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タイ王国の外国人事業法(FBA)と海外投資規制の解説

タイ王国の外国人事業法(FBA)と海外投資規制の解説

タイへの事業進出における最大の「壁」が、1999年に制定された外国人事業法(Foreign Business Act、通称FBA)です。この法律は、外国資本による特定の事業活動を原則として禁止する、非常に厳格な構造を持っています。ただ、同時に、タイ投資委員会(BOI)による投資奨励制度や外国人事業ライセンス(FBL)といった、合法的に事業を展開するための明確な道筋も示されています。

本記事では、FBAの核心をなす「外国人」の定義から、規制対象事業、そして日本企業が取るべき具体的な戦略までを、最新の動向や判例、そして日本法との比較を交えて解説します。

なお、タイ王国の包括的な法制度の概要は下記記事にてまとめています。

関連記事:タイ王国の法律の全体像とその概要を弁護士が解説

タイの外国人事業法(FBA)の全体像

タイの外国人事業法(FBA)は、外国企業がタイ国内で事業活動を行う際の基本的な枠組みを定めています。この法律は、タイ国内の企業や産業を保護することを主な目的としており、外国からの投資を促しつつも、国家の安全保障、経済的自立、文化、社会の発展に悪影響を与えないよう厳格に管理する姿勢を示しています。この法律が日本企業にとって特に重要な意味を持つのは、その厳格な「外国人」の定義と、事業内容に応じた規制の分類にあります。 

FBAにおける「外国人」の厳格な定義

FBAにおける「外国人」の定義は、日本の法務担当者が通常イメージするよりも広範です。FBA第4条によれば、「外国人」とは、タイ国籍を持たない自然人やタイ国内で登記されていない法人に加えて、株式の過半数(50%以上)を外国人が保有するタイ国内の法人も厳格にこれに該当すると定められています。この定義は、タイで法人を設立したとしても、その資本構成次第でFBAの規制対象となることを意味します。たとえば、日本人や日本法人が株式の51%を保有するタイ法人を設立した場合、その法人はタイ国内で登記されていてもFBA上の「外国人」とみなされるのです。 

これは、日本の外国為替及び外国貿易法(外為法)における対内直接投資の考え方と異なります。日本の外為法は、国の安全保障など特定の分野に限り、外国人投資家に対して「事前届出制」を課していますが、原則としては投資を「自由」としています。これに対し、タイのFBAは、特定の事業分野における外国資本の参加を原則として「禁止」し、「例外的に許可」を与えるという、根本的に異なるアプローチをとっています。

別表1:完全禁止事業

FBAは、規制対象となる事業を以下の3つの別表(リスト)に分類しており、それぞれのリストには異なるレベルの規制が適用されます。

まず、別表1の完全禁止事業とは、「特別な理由」により、外国人の事業運営が完全に禁止される事業です。新聞業、稲作、土地取引、仏像の製造など、タイの国家のアイデンティティ、安全保障、および文化に密接に関わる分野が対象とされています。このリストに該当する事業は、いかなる場合も外国人による運営が認められません。 

別表2:条件付き許可事業

「国家の安全保障、芸術文化、天然資源」に影響を及ぼす事業が該当します。外国人がこれらの事業を運営するためには、商務大臣による許可に加え、内閣の承認が必要です。さらに、法人を設立する場合、タイ人またはタイ法人が資本金の40%以上を保有し、かつ、取締役の5分の2以上がタイ人である必要があります。

別表3:競争力保護事業

「タイ国民がまだ競争力を持たない」とされる事業が対象です。このリストには、広範なサービス業が含まれており、日本企業が最も注意を払うべきリストです。例えば、小売業、卸売業、広告業、ホテル経営(管理業を除く)、法律・会計・建築・エンジニアリングサービス、建設業などが含まれます。これらの事業を外国人が過半数株式を保有して運営するためには、外国人事業ライセンス(FBL)の取得が必須となります。

このように、製造業は原則としてFBAの規制対象外とされている一方で、サービス業には広範に外資規制が及ぶのが、タイの法的環境の特徴です。これは、タイが外国資本による技術やノウハウの流入を認めつつも、そのノウハウが将来的にタイ国民に継承されることを期待していることによるものでしょう。FBL申請プロセスで「技術移転計画」や「タイ人雇用計画」が重要な要件となるのは、まさにこのためだと思われます。 

