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法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

IT・ベンチャーの企業法務

ドイツにおける日本資本による現地法人の買収・M&Aの解説

ドイツにおける日本資本による現地法人の買収・M&Aの解説

ドイツ(正式名称、ドイツ連邦共和国)は、欧州経済の中心地であり、技術力と安定した市場から、多くの日本企業にとって魅力的な投資先です。特にM&Aによる現地法人買収は、新規事業の立ち上げや事業拡大を迅速に進めるための有効な手段となっています。しかし、ドイツの法制度は日本の法制度と異なる部分も多く、その違いを十分に理解せずM&Aを進めると、予期せぬリスクに直面する可能性があります。

本稿では、ドイツにおける主要なM&A手法、会社法制、そして近年強化された対内直接投資規制について、日本企業が特に留意すべき点を中心に解説します。

ドイツM&A法制の全体像と主要な会社形態

概要と主要な会社形態

ドイツには、M&Aに特化した単一の法律は存在しません。したがって、民法典(Bürgerliches Gesetzbuch, BGB)、商法典(Handelsgesetzbuch, HGB)、有限会社法(Gesetz betreffend die Gesellschaften mit beschränkter Haftung, GmbHG)、株式法(Aktiengesetz, AktG)といった複数の一般法が複合的に適用されます。日本と同様に、M&Aは主に株式譲渡(Share Deal)と事業譲渡(Asset Deal)の二つのスキームによって行われます。

ドイツで最も一般的な会社形態は、有限責任会社(Gesellschaft mit beschränkter Haftung, GmbH)株式会社(Aktiengesellschaft, AG)です。GmbHは日本の合同会社(Gōdō Kaisha, GK)に近い形態であり、AGは株式会社(Kabushiki Kaisha, KK)に類似しています。しかし、設立手続きの柔軟性やコストの低さから、ドイツではAGが約2万社であるのに対し、GmbHは100万社以上と圧倒的な普及率を誇ります。このことから、日本企業が買収を検討する対象はGmbHであることが大半であると言えます。合資会社(Kommanditgesellschaft, KG)も所有者系の企業買収でしばしば登場しますが、税務上の利点がある一方で、日系企業の現地法人としては稀な形態です。

GmbHとAGの相違点

日本企業がドイツでのM&Aを検討する際、まず理解すべきは、対象となる企業の法的形態です。ドイツにおけるM&Aの対象はGmbHであることが圧倒的に多いため、GmbHに適用される法務上の要件を深く理解することが重要になります。

例えば、ガバナンスと組織運営の面で、GmbHとAGの違いは顕著です。AGは、取締役会、監査役会、株主総会という三層構造が必須であり、経営と監督の分離が厳格に求められます。取締役会は独立して業務を執行し、監査役会がこれを監督する仕組みです。一方、GmbHは、取締役と株主総会の二層構造が基本であり、経営の自由度が高いと言えます。この柔軟性は、中小企業にとって特に魅力的であり、株主は取締役に対して日常業務に関する指示を出すことも可能です。

株式の譲渡性も異なります。AGの株式は、原則として自由に譲渡可能であり、上場企業の場合、証券取引所を通じて取引されます。対照的に、GmbHの持分(Geschäftsanteile)譲渡は、その有効性のために公証人による公証が義務付けられています。さらに、定款で他の株主の同意を譲渡の要件とすることも一般的です。

これらの違いは、日本企業がM&A対象企業を選定する段階で、取引の複雑性やコストを判断する上での重要な指標となります。

GmbH(有限責任会社)AG(株式会社)
最低資本金25,000ユーロ 50,000ユーロ 
経営・監督体制取締役(1名以上)と株主総会。経営と監督の分離義務は原則なし取締役会、監査役会、株主総会の三層構造
株式(持分)譲渡性公証人による認証が必要。定款で譲渡制限を設けることが一般的原則、自由に譲渡可能
設立の複雑性・コスト低〜中 高 
監査義務大規模なGmbHにのみ義務付けられる常時必要
適した企業中小企業、オーナー系企業 大企業、上場企業、資本集約型事業 

ドイツの主要な買収スキームと会社法上の手続・要件

株式譲渡(シェア・ディール)

