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法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

IT・ベンチャーの企業法務

補助金の不正受給が無罪になる境界線を示した秋田地裁昭和39年5月13日判決

近年、事業再構築補助金やIT導入補助金、人材開発支援助成金など、各種補助金・助成金の不正受給に関する報道が相次ぎ、社会的関心が高まっています。特に、コンサルタントの指南に従って虚偽の申請をしてしまった、あるいは工事費や購入費用を水増しして申告した結果、行政調査の対象となった事業主の方々は、刑事訴追や法人名の公表といった重大なリスクを前に不安を抱えているのではないでしょうか。

補助金等の不正受給は、悪質性が高い場合、補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律(以下、補助金法)違反や刑法上の詐欺罪に問われる犯罪行為です。しかし、形式的に虚偽の書類を提出し、不正の手段を用いたと認定されたとしても、すべてのケースで刑事責任が成立するわけではありません。

この法的境界線を示した極めて重要な裁判例として、昭和39年(1964年)に下された秋田地裁の判決が存在します。この判決は、当時の自治体のトップが工事費を水増しして補助金を受け取ったにもかかわらず、最終的に無罪が言い渡されたというものです。

本記事では、この秋田地裁の判決を分析し、補助金や助成金の不正受給を行っても刑事責任を問われないという条件について解説します。先に結論を述べれば、裁判所は、刑事責任の分水嶺は、単なる書類の真偽ではなく、「国の財政的利益に対する実質的な損害の有無」にあるという基準を示しました。

補助金不正受給における「刑事責任」

補助金法第29条第1項と詐欺罪

不正受給行為が犯罪として処罰される根拠は、補助金法第29条第1項に定められています。この条文は、「不正の手段により補助金等の交付を受け」た場合を罰するものであり、刑法上の詐欺罪(10年以下の拘禁刑)の構成要件を包摂する特別規定として機能すると解釈されています。

補助金法が保護する「法益」とは何か

この判決において、裁判所は補助金法第29条第1項が規定する刑罰の目的を明確に定義しています。それは、単なる補助金行政の秩序や手続きの公正一般を守るためではなく、「国の財政的利益を保護法益としてその侵害を処罰する趣旨」であると述べています。

この解釈は、単なる行政手続き上の違反や、抽象的な行政秩序に対する危険性のみを処罰するものではないことを示しています。この考え方は、補助金法が未遂罪の規定を欠くこと(未遂の場合は詐欺未遂としても罰し得ない)や、別途、補助行政運営上の重要な手続き違反に対しては法第31条などの罰則が設けられていることからも裏付けられます。

つまり、形式的に虚偽の申請書類を作成したとしても、「国の財政的利益」に対する現実的かつ具体的な損害が発生していない限り、補助金法第29条第1項の刑事責任は成立しないという、極めて限定的な解釈が示されたのです。

本件補助金不正受給の事案の概要

本件の事案の概要

被告人の立場

本件は、昭和26年より市政全般を掌理する大館市の市長と、昭和28年より教育施設の管理業務を掌理する大館市の教育長という、当時の行政トップが被告人となった事件です。

両被告人は、市の助役や財政課長らと共謀の上、市立小中学校の屋内運動場や校舎の新増改築工事に関する国庫負担金及び補助金(本件補助金)を不正に受給しようと企てたとして、補助金法違反で訴追されました。

検察官が主張した不正スキーム

本件で問題となった補助金等の交付規定では、対象となる事業費の算定に関して、文部省や農林省所定の「坪当り基準単価」が用いられていました。この規定に基づき、工事費が基準単価を上回る場合は基準単価に基づいて、下回る場合は実施工事費に基づいて補助額が決定される仕組みとなっていました。

公訴事実によれば、被告人らは、複数の学校工事において、実際の坪当り工事実施単価が基準単価を下回っていたにもかかわらず、工事費を基準額以上に要したように偽り、補助金等の不正交付を受けようと企てたとされました。

具体的な不正手段として、災害復旧国庫負担金請求書や公立小中学校建物整備費補助金請求書に、請負工事費を水増しした虚偽内容の報告書や、虚偽の請負契約書写し、設計書などを添付して提出したことが挙げられました。検察官は、これにより被告人らが正当に受領し得べき補助金額との差額、合計50万円以上(当時の金額)を不正に受領したと主張しました。

