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法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

IT・ベンチャーの企業法務

人材開発支援助成金の不正受給で懲役3年執行猶予4年となった岡山地判令和4年2月14日判決

新型コロナウイルス感染症の拡大期に支給要件が緩和された雇用調整助成金(雇調金)や、近年注目を集めるリスキリング(人材開発支援助成金)など、国の公的支援制度は多くの事業主にとって経営維持のための重要な手段となりました。しかし、その裏側で、「実質無料」や「キックバック」といった甘言を弄する悪質なコンサルタントによる不正受給の勧誘が横行し、意図せず公金を不正に受給してしまった企業や事業主が、刑事告発の不安を抱えながら日々を過ごしているのが現状でしょう。

補助金や助成金の不正受給は、単なる行政上のペナルティ(返還命令や加算金)ですむ問題ではありません。悪質性が認められた場合、それは刑法上の詐欺罪にあたり、拘禁刑を問われる重大な刑事犯罪です。そして、こうした不正受給で実際に有罪判決が下された例は、複数存在しています。

岡山地判令和4年2月14日判決の事件では、助成金の存在すら知らなかった企業の代表取締役らに対し、専門家である社会保険労務士が不正受給を積極的に勧めました。そして、訓練未実施にもかかわらず虚偽の日誌作成を指南し、さらにコロナ禍の休業実態がないにもかかわらず約520万円を繰り返して請求するなど、人材開発支援助成金および雇用調整助成金の不正受給(既遂・未遂合計約1,100万円)を行いました。これらの行為は詐欺罪に問われ、懲役3年・執行猶予4年の判決が下されました。

本記事では、この判決において、裁判所が不正受給の何を「悪質」と判断したのか、そして被告人らはいかにして実刑判決を回避し執行猶予を得たのかを解説します。

社会保険労務士と企業役員による詐欺事件の概要

社会保険労務士と企業役員による詐欺事件の概要

事案の当事者と経緯

本件は、助成金申請の専門家である社会保険労務士(以下、本件の社労士)と、その顧問先である有限会社aの経営陣が共謀して、合計約592万円の助成金を不正受給し、さらに約520万円の不正受給を試みた(未遂)事案です。

裁判で刑事責任を問われた主要な当事者は以下の通りです。

  1. 本件の社労士(被告人):クライアント企業の労働に関する申請書等の作成および提出の代行業務を行っていた専門家。この人物が裁判で「被告人」として起訴されました
  2. 企業の代表取締役:当該企業の代表取締役として、同社の業務全般を統括していた人物
  3. 企業の取締役と労働者:人材開発支援助成金の不正受給に関与した、当時の取締役および当時の労働者

裁判所は、本件の社労士と企業の代表取締役らが「役割分担の上、協力して行った」共同正犯であると認定しました。この「協力」という点が極めて重要であり、助成金申請の専門家が虚偽の申請書類を作成し、事業主がそれを承認・提出することで、共謀した全員が詐欺罪の刑事責任を負う根拠となりました。

不正のターゲットとなった二つの助成金制度

本件で不正受給の対象となったのは、性質の異なる二つの助成金制度でした。

  1. 人材開発支援助成金(職業訓練の助成):企業が労働者に対して職務に関連した専門的な知識や技能の習得をさせるための職業訓練を計画に沿って実施した場合に、訓練経費等を助成する制度です。本件の社労士は、この制度を利用して不正に現金をだまし取ろうと企図しました。
  2. 雇用調整助成金(休業手当の助成):新型コロナウイルス感染症の影響に伴う事業活動の縮小を理由として、従業員を休業させた場合に支払った休業手当の一部を助成する制度です。特に、本件の申請期間(令和2年6月〜令和3年5月)は、コロナ禍に対応するため支給要件が緩和され、審査過程が簡素化された特例措置の期間にあたります。この簡素化が悪用される結果となりました。

この判決が事業主にとって特に重要な教訓を持つのは、一つは専門家が主導した計画性の高い訓練助成金の不正、もう一つはコロナ特例の隙を突いた緊急性の高い雇用維持助成金の不正が複合している点です。複数の助成金制度に手を出し、かつ長期間にわたり多数回申請を繰り返す行為は、単発のミスではなく、裁判所で「計画的かつ職業的な犯行」として認定されるリスクが高いと言えます。

助成金虚偽申請の具体的な手口と金額

裁判所が認定した「罪となるべき事実」は、虚偽の申請書類を用いて労働局を欺いた行為、すなわち詐欺行為の詳細を示しています。

人材開発支援助成金における「訓練未実施」の偽装(既遂)

