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法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

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イタリア共和国の労働法

イタリア共和国の労働法

イタリアの労働法は、日本と同様に労働者保護を重要な原則としていますが、その法的根拠はさらに強固であり、憲法に深く根ざしています。イタリア憲法第35条から第47条にかけては、労働者の「働く権利」や「公正な賃金」、「労働時間の制限」、「有給休暇」といった基本的権利が明文化されており、これが労働法体系全体の基盤となっています。この強力な憲法上の保護主義的性格が、日本法とは異なる独特の制度や運用を生み出しているのです。

特に、日本の労働法が個別の法律や判例によって形成された「解雇権濫用の法理」に依拠しているのに対し、イタリアでは憲法と民法典、そして多数の個別法や労働協約(Contratti Collettivi Nazionali di Lavoro, CCNL)が複雑に組み合わさり、労働関係のあらゆる側面を包括的に規律しています。

本稿は、イタリアでのビジネス展開を検討されている日本の経営者や法務担当者の皆様を主要な読者として想定し、イタリアの労働法が持つ独自の特性と、日本法との重要な相違点について、専門的な観点から詳細に解説します。

イタリアの雇用関係における多様な契約形態

イタリアの雇用関係は、主に無期限契約(Contratto a tempo indeterminato)有期契約(Contratto a tempo determinato)に大別されます。無期限契約が最も安定した雇用形態と見なされる一方で、有期契約は特定の場合に限定して締結が認められています。

有期契約は、法令(Decreto Legislativo 15 giugno 2015, n. 81)によって厳格に規律されています。契約期間は最長24ヶ月とされていますが、12ヶ月を超える場合には特定の「事由」(causali)が必要となります。更新や延長にも厳格なルールがあり、最初の12ヶ月以内であれば事由なしで自由に延長・更新が可能ですが、それ以降は特定の事由が必要となります。また、同一当事者間で同種の職務について有期契約を更新する場合、契約間に一定の期間(6ヶ月以下の契約で10日、6ヶ月超の契約で20日)を空けることが義務付けられています。これらの法的要件が守られない場合や、契約期間終了後も従業員が就労を続けた場合(例えば、6ヶ月未満の契約で30日を超えた場合や、それ以外の契約で50日を超えた場合)、有期契約は自動的に無期限契約に転換されます。

イタリアでは他にも、パートタイム契約(contratto part-time)オンコール契約(contratto a chiamata)など、多様な雇用形態が存在します。パートタイム契約は書面で勤務時間を明記する必要があり、フルタイム労働者と同等の権利が勤務時間に応じて保障されます。オンコール契約は、特定の年齢層(24歳以下または55歳以上)の従業員を対象として、業務上の必要に応じて短期間の勤務を依頼できる契約形態です。これらの多様な契約形態は、企業の柔軟な人事管理を可能にする一方で、それぞれに詳細な法的要件が定められているため、日本の経営者がイタリアで事業を始める際には、各契約形態の法的性質を正確に理解することが不可欠となります。

イタリアにおける雇用契約の終了

イタリアの労働法における解雇規制は、日本の「解雇権濫用の法理」とは根本的に異なるアプローチを持っています。この違いを理解することは、イタリアでの人事管理において最も重要なリスク管理の一つとなります。

日本の「解雇権濫用の法理」との対比

日本の労働法では、解雇には「客観的に合理的な理由」と「社会通念上の相当性」が要求され、これらを欠く解雇は「解雇権の濫用」として無効となります。この概念は、個別の事案ごとに裁判所が広範な裁量で判断を下す、柔軟な側面を持っています。具体的な内容は判例の積み重ねによって形成されており、解雇が正当と認められるかどうかの判断は、裁判官の事案ごとの評価に大きく左右される傾向があります。

これに対し、イタリアの解雇規制は、「正当な原因」(Giusta Causa)「正当な理由」(Giustificato Motivo)といった、民法典や個別法に明確に定義された成文法上の概念に基づいています。日本の法理が「社会通念上の相当性」という抽象的な基準で解雇の有効性を判断するのに対し、イタリアのシステムは、まず解雇の根拠が成文法上の特定の要件に該当するかを問う、より形式的・体系的な出発点を持ちます。日本の経営者にとっては、より具体的な法的根拠を要求されるイタリアの制度は、日本の経験則が通用しない点として特に留意すべき点です。