補助金交付における「正当な金額」の算出根拠

補助金決定の原則と基準単価

裁判所は、まず本件補助金の金額がどのように決定されたかについて、補助機関である文部省及び農林省の査定基準を詳細に認定しました。

補助金の算出方式は、基本的に「基準単価」に事業対象坪数を乗じたものを基礎とし、これに所定の補助率を乗じるというものでした。

ここで重要なのは、実施工事単価が基準単価以上であれば基準単価を基礎として決定されますが、「逆に実施工事単価が基準単価に満たないときは、該実施工事単価を基準単価に置換えて算出された金額に決定される」というルールです。

「受給資格を欠く」かどうかの分水嶺

このルールは、本件補助金が「各補助事業の坪当り工事費が基準単価に達することを前提として交付されたもの」であることを示します。

したがって、裁判所は、「坪当り工事費が基準単価に達しない場合はその差に相当する分につき受給資格を欠くこととなる」と認定しました。検察官の主張は、まさにこの「受給資格を欠く分」を、虚偽の申請によって受け取ったことが犯罪であるという論理に基づいていたのです。

この論理構造は、最近社会問題となっている不正受給、例えばコンサルタントがキックバックを行うことで「実質無料」を謳うスキームにも通じます。現代のスキームでは、事業主が実質的に負担した費用が補助金対象要件を満たさない(すなわち、受給資格を欠く)ことが問題となります。このため、事業主が刑事責任を免れるためには、本判決の論理と同様に、実質的に、補助金交付の根拠となる基準額以上の支出を自ら行っていたことを立証できるかどうかが鍵となると思われます。

裁判所による補助金法第29条第1項の限定的解釈

裁判所が無罪を導いた法解釈

裁判所は、被告人らが水増しを含む不実の記載ある書類を交付機関に提出した事実(形式的な不正手段を用いた事実)を認めつつも、その行為が法第29条第1項の構成要件を充足しないと結論付けました。

裁判所が示した、補助金法第29条第1項の適用範囲に関する限定的な解釈は、補助金不正受給事件における刑事責任の境界線を示すものとして極めて重要であり、以下のように述べています。

右法条に該当する不正手段によつて補助金等の交付を受ける罪の成立するのは、不正手段によつて、本来補助金等、間接補助金等の交付を受け、或は当該事業等に本来交付さるべき金額を超えた金額の補助金等の交付を受けることを指し、たとえ、不正と目すべき手段が講じられても補助金等、間接補助金等を交付さるべき資格ある事業等について正当な金額の交付を受けた場合はこれに含まれないと解すべきである。

秋田地裁昭和39年5月13日判決

財政的損失がなければ犯罪ではないという論理

この限定的な解釈の背後にある論理は、補助金法が国の財政的利益を保護対象としていることに尽きます。不正な手段が用いられたとしても、結果として交付された金額が客観的に見て正当なものであったならば、「交付に係る補助金は国の財政目的にて支出されたのであつて、国に於て財政上の損失を生ずることがないからである」。

この判決は、「虚偽の書類提出=犯罪」という形式的な図式を否定し、虚偽の書類提出であっても、結果として交付された金額が実質的なコストに基づき正当なものであったならば、国の財政的利益は侵害されておらず、刑事責任は成立しないという実質的な経済効果を重視しました。

補助金不正受給における刑事責任の分水嶺

刑事責任の分水嶺

実施工事費の厳密な再計算

裁判所が最終的に無罪を導いた決定的な根拠は、検察官が主張した「工事費が基準単価を下回っていた」という事実認定を、裁判所自身の厳密な証拠調べによって覆した点にあります。

補助金の交付の正当性を判断するため、裁判所は、単に被告人らが提出した請負契約書上の金額ではなく、実質的に当該事業に要したすべての費用を細部にわたって算入し、再計算を行いました。

裁判所が認めた「実施工事費」の認定

裁判所は、実施工事費の範囲について、補助金交付の趣旨に照らし、極めて広範囲に認定しました。

実施工事費は、請負工事費か直営工事費かを問わず、また、建物の主体工事費だけでなく、「附帯工事費」をも含むべきであると判断されました。ここでいう附帯工事費には、塗装、電気、給水、渡り廊下の建設などの諸工事が含まれます。

