ポーランドの法体系と司法制度を弁護士が解説

ポーランドは、日本と同じく大陸法(シビル・ロー)体系に属する国であり、法典を中心とした成文法主義を採用している点で共通点も多く見られます。しかし、その内実には、日本の法制度とは根本的に異なる重要な特徴がいくつか存在し、これらを看過することは予期せぬ法的問題につながりかねません。本稿では、特にビジネスに大きな影響を与えうるポーランドの法体系と司法制度の核心部分に焦点を当て、日本の制度との比較を交えながら解説します。
ポーランドの法体系を理解する上で最も重要な特徴は、その法源の階層構造、特に国際法と国内法の関係性にあります。1997年に制定された現行憲法を最高法規としながらも、ポーランドは欧州連合(EU)加盟国として、EU法が国内法に優先して適用される「EU法の優位」という原則を受け入れています。この構造は、日本の憲法第98条が条約の誠実な遵守を求めるものの、条約と国内法の優劣関係について明確な階層を定めていない点とは大きく異なります。後述するように、EU司法裁判所がポーランド国内の広告規制をEU法違反として無効と判断した近時の判例は、この原則がビジネスの現場にいかに直接的な影響を及ぼすかを示す好例です。
もう一つの根本的な違いは、司法権の構造にあります。日本の司法制度は、最高裁判所を頂点とする単一のピラミッド構造を持ち、下級裁判所から上告される全ての事件を最終的に管轄し、法律が憲法に違反するか否かを判断する違憲審査権も担っています。これに対し、ポーランドの司法権は、憲法上「裁判所(sądy)」と「法廷(trybunały)」という二つの異なる系統に明確に分離されています。民事・刑事事件などの一般的な訴訟を扱うのは「裁判所」の系統であり、その頂点には最高裁判所が位置します。一方で、「法廷」の系統には、法律の合憲性を専門的に審査する憲法法廷や、国家の最高幹部に対する弾劾裁判を行う国家法廷が存在します。特に憲法法廷は、日本の最高裁判所が持つ違憲審査権を専門的に行使する独立した機関であり、その判断は法律そのものを無効にする強力な効果を持ちます。この二元的な司法構造により、法令に対する異議申し立ての方法や、その最終的な判断が下される場が、日本とは異なっており、これがポーランドの司法体系の特徴であると言えます。
本記事では、ポーランドの法体系と司法制度の核心部分に焦点を当て、特にビジネスに大きな影響を与えるEU法の優位の原則と司法権の二元的構造について、日本の制度との比較を交えながら解説します。
この記事の目次
ポーランドの法源とその階層構造
ポーランドの法体系は、1997年4月2日に制定されたポーランド共和国憲法を頂点とする階層構造を持っています。そして、ポーランドの法源は、国民全体を法的に拘束する「普遍的拘束力を持つ法」と、特定の行政機関内部のみを対象とする「内部法」に大別されます。事業活動に直接関わるのは、前者である「普遍的拘束力を持つ法」であり、その序列は以下の通りです。
- 憲法 (Konstytucja):国家の最高法規であり、他のすべての法源は憲法に適合しなければなりません。憲法第8条第1項は、「憲法はポーランド共和国の最高法規である」と明確に定めています。
- 批准された国際協定 (Ratyfikowane umowy międzynarodowe):議会が制定法によって事前の承認を与えた上で批准された国際協定は、国内の制定法よりも高い効力を持ちます。
- 制定法 (Ustawa):立法権を持つ二院制の議会(セイム(下院)とセナト(上院))によって制定される法律です。これは日本の国会が制定する法律に相当します。
- 省令 (Rozporządzenie):憲法で定められた特定の行政機関(大統領、閣僚評議会、首相、各大臣など)が、制定法を施行するために、その制定法の具体的な授権に基づいて発令する命令です。日本の政令や省令に似ていますが、必ず上位の制定法に根拠を持たなければなりません。
