他人の所有物を勝手に撮影して公開することは許されるのか
人の顔や容姿を「撮影」したり「公表」したりするのは肖像権の侵害にあたります。では、人の容姿ではなく、他人の物を撮影し、公開することは許されるのでしょうか。ここで「物」という場合、通常他人の所有物を意味します。つまり、他人の所有物を撮影してその写真を公開することは自由にできるのでしょうか。
実は対象物によって、問題となる権利は異なるので注意が必要です。
この記事の目次
建物や美術品の場合
建物や美術品の場合には、著作権が問題となりますが、著作権法では、
著作権法 第46条「公開の美術の著作物等の利用」
美術の著作物でその原作品が前条第二項に規定する屋外の場所に恒常的に設置されているもの又は建築の著作物は、次に掲げる場合を除き、いずれの方法によるかを問わず、利用することができる。
1 彫刻を増製し、又はその増製物の譲渡により公衆に提供する場合
2 建築の著作物を建築により複製し、又はその複製物の譲渡により公衆に提供する場合
3 前条第二項に規定する屋外の場所に恒常的に設置するために複製する場合
4 専ら美術の著作物の複製物の販売を目的として複製し、又はその複製物を販売する場合
とされており、「屋外の場所に恒常的に設置されているもの又は建築の著作物」に関して禁止行為として定められているのは、全く同じ意匠の建築物を作る行為と、土産物のような複製物を作って公衆に販売する行為等に限られています。つまりこれ以外の目的であるなら、自由な利用が認められていて、写真を撮影することも、その写真を広告に使用することも、問題ないことになります。
ただ、いくつか注意をしなくてはいけないポイントがあります。例えば、その写真が建物所有者の敷地内での撮影であった場合は、建物所有者の「施設管理権」が優先される場合があります。著作権が問題となる場合には明確なのですが、では、一般的な「物」の場合にはどうなるのでしょうか。物自身が何らかの権利を有しているとは考え難く、例えば物の肖像権は観念できませんが、どう考えればいいのでしょうか。広告気球をめぐって問題となったのが次の事例です。
広告用気球の場合
原告である広告宣伝会社が広告の媒体として使用するために、ガス気球を注文し、その宣伝を兼ねて公開した際に、あるカメラマンが撮影し、エージェントにその写真を持ち込みました。
ポスター制作会社がこの気球写真をエージェントから借りて、自動車会社のために気球を掲載したポスターを制作したことに対し、原告である広告宣伝会社が、気球の新奇性と独占性が失われ、営業上多大の損害を受けたとして、自動車会社に対して逸失利益の損害賠償を求めた事例があります。高裁で原告の広告宣伝会社の控訴は棄却されました。
一審原告敗訴を受けた二審において、東京高等裁判所は、
一般に、物の所有者は、その所有権の範囲を逸脱し若しくは他人の権利・利益を侵害する結果となるような場合を除き、その所有物を如何なる手段・方法によっても使用収益することができ、第三者は、所有者から使用収益を承認されている場合を除いては、直接にせよ間接にせよ、他人の所有物を利用することによって所有者の使用収益を阻害してはならない法的関係にあるものといわなければならない。
東京高等裁判所1978年9月28日判決
として、私有財産の所有者には写真の撮影や公表を認める権利があるとしましたが、同時に、
第三者が控訴人の右目的の実現に先立つて、右気球を特定商品ないし特定企業の宣伝に利用し、それにより、控訴人の主張するように、右気球に特定の商品ないし企業のイメージを密着させてしまって、所有者である控訴人が使用収益の目的を達成することを不可能にしたとすれば、控訴人が右気球の所有者として有する利益を侵害したものというべく、かかる控訴人の所有目的及びこれを阻害する結果の発生を予見しうべき地位にある第三者が、あえて前記のような挙に出たときは、控訴人に対し損害賠償の責に任ずべき場合の生じうることは、これを否定することができない。そして、本件におけるように、気球を撮影した写真を素材とするポスターによって宣伝行為をすることも、ここにいう右気球の利用に含まれると解すべきである。
