動業務を委託する
基本契約と個別契約
そして前述の通り、こうした契約は、「基本契約書」の形で締結されるケースが多いと言えます。1個1個の商品やサービスのために毎回契約書を締結するのは煩雑だからです。
第1条(総則)
本契約に定める条項は、クライアント企業が芸能事務所等に委託する業務の全部または一部について、別途締結される個別の契約(以下「個別契約」という。)の全てに適用される。
第2条(個別契約)
クライアント企業から芸能事務所等に対する委託業務の注文に際して、当該注文ごとに両者間で取り交わす契約を個別契約とする。個別契約は、クライアント企業が芸能事務所等に対し、委託する委託業務及びその報酬額を記した書面(又は電子メール)を提出し、芸能事務所等がその委託業務を承諾する旨の意思を書面 (又は電子メール)で表示した場合に成立するものとする。
こうした定めのある契約を「基本契約」として締結しておくと、
- クライアント企業が芸能事務所等に対し、委託する委託業務及びその報酬額を記した書面を提出し
- 芸能事務所等がその委託業務を承諾する旨の意思を書面で表示した
というフローで「個別契約」が成立します。つまり、1個1個の商品やサービスのための契約を、「契約書」ではなく、
- 発注書と発注請書
- 発注する旨を記載した電子メールと受諾する旨を記載した電子メール
などで締結することができるようになる訳です。
雑多な条項は基本契約にて規定すれば足りる
さらに、そうして成立した個々の個別契約には、第1条より、基本契約の各条項が適用されます。例えば、基本契約の中に
第20条(不可抗力)
本契約の一方当事者が、次の各号に定める事情に起因して本契約又は個別契約上の義務の履行を遅滞し又は履行不能となったときは、その責を負わないものとする。
(1)自然災害、火災及び爆発
(2)伝染病
(3)戦争及び内乱
(4)革命及び国家の分裂
(5)公権力による命令処分
(6)暴動
(7)その他前各号に準ずる事態
という条項を入れておけば、個別契約内でいちいち毎回上記のような不可抗力条項をセットしておかなくても、
- 基本契約書の中に不可抗力条項がある
- その基本契約の各条項が個別契約に適用される
という形で、個別契約にもその不可抗力条項が適用される訳です。
YouTuber特有の条項
委託業務の違い
YouTuberの場合、クライアント企業がYouTuberに対して委託する業務は、例えば
- クライアント企業の指定する商品やサービス等に関する、クライアント企業が指定するYouTuberによる動画を作成し、当該動画を当該YouTuberが運営するYouTubeチャンネルにアップロードし公開すること(以下「動画作成及び公開業務」という。)
- クライアント企業の指定するイベント等における、クライアント企業が指定するYouTuberによる司会進行等のタレント業務
- その他両者間で同意した業務
といった形となるでしょう。
動画の公開保証条項
また、一般的なタレントとYouTuberの間には、以下のような違いがあります。
- 一般的なタレント:成果物はクライアント企業側の管理下に入る。例えばタレントがクライアント企業のためにコマーシャル撮影を行ったとして、当該動画は、クライアント企業が自身のウェブサイトで流したり、テレビコマーシャルに利用したりする
- YouTuber:成果物はYouTuber側の管理下に入る事が通常。つまり、クライアント企業は、チャンネル登録者数の多いYouTuberに依頼し、自身の商品に関する宣伝動画を作成させるが、当該動画は、当該YouTuberのチャンネルに公開される。
このため、クライアント企業としては、YouTuberのアップした動画が、その後一定期間当該YouTuberのチャンネル内にアップロードされ続けているか否かについて、関心を持っています。
1.クライアント企業が動画作成及び公開業務を委託する場合、当該動画の公開保証期間は6ヶ月とし、当該期間中、YouTuberは、不可抗力を理由とする公開停止を除き、当該動画を公開し続けるものとする。
2.YouTuberは、前項の期間経過後も当該動画を公開し続けるよう努めるものとするが、これについて一切の責任を負わないものとする。
例えば6ヶ月など一定の期間を設定し、その範囲内では動画が公開され続けることを保証し、しかしこれを超えて動画が公開され続けることを保証はしない、という条項です。こうした「一定の期間」という留保・限定がないと、いわゆるチャンネルBANの場合に、大量の案件動画について契約違反が発生してしまい、危険です。
YouTubeの閉鎖やアカウントBANに備えた不可抗力条項
また、YouTuberのクライアント案件は、YouTubeというウェブサービスに依存しているものではあります。あまり現時点では考えにくい事象ではありますが、YouTube自体の閉鎖時に契約違反とならないような不可抗力条項も、追加しておくことが望ましいと言えます。いわゆる不可抗力条項は、「あまり考えにくい事象を一応想定し、その際に契約違反とならないようにするための条項」です。「天変地異」といった不可抗力条項も、本当に機能するかよく分からないまま用いられていたのが実情だと思われますが、東日本大震災の発生時には、天変地異による免責条項が極めて有効に機能しました。YouTubeの閉鎖に関する不可抗力条項も、一応、セットしておくべきだと思われます。
