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法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

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スポットワークの“直前キャンセル”はどう扱われる?厚生労働省の通達から読み解く法律上の注意点

「今日だけ働きたい」「急に人が足りない」

そんなニーズをつなぐ働き方として、スポットワークが急速に広がっています。企業にとっては人手不足をすぐに補える便利な仕組みであり、働く側にとっても、空いた時間を使って気軽に収入を得られる点が魅力です。一方で、その手軽さの裏側で、思わぬトラブルも増えています。 たとえば、仕事が直前でキャンセルされたのに賃金が支払われなかったり、実際に働いた時間と違う内容で処理されたりといったケースです。こうした相談や申告は、全国の労働局や労働基準監督署にも寄せられています。

こうした状況を受けて、厚生労働省は2025年7月4日、スポットワークをめぐるトラブルを防ぐための通達を出しました。

厚生労働省|いわゆる「スポットワーク」における留意事項等をとりまとめたリーフレットを作成し、関係団体にその周知等を要請しました。

この通達では、スポットワークを利用する際に「どの時点で労働契約が成立するのか」、「キャンセル時に賃金や補償はどう扱うべきか」など、企業・働き手の双方が押さえておくべきポイントが整理されています。

本記事では、この通達の内容をもとに、スポットワークを利用する企業が最低限知っておくべき考え方と注意点を、できるだけわかりやすく解説していきます。

スポットワークの直前キャンセルをめぐる訴訟

スポットワークを巡るトラブルの一例として、スポットワーク仲介アプリ「タイミー」を利用した労働者が、仕事の直前キャンセルを理由に、店舗の運営会社などに対し賃金支払いを求めて提訴した事案が挙げられます。

この事案では、大学生が、マッチング成立後の勤務前日にキャンセルされた仕事の賃金の支払いを求めて提訴しました。この提訴は、スポットワークにおける直前キャンセルが単なるアプリの利用規約上の問題ではなく、労働法上の賃金支払い義務に関わる問題であることを示しています。

原告代理人からは、過去3年間でスポットワークにおける未払い賃金は200億~300億円に上るとの推計も示されており、権利行使の重要性が呼びかけられています。これを受け、一部の運営会社が「タイミーのキャンセルの仕組みを利用しただけ」と認識を示した一方で、タイミー側も令和7年9月より、事業者側からのキャンセルについて労働者に賃金補償を行う運用を開始するなど、事態は労働法的な観点から対処すべき課題として認識されています。

参考:時事通信|「スポットワーク」巡り提訴 直前キャンセルで賃金求め―東京簡裁など

スポットワークの基本構造──法律上アルバイトと何が違うのか

スポットワークの基本構造──「アルバイトと何が違うのか」

この章では、スポットワークを「特別な働き方」としてではなく、法律上どのように位置づけられているのかを整理し、通常のアルバイトとの共通点と違いを確認していきます。

スポットワークの基本的な考え方

まず押さえておきたいのは、スポットワークは「スポットワーク」とは、短時間かつ単発の就労を内容とする雇用契約のもとで働くことを指します。わかりやすく言えば「アルバイトの一種」で雇用契約に類するという点です。働く時間が短く、単発であるという違いはありますが、仕事をして賃金を受け取る以上、労働法の考え方は原則として通常のアルバイトと同じです。

スポットワークでは、多くの場合、スマートフォンのアプリを通じて「求人への応募」「マッチング」「賃金の支払い」などが行われます。この手軽さから、「アプリを使っているから特別な働き方なのでは」と思われがちですが、法律上は特別扱いされるわけではありません。

労働契約の締結主体と事業主の責任

スポットワークで誤解されやすいのが、「誰が雇い主なのか」という点です。

結論から言うと、労働契約を結ぶ相手は、アプリの運営会社ではなく、求人を出している企業(店舗など)です。スポットワーク仲介アプリは、あくまで「仕事を紹介する仕組み」を提供している立場であり、アプリの運営会社とスポットワーカーの間で雇用契約が結ばれるわけではありません。

