ポーランドの民法・不動産法を弁護士が解説

ポーランド(正式名称、ポーランド共和国)は、欧州連合(EU)の加盟国として安定した政治経済基盤を有し、大陸法系の整備された法制度を持つことから、日本企業にとって魅力的な投資先の一つとなっています。特に不動産市場は、透明性の高い登記制度と投資家保護の仕組みが整備されており、活発な取引が行われています。しかし、その法制度には、日本の法務担当者が慣れ親しんだものとは異なる、特有の概念や手続きが存在します。
ポーランドの不動産法は、民法典を基礎とし、土地・抵当権登記簿法や建物所有法といった個別法によって規律されています。不動産取引においては、公証人が作成する公証人証書が絶対的な要件とされ、裁判所が管理する土地・抵当権登記簿は、日本の不動産登記制度が有する対抗力だけでなく、善意の取得者を強力に保護する「公信力」に類似した効力(信頼性の原則)が認められている点が大きな特徴です。
また、権利形態においても、所有権のような日本法と共通する概念に加え、「永代用益権」という公有地に関する独自の物権が存在します。これは単なる長期の賃借権とは異なり、譲渡や担保設定が可能な強力な権利です。さらに、不動産売買における売主の責任は、契約上の表明保証と、法律で定められた5年間の瑕疵担保責任という二重の構造で規律されており、買主は手厚く保護される一方で、環境汚染など特定の負債が新所有者に引き継がれるリスクも存在します。これらの法制度を正確に理解し、適切なデューデリジェンスを実施することが、ポーランドにおける不動産取引を成功に導く鍵となります。
本記事では、ポーランドでの事業展開や不動産投資を検討されている日本企業の経営者や法務部員の方々を対象に、同国の民法および不動産法の中核をなすテーマについて、日本法との比較を交えながら専門的な観点から解説します。
この記事の目次
ポーランド不動産法の基礎となる法体系
ポーランドの不動産法は、単一の法典に集約されているわけではなく、複数の成文法が相互に関連し合うことで体系を形成しています。これは日本の法体系と同様ですが、その中核をなす法律の役割と関係性を理解することが、全体像を把握する上で不可欠です。
まず、最も基本的な法源となるのがポーランド民法典(Kodeks cywilny)です。民法典は、不動産に関する権利の定義、内容、変動に関する一般原則を定めています。所有権や後述する永代用益権といった物権の基本的な性質、売買契約をはじめとする債権関係の規律、そして瑕疵担保責任を含む契約責任の根拠は、すべてこの民法典に規定されています。日本の民法が財産法の基本法であるのと同様の位置づけにあります。
次に、不動産取引の安全性を担保する上で極めて重要な役割を果たすのが、土地・抵当権登記簿法(Ustawa o księgach wieczystych i hipotece)です。この法律は、不動産の権利関係を公示する土地・抵当権登記簿の編成、登記手続き、そして登記の効力について詳細に定めています。また、不動産担保の最も一般的な形態である抵当権の設定、移転、消滅に関するルールもこの法律によって規律されています。これは、日本の不動産登記法と、民法上の抵当権に関する規定を統合したような役割を持つ法律と理解することができます。
さらに、集合住宅やオフィスビルなど、一つの建物内に複数の独立した区画が存在する場合の権利関係を規律するのが、建物所有法(Ustawa o własności lokali)です。この法律に基づき、個々の住戸や店舗といった専有部分について独立した所有権を確立することが可能となります。これに伴い、廊下やエレベーターといった共用部分の持分や、建物全体の管理組合の運営方法なども定められています。この法律は、日本の「建物の区分所有等に関する法律」(区分所有法)に相当するものです。
これらの主要な法律群は、民法典が定める物権や契約の一般原則を、登記法が公示と取引安全の側面から支え、建物所有法が現代的な不動産利用形態に対応するという、機能的に分化した重層的な構造を形成しています。この構造は、大陸法系の国々では一般的ですが、ある法的事象を検討する際には、民法典の条文だけでなく、関連する特別法の規定を横断的に確認する必要があることを示唆しています。日本企業がポーランドの不動産法務に取り組む際には、これらの法律間の相互作用を熟知した専門家の助言が不可欠となります。
