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法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

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スイスの企業法とその2023年改革を弁護士が解説

スイスの企業法とその2023年改革を弁護士が解説

2023年1月1日にスイス債務法典(OR)の株式会社法に関する大規模な改正が施行されました。これは、スイスを国際的なビジネス拠点としてさらに競争力のあるものにするため、現代の経済状況と国際的なニーズに合わせて企業運営の枠組みを抜本的に見直したものです。この改革の核となる目的は二つあります。一つは、企業運営、特に資本規制における柔軟性の向上であり、もう一つは、より高度な企業統治(ガバナンス)を実現するための少数株主権の強化です。

特に、日本をはじめとする国際的なビジネス展開を志向する企業にとって、この改正はスイス法人の設立および運営の戦略に大きな影響を与えます。最も注目すべき変更点は、国際企業にとって長年の課題であった為替リスクを解消する外貨建て株式資本の容認と、迅速な資金調達・資本構造変更を可能にする資本バンド制度の導入です。これらの新制度は、国際的な資金管理の効率を飛躍的に高める一方で、日本の会社法には見られない独特な債権者保護メカニズムを組み込んでいます。また、非上場企業における少数株主の情報請求権が大幅に強化されたことにより、スイス子会社の管理体制やガバナンス設計の見直しが急務となります。

本稿では、スイスでの事業展開を検討する日本の経営者や法務部員を主要な読者として、これらの主要な改正点を具体的な法令根拠に基づき深く掘り下げ、特に日本法との重要な異同に焦点を当てて解説します。

スイスにおける柔軟な資本規制の導入:国際企業に不可欠な機動性の確保

外貨建て株式資本の容認と為替リスクの解消

改正されたスイス債務法典(OR)により、スイスの株式会社(AG/SA)は、株式資本の通貨をスイスフラン(CHF)で設定する必要がなくなりました。代わりに、事業の機能通貨(Functional Currency)であり、財務諸表の報告通貨として使用されている場合に限り、ユーロ(EUR)、米ドル(USD)、英ポンド(GBP)、日本円(JPY)などの主要外貨で株式資本を設定することが可能となりました(Art. 621 CO)。

この変更は、国際企業にとって極めて大きな実務上のメリットをもたらします。従来の制度では、財務報告を機能通貨(例:USD)で行っていても、株式資本はCHFで維持する必要があったため、資本の額と財務諸表の報告額との間に為替変動による不整合(FX Discrepancies)が生じていました。この不整合は、配当可能額の決定や資本管理を複雑化させていましたが、今回の改正により、株式資本と報告通貨を統一することで、この不確実性が根本的に解消されます。

日本の会社法においては、資本金は円をもって表示することが原則であり、外貨建て資本を設定することは認められていません。この点、スイス法が国際的な取引通貨を資本設定に認めた柔軟性は、グローバル企業がスイスを本社拠点として活用する際の大きな利便性となります。

さらに、税務上の取り扱いも明確化されました。従来、株主からの資本拠出準備金(Capital Contribution Reserves, CCR)は、財務報告通貨に関わらずスイス連邦税務局(SFTA)によってCHFで管理されていました。しかし、改正法下では、株式資本が外貨建てであれば、CCRもその外貨で定義され、SFTAによって確認されます。これにより、例えばUSD建てで資本を構成するスイス法人から日本親会社へCCRを非課税で償還する際、為替換算に起因する税務上の不確実性がなくなり、国際的な資金管理の予見可能性と効率が向上します。

なお、改正法の下でも、株式会社の最小資本に関する基本ルール(CHF 100,000相当以上)は維持されます。外貨建てで資本を設定する場合、設立時の払込額は、その外貨で少なくともCHF 50,000に相当する額でなければなりません。また、株式の最小名目価値(額面)は、従来のCHF 0.01から「ゼロより大きい任意の額」へと引き下げられ、株式の無制限な分割が可能になりました。