さらに、工事施行に際し、市から請負業者に無償で支給された建築資材の価格も、工事費に算入されるべきであると判断されました。例えば、第一中学校屋内運動場の工事では、市が無償で支給した古材や砂利栗石の見積価格、電灯設備工事費、ポンプ小屋移設などの附帯工事費を合算しています。

すべての補助事業で基準単価を「超過」していた事実の確定

裁判所が、これらの実質的な費用(追加工事費、無償支給資材の見積価格、附帯工事費など)を積算し、坪当り単価を再計算した結果、公訴事実において基準単価を下回っていたとされたすべての事業において、実質的な坪当り工事費が基準単価を上回っていたことが明らかになりました。

以下の表は、検察官の主張と、裁判所が詳細な証拠調査の末に認定した実質コストの対比を示しています。

補助対象事業公訴事実での主張 (請負費ベース)裁判所認定の実質総工事費 (坪単価)基準単価最終的な認定結果
第一中学校屋内運動場38,000円/坪(基準単価を下回る)8,301,548円 (40,693円/坪)40,000円/坪基準単価を超過
成章中学校屋内運動場38,400円/坪(基準単価を下回る)7,249,849円 (41,809円/坪)40,000円/坪基準単価を超過
長木中学校屋内運動場25,000円/坪(基準単価を下回る)3,291,161円 (28,129円/坪)27,400円/坪基準単価を超過
第一中学校校舎増築25,300円/坪(基準単価を下回る)2,852,230円 (26,409円/坪)26,400円/坪基準単価を超過
釈迦内小学校校舎改築25,400円/坪(基準単価を下回る)2,709,000円 (26,917円/坪)26,400円/坪基準単価を超過
成章小学校葛原分校24,300円/坪(基準単価を下回る)1,828,044円 (26,493円/坪)26,100円/坪基準単価を超過

すべての事業で実質コストが基準単価を超過していた以上、交付された補助金は「客観的にも正当な金額であつて、その交付の結果国に財政的損害を与えたといえない」ため、被告人らの行為は法第29条第1項の構成要件を充足しないと結論付けられました。

この事実認定は、検察官が提出された虚偽の証拠(水増しされた契約書)のみに基づき訴追したのに対し、裁判所が広範な証拠(入札条件、供述調書、実況見分調書、見積書など)を詳細に検討し、客観的な経済的実態を徹底的に追求した、という違いによるものです。

虚偽記載はなぜ無罪にならないのか

行政法上の問題点

裁判所は、被告人らが水増し記載のある書類を提出したという不正手段を用いたことについて、その関与を強く疑いつつも、最終的な無罪判決の直前で、以下のようにその行為の性質を述べています。

虚偽記載は「もとより行政上徳義上の見地からは非難を免れないところであろう」。すなわち、形式的な不正手段自体は依然として補助金行政上の問題であり、行政指導や補助金の交付決定の取り消し(法第17条)、返還命令(法第18条)の対象となる可能性は否定されていません。

しかし、裁判所は、行政上の手続き違反と、国の財政的利益の侵害という刑事責任の要件を厳格に峻別しました。

検察官のその他の主張と退けられた論理

検察官は、上記の水増し主張の他にも、複数の論点を提示しましたが、裁判所はいずれも法第29条第1項の成立を否定する理由にはならないと判断しています。

例えば、検察官は、事業の年度内遂行が条件であるにもかかわらず、一部工事が年度経過後(僅か数ヶ月の遅滞)に実施された点を指摘しました。これに対し、裁判所は、遅滞の原因が当時の大館市が度重なる大火に見舞われ、業務が著しく停滞していたという「巳むをえない事情」によるものであったと認定しました。

裁判所は、この程度の遅滞をもって直ちに交付補助金の額に相当する国への損害が生じたと認定し、刑事責任を問うのは「木を見て森を見ざるの類行政の実体を忘失して法の枝葉末節に走った見解」であり、行き過ぎであると反論しました。

また、検察官は水増し分に相当する金額が市の一般財源に流用されたこと(補助目的外流用)も指摘しましたが、裁判所は、仮に流用目的があったとしても、それは法第30条違反(補助目的外使用罪)に問うべき問題であり、法第29条第1項の不正受給罪の構成要件とはならないと、罪の構成要件を厳格に峻別しました。