ポーランド不動産に関する権利形態
ポーランドの不動産法には、日本法と同様の権利形態と、歴史的経緯から生まれた独自のものとが併存しています。特に、公有地の利用に関する「永代用益権」は、日本の法務担当者が理解すべき重要な概念です。
所有権 (Ownership – Własność)
ポーランド民法典における所有権は、法令および社会共存の原則の範囲内で、対象物を使用し(ius utendi)、収益を上げ(ius fruendi)、処分する(ius abutendi)ことができる、最も包括的かつ排他的な権利と定義されています。これは、日本の民法第206条が定める「法令ノ制限内ニ於テ自由ニ其所有物ノ使用、収益及処分ヲ為ス権利ヲ有ス」という所有権の定義と本質的に同じであり、絶対的な権利として位置づけられています。したがって、日本企業がポーランドで不動産の所有権を取得する場合、その権利の基本的な性質については、日本法における理解を前提として差し支えありません。
永代用益権 (Perpetual Usufruct – Użytkowanie wieczyste)
所有権とは対照的に、永代用益権はポーランドに特有の権利形態であり、日本法との比較において特に注意が必要です。
永代用益権は、国庫または地方自治体が所有する土地に関して設定される、長期の利用権です。期間は通常99年、例外的な場合でも40年以上と定められており、極めて長期にわたる安定した利用が保障されています。利用者は、その対価として毎年、土地評価額の1%から3%程度の利用料を所有者である公的主体に支払う義務を負います。
この権利の最も重要な特徴は、単なる長期の賃借権(日本法における借地権)とは異なり、物権(in rem right)として構成されている点です。永代用益権は土地・抵当権登記簿に登記され、所有者を含むあらゆる第三者に対してその権利を主張できます。さらに、所有権と同様に、自由に譲渡し、相続し、また抵当権を設定して融資を受けることも可能です。この点で、契約上の権利に過ぎない日本の借地権とは法的性質が根本的に異なります。日本の借地権も登記によって第三者対抗力を持ちますが、あくまで債権的な権利であり、永代用益権が持つ物権としての直接的・排他的な支配力とは一線を画します。
もう一つの際立った特徴は、永代用益権者がその土地上に建設した建物や施設の所有権を取得するという点です。これは、土地とその上の建物は一体として扱われるというローマ法以来の原則(superficies solo cedit)の重大な例外です。土地の所有権は公的主体に留保されたまま、建物は永代用益権者の完全な所有物となります。この建物所有権は、土地の永代用益権と一体としてのみ処分可能であり、分離して譲渡することはできません。
この永代用益権という制度は、土地の私有を制限する共産主義時代の思想を背景に導入されましたが、市場経済への移行に伴い、投資を促進するために所有権に近い強力な権能が付与されるようになりました。近年では、この歴史的制度を解消し、より一般的な私有財産制度に移行する動きが加速しています。2019年以降、住宅用地の永代用益権が法律によって自動的に所有権に転換され、2023年8月の法改正では、商業用地についても永代用益権者が公的主体に対して土地の買い取りを請求できる権利が認められるなど、制度の段階的な廃止が進められています。日本企業が永代用益権付きの不動産を検討する際には、それが単なるリースではなく、譲渡・担保設定が可能な強力な資産であると同時に、将来的に所有権へ転換しうる、過渡的な性質を持つ権利であることを理解しておく必要があります。
ポーランドにおける不動産取引のプロセスと登記制度

公証人証書による契約
ポーランドにおける不動産取引のプロセスは、取引の法的安定性と安全性を確保するための厳格な手続きによって特徴づけられます。その中心的な役割を担うのが、公証人制度と土地・抵当権登記簿制度です。
ポーランド法では、不動産の所有権または永代用益権の移転を目的とする契約は、公証人証書(notarial deed)の形式で作成されなければ、絶対的に無効となります。公証人は、単に当事者の署名を認証するだけではありません。当事者の本人確認、契約締結の意思と能力の確認、契約内容の適法性の審査、そして取引完了後には裁判所への登記申請書類の提出までを職務として行います。このように、国家が任命した法律専門家である公証人が取引プロセスに深く関与することで、手続きの初期段階から法的瑕疵が排除され、取引の信頼性が高められています。