イタリアにおける解雇の法的根拠

イタリアでは、雇用主が従業員を解雇できるのは、以下の2つのいずれかの根拠が存在する場合に限られます

  • 正当な原因(Giusta Causa):イタリア民法典第2119条に規定されている概念で、「(雇用)関係の継続を、たとえ一時的にでも許さない原因」を指します。窃盗、暴力、重大な職務怠慢など、従業員の極めて重大な非行がこれに該当します。この場合、雇用主は即時かつ予告期間なしで解雇することができます。
  • 正当な理由(Giustificato Motivo):これはさらに、以下の2つに分類されます。
    • 主観的正当理由(Giustificato Motivo Soggettivo):比較的軽微な非行や、継続的な業務不振など、従業員の義務違反を指します。これは、日本でいう「協調性欠如」や「勤務成績不良」に類似する概念ですが、解雇が正当化されるためには、その違反が「notable」(著しい)である必要があります。この場合、通常は予告期間を設けて解雇が行われます。
    • 客観的正当理由(Giustificato Motivo Oggettivo):会社の再編、部門閉鎖、技術的変更など、経済的、技術的、組織的な理由による解雇を指します。これは日本の「整理解雇」に相当する概念ですが、解雇に際しては、当該従業員を他の部署に配置転換できないか検討する義務(repêchage)を雇用主が果たしていることが求められます。

不当解雇に対するイタリアの救済措置と最新の判例

不当解雇に対するイタリアの救済措置と最新の判例

不当解雇と判断された場合の救済策は、日本とイタリアの間で最も顕著な違いの一つです。日本の不当解雇訴訟では、裁判所の和解勧告により、解雇を撤回し和解金を支払う形で解決に至ることが一般的です。これにより、雇用関係は終了し、紛争が終結します。

これに対し、イタリアでは金銭補償に加え、復職(Reintegrazione)が重要な救済策として存在します。ユーザーのクエリが「復職が一般的」という認識を示唆しているように、歴史的には復職が主要な救済策でした。しかし、2015年に導入された通称「ジョブズ・アクト」(Jobs Act)により、新規雇用された従業員に関しては、原則として金銭補償が主流となり、復職は例外的措置へと変更されました。

ところが、2024年に入り、イタリア憲法裁判所が複数の重要判決を下し、この流れに大きな変化をもたらしました。2024年7月17日に下された2つの判決(Sentenza n. 128/2024, 129/2024)が、ジョブズ・アクトによる金銭補償優先の原則に修正を加えたのです。

  • Sentenza n. 128/2024は、客観的正当理由による解雇において、その根拠となる事実自体が存在しないと判断された場合、金銭補償だけでなく復職を命じるべきであると判示し、ジョブズ・アクトの一部規定を違憲としました。この判断は、事実が存在しないにもかかわらず、金銭補償のみで済ませることを許容することは、労働者保護の観点から不合理であるという憲法上の原則(合理性、平等、労働保護など)に基づくものです。
  • 同様に、2024年7月21日に下されたJudgment No. 118/2025は、小規模企業(従業員15名以下)における不当解雇の金銭補償上限(6ヶ月分)を違憲と判断し、裁判官がより広範な裁量(最大18ヶ月分)で補償額を決定できるようになりました。

これらの最新動向は、立法による規制緩和の動きに対し、司法が再び労働者保護を強化する方向へ舵を切っていることを明確に示しています。日本の経営者にとっては、たとえ金銭解決を念頭に置いていたとしても、解雇の有効性が争われた場合、復職が命じられる可能性が再び高まっているという、重要なリスク要因として捉える必要があります。

以下に、日本とイタリアの労働法における主要な相違点を比較します。

項目日本の制度イタリアの制度
解雇の法的根拠判例によって形成された「解雇権濫用の法理」(労働契約法16条)に基づく成文法(民法典2119条、個別法)上の「正当な原因」「正当な理由」に明文化されている  
不当解雇時の救済策裁判所の和解勧告による和解金解決が主流。雇用関係は終了する  金銭補償に加え、復職(Reintegrazione)が重要な救済策。特に2024年憲法裁判所判決によりその範囲が拡大  
法定労働時間原則週40時間、労使協定により上限設定原則週40時間、残業を含め4ヶ月平均で週48時間を超えない  
年次有給休暇法定最低10日(勤続年数に応じて増加)年間最低4週間(20営業日)が義務付けられており、消化が強く奨励される  
育児関連休暇女性は産前6週・産後8週、育児休業は子供が1歳(最長2歳)まで。両親合わせて10ヶ月(父親が3ヶ月以上取得する場合は11ヶ月)の育児休業を取得でき、一部が賃金の80%で支給される  女性は5ヶ月間の強制的な有給産休。父親は10日間の有給育児休暇が義務付けられている。2025年以降、両親合わせて最大11ヶ月の育児休業のうち、3ヶ月分は賃金の80%で支給される  
追加的給与・手当法律上の義務はないが、企業ごとにボーナスや退職金制度が慣習的に存在する多くの企業で法律または労働協約により「13ヶ月目の給与」が義務付けられる。「勤続手当」(TFR)は法的義務の退職手当  

