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タイ王国の法律の全体像とその概要を弁護士が解説

タイ王国の法律の全体像とその概要を弁護士が解説

タイ王国では、日本の約1.4倍の広大な国土に、2021年時点で約6,617万人が暮らしています。首都バンコクは、ASEAN地域におけるビジネスのハブとして、長年にわたり多くの日系企業が進出してきました。近年では、自動車産業や製造業といった伝統的な分野に加え、スタートアップ企業やテクノロジー企業が活発に事業を展開するなど、その経済的魅力は多岐にわたります。 

タイの法律は日本と共通する部分がある一方で、実務上、予期せぬリスクとなりうる重要な差異も数多く存在します。その法体系は純粋な大陸法ではなく、いわゆる混合法であり、会社設立は近年の法令改正で柔軟化されるなど最新情報をキャッチアップすることの重要性が高く、外貨規制や労働法には日本と異なるレギュレーションが存在します。

本記事では、タイ法制の全体像について、特に注意すべき日本法との違いに焦点を当てて、弁護士の視点から解説します。

タイの法体系と司法制度の基本構造

大陸法系を基盤とする法体系

タイの法体系は、日本のそれと同様に、ドイツやフランスの法制度をモデルとした成文法を中心とする大陸法系に属しています。そのため、主要な法律は「民商法典」「刑法典」「民事訴訟法典」「刑事訴訟法典」といった体系的な法典として整備されており、基本的な法律構成においては日本と共通する部分が多く見られます。

しかし、タイの法制度は完全に純粋な大陸法系ではありません。歴史的に英国法の影響を受けてきたほか、第二次世界大戦後は米国法の影響も取り入れてきた結果、現在は混合法的な性質を持っています。この混合的な性質は、特に新しいビジネス領域や国際取引に関する法分野で顕著に現れることがあります。 

司法制度の構造

日本の司法制度が、最高裁判所を頂点とする単一の司法裁判所で全ての案件を処理するのに対し、タイには目的別に分化した複数の裁判所が存在します。タイの現行憲法の下では、通常の事件を扱う司法裁判所の他に、憲法裁判所、行政裁判所、軍事裁判所の4つの裁判所が明確に区分されています。

  • 憲法裁判所:法律の合憲性を判断し、憲法違反の法令や政府の行為を審査します。
  • 行政裁判所:政府機関や公務員と民間企業・個人の間の紛争、または政府機関同士の紛争を扱います。
  • 軍事裁判所:主に軍人に関する刑事事件を管轄します。

そして、一般的な民事事件や刑事事件、税務、労働、知的財産、通商、破産に関する裁判は司法裁判所が扱います。この司法裁判所は、第一審裁判所、上訴裁判所、最高裁判所の三審制が採用されています。さらに、第一審裁判所の下には、特定の専門分野を扱う特別裁判所が設けられており、特に日本の事業者が関心を持つべきなのは、労働裁判所と知的財産権及び国際取引裁判所です。知的財産権及び国際取引裁判所は、商標や著作権、特許、国際的な取引に関する紛争を扱い、証人尋問がテレビ会議で行える、英語での手続きが可能であるなど、迅速な紛争解決を目指した設計がなされています。

タイの会社設立・コーポレートガバナンスと外資規制

会社設立の要件

2023年2月にタイの民商法典が改正され、会社の設立要件がより柔軟になりました。これまで非公開会社の設立には最低3名の発起人および株主が必要でしたが、この改正により、その最低数が2名に引き下げられました。これは、日本企業がタイで合弁会社を設立する際などに、株主構成をより柔軟に設計できるようになったという点で重要な改正と言えます。 

しかし、この改正によっても、日本のような一人会社(株主が1名の会社)は認められていません。株主数が2名未満になった場合、タイ民商法典第1237条に基づき、裁判所による会社の解散命令事由に該当する可能性があるため、株主構成には常に注意を払う必要があります。

関連記事:タイ王国の会社法が定める会社形態と会社設立(2023年改正法対応)

コーポレートガバナンス

タイの会社法では、株式制度にも日本と異なる重要な点があります。日本の会社法では、株式は全て無額面株であるのに対し、タイの会社法では、全ての株式が額面株であることが求められます。また、日本の会社法では一般的に行われる株式分割はタイでは認められていません。このため、資本構成の変更や株式の流動性確保を検討する際には、日本とは異なる手続きを踏む必要があることを理解しておく必要があります。

ガバナンスについても、改正法では、株主総会の決議に際し、最低2名の株主(代理人含む)の出席と、その保有株式の合計が会社資本の4分の1以上であることが定足数として定められています。他方で、オンラインによるバーチャル取締役会の開催が認められるようになった点など、より効率的なガバナンス運営を可能にする動きも見られます。

