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デンマークの会社形態と設立要件を弁護士が解説

デンマークの会社形態と設立要件を弁護士が解説

デンマーク王国(以下、デンマーク)は、高度なデジタル社会と安定した法制度により、日本企業にとって北欧・欧州市場への戦略的な進出拠点として魅力的な環境を提供しています。しかし、その会社法制、特に有限責任会社の構造と設立手続きにおいては、日本の会社法(平成17年改正)とは異なる、重大な法的差異が存在します。

日本の経営者や法務部員の皆様がデンマークでの事業展開を検討される際、現地法人設立の基本的な枠組みを理解し、特に日本法と異なる部分に備えることは、円滑な事業開始と将来のガバナンスリスク低減に不可欠です。本記事では、デンマーク会社法(Selskabsloven)が規定する主要な会社形態である公開有限会社(Aktieselskab:A/S)と非公開有限会社(Anpartsselskab:ApS)の特徴、設立要件、そして日本法との具体的な相違点を詳細に解説します。

特に留意すべきは、日本の会社法が形式上「1円設立」を認めるのに対し、デンマーク法では有限責任の対価として、2025年の法改正後も実質的な最低資本金が要求される点です。また、設立手続きはデンマーク商務庁(Erhvervsstyrelsen)へのオンライン登録が中心であり、その迅速性は日本の手続きとは異なりますが、非居住者にとってはデジタルIDの取得という実務上の課題が残ります。さらに、近年の判例は、役員に対する資本維持義務およびコンプライアンス監督義務が厳格に適用され、その違反が個人責任につながり得ることを示唆しています。

本記事は、デンマーク会社法(Selskabsloven)の具体的な規定や、最低資本金の変更、および役員の個人責任に関する重要判例などを根拠に、日本企業が進出時に不可欠な法的知識を整理し解説します。

デンマークにおける主要な会社形態の概観と日本法との対比

デンマーク会社法に基づき設立される有限責任会社のうち、日本の進出企業が主に選択するのは、公開有限会社(Aktieselskab:A/S)非公開有限会社(Anpartsselskab:ApS)の二種類です。いずれの会社形態も独立した法人格を有し、所有者(株主)の債務責任は出資額に限定されるという点で、日本の株式会社や合同会社と同様の有限責任の原則が適用されます。

公開有限会社 (Aktieselskab:A/S) の特徴

A/Sは、日本の株式会社(KK)に相当する形態であり、大規模な事業運営や公開市場からの資金調達、株式の自由な譲渡を前提とする場合に適しています。

A/Sの最低資本金はDKK 400,000(デンマーク・クローネ)と定められています。この金額は、日本の会社法が最低資本金の規定を撤廃し、理論上1円での設立を認めている点と比較すると、債権者保護のために一定の資産基盤を要求するという、デンマーク法の姿勢が明確に表れています。

さらに、A/Sの設立に際しては、全額を現金で払い込む必要がないという特則が存在します。デンマーク会社法に基づき、設立時に払い込むべき金額は最低資本金の25%以上(すなわち最低DKK 100,000)で足り、残りのDKK 300,000は、会社が株主に対する未収金として計上されます。この設計は、名目上高い資本額を維持しつつ、企業設立時の手元流動性を確保することを可能にする点で、資本戦略を立てる上で重要な知識となります。

非公開有限会社 (Anpartsselskab:ApS) の重要性と最新法改正

ApSは、日本の合同会社(GK)や旧有限会社に相当する形態であり、株式の譲渡に制限を設けることができ、親会社による子会社の設立や中小規模の事業に最も一般的に利用されます。