本件の社労士は、企業の代表取締役および取締役らと共謀し、まず人材開発支援助成金の不正受給に着手しました。

判決文によれば、「被告人,前記A(代表取締役)及び前記B(取締役)が前記C(労働者)に有期実習型訓練を実施した事実はないのに」、訓練を実施した旨を記載した内容虚偽の添付書類を提出しました。この添付書類には、本件の社労士(被告人)が作成を指南した虚偽の訓練日誌が含まれていました。

訓練の実施がなければ支給されない公金を、実際には訓練を行っていないにもかかわらず、虚偽の書類を作成して労働局の審査を欺き、結果として62万4520円をだまし取り、受給に至りました。

雇用調整助成金における「架空休業」の申請(既遂部分)

次に、本件の社労士と企業の代表取締役は、コロナ禍で特例措置が適用されていた雇用調整助成金を悪用しました。

社労士と企業の代表取締役は、真実は「有限会社aにおいて、同社従業員C, E, F及びGを対象として休業を実施した事実はなく、同人らに休業手当を支払った事実はないのに」、休業を実施し休業手当を支払ったように装いました。具体的には、内容虚偽の休業実績一覧表及び賃金台帳等の添付書類を雇用調整助成金支給申請書とともに、令和2年6月3日頃から同年11月10日頃までの間、6回にわたり労働局に提出しました。その結果、合計529万9931円の交付決定を受け、だまし取りました。

未遂に終わった詐欺行為

既遂分に続き、社労士と企業の代表取締役は、令和2年12月7日頃から令和3年5月26日頃までの間も、同様の手口でさらに6回にわたり申請を試みました。この未遂分で請求していた金額は、合計で520万515円でした。

しかし、この未遂分の申請は、労働局部職員らに「不正申請であることを見破られたため」、支払いが留保されることとなりました。

事業主がここで認識すべきは、不正が発覚し、審査中に支払いが留保されたとしても、刑罰の対象から逃れられないという点です。詐欺罪は、公金を交付されたかどうか(既遂)だけでなく、欺罔行為(虚偽書類の提出)を行った時点で未遂罪として成立します。本件では、受給に至らなかった約520万円の請求も、詐欺未遂罪として起訴され、有罪判決の対象となっています。早期の自主申告と取り下げが、刑事責任を問われるリスクを軽減するために不可欠となります。

人材開発支援助成金雇用調整助成金
不正の手口の概要訓練未実施にもかかわらず虚偽の訓練日誌等を作成。休業・休業手当未払いの架空申請。虚偽の賃金台帳等を作成。
既遂受給額(約)62万円530万円
未遂請求額(約)520万円
請求回数1回既遂6回、未遂6回

助成金不正受給における「専門家の主導」と「制度趣旨の悪用」

「専門家の主導」と「制度趣旨の悪用」

本判決の「量刑の理由」において、裁判所が不正受給を極めて悪質な行為として評価し、重い刑事責任を負わせた判断基準は、不正の実行性だけでなく、その背後にある「動機」と「関与者の専門性」にありました。

計画的・職業的犯行としての評価

裁判所は、本件犯行全体を「会社側関係者と社労士が役割分担の上、協力して行った計画的かつ職業的な犯行」と断じました。特に、雇用調整助成金については、既遂分と未遂分合わせて合計12回にもわたり請求を繰り返しており、その反復性・常習性が「態様悪質である」と厳しく指摘されています。

不正受給額は既遂分で合計約592万円、未遂請求分を合わせると約1,100万円であり、この金額は「およそ看過できず、本件結果は重い」と評価されました。

社会保険労務士による積極的な犯行主導

助成金申請の専門家である本件の社労士の責任は、最も重く追及されました。裁判所は、助成金の種類によって、不正に手を染めるきっかけが異なっていたことを詳細に認定しています。

人材開発支援助成金については、本件の社労士が、助成金の存在も知らなかった企業の代表取締役らに不正受給を勧め、犯行を「積極的に犯行を主導している」と認定されました。

具体的には、本件の社会保険労務士(被告人)が「被告人が作る訓練計画のとおりに訓練をしたように適当に日誌を書けばよいという趣旨の話をして不正受給を勧め、日誌の内容も具体的に指南する」など、専門的知識を利用して犯行を先導したとされています。