ここで日本の法体系との比較において、最も注意すべき重要な相違点は、批准された国際協定の地位です。日本の憲法第98条第2項は「日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする」と定めていますが、条約と国内法(法律)のどちらが優位するかについての明確な規定はなく、学説上も議論があります。これに対し、ポーランド憲法は、議会の事前承認を得て批准された国際協定が、国内の制定法(Ustawa)と抵触する場合には、その国際協定が優先適用されると明確に定めています。
この規定は、ポーランドが1989年の民主化以降、西側諸国との連携を深め、欧州の一員として国際的な法的枠組みに積極的に参加するという国家戦略を法制度の根幹に据えたことの現れです。特に2004年の欧州連合(EU)加盟を見据え、EU法という巨大な国際法的枠組みを国内法体系に円滑に組み込むための憲法上の基盤として設計されたものと言えます。
ポーランドにおけるEU法優位の原則とその実務的影響
EU法と国内法体系の関係
前述の法源の階層構造の中でも、ポーランドで事業を行う上で最も実務的な影響が大きいのが、欧州連合(EU)法の存在です。ポーランドは2004年にEUに加盟して以来、EU法全体(アキ・コミュノテール)を受け入れています。EU法には、加盟国で直接適用される「規則(Regulation)」と、各国が国内法を整備して達成すべき目標を定める「指令(Directive)」などがあります。これらのEU法は、EU司法裁判所(CJEU)の判例法理によって確立された「EU法の優位の原則」に基づき、加盟国の国内法(憲法を含む)に優先して適用されると解されています。
この原則は、ポーランドの国内法体系と相まって、ビジネス環境に直接的な影響を及ぼします。例えば、競争法、消費者保護、個人情報保護(GDPR)、環境基準、製品の安全性など、事業活動の多くの側面がEUレベルで統一されたルールによって規律されています。したがって、ポーランド国内の法律のみを遵守していても、関連するEU法に違反してしまうリスクが存在します。
EU司法裁判所による薬局広告規制の無効判断
EU法の優位が、長年にわたり施行されてきた国内法を覆し、ビジネスの前提条件を根本から変えうることを示す具体的な事例として、薬局の広告規制に関するEU司法裁判所の判決が挙げられます。
ポーランドでは、2012年に改正された医薬品法(Prawo farmaceutyczne)第94a条に基づき、薬局およびその活動に関する広告が、所在地や営業時間といったごく一部の情報を除き、全面的に禁止されていました。違反した場合には、最大50,000ズウォティ(約12,000ユーロ)の罰金が科される可能性がありました。この規制は、医薬品の過剰消費を防ぎ、薬剤師の専門的な独立性を守るという公衆衛生上の目的を掲げていました。
しかし、欧州委員会は、この全面的な広告禁止がEU法に違反するとして、ポーランドを相手取りEU司法裁判所に提訴しました。欧州委員会は、この規制が、EUの基本条約である「EUの機能に関する条約(TFEU)」が保障する「設立の自由」(第49条)および「サービス提供の自由」(第56条)、ならびに電子商取引に関する「Eコマース指令」(2000/31/EC)に違反すると主張しました。
2025年6月19日、EU司法裁判所は、事件番号C-200/24の 欧州委員会 対 ポーランド 判決において、欧州委員会の主張を全面的に認めました。裁判所は、公衆衛生の保護は正当な目的であるとしつつも、ポーランドの規制のような一般的かつ絶対的な広告禁止は、その目的を達成する上で「不均衡」であると判断しました。ポーランドは、なぜより制限的でない他の手段(例えば、広告内容に関する倫理規定の導入など)では不十分なのかを具体的に証明できていないと指摘しました。
この判決の結果、ポーランドは国内法である医薬品法の関連規定を、EU法に適合するよう改正する義務を負うことになりました。この事例は、たとえ国内法として有効に成立し、長期間運用されてきた規制であっても、EU法との抵触が指摘されれば、EUの司法判断によってその効力が覆されうることを明確に示しています。ポーランド市場に参入する日本企業は、マーケティング戦略やコンプライアンス体制を構築する際に、ポーランド国内法とEU法の両方を一体的に検討する必要があると言えるでしょう。