関連記事:タイ王国の会社法が定めるコーポレートガバナンス

外国人事業法(FBA)による海外投資規制

タイへの事業進出を検討する上で最も重要な法律の一つが、仏歴2542年(1999年)に制定された外国人事業法(Foreign Business Act、通称FBA)です。この法律は、外国人がタイ国内で特定の事業を行うことを原則として禁止しています。

FBAにおける「外国人」の定義は厳格であり、タイ国籍を持たない個人に加え、株式の50%以上を外国人が保有するタイ国内の法人などもこれに該当します。規制対象となる事業は3つの別表に分類されており、特に注意が必要なのは、多くのサービス業が含まれる別表3です。製造業は原則として規制対象外とされている一方で、サービス業には広範に外資規制が及ぶため、事前の入念な確認が不可欠です。

FBAの厳しい規制に対する重要な例外措置が、タイ投資委員会(Board of Investment、BOI)が提供する投資奨励制度です。タイが戦略的に育成したいと考える特定の対象業種(先端技術、インフラ、研究開発など)に投資を行う場合、BOIの投資奨励証書を取得することで、FBAの規制免除を受けることができるのです。

関連記事:タイ王国の外国人事業法(FBA)と海外投資規制の解説

なお、このFBAによる規制を逃れるための「潜脱」として、現地人に過半数の株式を名目的に持たせるノミニー(名義貸し)が横行していましたが、2024年、タイ人、外国人、タイ法人、外国法人を含む23人に刑事罰を下すプーケットノミニー事件判決が出されました。ノミニーは、もはや「グレーゾーン」ではなく、明確な犯罪行為です。

関連記事:タイ王国におけるノミニー(名義貸し)規制と2024年のプーケットノミニー事件

タイの労働法

雇用契約と就業規則の作成

タイ労働法の下では、雇用契約は口頭の合意によっても成立します。しかし、タイでは雇用契約で合意した内容が非常に重視されるため、労使間のトラブルを避けるためには、書面による雇用契約書を交わすのが一般的です。 

特に注意が必要なのは、一度決まった職種や部署の変更、給与の減額には、従業員個々の同意がその都度必要となるという点です。日本の商習慣では、会社の裁量で異動や給与調整を行うケースがありますが、タイではこれが原則として認められません。このため、会社は雇用契約書を作成するだけでなく、その後の主要な労働条件の変更ごとに、改定書や追加合意書を作成することが不可欠となります。

休日・時間外労働の割増賃金

日本の労働時間法制と比較すると、タイの割増賃金計算は給与体系によって大きく異なるため、実務が非常に複雑になります。日本の労働基準法では、時間外労働や休日労働に一律の割増率が定められていますが、タイでは給与体系(月給制か日給制か)や労働時間(所定内か時間外か)によって計算方法が変わります。

例えば、休日労働の割増率は、月給制の社員の場合、休日分がすでに月給に含まれていると解されるため、通常の休日出勤に対する割増率は原則として時間あたり賃金の1倍となります。一方で、日給制の従業員の場合、休日労働に対しては時間あたり賃金の200%以上の支給が必要となります。

さらに、休日出勤が時間外労働に及んだ場合、日本であれば休日割増の範囲内で収まることが多いのに対し、タイでは、従業員の給与体系を問わず、時間あたり賃金の300%を加算して支給しなければならないケースがあります。このような複雑で厳格な規定は、労働者保護を強く意識したものであり、日本の常識で安易に勤怠管理を行うと、予期せぬ労使トラブルや高額な未払い賃金問題に発展するリスクが高いと言えるでしょう。 

複雑な割増賃金計算と労務管理

タイの労働法における複雑な割増賃金計算体系により、タイでは、勤怠管理と給与計算の実務に大きな負担が発生します。進出企業は、日本の感覚で労働契約や労務管理を行うのではなく、タイの労働法に精通した専門家と連携し、適切な就業規則と給与計算体系を構築することが不可欠です。適切なシステムやプロセスの導入なくしては、コンプライアンス違反のリスクを回避することは困難であると言えるでしょう。

月給制の社員(休日:日曜のみ)日給制の社員(休日:土日)
通常労働100%100%
時間外労働150%以上150%以上
休日労働100%200%以上
休日時間外労働300%以上300%以上
深夜労働150%以上150%以上
休日深夜労働200%以上200%以上
休日時間外深夜労働350%以上350%以上
日本の休日時間外労働135%以上135%以上