経営悪化を背景とした企業側からの依頼

一方、雇用調整助成金の不正については、経緯が異なります。企業の代表取締役らは、新型コロナウイルス感染症の影響で経営が悪化していたところに、同業者が受給していると聞き及び、当初は正規の受給について相談をしました。その後、「職人が休業指示に従わずに出勤しているがこのまま申請してくれないか」と、企業の代表取締役側から依頼されて本件の社労士が応じたものであり、この点については社労士側は「受動的であった」と主張し、裁判所も「報酬欲しさから積極的に指南した犯行とは認められない」と一部認めました。

しかし、その動機やきっかけが何であれ、裁判所が下した結論は変わりません。本件の社労士が「専門的知識を利用して、虚偽の労務関係書類や申請書類を整えることで、不可欠な役割を果たしていることに変わりはない」として、専門家としての関与の重大性を認定し、この受動性の主張を退けました。

この点は、現在不安を抱える事業主にとって非常に重要な教訓となります。もし、悪質なコンサルタントや社会保険労務士に騙されて不正に加担してしまった場合でも、「専門家に言われるがままにやった」という主張は、自社の労務情報(勤務簿や賃金台帳)を提供したり、虚偽の内容を確認したりした事業主側の関与を覆すことにはなりません。裁判所から見れば、それは「役割分担」をした共犯者、すなわち共同正犯として扱われる可能性が高いのです。

コロナ特例を悪用した悪質性

雇用調整助成金に対する裁判所の評価も厳格です。新型コロナウイルス感染症の影響による特例措置は、従業員の雇用の維持を図るためのものでしたが、本件では「従業員を休業させた事実も、休業手当を支払った事実もないのに」、虚偽の申請が行われました。

裁判所は、この行為を「制度趣旨に反し、単に会社の運転資金の足しにすることを企図して、制度を悪用した犯行であり、悪質である」と断じました。本来、公金で賄われるべき助成金を私益のために悪用し、公金に対する信頼を損なった行為は、「同種犯行を防止するという一般予防の見地も無視できない」として、厳罰化の必要性が示されました。

結論として、社会保険労務士という「社会的に責任ある立場にありながら、助成金の制度を軽んじて」犯行に及び、「職業的倫理観に乏しかった」と評価された本件の社労士は、「社労士に対する信頼をも損なった本件犯情は悪く、本件の社会保険労務士の刑事責任は重い」と結論付けられました。

懲役3年・執行猶予4年の判決と法的根拠

執行猶予(4年間)が付された理由

裁判所は、上記の悪質性を重くみて、詐欺罪(刑法第246条第1項)および詐欺未遂罪(刑法第250条)を適用し、主文として「被告人を懲役3年に処する」とした後、「この裁判が確定した日から4年間その刑の執行を猶予する」と付されました。

この執行猶予を獲得する上で、裁判所が最も重視し、量刑判断の決定的な分岐点となったのは、被害回復の状況でした。

裁判所は、量刑の理由の最後に、以下の事実に触れています。

本件の財産的損害については、A(代表取締役)がb労働局に本件被害金及び延滞金の全額を返還し、被告人(社労士)も報酬割合に相当する2割を負担しており、協力して被害額全部の回復が図られている

岡山地判令和4年2月14日判決

そして、「このような被害弁償状況に照らすと、本件は、刑の執行猶予もあり得る事案というべきである」と評価し、被害の全額返還(延滞金を含む)が、この重罪において実刑を回避する最大の要因であったことを示しました。

その他の酌むべき一般情状

被害回復に加えて、以下の情状も、執行猶予を付すための「酌むべき事情」として考慮されました。

  • 本件の社労士が事実を認めて反省の態度を示していること
  • 社会的な責任を取るため、社会保険労務士登録を抹消していること(社労士にとって不正が公になることは、この登録抹消という最も重い行政処分を意味します)
  • 本件の社労士の妻が出廷し、今後の監督と更生への協力を約束していること
  • 友人である税理士や顧問先であった会社経営者の友人が出廷し、更生を支援する旨を約束していること
  • 本件の社労士に懲役前科がないこと

裁判所の判断構造を見ると、「悪質性」(計画性、専門家の関与、制度悪用)から導かれる重い刑事責任(懲役3年相当)に対し、「被害の回復状況」が、その刑の執行を猶予する決定的な要素として働いたことがわかります。事業主が今、最も注力すべきは、反省の態度を示すこと以上に、いかに迅速かつ完全に被害金額(延滞金含む)の全額を労働局に返還するかという被害回復戦略であると言えます。