「資本バンド(Capital Band)」制度による迅速な資本構成変更

資本バンド(Capital Band, Art. 653s et seq. CO)は、従来の「授権資本」(Authorized Capital)に代わって導入された制度であり、取締役会の資本変更権限を大幅に拡大するものです。

株主総会は、定款に規定することにより、取締役会に対して、最長5年間にわたり、登録された株式資本の上下50%の範囲内(増額および減額)で株式資本を増減させる権限を付与することができます。この権限により、取締役会は、資金調達や資本削減が必要になった際、その都度株主総会の承認を経ることなく、迅速かつ機動的に資本構造を調整することが可能となります。

日本の会社法において、資本減少は債権者保護手続き(公告や個別催告など)が義務付けられ、厳格な株主総会特別決議が必要です。これに対し、スイスの資本バンドは、資本削減の権限を最長5年間も取締役会に委譲できるという点で、日本の制度よりも強力な柔軟性を提供します。

しかし、この強力な権限の代償として、債権者保護の観点から、スイス法特有の制限が設けられました。資本バンドが資本削減の権限を含む場合、その会社は限定的監査の免除(Opting-Out, Art. 727a Abs. 2 CO)を受けることができなくなります(Art. 653s Abs. 4 CO)。

通常、スイスの小規模な非上場企業は、特定の要件を満たせば監査を免除できますが、資本バンドによる削減の柔軟性を享受するためには、企業の規模に関わらず、外部の専門家による最低限の財務審査(限定的監査)が義務付けられます。これは、取締役会が株主総会の承認なしに資本を迅速に流出させるリスクに対し、独立した監査人が財務状況を監視する体制を強制することで、柔軟性と債権者保護のバランスを取るための、スイス法特有のガバナンスメカニズムであると言えます。

設立・増資手続の簡素化

今回の改革では、資本に関する手続きの効率化も図られました。特に、会社設立または増資時に、会社が株主や関連者から特定の資産を取得する「予定されている財産の取得」(Intended Acquisition of Assets, Beabsichtigte Sachübernahme)に関する開示および監査規制が廃止されました。この規制の廃止は、会社設立や資本増強プロセスをより迅速かつコスト効率の良いものにするでしょう。

また、通常の資本削減における債権者保護手続きも簡素化されました。債権者招集手続(Debt Call)について、従来の官報(Swiss Official Gazette of Commerce, SOGC)における3回の公告と2ヶ月の異議申立期間が必要だったものが、公告回数が減り、債権者が会社に担保の要求を通知する期間が30日に短縮されました。これにより、資本構造の調整に必要な時間が大幅に短縮されます。

スイスにおける企業運営の現代化と少数株主保護の強化

スイスにおける企業運営の現代化と少数株主保護の強化

会議体運営の柔軟化:バーチャル株主総会とリモート参加

グローバルな企業運営に対応するため、株主総会の開催に関する規定が柔軟化されました。会社定款に明記することで、バーチャル形式の株主総会や、リモート参加者がいる物理的な総会を開催することが明示的に許可されました。

これにより、世界中に散らばる株主や役員が物理的な移動をせずに総会に参加できるようになり、多国籍企業における意思決定の迅速化とコスト削減に直結します。さらに、株主総会を書面による回覧決議(Circular Resolution)によって行うことも認められており、実務的な効率性が向上しています。

非上場企業における少数株主権の強化

今回の改革は、企業運営の柔軟性を高める一方で、ガバナンスを強化するために少数株主の権利を大幅に強化しています(Art. 697 et seq. CO)。特に、非上場企業(Non-listed companies)における以下の変更は、スイス子会社の管理体制に影響を与えます。

株主総会外での書面による情報請求権(10%ルール)

非上場企業において、資本または議決権の10%以上を保有する株主は、株主総会の場を介さずに、取締役会に対し、会社事項に関する情報提供を書面で請求する権利を得ました。取締役会は、請求された情報について4ヶ月以内に提供する義務を負い、遅くとも次の株主総会において、他の株主にもその情報へのアクセスを許可しなければなりません。