ただし、近年、このEU法優位の原則をめぐり、ポーランド国内で法的な緊張が高まっている点にも留意が必要です。2021年10月7日、ポーランドの憲法法廷は、EU条約の一部条項がポーランド憲法に違反するという判断(事件番号 K 3/21)を下しました。この判決は、EUの司法判断とポーランドの最高憲法判断との間に深刻な対立を生み出しており、法的な不確実性をもたらしています。ビジネスの現場では、EU法を遵守することが最優先であることに変わりはありませんが、このような国内の法政治的な動向が、将来的に規制の解釈や運用に影響を与える可能性も念頭に置くべきでしょう。
日本とは異なるポーランド司法権の二元的構造

ポーランドの司法制度を理解する上で、日本の制度とのもう一つの根本的な違いは、その構造にあります。日本の司法権は、最高裁判所を頂点とする単一の階層構造の下に、高等裁判所、地方裁判所、家庭裁判所、簡易裁判所が位置づけられています。この統一されたシステムの中で、憲法適合性の判断を含むすべての司法判断が行われます。
これに対し、ポーランド共和国憲法第173条は、「裁判所及び法廷は、分離した権力であり、他の権力部門から独立している」と規定し、司法権を「裁判所(sądy)」と「法廷(trybunały)」という二つの系統に明確に分けています。この二元的な構造は、それぞれの系統が異なる種類の権限と役割を担っていることを意味します。
ポーランド | 日本 | |
---|---|---|
基本構造 | 二元的構造:「裁判所 (sądy)」と「法廷 (trybunały)」に分離 | 単一の階層構造 |
最高司法機関 | 最高裁判所 (Sąd Najwyższy) [一般・軍事事件] 及び最高行政裁判所 (Naczelny Sąd Administracyjny) [行政事件] | 最高裁判所 [全ての事件を管轄] |
違憲審査権 | 憲法法廷 (Trybunał Konstytucyjny) が専門的かつ排他的に管轄 | 最高裁判所を頂点とする全ての裁判所が付随的に行使 |
違憲判断の効力 | 法律そのものを無効とする普遍的効力 (erga omnes) | 当該事件における適用を排除する個別的効力 |
この二元構造を理解するために、次にそれぞれの系統である「裁判所」と「法廷」の役割と権限について詳しく見ていきます。
一般的な事件を管轄するポーランドの「裁判所 (sądy)」
「裁判所(sądy)」の系統は、企業活動において発生する民事・商事紛争や行政との争訟など、日常的な法的問題のほとんどを取り扱う司法機関です。この系統は、主に普通裁判所、行政裁判所、そしてそれらの頂点に立つ最高裁判所から構成されています。
普通裁判所 (sądy powszechne) は、民事、刑事、労働、家族事件などを管轄する、司法制度の中核です。日本の裁判所制度と同様に、審級制度が採用されており、通常は三層構造となっています。
- 地区裁判所 (sądy rejonowe):第一審裁判所として、最も多くの事件を取り扱います。日本の地方裁判所や簡易裁判所に相当する役割を担います。
- 地方裁判所 (sądy okręgowe):より重大な事件の第一審、または地区裁判所の判決に対する控訴審を担当します。日本の地方裁判所(第一審)や高等裁判所(控訴審)の機能に近いです。
- 控訴裁判所 (sądy apelacyjne):地方裁判所が第一審として下した判決に対する控訴審を担当します。日本の高等裁判所に相当します。
特にビジネスに関連する商事事件については、独立した商事裁判所は存在せず、これらの普通裁判所内に設けられた商事部で審理されます。
行政裁判所 (sądy administracyjne) は、行政機関の決定に対する不服申し立てなど、公法上の紛争を専門に扱います。例えば、税務当局からの課税処分や、規制当局による許認可の拒否など、行政の行為の適法性を審査する役割を担っています。この系統も二審制で、第一審の県行政裁判所と、その上級審である最高行政裁判所 (Naczelny Sąd Administracyjny) から構成されます。