第20条(不可抗力)
本契約の一方当事者が、次の各号に定める事情に起因して本契約又は個別契約上の義務の履行を遅滞し又は履行不能となったときは、その責を負わないものとする。
(1) YouTubeその他の委託業務に関連する第三者サービスの、サービス停止、終了
(2) 当該サービスにおけるYouTuberのアカウント又はチャンネルの停止、終了
(後略)
(2)は、いわゆるアカウントBANに備えた不可抗力条項です。これも認めて貰えれば安心ではありますが、こちらは(1)と比べて交渉が難しいでしょう。
バーチャルYouTuber・VTuber特有の条項
著作権周りの条項
バーチャルYouTuber・VTuberによる動画は、キャラクターや画像など、様々な「著作物」の集合です。通常のタレントやYouTuberの場合と比べ、著作権周りの規定が、特に重要な問題となります。
バーチャルYouTuber・VTuberは、委託業務の遂行に際し、第三者の著作権等の権利を侵害しないことを保証するものとする。
こうした条項は、タレントやYouTuberの場合も求められるケースが多いとは言えますが、バーチャルYouTuber・VTuberの場合は、事実上「必須」となるでしょう。万一バーチャルYouTuber・VTuberのキャラクター自体が著作権侵害であったことが後から判明すると、そうしたキャラクターに案件を依頼していたクライアント企業としては、イメージダウンなどの問題が大きいと思われます。バーチャルYouTuber・VTuber側として、著作権侵害がないことは、明確に保証せざるを得ないかと思われます。
したがって、バーチャルYouTuber・VTuberが事務所に所属しており、事務所としてクライアントと契約を行う場合、事務所としては、バーチャルYouTuber・VTuberとどのような契約を行うか、著作権周りをどのように整備するか、といった点に注意する必要があります。この話に関しては下記記事にて詳細に解説しています。
声優による問題行動に関する免責条項
また、議論はあり得るテーマですが、バーチャルYouTuber・VTuber側としては、以下のような条項も、追加しておくべきかと思います。
バーチャルYouTuber・VTuberの声優、キャラクターデザイナーその他の自然人に関わる一切の事情は、バーチャルYouTuber・VTuberの負う付随的義務について特段の定めのない限り、バーチャルYouTuber・VTuberの契約違反を構成しないものとみなす。
バーチャルYouTuber・VTuberには、当該バーチャルYouTuber・VTuberのチャンネル運営者のみならず
- 声優
- キャラクターデザイナー
などのプレイヤーが付いています。ただ、一般的なアニメや漫画などと比べると、現在のバーチャルYouTuber・VTuberは、上記が具体的に誰なのかがクローズアップされる場面は、あまり多くないと思われます。また、一般的なアニメや漫画などと比べると、現在のバーチャルYouTuber・VTuberは、いわゆるアマチュアが上記を担当するケースも多いと思われます。
そこで、
- 例えば「ドラえもん」をテレビCMに起用した企業は、その作者や声優に何らかのスキャンダルがあった場合、CMの内容自体には問題がなくても、そのCMの放映を止め、「彼らのスキャンダルは契約違反である」と主張できて然るべき
- バーチャルYouTuber・VTuberに案件を依頼したクライアント企業は、動画の内容それ自体に問題がないのであれば、その声優やキャラクターデザイナーに関するスキャンダルや問題行動等に関しては、「契約違反」と主張できなくても問題ないはず
という考え方を、バーチャルYouTuber・VTuber側としては、採りたいものと考えられます。
声優の個人Twitterでの問題発言などのリスク
実際問題としても、例えば、
- 当該バーチャルYouTuber・VTuberの声優は一般女性であったが、誰が声優かという情報は公開されていなかった
- 当該一般女性は、個人としてTwitterアカウントを持っており、そのアカウント内で、必ずしも社会性があるとは言いがたいツイートも行っていた
- 何らかのきっかけで、「当該一般女性が当該バーチャルYouTuber・VTuberの声優である」という情報が出回った
- 上記のツイートが問題視された
といったケースは、十分にあり得るものといえます。そうした場合に、当該バーチャルYouTuber・VTuberが獲得していた案件について、クライアント企業から「契約違反である」と言われると、ダメージが大きいでしょう。
まとめ
このように、バーチャルYouTuber・VTuberの案件獲得に関する契約書には、タレントや芸能人など、既存の仕組みの中で使われてきた条項、バーチャルYouTuberという技術や文化に即した条項等が必要です。法律の専門家であり、かつ、バーチャルYouTuberという技術や文化を十分に理解している者が、具体的なケースに合わせて契約の設計を行うべきだと言えます。
バーチャルYouTuber・VTuberは、事業譲渡やM&Aの対象ともなり得る、財産的価値を持った事業です。本記事で紹介したようなクライアント案件用の契約書を整備し、事業を展開していくのが重要でしょう。