そのため、

  • 賃金を支払う責任
  • 労働時間を管理する責任
  • 労働条件を明示する責任

これらはすべて、実際に仕事をさせる企業側にあります。

労働契約の成立時期の判断

次に重要なのが、「いつ労働契約が成立したと考えられるのか」という点です。

労働契約の成立時期は個別の具体的な状況によります。

ただ、スポットワークでは、面接を行わず、アプリ上で求人に応募し、先着順などで就労が決まるケースが多く見られます。このような場合、特別な取り決めがない限り、求人に応募してマッチングが成立した時点で、労働契約が成立したと考えられるのが一般的です。

労働契約が成立した後の対応、特にキャンセルや労働条件の明示については、労働関係法令を遵守することが必須となります。使用者となる企業は、自社が利用しているアプリのシステム上、どのタイミングで労働契約が法的に成立しているのかを厳密に把握し、その成立をもって労働条件の明示などの義務を果たす準備をしておく必要があります。

「労働契約がいつ成立するか」は、後から出てくる

  • 直前キャンセル
  • 休業手当
  • 賃金の支払い義務

といった問題に直結する、非常に重要なポイントになります。

スポットワークでは、求人への応募やキャンセルなどの手続きがアプリ上で完結するため、アプリの表示や操作が、そのまま法律上の扱いになると誤解されやすい傾向があります。

しかし、アプリ上でキャンセルが可能とされている場合であっても、すでに労働契約が成立しているかどうかは、労働関係法令の考え方に基づいて判断されます。

そのため、事業者都合によるキャンセルと評価される場合には、賃金の支払いや休業手当の取扱いが問題となる可能性があります。

このように、アプリの仕組みと労働法上の判断は必ずしも一致しないことから、厚生労働省は、スポットワークを利用する際の留意点について通達を示しています。

スポットワークと労働契約──通達で求められているもの

厚生労働省が出した今回の通達は、スポットワークという働き方が広がる中で、「働く人の条件があいまいにならないようにしよう」という点に強く焦点を当てたものです。

そのうえで、企業側や労働局の職員に対し、特に注意すべきポイントとして、次の3点を示しています。

労働契約の成立時期の共有

通達では、スポットワークにおける労働契約の成立時期について、原則として成立をもって労働関係法令が適用されるため、労使双方で認識を共有するよう求めています。

面接等を経ずに先着順で就労が決定するケースでは、特段の合意がない限り、労働者が求人に応募した時点で労働契約が成立すると一般的に考えられることが示されています。以下でも記載するとおり、契約の成立時期は、労働条件の通知や休業補償の発生と関係する点で重要なポイントといえます。

休業手当の適切な支払い

次に通達が示しているのが、休業手当の扱いです。労働契約が成立したあとに、企業側の都合で

  • 仕事を丸一日休ませた
  • 予定より早く仕事を切り上げさせた

といった場合には、スポットワーカーであっても、企業は休業手当を支払う義務が生じます

この休業手当は、所定支払日までに支払う必要があります。企業側都合のキャンセルや休業は、労働者にとって重大な影響を及ぼすため、労働基準法に基づく補償が求められます。

賃金および労働時間の適正な取り扱い

通達では、賃金が労働者の生活の基盤であることを前提に、労働時間と賃金の管理を正確に行うことも強く求めています。

実際の労働時間が違った場合の対応

スポットワーカーから、「予定されていた時間と、実際に働いた時間が違う」として修正の申請があった場合、企業は内容を確認したうえで、実際の労働時間を確定させなければなりません

そのうえで、確定した労働時間に基づく賃金を、遅れることなく支払う必要があります

アプリ運営事業者への協力要請

今回の通達では、企業だけでなく、スポットワーク仲介アプリを運営する事業者に対しても協力が求められています。

厚生労働省は、アプリの設計や運用が、

  • 労働関係法令を守りやすいものになっているか
  • 働く人の保護につながっているか

という点を意識して作られるべきだとしています。

特に、キャンセルに関するルールについては、労働者だけが一方的に不利になる内容にならないよう注意することが求められています。また、労働契約の中で「一定条件なら解約できる」といった取り決めがある場合には、

