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法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

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トルコ共和国の法律の全体像とその概要を弁護士が解説

トルコの経済は近年目覚ましい成長を遂げています。2024年時点で国内総生産(GDP)は1.32兆ドルに達し、世界第17位の経済規模を誇ります。2026年には4.5%、2027年には5.0%のGDP成長率が予測されており、持続的な経済拡大が期待されます。家計消費がGDPの約70%を占めるなど、内需が経済成長の主要な牽引役となっています。

トルコ政府は、2024年から2028年にかけて「トルコ国際直接投資戦略」を策定し、知識集約型産業、グローバルサプライチェーン、デジタル変革、グリーンテクノロジーへの投資を優先し、外国直接投資(FDI)の誘致を強化しています。2024年上半期にはFDI流入が前年比8.7%増の47.48億ドルに達するなど、その魅力は高まっています。

トルコの法制度は、19世紀半ばのタンジマート改革以降、欧州大陸法の影響を強く受けて発展してきました。特に、1926年にスイス民法典をモデルとして採用したトルコ民法典は、トルコ社会の近代化における画期的な出来事でした。司法権は独立した裁判所に帰属し、司法、行政、憲法の三つの主要な部門に分かれています。トルコは世俗主義国家であり、司法制度もこの原則に基づいています。法制度は透明性と投資家保護を重視しており、外国直接投資法(Law No. 4875)は、国内外の投資家に対する平等な待遇を保障しています。

本記事では、トルコの法律の全体像とその概要について弁護士が詳しく解説します。

トルコの司法制度と裁判所の種類

トルコの司法権は、憲法第9条に基づき、トルコ国民の名において独立した裁判所に帰属しています。トルコの司法制度は、大きく分けて司法部門(民事・刑事裁判所)、行政部門(行政裁判所)、憲法部門(憲法裁判所)の三つに分かれています。さらに、裁判官・検察官会議、最高選挙委員会、会計検査院も司法制度に含まれます。

  • 司法裁判所:第一審裁判所、地方裁判所、最高控訴裁判所(Court of Cassation/Yargıtay)で構成されます。最高控訴裁判所は、司法裁判所の最終審であり、その判決は全国の第一審裁判所における法的判決の先例として機能し、統一的な適用を確保します。
  • 行政裁判所:第一審裁判所、地方行政裁判所、国務院(Council of State/Danıştay)で構成されます。国務院は、行政および税務裁判所の最終審です。
  • 憲法裁判所:法律や政令の合憲性を審査し、個人からの人権侵害に関する申請も審査します。その決定は最終であり、いかなる方法でも修正できません。
  • 管轄紛争裁判所:司法裁判所、行政裁判所、軍事裁判所(2010年の憲法改正で廃止)間の判決や管轄権の紛争を解決します。

トルコの裁判制度には陪審制度がなく、民事・刑事事件ともに裁判官、または通常は3人の裁判官の合議体によって判決が下されます。司法行政は法務省が担当し、裁判官・検察官会議(High Council of Judges and Public Prosecutors)は下級裁判所の任命、昇進、転任、監督、懲戒、解任に責任を持ちます。

トルコにおける会社設立とコーポレートガバナンス

会社設立とコーポレートガバナンス

トルコでは、トルコ商法典(Turkish Commercial Code – TCC)に基づき、法人形態として「ジョイント・ストック・カンパニー(Joint Stock Company – JSC、株式会社に相当)」と「リミテッド・ライアビリティ・カンパニー(Limited Liability Company – LLC、有限会社に相当)」が最も一般的です。これらはいずれも単一株主による設立が可能であり、これは日本の会社法における株式会社の単独設立と同様です。