同上
として、「控訴人の所有目的及びこれを阻害する結果の発生を予見しうべき地位にある第三者が、あえて前記のような挙に出たときは、控訴人に対し損害賠償の責に任ずべき場合の生じうる」ことを認めるにとどめました。本件の場合には、被告である自動車会社は気球写真をポスターに利用するに際し、原告が本件気球について有する権利を妨害もしくは侵害するであろうことを予見し得る余地がなかったとして、広告宣伝会社の控訴を棄却しました。
動物の容貌の場合
高知で、父親の代から国の天然記念物である長尾鶏を育ててきた飼育者とその写真を絵葉書にして販売してきた業者との間に感情的対立が起き、趣味で写真を撮りたいと称して長尾鶏を撮影しながら無断で販売して利益を得ているとして、飼育者が業者に対して損害賠償を請求して訴訟を提起しました。
ところが裁判長から裁判続行のためには長尾鶏が著作物であるか否かの認定が先だから、そのための鑑定人を申請するようにと言われ、飼育者側は自信をなくして、訴えを取り下げました。すると、今度は業者側が「主張する権利の立証もできないような訴訟を提起したのは不法行為に当たる」として、飼育者に対して損害賠償を請求しました。結論から先に言えば、高知地裁は損害賠償請求訴訟の提起は、業者に対する不法行為にはあたらないとして、業者の請求を棄却しました。
高知地方裁判所は、長尾鶏は著作権法によって保護するに価する文化的独創的表現であるとみることはできないとしつつ、
しかしながら、本件長尾鶏には、前示の如く独特な美しさがあり、その管理、飼育にもそれなりの工夫と人知れぬ苦労があり、永年の努力のつみ重ねの結果、ようやくにしてこれが育て上げられたものであることを考えると、本件長尾鶏を写真にとつたうえ絵葉書等に複製し、他に販売することは、右長尾鶏所有者の権利の範囲内に属するものというべく、その所有者の承諾を得ることなくして右写真を複製して絵葉書にして他に販売をする所為は、右所有権者の権利を侵害するものとして不法行為の要件を備えるものとみられ、右権利を侵害した者はその損害を賠償する義務がある。
高知地方裁判所1984年10月29日判決
として業者の請求を棄却しました。
この判決に対しては疑問と批判が多くあります。長尾鶏について、撮影されることを拒否できる物件的権利はないというのが多数の意見です。所有権に基づいて、撮影されないようにすればいいのであって、長尾鶏が所有地内にあり、所有地内からしか撮影できないのであれば、撮影を禁止し、撮影料を取ることが可能です。こうした方法で「長尾鶏の写真」を保護することは可能だというのが、多くの意見です。
どういう場合に撮影が許されないかは、下記記事においても説明しています。
書物の場合
唐代の書家である顔真卿の自書である「顔真卿自書建中告身帖」の所有者である博物館が、この告身帖を無断で複製して販売した出版社に対して、所有権(使用収益権)の侵害を理由に、出版物の販売差止とその廃棄を求めた事例があります。顔真卿自書建中告身帖の前所有者であるAは、昭和初期に写真撮影者であるBに複製物の制作・頒布を許可していました。その後、現所有者である博物館はAから、自書建中告身帖を承継取得しました。出版社は昭和43年にBの承継人から写真乾板を譲り受け、それを用いて昭和55年8月30日、和漢墨宝選集第二四巻『顔真卿楷書と王澍臨書』を出版しました。
これに対し、博物館は自書建中告身帖に対する所有権を主張し、許可なく行われたものなので所有権(使用収益権)を侵害するとして、出版社側に販売差止と当該出版物の破棄を要求しました。もちろんこの場合、著作権は消滅しています。
最高裁判所まで争われたのですが、最高裁判所は、