株式譲渡は、買収者が対象会社の株式または持分を取得し、間接的に会社全体を承継するスキームです。ドイツM&Aの約75%を占める最も一般的な手法です。この手法の最大のメリットは、個々の資産や契約の移転手続きが不要であることです。株式の取得を通じて、対象会社が保有するすべての権利義務が自動的に買収者に引き継がれます。これにより、取引を比較的迅速に進めることが可能となります。しかし、その一方で、対象会社が抱える潜在的な負債や法的リスクもそのまま承継することになるため、買収前の綿密なデューデリジェンスが不可欠となります。

GmbHの持分譲渡契約は、その有効性のために公証人による公証が義務付けられています。これは、日本の株式譲渡が当事者間の合意と株主名簿の書換え(対抗要件にすぎない)のみで成立する点と大きく異なります。ドイツのGmbH買収では、公証という第三者の介入がなければ取引自体が無効となる可能性があるため、日本の法務担当者がドイツM&Aのプロセスを設計する上で、取引の完了(クロージング)時期を決定する際の重要な制約となります。 

さらに、GmbHの取締役は、持分(Geschäftsanteile)の譲渡により株主の構成や持分割合に変更が生じた場合、遅滞なく商業登記簿に保管されている株主名簿(Gesellschafterliste)を更新する義務を負います。この名簿は、会社の所在地を管轄する登記裁判所に付属する商業登記簿に記載され、誰でも閲覧可能です。公証人は、株主名簿の作成と商業登記所への提出を代行します。

事業譲渡(アセット・ディール)

事業譲渡は、買収者が対象会社の個々の資産(不動産、機械、契約関係、知的財産権など)を特定して取得するスキームです。ドイツM&Aの約20%を占める手法です。最大のメリットは、買収者が引き継ぐ資産と負債を厳格に選択できる「チェリー・ピッキング」が可能である点です。これにより、買収者は簿外債務などの潜在的リスクを排除することができます。

しかし、デメリットとして、個々の資産の移転に膨大な手続きと時間、そして第三者の同意が必要となる点が挙げられます。特に、賃貸借契約やサプライヤーとの契約など、重要な契約関係を承継するためには、相手方の承諾が必須です。

税務上の論点も複雑です。事業譲渡の場合、取得した有形・無形資産の評価額が見直され、税務上の減価償却費が増加し、買い手にとって税務メリットが生じる場合があります。一方、不動産が譲渡される場合は、不動産取得税(Real Estate Transfer Tax, RETT)が課される可能性があります。また、事業譲渡は原則として付加価値税(Value-Added Tax, VAT)の対象となりますが、事業全体を一括して譲渡する場合には非課税となります。

事業譲渡における従業員承継

事業譲渡において日本企業が最も注意すべき点は、ドイツ民法典第613a条(§ 613a BGB)が定める従業員の自動承継ルールです。日本の事業譲渡では、従業員の雇用契約を承継するためには個別の同意が必要ですが、ドイツでは、事業(Betrieb)または事業の一部(Betriebsteil)が同一性を維持して買収者に承継される場合、その事業に所属する全従業員の雇用契約は、法律の作用により自動的に買収者へ移転します。これは、日本の民法第625条が従業員の承諾を要求する点と明確に異なります。

この自動承継の原則に対し、従業員は、事業譲渡に関する書面による適切な情報提供を受けた後、1ヶ月以内に異議を申し立てる権利を有します。従業員が異議を申し立てた場合、雇用関係は元の雇用主に残ることになります。買収者は、譲渡時点で存在するすべての雇用関連の義務や負債(未払い賃金、有給休暇など)を引き継ぎます。

この異議申立権の行使期限は、書面による適切な情報提供がなされた時点から1ヶ月ですが、この情報提供が不適切であった場合、異議申立権は長期にわたり存続しうるという判例法理が形成されています。例えば、連邦労働裁判所(Bundesarbeitsgericht)は、従業員が7年間新会社で勤務した後でも、情報提供の不備を理由に異議を申し立てることを認めた判例が存在します。これにより、買収者は従業員承継に関する情報提供プロセスを厳格に管理する義務を負います。 