会社設立手続き

トルコでは、企業設立のプロセスが簡素化され、「ワンストップショップ」方式が導入されています。商工会議所内の商業登記局で手続きが完了し、原則として同日中に設立が可能です。トルコの会社設立手続きは非常に簡素化されていますが、有限会社形式の場合、その株主は、公的債務に対して個人資産で責任を負う可能性があります。投資家は会社形態を選択する際に、初期の簡便性だけでなく、長期的なリスクエクスポージャーを慎重に評価する必要があります。日本企業は、設立の容易さに惹かれつつも、特にLLCを選択する際には、公的債務に関するリスクを十分に理解し、適切なリスクヘッジ策を講じる必要があります。

  • JSC(株式会社):最低資本金は50,000トルコリラです。設立前に払込資本の25%を銀行に預ける必要があり、残りの75%は2年以内に支払うことができます。
  • LLC(有限会社):最低資本金は10,000トルコリラです。JSCと異なり、設立時の25%払込義務はなく、資本金全額を24ヶ月以内に支払うことができます。
項目JSC(株式会社)LLC(有限会社)
最低資本金50,000トルコリラ10,000トルコリラ
株主数1名以上1名以上
設立時の払込要件25%設立時払込(残2年以内)24ヶ月以内払込
株主責任出資額限度出資額限度(公的債務は個人責任の可能性あり)
取締役/マネージャーの要件取締役会(外国人も可)、独立取締役要件(上場)マネージャー(少なくとも1名が株主である必要あり、外国人も可)

コーポレートガバナンス

TCCは、国際的なコーポレートガバナンス基準に準拠した新しい原則を導入しています。

  • 取締役会:トルコの会社法では、上場・非上場企業ともに一階層の取締役会構造(one-tier board structure)を採用しています。これは日本の監査役会設置会社や監査等委員会設置会社とは異なり、指名委員会等設置会社に近い構造と言えます。上場企業は、会社の存続、発展、継続を危うくするリスクの早期診断と管理を任務とする専門委員会を設置することが義務付けられており、この委員会は2ヶ月ごとに取締役会に報告する必要があります。
  • 取締役の構成:TCCは最低3名の取締役を要求し、株主総会で単純多数決により選任されます。取締役は株主である必要はありません。上場企業の場合、コーポレートガバナンス原則により、少なくとも5名の取締役が必要とされ、取締役の3分の1以上かつ少なくとも2名は独立取締役でなければなりません。また、取締役の少なくとも半数、または単独取締役の場合はその者が大学卒業者である必要があります。
  • 取締役の責任:設立者、取締役、管理者、清算人が、法律および定款に定められた義務を怠った場合、会社、株主、債権者に対して生じた損失について責任を負います。有限会社の取締役は、会社から回収不能な公的債務について、個人資産で直接責任を負う可能性があります。トルコのコーポレートガバナンスにおいて、取締役会の独立性要件(上場企業)や、取締役が株主である必要がないという規定は、形式的な所有権よりも「実質的な支配」や「経営のプロフェッショナル化」を重視する傾向を示しています。これは、特に家族経営が多いトルコ企業において、少数株主の保護や透明性の向上を図るための制度的努力と見ることができます。日本企業がトルコの企業と提携やM&Aを検討する際には、形式的な株主構成だけでなく、取締役会の実質的な機能性や独立性、リスク管理体制を評価することが、デューデリジェンスの重要な要素となります。

日本との比較

日本の会社法における株式会社と有限会社(特例有限会社)は、トルコのJSCとLLCにそれぞれ類似しています。ただし、日本では有限会社は新規設立できず、特例有限会社として存続しています。日本の会社法は、監査役会設置会社、監査等委員会設置会社、指名委員会等設置会社など、多様なガバナンス体制を認めていますが、トルコは一階層の取締役会構造が主流です。

また、トルコ商法典は、すべての資本会社に独立監査義務を課していましたが、改正法により、独立監査の対象となる会社は閣僚会議が決定することになりました。独立監査はトルコ会計基準(国際監査基準に準拠)に従って実施され、監査人は各会計年度ごとに任命され、1年を超える契約は無効とされます。また、10年以内に合計7年間監査人を務めた者は、3年間経過するまで再選任できないローテーション要件があります。