美術の著作物の原作品は、それ自体有体物であるが、同時に無体物である美術の著作物を体現しているものというべきところ、所有権は有体物をその客体とする権利であるから、美術の著作物の原作品に対する所有権は、その有体物の面に対する排他的支配権能であるにとどまり、無体物である美術の著作物自体を直接排他的に支配する権能ではないと解するのが相当である。そして、美術の著作物に対する排他的支配権能は、著作物の保護期間内に限り、ひとり著作権者がこれを専有するのである。
最高裁判所1984年1月20日
として、無体物である美術の著作物自体には排他的支配は及ばないので、所有権に基づいて出版物の販売差止はできないと判示し、博物館側の上告を棄却しました。つまり、有体物に対する支配権である所有は民法上の権利であり、有体物としての側面を排他的に支配しうるが、無体物としての側面を支配する権利は知的財産権であるということを述べたわけです。
また、同判決では、「著作権の消滅後は、所論のように著作権者の有していた著作物の複製権等が所有権者に復帰するのではなく、著作物は公有(パブリック・ドメイン)に帰し、何人も、著作者の人格的利益を害しない限り、自由にこれを利用しうることになるのである」とも判示しています。
楓の木の場合
上記の最高裁判所判決の後のものとして、楓の木の事例があります。原告は長野県に土地を持ち、そこに高さが15mもあり、その美しさがマスコミでも紹介されたりして有名になった楓の木がありました。原告は多くの観光客が訪れるようになって楓の木の根の部分が踏み固められる等、楓に悪影響が見られるようになったため、「楓の木の撮影および映像使用は、個人として楽しむ以外は、所有者の許可を得ること」といった看板を設置しました。
一方、この看板設置以前に楓の写真を撮影していたカメラマンが出版社から楓の木の写真を掲載した書籍を出版しました。そこで、原告は楓の木の所有権を侵害するとして、書籍の出版等の差し止めと損害賠償を求めて提訴しました。この事案では、差し止め請求を棄却し、不法行為の成立も認めませんでした。
裁判所は、
所有権は有体物をその客体とする権利であるから、本件かえでに対する所有権の内容は、有体物としての本件かえでを排他的に支配する権能にとどまるのであって、本件かえでを撮影した写真を複製したり、複製物を掲載した書籍を出版したりする排他的権能を包含するものではない。そして、第三者が本件かえでを撮影した写真を複製したり、複製物を掲載した書籍を出版、販売したとしても、有体物としての本件かえでを排他的に支配する権能を侵害したということはできない。したがって、本件書籍を出版、販売等したことにより、原告の本件かえでに対する所有権が侵害されたということはできない。
東京地方裁判所2002年7月3日判決
として、差し止め請求を棄却し、不法行為の成立も認めませんでした。これは、上記の最高裁の判例を踏襲したものといえます。
なお、判決では、最後に、
原告が、本件土地上に所在する本件かえでの生育環境の悪化を憂慮して、本件かえでの生育等に悪影響を及ぼすような第三者の行為を阻止するためであれば、本件土地の所有権の作用により、本件かえでを保全する目的を達成することができる。既に述べたとおり、現に、原告は、本件土地への立ち入りに際しては、本件かえでの生育等に悪影響を及ぼす可能性のある行為をしてはならないこと、許可なく本件かえでを営利目的で撮影してはならないことを公示しているのであるから、第三者が上記の趣旨に反して本件土地へ立ち入る場合には、原告は当該立入り行為を排除することもできるし、上記第三者には不法行為も成立する。また、本件土地内に、美観を損ねないような柵を設けること等によって、より確実に上記目的を達成することもできるというべきである。
同上
と、指摘しています。
まとめ
他人の所有物を撮影してその写真を公開することを、所有権に基づいて規制することには無理があると言えます。ただ、その行為態様によっては、不法行為が成立する余地がないわけではありません。所有者が自分の建物内で管理しているのに、勝手に立ち入って撮影した場合などには、不法行為責任が問われる可能性があります。
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