ApSに関して、日本の経営者が最も注目すべきは、近年の最低資本金の大幅な引き下げです。ApSの最低資本金は、2025年2月27日のデンマーク会社法改正(Selskabsloven)の施行により、従来のDKK 40,000からDKK 20,000に半減されました。この改正は、デンマーク政府が推進する「起業家パッケージ(Iværksætterpakken)」の一環であり、フィンランド(最低資本金なし)、スウェーデン(SEK 25,000)、ノルウェー(NOK 30,000)といった周辺諸国との設立障壁の競争環境を踏まえて導入されました。この変更により、デンマークは北欧地域で最も設立しやすい国の一つとなり、特に日本のスタートアップや中小企業にとって欧州進出の財務的ハードルが大幅に下がりました。

ApSの設立にあたっては、A/Sとは異なり、最低資本金DKK 20,000を現金または現物出資によって全額払い込む必要があります。デンマーク法が実質的な資本要件を維持する姿勢は、日本法が形式上1円設立を認めているのと対照的であり、有限責任の対価として最低限の債権者保護のための資産基盤を求める大陸法的な考え方が根底にあるものと理解できます。

デンマークの主要会社形態の基本的な比較は以下の通りです。

デンマークの主要会社形態(A/SとApS)の比較

項目公開有限会社 (Aktieselskab:A/S)非公開有限会社 (Anpartsselskab:ApS)
日本法上の相当形態株式会社 (KK)合同会社 (GK) / 旧有限会社
最低資本金DKK 400,000DKK 20,000 (2025年2月下旬より施行)
設立時払込要件25%払込で設立可能(最低 DKK 100,000)全額(DKK 20,000)の払込が必要
ガバナンス構造必須の二層制(取締役会 + 執行役会/監督役会)柔軟な単層・二層制(取締役会は任意)
株式の譲渡原則自由(公募による資金調達が可能)原則制限あり

デンマークでの会社設立における具体的要件とデジタル登録プロセス

デンマークでの会社設立における具体的要件とデジタル登録プロセス

デンマークでの会社設立プロセスは、日本の手続きと比較して極めて迅速かつデジタル化が進んでいます。登記機関はデンマーク商務庁(Erhvervsstyrelsen)であり、オンラインでの登録が可能です。

登記機関、必要書類、そして公証不要の迅速性

会社を設立する際には、設立趣意書 (Memorandum of Association) および定款 (Articles of Association) を作成し、Erhvervsstyrelsenに提出することが義務付けられています。これらの文書は、会社の基本的な情報(名称、所在地、目的、株式資本など)を定めるもので、一部の文書は英語で作成することが認められています。

会社設立手続きにおける日本法との最大の違いは、公証要件の原則的不要にあります。日本の株式会社(KK)設立においては、定款の公証人による認証が必須であり、これに費用(登録免許税とは別に3万円から5万円程度)と時間を要します。これに対し、デンマークでは、設立文書の署名に公証人の認証は原則として要求されません。

公証プロセスが省略され、かつErhvervsstyrelsenのデジタルプラットフォーム(Virk)を通じてオンライン登録が完了するため、設立手続き自体は非常に迅速です。株主資本が払い込まれ、必要な設立文書が署名され次第、数分以内に一意の会社登録番号(CVR番号)が付与されます。Erhvervsstyrelsenへの登録料は€100未満であり、手続きの迅速性と低コストは国際的に見ても高い競争力を有しています。この迅速性は、Erhvervsstyrelsenが提出された文書の署名真正性を公証ではなく、デジタルインフラと厳格な管理体制によって担保していることに依拠しています。

外国籍の役員・株主に関する規制と実務上のデジタルID要件

デンマーク会社法には、A/SまたはApSの取締役会および執行役会(Executive Board)のメンバーの居住地や国籍に関して、厳格な制限規定はありません。非デンマーク居住者や非EU国籍者であっても、これらの役職に就くことが可能です。この柔軟性は、日本の親会社からの役員派遣を容易にします。

ただし、デンマークの高いデジタル化の恩恵を最大限に受けるためには、実務上の課題があります。オンラインのセルフサービス「Start Company」を利用して迅速に登録を完了させるには、原則としてデンマークの社会保障番号(CPR)と電子IDである「MitID」が必要となります。