タイのFBA規制への対応策

FBAの厳しい規制が存在する一方で、タイ政府は外国投資を誘致するための道筋も提供しています。FBAの規制対象となる事業であっても、以下のような合法的な方法で外国人による事業運営が認められる場合があります。

タイ投資委員会(BOI)による投資奨励制度

タイ投資委員会(BOI)は、FBA規制に対する最も強力な例外措置の一つです。BOIは、タイが戦略的に育成したいと考える特定の対象業種(先端技術、インフラ、研究開発など)への投資を積極的に奨励する政府機関です。BOIの投資奨励証書を取得することで、FBAの規制免除を受けることができます。これにより、事業によっては外国人が株式の100%を保有することも可能となります。そして、BOIの主要な優遇措置には、以下のようなものが含まれます。

  • 税制優遇:企業所得税の免除(最長8年間)や、機械・原材料の輸入関税免除・減額など。
  • 非税制優遇:外国人専門家の雇用許可、外国人が事業用の土地を所有する権利の付与、海外への送金許可など。

BOIの優遇措置は、常に変化しており、注視が必要です。例えば、2025年9月1日以降、特定の製造業(金属、化学、プラスチック製品など)では、既存の大規模投資企業を除き、土地所有権付与の優遇措置が適用されなくなります。

外国人事業ライセンス(FBL)の取得

外国人事業ライセンス(Foreign Business License:FBL)は、BOIの奨励分野に該当しない事業(特に別表3のサービス業)を外国人が過半数株式を保有して運営するための主要な合法ルートです。FBLの申請は商務省事業開発局(DBD)を通じて行われます。 

FBL取得のためには、以下の要件を満たす必要があります。

  • 最低資本金:一般的なFBL申請には、最低200万バーツ以上の資本金が必要です。リスト2またはリスト3の事業の場合、300万バーツ以上の最低資本金が求められる場合があります。
  • 事業計画:詳細な事業計画書の提出が求められます。これには、技術移転計画やタイ人従業員の雇用計画などが含まれます。
  • 申請者の資格:申請する法人の取締役やマネージャーは、20歳以上であること、特定の犯罪歴がないことなど、FBA第16条に定められた資格を満たす必要があります。

FBLの申請プロセスは複雑で、委員会による審査だけで最大60日を要し、全体で数ヶ月かかることが一般的です。その厳格な審査プロセスは、タイ政府が外国投資の質を重視し、単なる形式ではなく事業の実態を審査していることを示唆しています。FBLは、BOIのような税制優遇はないものの、広範な事業を合法的に展開するための重要な手段です。 

特定事業における例外措置

小売業や卸売業など、特定の事業では、FBLやBOIの認可なしに外国人が100%所有する法人の設立が認められる例外措置が存在します。この特例は、登録資本金が1億バーツ以上という高額な資本要件を満たす場合に適用されます。

この特例は、米タイ友好条約のような特定の国籍に限定されるものではなく、すべての外国人投資家が利用できるという利点があります。また、申請手続きも比較的迅速に進むため、特定の事業を検討する日本企業にとって有効な選択肢となり得ます。

タイ政府は、「単にタイ国民の雇用を奪うだけの小規模な外資」を排除しつつ、「巨額の資本を投下してタイ経済全体に貢献する大規模な外資」は歓迎するという、実利主義的な姿勢を示していると言えるでしょう。

飲食業(レストラン)の扱い

なお、日本資本がタイ参入を検討することが多い飲食業(レストラン)には、実務上の困難があります。

まず、飲食業(レストラン事業)は、FBAの別表3に分類される、外資規制の対象となる事業です。したがって、過半数の株式を外国人(例:日本法人や日本人個人)が保有する法人がタイで飲食業を営む場合、原則として外国人事業ライセンス(FBL)を取得しなければなりません。

しかし、実務上、飲食業に対するFBLの取得は非常に困難です。FBLの許可は、タイの国家の安全保障、経済的発展、国民の雇用などにどのように貢献するかを基準に判断されますが、飲食業はこれらの要件、特に「タイ国民がまだ競争力を持たない」という別表3に該当しないと判断される傾向があります。つまり、飲食業はタイ人が既に十分に競争力を持つ分野であり、FBLが付与される可能性は低いと言えます。

このような実務上の厳しさから、多くの外国人投資家、特に日本企業は、飲食業に参入する際、タイ人が株式の過半数(51%以上)を保有する法人を設立するという方法を選択します。この場合、その法人はFBA上の「外国人」とならないため、FBLの取得は不要となり、事業を比較的迅速に開始することが可能になります。ただし、この構造を取る際には、後述する名義貸し(ノミニー)規制に抵触しないよう、厳格な注意が必要です。