日本の法務担当者が事業譲渡を検討する際、従業員の承継を個別に選別できる日本法とは異なり、ドイツ法ではそれができません。このため、買収者は、譲渡対象事業に紐づくすべての雇用関係、特に潜在的な労使紛争や未払いの債務まで引き継ぐリスクを負います。また、異議申立権を行使した従業員が、事業運営に不可欠な重要な技術者や管理職であった場合、その事業の価値が著しく損なわれる可能性も無視できません。これは単なる労働法上の手続きではなく、M&Aの成功を左右する重大な商業的リスクであると理解すべきでしょう。 

ドイツの対内直接投資規制法制

ドイツの対内直接投資規制法制

外国直接投資規制(FDI)の概要と法的根拠

ドイツの対内直接投資規制は、対外経済法(Außenwirtschaftsgesetz, AWG)および対外経済令(Außenwirtschaftsverordnung, AWV)に基づき、連邦経済・気候保護省(Bundesministerium für Wirtschaft und Klimaschutz, BMWK)が所管しています。この制度は、EU圏外からの投資家によるドイツ企業買収が、ドイツやEUの公の秩序・安全保障を「著しく損なう危険性」または「悪影響を及ぼす可能性」があるか審査することを目的としています。

2018年には、重要インフラに対するFDI閾値が25%から10%に引き下げられ、その後も対象分野が拡大しています。さらに、2020年には審査基準が「実質的かつ深刻な危険」から「悪影響を及ぼす可能性」へと変更されました。この一連の法改正は、単なる手続き変更ではなく、EU全体で外国投資への警戒感が高まり、特に重要技術やインフラへの海外からの影響力増大を阻止しようとする明確な政策的意図が背景にあると考えられます。この政策変更が直接的な原因となり、2019年から2024年にかけてFDI審査件数が倍増しているという事実が、その影響力を物語っています。

審査の対象となる取引と議決権比率の閾値

ドイツのFDI審査は、業種特定的審査(Sector-specific review)業種横断的審査(Cross-sector review)の二つに大別されます。

  • 業種特定的審査:防衛・軍事技術、暗号技術など、特に機密性の高い分野の企業が対象となります。この審査は、ドイツ国外の全ての投資家(EU/EFTA域内の投資家も含む)による議決権10%以上の取得が強制的な届出義務の対象となります。
  • 業種横断的審査:これ以外の、重要インフラ(エネルギー、水、金融、ヘルスケア、運輸、通信など)を含む幅広い分野が対象となります。この審査は、非EU/EFTA圏の投資家による買収に適用されます。議決権の取得比率に応じて、以下の閾値が設定されています。
    • 10%以上:特に重要な7つの重要インフラ分野。
    • 20%以上:その他の重要インフラ分野やハイテク産業(半導体、AIソフト、ロボティクスなど)。 
    • 25%以上:上記以外の全ての分野。この閾値は「公の秩序・安全保障」を損なう可能性を審査するための基準であり、任意の届出も可能です。

さらに、初回の届出・承認後も、議決権比率が20%、25%、40%、50%、75%を超えるごとに、追加の届出が必要となります。

審査手続と取引上の影響

強制的な届出が必要な取引は、BMWKの承認が下りるまでクロージング(取引完了)が禁止される「スタンドスティル(取引停止)義務」が課されます。この義務に違反した場合、取引は一時的に無効とされ、最大5年の懲役または罰金が科される可能性があります。

審査期間は、一次審査(Phase I)が最長2ヶ月、二次審査(Phase II)が最長4ヶ月と規定されています。ただし、多くのケースは40日以内に承認されています。このスタンドスティル義務は、M&AのクロージングをFDI承認取得まで待つことを意味し、日本の法務担当者が慣れ親しんだスケジュール感とは異なり、取引全体のタイムラインに直接的な影響を及ぼすリスクとなります。M&Aの成功にはスピードも重要ですが、ドイツではFDI審査が完了するまで取引を強行することはできません。このため、クロージングの前提条件(CPs)にFDI承認を含めるなど、契約上の工夫が不可欠となります。 