CPR番号やMitIDを持たない外国籍の創設者が会社設立を行う場合、この迅速なオンラインシステムを利用することは困難であり、代わりに「Registration of Non-Danish Company – Start-40.112」という書式を記入して提出する必要があります。これは、デンマーク法が提供する「数分での設立」という利点を享受するためには、現地のデジタルインフラへの対応が必須となることを示しており、日本からの進出企業は、設立前に現地の専門家を介するなど、デジタルアクセスの確保に関する対応を検討する必要があります。

デンマーク会社の統治構造(ガバナンス)と監査義務の要件

A/SとApSは、その規模や目的の違いに基づき、デンマーク会社法(Selskabsloven)の下で異なるガバナンス構造が求められます。

A/SとApSにおける機関設計の差異

A/S(公開有限会社)は、大規模な公開企業としての信頼性を確保するため、より厳格なガバナンス体制が義務付けられています。A/Sは、会社の戦略的方向性を決定・監督する取締役会(Board of Directors)(または監督役会)と、日常的な経営を実行する執行役会(Executive Board)という、二層制の経営体制を敷かなければなりません。取締役会は最低3名のメンバーで構成される必要があります。

一方、ApS(非公開有限会社)は、より柔軟な機関設計が認められています。ApSは、取締役会を設置するかどうかを選択でき、単独の執行役(Executive Manager)のみで運営する、単層制の体制を敷くことも可能です。

ただし、ApSであっても、企業の成長に伴いガバナンスの厳格化が自動的に求められる点に留意が必要です。過去3年間の平均従業員数が35名以上となった場合、従業員は取締役会(または監督役会)のメンバーを選出する権利を有し、これによりApSにも取締役会(または監督役会)の設置が義務付けられます。これは、企業の規模拡大に伴って、ステークホルダー(従業員)の利益保護を図るという社会的な要請を反映した設計であると言えます。

規模と業種に基づく監査義務の免除規定と特殊要件

デンマークの有限責任会社は、原則として年次財務諸表をErhvervsstyrelsenに提出しなければなりませんが、日本の親会社にとって重要なメリットとなるのが、特定の小規模企業に対する監査義務の免除規定です。

デンマークでは、EU指令を取り入れた国内法に基づき、一定の閾値以下の企業に対して監査義務の免除(免除宣言)が認められています。監査を免除されるためには、企業は以下の3つの基準のうち2つ以下を満たす必要があります。

  1. 総資産額が DKK 400万以下
  2. 純売上高が DKK 800万以下
  3. 平均フルタイム従業員数が 12名以下

設立初年度に上記の要件を満たした場合、監査が免除されます。2期目以降は、監査免除を継続するために、直近2会計年度連続で上記の2つの基準を超過しないことが求められます。これは、日本からの進出子会社が小規模である場合、年間DKK 25,000〜50,000に及ぶ監査費用を削減できるという、財務上の大きなメリットとなり得ます。

一方で、デンマークの規制当局は、企業規模だけでなく業種のリスクにも基づいたコンプライアンスの強化を進めています。2023年以降の法改正により、レストラン、ナイトクラブ、パブ、そしてソフトウェア会社を含む11種の特定の「ハイリスク産業」に属する企業に対して、新たな要件が導入されました。これらのハイリスク産業の企業は、2会計年度連続で売上高が DKK 500万を超える場合、完全な監査は必須ではないものの、年次報告書に公認会計士による監査証明書を添付することが義務付けられています。これは、特定のリスクの高い業種に対する透明性向上を目的とした、より洗練されたリスクベースの規制アプローチを示しています。

デンマーク会社役員の責任に関する判例法の検討:資本維持義務とコンプライアンス

デンマークの会社法は、取締役会および執行役会のメンバーに対し、会社に対する善管注意義務および忠実義務を負わせています。この義務の履行が不十分であった場合、株主だけでなく、会社や第三者(例:税務当局)からの損害賠償請求により、役員個人が責任を問われる可能性があります。