これは日本の会社法との決定的な違いです。日本の非公開会社では、株主が個別に持つ情報請求権は、株主総会における質問権か、濫用防止の観点から厳しく制限された帳簿閲覧謄写請求権(会社法433条)に限られます。スイス法におけるこの新しい10%ルールは、株主総会を待たずに、取締役会に直接書面での回答を求めるという、より広範かつ強力な監視権を非公開会社の少数株主に与えるものであり、日本の法務担当者にとっては、スイス子会社のガバナンス設計において特に注意すべき点となります。

特別調査人選任請求権の緩和

さらに、少数株主が企業の不正行為を追及するためのハードルも下がりました。株主総会が特別調査の請求を拒否した場合、非上場企業においては、資本または議決権の10%以上を保有する株主が、裁判所に特別調査人選任を申し立てる権利を持つことになりました。これは、少数株主が会社の不適切な経営や会計処理を追及するための手段を具体的に強化するものです。

スイス企業の財務危機管理における取締役の新たな責務

支払能力(Solvency)の監視義務の明文化と倒産回避の猶予

改正法は、取締役会が財務危機に直面した際の対応義務を明確化し、厳格化しました。従来、取締役会はバランスシート上の資本喪失や債務超過を監視する義務がありましたが、新法では、これに加えて、会社の支払能力(流動性、Solvency)を監視し、差し迫った支払不能の危険がある場合には、迅速に再建措置を講じる義務が法律に明示的に盛り込まれました(Art. 725 CO)。

取締役会は、流動性を継続的に監視する必要があり、会社が支払不能に陥る危険がある場合は、迅速な行動を取らなければなりません。

債務超過時の対応と90日間の猶予期間

会社が債務超過であるという合理的な懸念がある場合(Art. 725b CO)、取締役会は従来通り、継続企業価値と清算価値の両方に基づいた中間財務諸表を直ちに作成し、監査させなければなりません。

ここで実務上重要な改正点は、債務超過が確定した場合でも、裁判所への破産通知を省略できる条件が明確化されたことです。債務超過の是正に関し、「監査済みの中間財務諸表が利用可能になってから90日以内」に是正できる合理的な見込みがあり、かつ債権者の請求が危殆化しない場合、取締役会は裁判所への通知を省略することができます(Art. 725b Abs. 4 Ziff. 2 CO)。

この90日間の明確な猶予期間の導入は、従来の法の下で実務上の解釈が分かれていた「迅速性」の基準を客観的なルールと期限に結びつけるものです。これにより、財務危機時における取締役の行動が、客観的な監査に基づくデータと計画的な期限管理の下で行われることが期待されます。

また、再建努力の一環として、債権者が自らの債権を他のすべての債権よりも劣後させる場合(劣後化)、取締役の責任算定において、その劣後化された債権が会社の損失額から除外されることが明記されました(Art. 757 Abs. 4 CO)。これは、劣後化を伴う再建策に協力した取締役が、後に破産に至った場合に責任を問われるリスクを軽減し、再建を促進する意図があると言えます。

まとめ

2023年に発効したスイスの企業法改革は、国際企業がスイスを拠点とする際の経営環境を抜本的に改善しました。特に、外貨建て株式資本の導入は、為替リスク管理と資金還流の効率化を同時に達成するものであり、スイスが国際的な本社機能の誘致において競争力を高めたことを示しています。

一方、資本バンド制度に見られるように、柔軟性の拡大には、資本削減時の監査義務の強制という形で、債権者保護のための厳格なガバナンス要件がセットで課せられています。また、非上場企業における少数株主の情報請求権の強化は、日本の経営者や法務部員にとって、スイス子会社のガバナンス体制を日本の慣行とは異なる水準で設計する必要性を示唆しています。

これらの改正を戦略的に活用するためには、定款の迅速な見直し、外貨建て資本への移行、資本バンド導入の是非の検討、および強化された少数株主権に対応するための社内体制の整備が不可欠です。モノリス法律事務所は、これらの複雑なスイス企業法改正に対応し、国際法務およびガバナンス体制の構築に関するサポートをいたします。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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