刑事責任が重くなる理由酌むべき事情
行為態様計画的かつ職業的犯行(役割分担)
関与者専門家(社労士)による積極的な主導社労士登録の抹消
動機コロナ特例を悪用し、会社の運転資金に充当
結果既遂額約592万円、未遂請求額約520万円と多額被害金及び延滞金の全額を返還した
一般情状制度を軽んじた職業的倫理観の欠如反省の態度、家族・友人の更生支援の約束、前科なし

助成金不正受給の自己申告と弁護士の役割

自己申告と弁護士の役割

被害回復の緊急性

この岡山地裁の判決は、助成金の不正受給が刑事事件として立件され、懲役刑という重い判決が下される現実を示しました。しかし、同時に、不正に関与した者が協力し、自主的な被害回復を完了させることが、実刑を回避し、執行猶予を獲得するために重要であることを示しています。

不安を抱える事業主が今、最も警戒すべきことは、不正を指南した専門家(コンサルタントや社労士)が、自身の専門資格の取消し処分(社労士登録の抹消など)を恐れて、貴社に対し「黙っておけば大丈夫」「自己申告はするべきではない」と説得してくるケースです。これは、貴社を守るためではなく、コンサルタントや社労士自身の保身が目的であり、貴社の法的リスクを極限まで高める危険なアドバイスだと言わざるを得ません。

労働局や警察による調査が本格的に開始され、刑事告発に至ってしまった場合、事態は極めて深刻化します。最悪の事態(代表者個人の実刑判決、企業の存続危機)を避けるためには、時間が最大の敵です。

刑事告発を回避するための「自主申告」

多くの事業主は、「実質無料」「キックバック」といった悪質な支援事業者の勧誘に乗り、複雑な制度の理解不足から意図せず犯罪行為に加担させられたという「被害者」の側面も持っています。しかし、虚偽申請を行ったという事実は、この判決の通り詐欺罪として断罪されます。

この危機を脱するために最も効果的な戦略が、社労士の保身による黙秘の勧めを断ち切り、「自主申告」を速やかに実行することです。自主申告には、以下のようなメリットがあります。

  1. 刑事告発の回避または軽減:調査前に自ら不正の事実を認め、被害の全額を返還する意思と行動を示すことで、当局に対し、不正を隠蔽する意図がないことを証明できます。これにより、刑事告発を回避できる可能性、または告発されたとしても情状面で有利に働く可能性が高まります。
  2. 延滞金や違約金の軽減交渉:弁護士が仲介することで、返還計画や延滞金・違約金の取り扱いについて、当局と建設的な交渉を行うことができるため、金銭的な負担を計画的に処理できます。
  3. 企業の社会的信頼維持:誠実かつ迅速な自主申告と被害回復の姿勢は、その後の行政処分(指名停止や公表など)の判断において有利に考慮され、企業の社会的信用へのダメージを最小限に抑えることに繋がります。

まとめ:助成金不正受給は迅速な自主申告と被害回復が重要

岡山地裁の判決は、助成金不正受給が、専門家の関与や多数回の申請により、「計画的かつ職業的な詐欺罪」として厳しく断罪される現実を突きつけました。既遂・未遂合わせて約1,100万円に及ぶ不正請求に対し、懲役3年という重い判決が下されたこの事案は、不安を抱える事業主にとって決して他人事ではありません。

しかし、この判決は同時に、被害金と延滞金の全額返還が、実刑を回避し執行猶予を獲得するために重要であったことも示しています。不正受給は「知らなかった」では済まされませんが、危機を回避し、会社と代表者個人の未来を守る道は残されています。

実刑判決や企業の存続危機といった最悪の事態を避けるためには、専門家の保身による「黙秘」の勧めを断ち切り、一刻も早く弁護士にご相談いただき、自主申告および被害回復に向けた戦略的対応を開始することが必要です。

当事務所は、助成金の不正受給問題に関する実績と専門知識を持ち、事業主が直面する法的・経営的リスクを最小限に抑えるための最善の戦略を立案します。

当事務所による対策のご案内

モノリス法律事務所は、IT、特にインターネットと法律の両面に高い専門性を有する法律事務所です。当事務所では、東証プライム上場企業からベンチャー企業まで、ビジネスモデルや事業内容を深く理解した上で潜在的な法的リスクを洗い出し、リーガルサポートを行っております。下記記事にて詳細を記載しております。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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