Østre Landsret(東部高等裁判所)の重要判例と経営者への教訓

デンマークの会社役員が直面する個人責任のリスクは、近年の判例によってその厳格性が示されています。2023年夏に東部高等裁判所(Østre Landsret)で最終決定が下された事案は、日本の進出企業が特に留意すべき重要な教訓を含んでいます。

この事案では、破産した企業の取締役3名が、会社の損失、具体的には三角貿易に関するVAT(付加価値税)規則の誤解や不履行に起因する税務当局(SKAT)からのVAT請求について、個人責任を問われました。

裁判所は、経営者が会社の事業において基本的な税務コンプライアンスを誤解し、結果的に多額の損失を会社に与えたことに対し、取締役としての適切な監督義務とリスク管理義務を怠ったと判断しました。この判決は、形式的な経営判断(Business Judgment Rule)の範囲内であるかどうかにかかわらず、基本的なコンプライアンスに対する理解不足や監督の欠如が、取締役の善管注意義務違反に繋がり、個人責任を負い得るという、厳格なメッセージを発しています。

この判例はまた、会社法が求める「適切な資本資源(forsvarligt kapitalberedskab)」を継続的に維持する義務の重要性を強調するものでもあります。取締役は、会社の財政状態を常に監視し、特に資金繰りが悪化するリスクがある場合には、外部からの資金調達に関する確実な書面契約を結ぶ、現金の流れを厳密にコントロールする、そして資本資源の評価を取締役会で定期的に行い文書化するなど、積極的な対策を講じることが求められます。最低資本金を満たしていることのみでは不十分であり、事業規模に見合った資本維持義務を継続的に果たすことが、役員個人責任の追及を避けるための必須要件となります。

以下の表に、日本とデンマークの会社法制における主な構造的差異をまとめます。

日本(KK/GK)とデンマーク(A/S/ApS)の主要な差異

項目日本法 (KK/GK)デンマーク法 (A/S/ApS)
最低資本金要件実質的な要件なし (理論上1円)DKK 20,000またはDKK 400,000の実質的な要件あり
設立時の公証手続き株式会社(KK)は定款の公証が必須原則として公証は不要
登録の迅速性一般的に手続きに数週間を要するオンライン登録により数分でCVR番号を取得可能
役員責任責任制限規定があるが、重大な義務違反で個人責任を追及される厳格な監督・コンプライアンス義務。判例により税務コンプライアンス違反でも個人責任を追及されるリスクが高い
監査義務 (小規模企業)親会社方針によるが、しばしば求められるApSは特定の閾値以下であれば免除可能

まとめ

デンマークへの事業進出は、特にデジタル化された迅速な設立プロセスと、2025年2月下旬に施行されたApSの最低資本金の大幅な引き下げにより、財務的な初期ハードルが低くなりました。これは、日本のスタートアップや中小企業にとって魅力的な要素です。

しかし、その進出にあたっては、日本の法制度との重要な相違点を理解し、適切な法的準備を講じることが成功の鍵となります。具体的には、日本の「1円設立」の考え方とは異なる実質的な最低資本金要件の存在、特にA/Sを選択した場合の義務的な二層制ガバナンス、そして企業の規模や業種に応じた柔軟な、あるいは特殊な監査義務の適用基準の把握が不可欠です。

何よりも、デンマークの判例法は、役員が会社の資本維持義務やコンプライアンス監督義務を怠った場合、会社の損失に対して個人として責任を負うリスクが高いことを明確に示しています。これは、親会社から派遣される経営陣や法務部門に対し、現地法のコンプライアンス体制を厳格に構築し、適切な資本資源の維持を継続的に確認するよう求めるものです。

デンマーク会社法(Selskabsloven)は、デンマーク商務庁のウェブサイトなどで公開されており、具体的な法令の根拠を確認することができます。

・デンマーク商務庁の公式ウェブサイト
https://danishbusinessauthority.dk/sites/default/files/2023-10/consolidating-act-public-private-limited-liability-companies-11102021_wa.pdf

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弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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