トルコにおける海外資本からの投資に関する法制度

トルコは外国直接投資(FDI)を積極的に誘致しており、その法制度は「外国直接投資法(Foreign Direct Investment Law No. 4875)」によって主に規制されています。この法律は2003年に制定され、透明で投資家に優しい法的枠組みを提供することを目的としています。

内国民待遇の原則と投資インセンティブ

FDI法は、外国投資家と国内投資家を平等に扱う「内国民待遇」の原則を確立しています。これにより、外国投資家は特別な政府の事前承認なしに事業を設立でき、ほぼすべての事業活動に従事する自由が与えられています。利益、配当、収益の海外送金も制限なく可能です。

トルコ政府は、外国投資を誘致するために様々なインセンティブを提供しています。これには、特定のセクターや地域に対する法人税率の引き下げ、投資プロジェクト用の機械・設備輸入に対する関税免除、社会保障保険料の政府支援、研究開発(R&D)支援(税額控除や助成金)、自由経済区での税制優遇措置や簡素化された通関手続きなどが含まれます。

FDI戦略(2024-2028)

トルコ大統領府投資局は、2024年から2028年にかけて包括的なFDI戦略プログラムを発表しました。これは、世界のFDI市場におけるトルコのシェアを2028年までに0.85%から1.5%に引き上げることを目指しています。この戦略は、規制の安定性、ビジネス環境の合理化、持続可能性とグリーン変革、デジタル変革、グローバルバリューチェーンへの統合、高度なスキルを持つ労働力の育成を重点分野としています。

外資規制のある特定分野

原則として外国投資は自由ですが、一部の戦略的または機密性の高いセクターでは、外国資本の所有が禁止または制限されています。具体的には、放送(総株式資本の50%まで)、海運(49%まで)、不動産(特定の地理的制限や軍事・安全保障区域での許可)、航空(トルコ国民による株式の過半数保有)などが挙げられます。保険、銀行、電気通信、エネルギーなどの規制対象セクターでは、投資前に規制当局の事前承認が必要となる場合があります。

トルコの不動産法

外国人による不動産取得は原則として自由ですが、いくつかの地理的および軍事区域に関する制限があります。外国投資会社が不動産を所有するためには、その事業分野に応じて許可が必要となる場合があります。また、外国人は、特定の地区の総面積の10%を超える土地を所有できない、または30ヘクタール(大統領の許可があれば60ヘクタール)を超える土地を所有できないといった制限があります。

トルコの会社の株式の50%以上が外国人に所有されている場合、または外国人が取締役会の過半数を任命または解任する権限を持つ場合、そのトルコ会社は、定款に定められた目的に従う場合にのみ不動産を取得できます。

軍事または安全保障区域に所在する不動産を取得または所有するには許可が必要です。外国人による不動産所有に対するトルコの制限(地理的、面積的、軍事・安全保障区域での許可、外国資本企業の取得目的制限)は、単なる経済的規制に留まらず、国家安全保障や国土保全といったより高次の公共の利益が強く反映されていることを示唆しています。

トルコの競争法と広告規制

トルコの競争法は、欧州連合(EU)の競争法をモデルとしており、市場における公正な競争を阻害する行為を規制することを目的としています。

主要な法律は「競争保護法(Act No. 4054)」です。トルコの競争法と広告規制はEU法をモデルとしているため、EU法の最新の動向や解釈がトルコ法にどのように反映され、適用されるかについて、継続的なモニタリングと専門家による確認が不可欠です。特に、EUのデジタル市場法(DMA)やデジタルサービス法(DSA)のような新たな規制が、トルコの競争法や広告規制に与える影響は注視すべき点です。