ワーク・ライフ・バランスを支えるイタリアの労働時間と休暇制度

ワーク・ライフ・バランスを支えるイタリアの労働時間と休暇制度

イタリアでは、労働者の健康と生活の質を確保するため、労働時間と休暇に関する明確な基準が設けられています。

法定労働時間と休憩

イタリアの法定労働時間は週40時間が標準とされています。残業時間を含めても、4ヶ月以内(労働協約により6ヶ月または12ヶ月まで延長可能)の期間で平均して週48時間を超えてはならないとされています。さらに、1日の労働時間が6時間を超える場合、最低10分の休憩が義務付けられています(Decreto Legislativo n. 66/2003)。また、毎日連続して最低11時間の休息期間を確保する必要があります。これらの基準は、日本の法定労働時間とは異なる厳格な基準として認識すべきです。

年次有給休暇

年次有給休暇は、法律(Decreto Legislativo n. 66/2003)に基づき、年間最低4週間(20営業日)が保障されています。付与された休暇のうち、少なくとも2週間は当該年内に取得する必要があり、残りは翌年末から18ヶ月以内に消化しなければなりません。消化しきれなかった休暇は、雇用関係終了時を除き、金銭補償に代えることはできません。この「休暇取得の強制」は、日本の制度とは異なる点であり、労働者の健康と生活の質を強く保護するというイタリアの法的理念が反映されています。

育児関連休暇の最新動向

イタリアの育児関連休暇制度は、日本に比べても非常に手厚く、特に近年の法改正によりさらなる拡充が進んでいます。

女性従業員は、5ヶ月間の強制的な産前産後休暇が認められており、出産予定日の2ヶ月前から出産後3ヶ月までの期間に取得するのが一般的です。この期間中、日給の80%が社会保障機関(INPS)から支払われます。父親従業員には、子供の誕生後5ヶ月以内に連続または分割で取得できる、10日間の有給育児休暇が義務付けられています。この期間の賃金は100%補償されます。この父親の義務的な休暇制度は、日本よりも早く導入されており、育児における男女共同参画を推進する強い意志がうかがえます。2025年1月1日以降の法改正により、育児休業制度が大幅に拡充されます。INPSの通達(Circolare n. 95/2025)により、両親は子供が6歳になるまでの期間に、合わせて最大10ヶ月(父親が3ヶ月以上取得する場合は11ヶ月)の育児休業を取得でき、このうち合計3ヶ月分が賃金の80%で支給されることになりました。これは、従来の制度から大きく改善された点であり、男性もより長期にわたって育児に参加できる環境を国が積極的に整備しているという強いメッセージを読み取ることができます。

その他の金銭的給付

その他にも、例えば、13ヶ月目の給与(Tredicesima Mensilità)として、イタリアでは、法律または労働協約によって13ヶ月目の給与(ボーナス)が義務付けられており、通常12月に支払われます。これは日本のボーナスのように企業の業績に連動する性質のものではなく、固定的な給与の一部として考え、年間予算に組み込む必要があります。

また、勤続手当(Trattamento di Fine Rapporto, TFR)は、雇用関係が終了した際に従業員に一括で支払われる「退職手当」に相当するものです。その計算方法は、年間給与の約1/13.5を毎年積み立てるという特殊な仕組みで 、解雇や自己都合退職、定年退職など、いかなる理由による雇用終了でも支払いが義務付けられています。日本の退職金制度は企業ごとに任意で定められることが一般的ですが、イタリアでは法的義務として強制される点が決定的な違いです。

まとめ

本稿では、イタリア労働法の核心的な要素を、日本の制度との比較を通じて解説しました。イタリアは、憲法に根差した強力な労働者保護を特徴とし、特に解雇規制や育児関連休暇において、日本とは異なる厳格かつ手厚い制度を構築しています。

特に、2024年の憲法裁判所判決により、不当解雇に対する「復職」救済の範囲が再び拡大され、事業者が当初想定していた金銭補償での解決が難しくなる可能性が示唆されています。また、2025年の育児休業制度の拡充は、ワーク・ライフ・バランスへの社会的要請が法制度に強く反映されていることを示しています。これらの最新動向は、単なる法制度の知識を超え、イタリア社会の法的・文化的背景を深く理解することの重要性を浮き彫りにしています。

モノリス法律事務所は、イタリアの労働法に関する深い知見と、日本のビジネス文化への理解を兼ね備えています。イタリアへの事業進出、現地法人の設立、雇用契約書の作成、従業員管理、人事問題の解決など、多岐にわたる法務サポートを提供することで、貴社のイタリアにおける円滑な事業運営を支援いたします。お困りの際は、お気軽にご相談ください。

関連取扱分野:国際法務・海外事業

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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