土地・抵当権登記簿と信頼性の原則
取引の安全性を担保するもう一つの柱が、土地・抵当権登記簿(Księgi Wieczyste)です。これは、各不動産について地方裁判所が管理する公的な登記簿であり、不動産の物理的状況、所有権や永代用益権の帰属、抵当権や地役権といった負担の有無などが記録されています。登記簿はオンラインで公開されており、誰でもその内容を閲覧できるため、高い透明性が確保されています。
この登記制度の最も特筆すべき点は、信頼性の原則(Rękojmia wiary publicznej ksiąg wieczystych)と呼ばれる強力な効力が認められていることです。これは、登記簿の内容を信頼して善意で(つまり、登記簿の内容が真実の権利関係と異なることを知らずに)不動産に関する権利を取得した者は、たとえ登記名義人が真の権利者でなかったとしても、有効にその権利を取得できるという原則です。例えば、Aが詐欺によってBから不動産を取得し、自己名義で登記した後、その事実を知らないCに不動産を売却した場合、ポーランド法ではCが有効に所有権を取得します。最高裁判所は、この強力な保護が永代用益権の取得にも適用されることを判例で確認しています(最高裁判所 2011年2月15日判決 事件番号 III CZP 90/10)。
この点は、日本の不動産登記制度との決定的な違いです。日本の登記には、第三者に対して権利を主張するための対抗力(民法第177条)はありますが、登記に真実の権利関係を創出する公信力はありません。先の例で言えば、日本では、たとえCが善意無過失であっても、無権利者であるAから所有権を取得することはできず、真の所有者であるBが権利を主張すればCは敗訴します。これに対し、ポーランドの信頼性の原則は、登記を信頼した取引の相手方を保護することで、不動産取引の安全性を飛躍的に高めています。この制度は、20世紀の複雑な歴史的経緯から生じた権利関係の紛争を清算し、現代の市場経済における取引の円滑化を図るという政策的な要請から生まれたものであり、投資家にとっては非常に有利な法的環境と言えるでしょう。
日本企業が特に留意すべきポーランド不動産法の法的論点
ポーランドの不動産法は、取引の安全性を確保する強固な制度を持つ一方で、日本企業が取引に臨むにあたり、特に注意を払うべきいくつかの法的論点が存在します。デューデリジェンスの実施、売主の責任範囲の特定、そして潜在的な負債の承継リスクの評価がこれにあたります。
デューデリジェンスの重要性
前述の通り、土地・抵当権登記簿の信頼性の原則は、権原(タイトル)に関するリスクを大幅に低減させます。しかし、不動産取引に伴うリスクは権原に限りません。したがって、包括的なデューデリジェンスの実施は、日本での取引と同様、あるいはそれ以上に重要です。ポーランドにおける不動産デューデリジェンスでは、権原調査に加えて、主に以下の点が検証されます。
- ゾーニングおよび建築規制の遵守状況:対象不動産が地方の都市計画(ゾーニングプラン)に適合しているか、計画されている建築や事業活動が法的に可能かを確認します。
- 建築許可等の許認可:既存の建物が適法な建築許可に基づいて建設され、使用許可を取得しているかを確認します。
- 環境汚染:特に過去に工業用地として利用されていた土地については、土壌や地下水の汚染リスクを評価する必要があります。
- 旧所有者からの財産返還請求(Reprivatisation claims):第二次世界大戦後や共産主義時代に国家によって没収された不動産に関する、旧所有者やその相続人からの返還請求の可能性を調査します。
これらのリスクは登記簿からは判明しないため、専門家による詳細な調査が不可欠です。
売主の責任:表明保証と瑕疵担保
ポーランドの不動産売買において、売主の責任は、契約上の責任(表明保証)と法律上の責任(瑕疵担保)という二つの側面から規律されます。