判例・事例による投資規制の実務

ドイツ政府がどのような判断基準で審査を行うかについては、具体的な事例から読み解くことができます。

  • 中国企業によるコンテナ港買収事例:中国企業による港湾コンテナターミナル買収において、ドイツ政府は買収後の議決権比率を25%未満に抑えることを条件として一部承認しました。これにより、中国企業は戦略的な意思決定に対する拒否権(ブロッキング・マイノリティ)を持つことができなくなりました。 
  • 中国企業による半導体・軍事部品サプライヤー買収事例:ドイツ政府は、半導体製造に不可欠な高純度金属や、軍事用赤外線検出器に使用されるゲルマニウムのサプライヤーに対する中国企業による買収を禁止しました。

これらの事例は、ドイツ政府が単なる所有権の移転だけでなく、サプライチェーンの脆弱性や重要技術の国外流出といった安全保障上のリスクを厳格に審査していることを示しています。

以下に、ドイツの対内直接投資規制(FDI)における審査要件と閾値を整理します。

該当分野投資家の国籍議決権比率の閾値審査の性質
業種特定的審査防衛・軍事技術、暗号技術 ドイツ国外の全ての投資家 10%以上 強制的な届出義務 
業種横断的審査重要な7つの重要インフラ(エネルギー、水、金融、通信など) 非EU/EFTA圏の投資家 10%以上 強制的な届出義務 
業種横断的審査その他の重要インフラやハイテク産業(半導体、AIなど) 非EU/EFTA圏の投資家 20%以上 強制的な届出義務 
業種横断的審査上記以外の全ての分野 非EU/EFTA圏の投資家 25%以上 任意届出(審査の可能性あり) 

ドイツ法と日本法の比較

担保法制における「付従性」と「非付従性」

日本の法律には存在しない、ドイツ法特有の担保概念として、付従性担保権(Akzessorische Sicherheiten)非付従性担保権(nicht akzessorische Sicherheiten)があります。付従性担保権は、被担保債権の存在にその効力が従属するため、債権が消滅すれば担保権も自動的に消滅します。一方、非付従性担保権は被担保債権から独立して存在するため、債権の有無にかかわらず単独で存続することができます。

日本の担保法は、原則として付従性の概念に基づいています。ドイツでは、株式への担保設定は付従性担保のみが認められるなど、その性質によって担保を設定できる形式が異なります。この違いは、買収ファイナンスにおいて、特に複数の金融機関が関与するシンジケートローンなどの構成を検討する際に極めて重要な影響を及ぼします。非付従性担保権は、被担保債権から独立して存在するため、債権が複数の金融機関間で移転しても、担保権の移転手続きを別途行う必要がありません。この法制度の違いは、ローン債権を二次市場で流通させる際の容易さに直接影響し、ひいては買収ファイナンスの組成そのものに影響を及ぼす可能性があると言えます。日本の法務担当者は、単に担保を設定すれば良いという考えではなく、ドイツ法における担保の性質を理解した上で、ファイナンスのストラクチャーを設計する必要があります。 

保証契約

日本の商取引実務では、保証人に対し、主債務者への催告の抗弁権や検索の抗弁権を放棄させる「連帯保証」が一般的です。ドイツ法も「Garantie」や「Bürgschaft」を認めますが、判例上、金融機関や保険会社以外の企業が第一請求(first demand)型の保証を引き受けることについては、その有効性が争われる余地があるとされています。

包括担保

日本の法律には、米国や英国の「フローティングチャージ(floating charge)」のような、会社が保有する全ての資産を包括的に担保に供する「包括担保」の概念は存在しません。同様に、ドイツ法にも包括担保の概念は存在しないため、買収ファイナンスにおいて担保を設定する際には、個々の資産を特定して設定する必要があり、この点で実務がより煩雑になります。

まとめ

ドイツでのM&Aを成功させるためには、日本の経営者や法務部員が慣れ親しんだ法制度とは異なる、ドイツ固有の法務上のルールを事前に深く理解しておくことが不可欠です。特に、事業譲渡における従業員の自動承継ルール、特定の分野における厳しい対内直接投資規制、そして買収ファイナンスを巡る担保法制の違いは、M&Aの成否を左右する重要なリスク要因となります。これらの複雑な法務課題に対し、当事務所は、ドイツの法務実務に精通した専門家として、皆様をサポートいたします。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

カテゴリー: IT・ベンチャーの企業法務

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