タイと日本の法規制の比較

日本の外為法との構造的違い

前述したように、日本の外国為替及び外国貿易法(外為法)は、対内直接投資について、原則「自由・事後届出制」を主とし、国の安全保障上重要な分野にのみ「事前届出制」を課しています。この制度の目的は、健全な投資を促進しつつ、問題ある投資に事前に対処することにあります。 

これに対し、タイのFBAは、特定の事業分野における外国資本の参加を原則として「禁止」し、「例外的に許可」を与えるという、根本的に異なるアプローチをとっています。この「禁止・例外許可制」より、日本企業がタイでの事業計画を立てる際には、単に形式的な手続きをクリアするだけでなく、当局との対話を通じて、なぜ自社が例外的な許可に値するのかを証明する「説得」のプロセスが必要になります。

製造業とサービス業における規制の相違点

実務上問題になりやすいのが、製造業とサービス業の規制が異なっているというポイントです。製造業はFBAの規制対象外とされているため、製造業でのタイ進出を検討する日本企業が少なくありません。しかし、注意すべきは、日本の製造業者がタイ国内で製品の保守サービス、設置工事、技術サポートといった「付随的」なサービス業務を行う場合、そのサービス自体が別表3の「サービス業」に分類され、別途FBLの取得が必要となる可能性があることです。

事業の性質を「全体」ではなく「個別の活動」で把握するべきこと、一度進出を行った後も新規事業に関してタイの法制度を踏まえた検討を行うことが必要です。

ノミニー(名義貸し)に対するタイの最新の規制動向

タイの投資環境は、法律の条文だけでなく、その実務によっても大きく左右されます。近年、特に注意すべきは、外国人事業法を回避するために利用されるノミニー(名義貸し)株主に対する当局の取締りが劇的に強化されていることです。

タイ当局は、ノミニー構造の摘発に向けた多機関連携の取り組みを強化しており、商務省事業開発局(DBD)と特別捜査局(DSI)が中心となって、法人登記と税務記録のクロスチェックを含むデータ統合システムを駆使し、不審な資金の流れを摘発しています。この法執行の厳格化により、タイ投資環境では、安易な「裏技」や「グレーゾーン」が、もはや通用しない状態になっています。

この当局の姿勢を明確に示したのが、刑事法院判決 A. 2812/2567(プーケットノミニー事件)です。2024年9月11日に下されたこの判決では、ノミニー構造を構築・運用していた外国人、タイ人ノミニー、そして仲介役の法律・会計事務所関係者を含む23名が、FBA違反により有罪となりました。被告人らは当初10年の懲役刑を言い渡されましたが、自白により5年に減刑され、執行猶予と罰金が課せられました。 

この判例が示す最も重要なポイントは、タイの裁判所が、形式的な書類上の所有権(51%のタイ人株主)よりも、「資金源」「経営権の所在」「経済的利益の帰属」といった事業の実態を重視する姿勢を明確に示したことです。裁判所は、タイ人株主が自身の資金を投資した証明ができない場合や、経営に実質的に関与していない場合、それらをノミニーであると認定します。

このような法執行の質的な変化により、ノミニー構造に依存することは、単なる事業上の問題ではなく、刑事罰、重い罰金、事業の強制解散、そして外国人投資家やノミニーに対する資産没収といった、企業の存続そのものに関わる深刻なリスクとなっています。タイにおけるノミニーは、もはや「グレーゾーン」ではなく、明確な犯罪行為です。

なお、この問題に関する詳細は下記記事にてまとめています。

関連記事:タイ王国におけるノミニー(名義貸し)規制と2024年のプーケットノミニー事件

まとめ

タイへの事業進出は、FBAという複雑な法規制を伴う挑戦ですが、正確な理解と、BOI、FBLといった正規のルートを通じた透明性の高い事業基盤を構築することで、そのリスクは大幅に軽減できます。ただ、近年のノミニー規制の厳格化と、それを裏付ける裁判所の判例は、安易な抜け道を模索することがいかに危険であるかを明確に示すものだと言えます。タイ市場への進出のためには、形式的な手続きだけでなく、法執行の実態と本質を理解した上で、透明性の高い事業基盤を構築することが必要だと言えるでしょう。

関連取扱分野:国際法務・海外事業

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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