競争保護法(Act No. 4054)の概要

  • 目的:商品およびサービス市場における競争を妨げ、歪め、または制限する合意、決定、行為、および市場で支配的な地位にある事業者の支配的地位の濫用を防止し、競争の保護を確保することを目指しています。
  • 禁止される行為:価格固定、市場の割り当て、供給量の管理、競合他社の活動の制限、排他的取引を除く同等者への差別的条件適用などが含まれる「競争を制限する合意、協調行為、決定」。「支配的地位の濫用」では、他社の市場参入妨害、差別的条件適用、抱き合わせ販売、生産・販売・技術開発の制限などが禁止されます。また、支配的地位の創設または強化により、市場における有効な競争を著しく減少させる可能性のある「合併または買収」は禁止され、委員会への事前通知と許可が必要です。
  • 適用除外:特定の条件(経済的改善、消費者利益、競争の排除なし、必要最小限の制限)を満たす場合に適用除外が認められます。
  • 競争当局と競争委員会:競争当局(Competition Authority)は公法人格を有し、行政的および財政的自治権を持つ独立した機関です。競争委員会(Competition Board)は当局の決定機関です。
  • 罰則:競争法違反には高額な行政罰金が科されます。虚偽情報の提供、合併・買収の無許可実行、情報要求への不協力、現地調査の妨害などに対して、年間総収入の1000分の1の罰金が課されます。禁止行為(第4条、第6条、第7条)を行った者には、年間総収入の10%までの罰金が課される可能性があります。違反に決定的な影響を与えた管理者や従業員にも、会社に課された罰金の5%までの罰金が課されます。

広告規制

トルコの広告は、「消費者保護法(Law on Consumer Protection)」「商業広告および不公正な商慣行に関する規則(Regulation on Commercial Advertising and Unfair Commercial Practices)」、およびトルコ広告委員会(Turkish Advertising Board/Reklam Kurulu)が発行するセクター別の指令によって詳細に規制されています。  

  • 禁止される広告:誤解を招く、誇張された、比較広告(不正確な場合)、無許可の広告は、テレビ、デジタル、印刷物、屋外、インフルエンサープラットフォームを含むすべてのメディアで禁止されています。
  • 不公正な商慣行:トルコ商法典(第54条以下)は、欺瞞的な広告、誤解を招くビジネス慣行、他社のブランド、商号、商業的評判の無許可使用などを不公正な競争として禁止しています。
  • 広告委員会:トルコ広告委員会(Reklam Kurulu)は貿易省の管轄下にあり、広告法違反の疑いを調査し、コンテンツ削除、公開訂正、放送停止、行政罰金などの制裁を課すことができます。2024年の最初の8ヶ月間で、広告委員会は誤解を招く広告や不公正な商慣行に対して1億6500万トルコリラ(約7.5億円)の行政罰金を課しています。インフルエンサーによるステルスマーケティングや、価格表示の不正確さなども違反事例として挙げられています。
  • 特定セクターの規制:医療、アルコール、タバコ、金融サービス、栄養補助食品、化粧品などには特定の規制が適用されます。特に、処方薬や多くの医療サービスは一般向けの広告が禁止されています。

トルコにおける資金決済サービスへの規制

資金決済サービスへの規制

トルコにおける資金決済サービスは、「セキュリティ決済システム、決済サービスおよび電子マネー機関に関する法律第6493号(Payment Law)」によって規制されています。トルコでは、トルコ共和国中央銀行(CBRT)によって認可された銀行、デジタル銀行、および決済サービスプロバイダーのみが決済サービスを提供できます。

決済サービスの範囲とライセンス要件

決済法は、決済口座の運営、送金、決済手段の発行・取得、テレコミュニケーション・デジタル・ITデバイスを通じた決済取引の実行、請求書支払い仲介サービス、決済指図サービス、オンラインでの決済口座情報提供サービスなど、幅広い活動を決済サービスとして定義しています。