この判断は、事業主が不正受給疑惑に直面した場合、行政上のペナルティと刑事責任のラインを弁護士と共に明確に峻別し、防御戦略を立てることの重要性を示しています。

補助金法29条1項 違反(刑事責任)その他の責任(行政/道義的)本判決の判断
虚偽書類の提出(水増し)成立しない行政上の非難、道義上の問題手段の不正は認めるが、構成要件不充足
本来交付されるべき額を超過した交付成立する交付取消し、返還命令国の財政的利益を侵害した場合
補助年度経過後の支出成立しない交付取消し、行政指導財政効率の阻害に留まる
補助金の目的外流用成立しない(別罪の可能性あり)補助目的外使用罪(法30条)の可能性法29条1項の構成要件とは異なる

本判決から学ぶ事業主への補助金不正受給に関する教訓

本判決が示した原則

秋田地裁の判決が確立した最も重要な原則は、「形式的な不正手段の有無」と「補助金を受ける実質的な権利の有無」は切り離して検討されるべきという点です。

現代の不正受給疑惑においても、この実質的判断基準は生きています。事業主が刑事責任を回避できるかどうかは、以下の二点を弁護士と協力して徹底的に立証できるかにかかっています。

  1. 対象事業自体が補助要件を満たす資格を有していたこと。
  2. 虚偽記載があったとしても、最終的に受け取った補助金額が、実際にかかった正当な費用(実質的コスト)を超えておらず、国に財政的損失を与えていないこと。

現代における「実質的コスト」立証の困難性

もっとも、本件判決では、市が実質的に資材や附帯工事費を支出していたことが立証されましたが、現代の補助金不正受給事案、特にコンサルタントによるキックバックを伴う「実質無料スキーム」においては、「実質的コスト」の立証はより困難になります。

キックバックにより事業主が負担する費用が大幅に軽減されている場合、事業主が正当に負担した正費用の額(実質的コスト)は、補助金交付の根拠となる基準額を大きく下回る可能性が高くなります。この場合、「本来交付されるべき金額を超えた金額の交付を受けた」と認定されやすく、国の財政的損失が容易に認定され、法第29条第1項の不正受給罪が成立するリスクが高まります。

不正受給疑惑に直面した際の初期対応の重要性

不正受給の疑いに直面した場合、事業主が取るべき初期行動は、刑事責任の成立要件(国の財政的損失の有無)を強く意識した法的防御体制を速やかに構築することです。また、不正な利得があったことが明らかで、国の財政的損失が認められる場合は、捜査機関が動く前に自主的に返還を行うことで、刑事手続き上の処分を軽減する道を探ることも重要です。

こうした分析と、行政・刑事リスクを峻別した戦略的な法的知見なくして、無罪の分水嶺を越えることは極めて難しいのが実情です。

まとめ:補助金不正受給に関する相談は弁護士へ

本記事で解説した秋田地裁の判決は、補助金不正受給の刑事責任が、単に申請書に虚偽記載があったという形式的な事実ではなく、「結果として国に財政的な損失を与えたかどうか」という実質的な判断基準に基づいていることを示しました。

しかし、この判決の論理を現代の事案に適用し、「実質的に正当な金額の交付を受けたに過ぎない」という事実を立証するためには、当時の裁判所が示したように、実施工事費の認定範囲を徹底的に再検証する分析と、補助金法の構成要件に特化した専門的な法的知見が不可欠です。特に、実質的な支出額が補助金対象要件を満たしていたことを証明するには、網羅的な証拠収集と論理構築が要求されます。

もし、補助金や助成金の不正受給疑惑に直面し、刑事訴追や法人名の公表リスクを懸念されているのであれば、補助金・助成金制度や、その対象となるもの(例えばIT導入補助金であれば導入対象であるITサービス等、リスキリング助成金であれば研修プログラム等)の内容を理解している専門家のサポートを、なるべく早く受けることが重要です。

当事務所による対策のご案内

モノリス法律事務所は、IT、特にインターネットと法律の両面に高い専門性を有する法律事務所です。当事務所では、東証プライム上場企業からベンチャー企業まで、ビジネスモデルや事業内容を深く理解した上で潜在的な法的リスクを洗い出し、リーガルサポートを行っております。下記記事にて詳細を記載しております。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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