関連記事:タイ王国の労働法

タイの税法

煩雑な源泉徴収制度

タイの源泉徴収制度は、日本のそれと比べて対象となる支払いの範囲が非常に広いという特徴があります。日本では源泉徴収の対象とならないことが多い、サービス料や賃借料の支払いなども、タイでは原則として源泉徴収の対象となります。

また、実務上の負担も大きく、支払いごとに源泉徴収票を作成し、相手方に送付する必要があります。そして、前月1ヶ月間に発行した源泉徴収票をまとめて、翌月7日までに税務申告書(個人向けはP.N.D. 3、法人向けはP.N.D. 53)を提出し、納付しなければなりません。

付加価値税(VAT)

タイの付加価値税(VAT)は、日本の帳簿方式とは異なり、タックス・インボイス方式で計算されます。この方式では、仕入税額控除を受けるために、相手先から「タックス・インボイス」と呼ばれる特定の様式を満たした請求書を受領することが必須となります。

タックス・インボイスには、発行者の氏名・住所、納税者登録番号(TAX ID番号)、購入者の氏名・住所などの重要情報が厳格に記載されている必要があります。これらの記載要件に不備がある場合、インボイスは無効とみなされ、仕入税額控除が無効となるリスクがあるため、請求書の受領・管理には細心の注意を払う必要があります。

タイにおける広告規制と知的財産権

消費者保護法に基づく広告規制

タイでは、消費者保護法(Consumer Protection Act)に基づき、商品やサービスの広告が厳しく規制されています。根拠のない誇大表現や、消費者の誤解を招くような表現は厳しく禁止されており、「売上No.1」や「金賞受賞」といった表現を用いる場合は、適切な資料をもってその事実を立証できなければなりません。

特に注意すべきは、タイの広告規制が、単なる消費者保護だけでなく、タイ固有の文化的背景に深く根ざしている点です。王室や宗教、国家の安全保障に関する言及は非常にセンシティブであり、不適切な表現は厳しく罰せられる可能性があります。デジタル広告であっても、コンピューター犯罪法(Computer Crime Act)に基づき、これらの規制が適用されるため、オンラインでのマーケティング活動にも細心の注意が必要です。

医療・医薬品・医療機器の広告ガイドライン

医薬品、医療機器、および医療サービスに関する広告は、一般の広告規制に加え、さらに厳しい規制が課せられています。これらの広告を掲載する際には、タイ食品医薬品局(Thai FDA)からの事前承認が必要です。

日本の医療広告ガイドラインと同様に、タイにおいても、虚偽誇大表現は厳禁とされています。具体的には、「最高の」「奇跡的な」「完璧な」といった効果を強調する表現や、「絶対治る」「心配ない」といった保証的な表現は使用できません。また、治療の効果に関する患者の体験談を広告に含めることも禁止されています。

AI関連法制とオープンソースソフトウェア

タイでは、技術革新を支える法制度の整備も急速に進んでいます。現在、EUのAI Actに類似したリスクベースアプローチを採用したAI法案(草案)が議論されており、その動向は注目に値します。

この法案は、危害を緩和できないシステムを「Prohibited-risk AI」に、重大な影響を及ぼす可能性のあるシステムを「High-risk AI」に分類し、それぞれに対して異なる規制を課すことを目指しています。また、AIが生成したディープフェイクや偽情報に対処するため、透かし(ウォーターマーク)技術の導入も検討されているほか、AIモデルの学習を支援するために、テキスト・データマイニングに対する限定的な著作権の例外規定も盛り込まれています。

AI開発において広く用いられるオープンソースソフトウェアの利用には、ライセンス条項を正確に理解し遵守することが不可欠です。ライセンスの規定に違反した場合、契約違反となり、ソフトウェアの使用権を失うだけでなく、著作権侵害の申し立てに発展する可能性もあるため、注意が必要です。

まとめ

本記事で解説したように、タイの法制度は、法体系、会社法、労働法、税法、そして最新の広告規制やAI関連法制に至るまで、多岐にわたる分野で日本と重要な差異が存在します。これらの差異を深く理解し、予期せぬ法的リスクを回避するためには、現地に精通した法務・税務の専門家との連携が不可欠であると言えるでしょう。

特に、外国人事業法(FBA)による厳格な外資規制への対応や、給与体系に応じた複雑な割増賃金計算、タックス・インボイス方式による税務管理、そして文化的・政治的にセンシティブな広告規制への準拠は、タイで事業を展開する上で乗り越えなければならない重要な課題です。

関連取扱分野:国際法務・海外事業

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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