決済システムおよび証券決済システムを運営するには、CBRTからのライセンスが必要です。決済機関はトルコ国内に設立された法人である必要があり、CBRTからライセンスを取得することで決済サービスを提供できます。申請プロセスは3段階に分かれています。まず、営業許可申請段階で、会社名に「決済機関」または「電子マネー機関」を示す表示が義務付けられ、CBRTへの通知と所定の書類提出が必要です。次に、文書審査段階で、事業計画、財務諸表、株主に関する情報などが提出されます。最後に、承認段階で、資本金の払込、内部統制、リスク管理体制、情報システムなどが審査されます。決済機関の最低資本金は、事業内容によって異なり、請求書支払い仲介のみの場合は100万トルコリラ、その他の決済サービスの場合は200万トルコリラ、電子マネー発行の場合は500万トルコリラです。

インフラ共有義務と競争促進

決済サービスプロバイダー(PSP)は、銀行、決済機関、電子マネー機関を含め、CBRTの決済サービス規則第8条に基づき、他のPSPからの要求に応じて、自身の決済口座サービスおよび決済インフラを利用可能にする義務があります。この義務は、市場における競争を促進し、各PSPに複数の選択肢を提供することを目的としています。

記録保持義務

システム運営者、決済機関、電子マネー機関は、決済法に関連するすべての文書および記録を、トルコ国内で少なくとも10年間、安全かつアクセス可能な方法で保管することが義務付けられています。さらに、すべての主要および二次システムをトルコ国内に保管することが義務付けられています。

トルコの個人情報保護法

トルコの個人情報保護法(Kişisel Verileri Koruma Kanunu – KVKK, Law No. 6698)は、2016年4月7日に施行され、その内容は欧州連合の一般データ保護規則(GDPR)に非常に類似しています。これは、2010年の憲法改正で「私生活の秘密」として個人データ保護が憲法上の権利として導入されたことに基づいています。

VERBIS登録義務

トルコ国内外のデータ管理者(data controllers)は、個人情報保護庁(Personal Data Protection Authority – KVKK Authority)が設立したオンラインシステムであるVERBIS(Data Controllers’ Registry Information System)への登録が義務付けられています。

従業員50名以上、年間貸借対照表が1億トルコリラを超えるトルコ国内のデータ管理者、および特殊なカテゴリーの個人データを処理するデータ管理者、ならびにすべての外国のデータ管理者は、従業員数や売上高に関わらず登録が必要です。登録期限は2021年12月31日でしたが、期限を過ぎた登録や未登録に対しても行政罰金が課されています。

越境データ移転

2024年3月12日のKVKK改正により、越境データ移転に関する規定が変更され、より柔軟な移転が可能になりました。

  1. 十分性決定:KVKK Authorityが十分性決定を発行した国への移転は、通知や承認なしに行えます。
  2. 十分性決定がない場合における保護措置:十分性決定がない場合でも、以下のいずれかの保護措置が講じられていれば移転が可能です。
    • 標準契約条項(Standard Contractual Clauses – SCCs):KVKK Authorityが発行したSCCsを修正せずに使用し、署名後5営業日以内に当局に通知する必要があります。複数の当事者間の合意は制限され、単一の輸出者と輸入者間の二国間契約のみが許可される傾向があります。
    • 拘束的企業準則(Binding Corporate Rules – BCRs):グループ会社間で作成し、KVKK Authorityの許可が必要です。
    • 公的機関間の非国際協定、または十分な保護を確保する書面による約束と当局からの許可。
  3. 一時的な状況における移転:上記の措置が満たされない場合でも、非体系的なデータ移転プロセスに限り、一時的な状況下で移転できる場合があります。

トルコのKVKKがGDPRに強く準拠している一方で、VERBIS登録義務の厳格な適用や、SCCsの「修正なし」使用と「二国間契約」への限定といった独自の厳格な運用は、日本企業がトルコで個人データを扱う際に、単にGDPRの知識だけでは不十分であり、トルコ独自の細部にわたるコンプライアンス要件への対応が必須であることを示唆しています。