  • いつまでキャンセルできるのか
  • アプリ上のキャンセルルールとどう関係するのか

が分かるように整理し、トラブルを防ぐ工夫が必要だとされています。

さらに、賃金の立替払いサービスなどで労働時間管理システムを使っている場合には、正確な労働時間の把握に役立つよう、アプリ側も支援・協力することが求められています。

スポットワークに対して企業に求められる対応

企業として求められる対応

スポットワークに関する通達やリーフレットが示すように、企業には、通常の雇用契約と同様に、労働者保護の観点から厳格な労務管理が求められます。

労働条件の明確な明示と契約管理

企業は、労働契約が成立する前(アプリの応募時点が契約成立とみなされることが多い)に、労働条件通知書を書面の交付などの方法でスポットワーカーに明示する義務があります。

アプリ上で条件を表示している場合でも、「いつの時点で契約が成立したと扱われるのか」を踏まえたうえで、条件が十分に伝わっているかを企業側が確認することが必要です。これを怠ると労働基準法違反となります。明示すべき労働条件には、賃金、労働時間、就業場所、業務内容などが含まれます。

解約(キャンセル)に関する法的リスクの管理

労働契約成立後の事業主都合による解約は、原則として困難です。仮に、労使間で解約権留保付労働契約を締結する場合であっても、その解約事由が合理的であること、そして労使対等の原則の趣旨を踏まえ、スポットワーカーにのみ一方的に不利な内容とならないように設計しなければなりません。

特に、事業主都合による直前の解約は、労働者のその日の別の就労機会を奪う点で不適切と見なされるため、解約の期限設定には、労働者の時間的余裕に配慮する必要があります。

労働時間の正確な管理と賃金支払い

企業は、労働時間を適正に把握しなければなりません。

事業主の指示により、就業を命じた業務に必要な準備行為(指定の制服への着替え等)や、業務終了後の業務に関連した後始末(掃除等)を就業先内で行った時間も、すべて労働時間に当たります。求人掲載の段階で、これらの着替え等の時間も含めて始業・終業時刻を設定することが求められます。また、事業主の指示により待機を命じた時間も労働時間に該当し、待機後の結果にかかわらず、その時間に対する賃金を支払う義務があります。

実際の労働時間が予定と異なった場合は、速やかに労働時間を確定させ、その実際の労働時間に対する賃金を所定支払日までに支払わなければなりません。労働条件通知書で示した賃金を一方的に減額したり、別途支払うとしていた交通費などを支払わなかったりすることは、労働基準法違反となります。

休業補償とその他の義務履行

事業主の責に帰すべき事由により労働者を休業させることになった場合は、休業手当を支払う義務が生じます。さらに、事業主の故意や過失等により休業させた場合は、賃金を全額支払う必要があります。

その他にも、スポットワーカーに対しても、労働安全衛生法等に基づく労働災害防止対策(雇入れ時等の安全衛生教育の実施等)を講じる義務があり、また、労働施策総合推進法等に基づき、ハラスメント防止対策(相談窓口や行為者への措置内容の周知等)を講じる義務もあります。スポットワーカーも労災保険給付の対象[翔秋6] となり得ます。

まとめ:スポットワークのトラブルについては弁護士に相談を

スポットワークは、働き方の選択肢を広げる便利な仕組みとして、今後も利用が広がっていくと考えられます。企業にとっても、人手不足に柔軟に対応できる手段として、欠かせない存在になりつつあります。一方で、その手軽さゆえに、「普通の雇用と同じルールが適用される」ことが見落とされがちなのも事実です。

今回の厚生労働省の通達は、スポットワークを利用する際に、企業が最低限押さえておくべき考え方を、あらためて整理したものといえるでしょう。

スポットワーク仲介アプリは便利なツールですが、アプリの仕組みや利用規約に任せきりにすることはできません。労働基準法などの法令を守る最終的な責任は、実際に人を雇う企業側にある、という原則を意識することが大切です。

スポットワークをめぐる対応には、労働法だけでなく、各アプリの仕様や運用の理解も欠かせません。必要に応じて、ITやプラットフォームの仕組みに詳しい専門家の助言を受けることも、選択肢の一つといえるでしょう。

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モノリス法律事務所は、IT、特にインターネットと法律の両面に高い専門性を有する法律事務所です。当事務所では、東証プライム上場企業からベンチャー企業まで、人事・労務管理におけるサポートや、さまざまな案件に対する契約書の作成・レビュー等を行っております。詳しくは、下記記事をご参照ください。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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