表明保証(Representations and Warranties)は、英米法の実務に由来する概念ですが、契約自由の原則(民法典第353¹条)に基づき、ポーランドの不動産売買契約においても広く用いられています。契約書において、売主は、権原が適法であること、第三者の権利による負担がないこと、係争中の訴訟が存在しないこと、環境汚染がないことなど、不動産の法的・物理的状態に関する特定の事実が真実であることを表明し、保証します。これらの表明保証に違反があった場合、買主は契約に基づき損害賠償を請求したり、場合によっては契約を解除したりすることができます。
これとは別に、ポーランド民法典は、売主に対して法律上の瑕疵担保責任(Rękojmia za wady)を課しています。不動産の場合、この責任は目的物が買主に引き渡された日から5年間存続します(民法典第568条第1項)。これは極めて長い期間であり、買主を手厚く保護する規定です。物理的瑕疵には、目的物が契約上の用途に適さない場合や、売主が保証した性質を欠いている場合などが含まれます。例えば、契約書に記載された面積よりも実際の面積が小さい場合、これは物理的瑕疵に該当すると最高裁判所は判断しています。瑕疵が発見された場合、買主は代金減額請求や、瑕疵が重大な場合には契約の解除を求めることができます。
この二重の責任構造は、日本の契約不適合責任と類似の救済策を含みますが、5年という明確かつ長期の法定責任期間が定められている点が大きな特徴です。ただし、事業者間(B2B)の取引においては、この法定の瑕疵担保責任を契約によって軽減または免除することが可能です。そのため、買主としては、デューデリジェンスの結果を踏まえ、契約上の表明保証を可能な限り広範かつ強固なものとすることが、自らを保護する上で極めて重要となります。
負債の承継リスク
不動産の取得に伴い、前所有者の特定の負債が新所有者に引き継がれる可能性がある点にも留意が必要です。
特に重要なのが環境汚染に関する責任です。ポーランドの法律では、2007年4月30日より前に発生した土地汚染については、汚染を引き起こした者ではなく、現在の土地所有者が浄化義務を負う可能性があります。したがって、デューデリジェンスの過程で過去の土地利用履歴を調査し、汚染リスクを慎重に評価しなければ、予期せぬ浄化費用を負担する事態に陥りかねません。
また、永代用益権付きの不動産を取得する場合、設定契約に定められた土地の開発義務(例えば、特定の期間内に建物を建設する義務)は、新たな永代用益権者にそのまま承継されます。この義務を履行しない場合、追加の利用料支払いを命じられたり、最悪の場合には権利自体を失ったりするリスクがあります。
これらの承継責任リスクは、デューデリジェンスによって事前に特定し、売買契約書において売主による補償条項を設けるなど、適切なリスク配分を行うことで管理する必要があります。
まとめ
本稿では、ポーランドの民法および不動産法について、日本企業が事業展開を行う上で特に重要となる論点を中心に解説しました。ポーランドの不動産法制度は、公証人制度と、日本の登記制度が有する対抗力に加え、善意の取得者を保護する強力な「信頼性の原則」を備えた土地・抵当権登記簿制度という二つの柱によって支えられており、取引の安全性と透明性が非常に高いレベルで確保されています。これは、不動産権原に関するリスクを懸念する投資家にとって、大きな安心材料と言えるでしょう。
一方で、その権利形態には、国庫や地方自治体の土地を対象とする「永代用益権」という、日本の借地権とは異なる物権的な性質を持つ独自の制度が存在します。これは譲渡や担保設定が可能であるなど所有権に近い強力な権利であり、近年は所有権への転換が進むなど、その動向を注視する必要があります。また、不動産取引における売主の責任は、契約で個別に定める表明保証と、法律で定められた5年間という長期の瑕疵担保責任によって二重に規律されており、買主は手厚く保護されています。
しかし、その一方で、2007年以前に発生した環境汚染に関する浄化義務など、前所有者から負債が引き継がれるリスクも存在します。これらのポーランド特有の法制度を正確に理解し、権原調査に留まらない包括的なデューデリジェンスを通じて潜在的なリスクを洗い出し、その結果を売買契約の交渉に的確に反映させることが、ポーランドにおける不動産投資を成功させるための不可欠な要件となります。
カテゴリー: IT・ベンチャーの企業法務