特に、グローバルなデータガバナンスフレームワークを持つ企業にとっては、トルコ特有のインフラや法務チームの構築が必要となる可能性があります。GDPR対応の経験がある企業であっても、トルコ市場に特化したデータ保護戦略を策定する必要があるでしょう。特に、クラウドサービスやプラットフォーム事業を展開する企業は、データ移転のアーキテクチャを見直し、トルコ国内でのデータ保管や処理の可能性を検討する必要があり、これはコンプライアンスコストの増加や、グローバルなサービス提供における非効率性を招く可能性があります。

データ主体の権利と罰則

KVKKは、データ主体に以下の権利を付与しています。

  • 個人データが処理されているか否かを知る権利、情報にアクセスする権利。
  • 不完全または不正確な個人データの訂正を要求する権利。
  • 処理目的がなくなった場合や同意が撤回された場合に、個人データの消去または破棄を要求する権利(忘れられる権利)。
  • 自動化されたシステムによる処理から生じる自身に関する決定に異議を唱える権利。
  • 不法なデータ処理により損害を被った場合の補償を要求する権利。
  • データポータビリティの権利は直接規定されていませんが、当局は苦情を通じてこの権利を発展させています。

データ主体は、まずデータ管理者に対して書面または登録された電子メール(KEP)アドレス等で要求を提出する必要があります。データ管理者は要求受領後30日以内に回答しなければなりません。データ管理者が要求を拒否した場合、回答が不十分な場合、または期限内に回答しない場合に、データ主体はKVKK Authorityに苦情を申し立てることができます。

KVKK違反には、行政罰金と懲役刑の両方が規定されています。

  • 行政罰金:違反の性質、金額、結果に応じて、高額な行政罰金が科されます。2024年には、47,303トルコリラから9,463,213トルコリラ(約1,350ユーロから270,000ユーロ)の範囲で罰金が科される可能性があります。VERBIS登録義務違反に対しても、未登録や遅延に対して罰金が課され、違反の年数ごとにペナルティが適用されます。
  • 懲役:トルコ刑法では、通信の秘密の侵害、私生活の秘密の侵害、個人データの違法な記録、不法な収集・移転、破棄義務違反などに対して、1年から5年の懲役刑が規定されています。

トルコにおける医薬品および医療機器の規制

トルコにおける医薬品および医療機器の規制は、主にトルコ医薬品医療機器庁(Turkish Medicines and Medical Devices Agency – TMMDA)が所管しています。医薬品の広告・プロモーションは、法務省の法律や規制、および製薬業界やトルコ医師会のガイドラインによって規制されています。

医薬品の広告規制

  • 一般向けの広告禁止:「ヒト用医薬品のプロモーションに関する規則(Regulation on the Promotion of the Pharmaceutical Products for Human Use – Pharma Promotion Regulation)」第5条第3項により、処方薬と非処方薬の区別なく、原則として一般大衆への医薬品の広告・プロモーションが禁止されています。
  • 医療従事者(HCPs)へのプロモーション:医療従事者(医師、歯科医師、薬剤師)に対しては、プロモーション資料、科学イベントのスポンサーシップ、担当者による訪問を通じてプロモーションが許可されています。プロモーション活動は、承認された使用分野に準拠し、詳細かつ証拠に基づいた科学的情報を含み、HCPが治療的価値について意見を形成できるように提示されなければなりません。欺瞞的、誇張的、または未証明の情報や不適切な画像を含んではなりません。
  • 科学活動のスポンサーシップ:HCPsは年間4回までスポンサーシップを受けることができますが、同一の販売承認保持者からは最大2回、トルコ国外でのイベントは最大2回という制限があります。スポンサーシップはHCPに直接ではなく、主催団体に提供されなければなりません。また、特定の期間(例:6月15日~9月15日の沿岸リゾート、12月1日~3月1日のスキーセンター)での科学会議の開催は禁止されています。
  • 無料サンプル:医師、歯科医師、薬剤師にのみ提供可能で、厳格な条件(製造・輸入・流通の記録システム、市場からの減量、販売禁止表示、使用説明書・製品情報概要の添付)が課されます。向精神薬および麻薬のサンプルは禁止されています。