最高裁判所 (Sąd Najwyższy) は、普通裁判所および軍事裁判所(軍人に関する刑事事件等を管轄)の最上級審です。その主な役割は、下級審の判決に対する最終的な判断(破毀申立て)を下すこと、そして判例の統一性を確保するために、法律の解釈に関する指針を示す決議を行うことです。憲法第183条は、最高裁判所が普通裁判所及び軍事裁判所の判決を監督する権限を持つと定めており、司法判断の一貫性を保つ上で中心的な役割を果たしています。
特殊な権限を持つポーランドの「法廷 (trybunały)」
ポーランド司法制度の二元構造を特徴づけるもう一つの系統が、「法廷(trybunały)」です。これは、特定の高度な政治的・憲法上の問題を専門的に扱うために設置された特別な司法機関であり、憲法法廷と国家法廷の二つで構成されています。
憲法適合性を専門に審査する憲法法廷
憲法法廷 (Trybunał Konstytucyjny) は、ポーランドの司法制度において極めてユニークかつ強力な権限を持つ機関です。その中核的な任務は、憲法第188条に基づき、制定法や国際協定が憲法に適合しているか否かを審査することです。
この点で、日本の司法制度との違いは決定的です。日本では、違憲審査権は特定の裁判所に限定されておらず、具体的な訴訟事件(例えば、損害賠償請求訴訟など)に付随して、最高裁判所を頂点とする全ての裁判所が法律の合憲性を判断できます。その判断の効力は、原則としてその事件限りのものであり、法律自体を直ちに無効にするものではありません。
一方、ポーランドの憲法法廷は、具体的な事件から離れて、法律そのものの合憲性を抽象的に審査する権限を持ちます。大統領や一定数の国会議員などが申し立てを行うことで、法律の有効性を直接問うことができます。そして、憲法法廷が法律を違憲と判断した場合、その判決は最終的なものであり、普遍的な拘束力を持ちます(erga omnes)。憲法第190条第1項によれば、その判決は官報に掲載された日から効力を生じ、違憲とされた法律の条項は法体系から排除されます。
なお、2015年以降、憲法法廷の裁判官の任命プロセスをめぐる政治的な対立が先鋭化し、その独立性や正統性について国内外から多くの懸念が表明されています。この状況は、憲法法廷の判断の予測可能性を低下させ、ポーランドの法秩序全体に不確実性をもたらしている側面があり、事業展開を検討する際には、こうした政治的・法的な背景も理解しておくことが重要です。
弾劾裁判所としての機能を持つ国家法廷
もう一つの法廷である国家法廷 (Trybunał Stanu) は、大統領や閣僚など、国家の最高幹部が職務に関連して犯した憲法違反や法律違反を裁く、いわば弾劾裁判所としての機能を持っています。実際に開廷されることは稀であり、通常の企業活動に直接的な影響を及ぼすことはほとんどありません。
まとめ
本稿では、ポーランドの法体系と司法制度について、特に日本企業が事業展開を検討する上で重要となる相違点に焦点を当てて解説しました。ポーランドは日本と同じ大陸法系の国ですが、その法制度には看過できない独自の特徴があります。
第一に、法源の階層構造、とりわけEU法の優位の原則です。ポーランド憲法は、批准された国際協定が国内の制定法に優越することを明記しており、これによりEU法が国内のビジネス規制に直接的かつ強力な影響を及ぼします。EU司法裁判所がポーランドの薬局広告の全面禁止を無効とした事例は、この原則が単なる理論ではなく、事業戦略の前提を覆しうる現実的な力を持つことを示しています。ポーランドでビジネスを行う上では、国内法規の遵守はもちろんのこと、関連するEUの規則や指令、そしてEU司法裁判所の判例動向を常に注視する複眼的なアプローチが不可欠です。
第二に、司法権の二元的な構造です。日本の単一的な司法制度とは異なり、ポーランドでは、通常の民事・行政事件を扱う「裁判所」の系統と、法律の憲法適合性を専門に審査する「法廷」の系統が並立しています。特に、法律そのものを無効にする強力な権限を持つ憲法法廷の存在は、日本の司法制度にはない特徴です。この機関の一つの判断が、業界全体の法的枠組みを一夜にして変更する可能性を秘めており、これはポーランド特有の事業リスクと言えるでしょう。
ポーランドの法的環境は、国際的な枠組みと密接に連携しつつも、国内では独自の憲法判断メカニズムを持つ、複雑でダイナミックなものであると言えるでしょう。
カテゴリー: IT・ベンチャーの企業法務