医療機器の広告規制

医療従事者のみが操作できる医療機器や、社会保障機関の償還リストに掲載されている医療機器は、一般大衆への広告が禁止されています。例外として、HCPを対象とした保健省認可の定期刊行物や、認可された販売センターのウェブサイトでの情報提供は可能です。プロモーションは医薬品と同様に、HCPsや医療機器担当者への情報提供として定義され、科学雑誌の販売・配布、科学イベントのスポンサーシップ・開催、担当者訪問を通じて行われます。

違反時の罰則

医薬品のプロモーション規制違反の場合、販売承認保持者には警告、3ヶ月間のプロモーション活動禁止、1年間のプロモーション活動禁止といった段階的な制裁が課されます。プロモーション担当者には、認定証の3カ月または1年間の停止が課されます。メディアサービスプロバイダーには、警告や商業通信収入の1~3%の罰金が課される可能性があります。

トルコの労働法

労働法

トルコの労働法は、労働省の監督下にある「労働法(Labor Law)」が主要な法令であり、従業員と雇用主の関係に関する原則を定めています。その他、「労働組合および団体交渉協定法(Law of Unions and Collective Bargaining Agreements)」、「労働安全衛生法(Work Health and Safety Law)」などが労働関係を補完しています。

従業員、雇用主、賃金、雇用契約、職場が規制対象です。

  • 従業員の義務:契約または状況から別段の定めがない限り、従業員は自ら業務を遂行し、最大限の注意と勤勉さをもって行動し、雇用主の正当な指示に従う義務があります。また、雇用期間中、雇用主の事業と競合する行為を行わない忠実義務を負います。この非競合義務は、雇用終了後も継続させる場合は、別途合意が必要です。
  • 雇用主の義務:雇用主の主要な義務は、賃金を全額かつ期日通りに支払うことです。雇用契約に賃金支払い義務が含まれない場合、その契約は無効とみなされます。その他、社会保障、健康と安全、労働組合の権利、個人のプライバシー保護、言論の自由など、従業員の福利厚生に配慮する義務があります。年齢、性別、妊娠、言語、人種、肌の色、障害、政治的・哲学的・宗教的意見・信条に基づく差別は禁止されています。
  • 労働時間と休暇:標準的な労働時間は週45時間で、日ごとの上限と義務的な休憩時間が定められています。年次有給休暇は、勤続年数に応じて14~26日間が義務付けられています。
  • 採用と解雇:採用プロセス(求人、面接、身元調査、試用期間)には特定の規制があります。解雇には「正当な理由」が必要であり、不適切な業績、不正行為、経済的理由などが含まれます。解雇時には退職金規定が適用されます。
  • 事業譲渡:事業譲渡の場合、従業員の契約は自動的に新しい所有者に移転され、従業員の権利が保護されます。
  • 紛争解決:労働紛争の解決には、労働省による調停、仲裁、労働裁判所への提訴などの手段があります。

まとめ

トルコの法制度は、日本との比較において、いくつかの重要な相違点が存在します。具体的には、会社設立の容易さの裏にある有限会社の公的債務に対する株主責任の可能性、特定の戦略的セクターにおける外資規制の厳格性(実質的支配の側面を含む)、EU法をモデルとしながらもトルコ独自の厳格な運用が見られる競争法や個人情報保護法(VERBIS登録義務やSCCsの運用)、そして医療分野における広告規制の厳しさなどが挙げられます。データ保護、広告規制、AI利用といった分野では、グローバルな規制動向とトルコ独自の運用との差異を常に把握し、柔軟かつ戦略的に対応することが必要でしょう。

関連取扱分野:国際法務・海外事業

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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