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ポルトガルの労働法を弁護士が解説

ポルトガルの労働法を弁護士が解説

ポルトガルは、ヨーロッパのイベリア半島西部に位置し、近年、テクノロジー分野や再生可能エネルギー分野での成長が注目されています。日本企業がポルトガルへの進出や事業展開を検討する際、現地の法規制、特に労働法への理解は不可欠です。

ポルトガルの労働法は、ポルトガル労働法典(Código do Trabalho / Labor Code, Law no. 7/2009, as amended)にその中核が規定されており、伝統的に労働者の権利保護に強い重点を置いていることが特徴です。特に、雇用契約の終了に関しては、日本の労働法と比較して非常に厳格なルールが定められています。日本では、解雇権濫用法理(労働契約法第16条)により「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない」解雇は無効とされますが、ポルトガルでは原則として「正当な理由(Just Cause)」がなければ雇用主による一方的な解雇が認められません。

この記事では、ポルトガルでのビジネス展開を目指す日本企業の経営者や法務担当者の皆様に向けて、ポルトガル労働法の基本的な枠組み、特に日本法との違いが際立つ雇用契約の終了(解雇)に関する厳格な要件と手続きについて、労働法典の規定に基づき詳しく解説します。具体的には、労働時間や最低賃金といった基本条件に加え、解雇に必要となる「正当な理由」の具体的な内容、勤続年数に応じた解雇予告期間、客観的理由による解雇の場合に発生する退職金、そして何よりも厳格に定められた解雇手続きと、それに違反した場合の重大なリスク(解雇の無効)に焦点を当てていきます。

ポルトガル労働法の基本原則:労働者保護の重視

ポルトガルの労働法体系は、労働者の権利を手厚く保護することを基本理念としています。これは、欧州連合(EU)の指令を国内法化したものでもありますが、ポルトガル独自の歴史的背景も反映されています。

労働時間・休暇・最低賃金

ポルトガル労働法典では、労働者の健康と安全を守るため、労働時間や休暇に関する厳格な規定が設けられています。

労働時間

通常の労働時間は、原則として1日8時間、週40時間を超えてはならないと定められています(労働法典第203条)。これは日本の法定労働時間(原則1日8時間・週40時間)と同様です。ただし、残業を含む週平均労働時間についても規制があり、原則として4ヶ月の参照期間(労働協約などで延長可)において、週48時間を超えてはならないとされています(労働法典第228条)。

有給休暇

従業員は、原則として年間22労働日の有給休暇を取得する権利を有します(労働法典第238条)。これは、日本法における勤続年数に応じた付与日数(最大20日)と比較して、手厚い内容と言えるかもしれません。採用初年度については、勤続1ヶ月あたり2労働日の休暇が付与され(最大20日まで)、6ヶ月の継続勤務後に取得可能となります。また、6ヶ月未満の短期契約の場合は、契約期間1ヶ月あたり2労働日の休暇が付与され、原則として契約終了直前に利用されます(労働法典第239条)。重要な点として、取得されなかった休暇の代わりに金銭補償を行うことは原則として禁止されています(労働法典第237条第4項)。

最低賃金

ポルトガルでは、政府が毎年、政令によって全国一律の月額最低賃金(Retribuição Mínima Mensal Garantida – RMMG)を定めています。2024年時点での最低賃金は月額820ユーロとされています。最低賃金の不払いは、労働法典上「重大な違反(very serious administrative offence)」とみなされ(労働法典第273条第10項)、高額な罰金が科される可能性があります。

ポルトガルの労働条件に関する公式情報は、欧州委員会のEURESポータルなどでも確認できます。

参考:EURES – Living and working conditions in Portugal

社会保障制度

ポルトガルでは、雇用主と従業員の双方が社会保障制度に加入し、保険料を拠出する義務があります。一般的に、雇用主は従業員の総賃金の23.75%を、従業員は自身の総賃金の11%を社会保障費として拠出します。これにより、年金、健康保険、失業保険、労働災害保険などがカバーされます。

試用期間中の解雇

日本法では、試用期間開始後14日以内であれば解雇予告が不要とされる(労働基準法第21条)など、試用期間中の解雇のハードルは(本採用後と比較すれば)相対的に低いと解されています。

ポルトガルにおいても試用期間(Período experimental)は認められていますが(労働法典第111条)、試用期間中であっても、一定期間を超えた場合には、解雇(契約の終了)にあたって事前の通知期間が必要とされている点に注意が必要です。具体的には、試用期間が60日を超える場合、雇用主が契約を終了させるには7日前の通知が必要であり、試用期間が120日を超える場合には15日前の通知が必要と定められています(労働法典第114条第2項)。試用期間中だからといって、何らの予告もなしに即日解雇できるわけではない点は、日本企業にとって留意すべき違いでしょう。

ポルトガルにおける雇用契約の終了:日本法との決定的な違い

ポルトガルにおける雇用契約の終了:日本法との決定的な違い

ポルトガル労働法において、日本企業が最も注意すべき点は、雇用契約の終了、特に解雇に関するルールの厳格さです。

「正当な理由(Just Cause)」の厳格な要件

ポルトガル労働法典は、雇用主が「正当な理由(justa causa)」なしに雇用契約を終了させることを明確に禁止しています(労働法典第328条)。この「正当な理由」は、日本の解雇権濫用法理における「客観的に合理的な理由」よりも、はるかに具体的かつ限定的に解釈される必要があります。

ポルトガル法における「正当な理由」は、大きく分けて「主観的理由」と「客観的理由」の二つに分類されます。

懲戒解雇(主観的理由)とその具体例

主観的理由とは、従業員側の帰責事由、すなわち重大な非行や義務違反に基づく解雇(懲戒解雇)を指します。労働法典第351条第1項は、「正当な理由」を構成する重大な非行(comportamento culposo)とは、「その重大性と結果に照らして、雇用関係の維持を直ちに、かつ現実的に不可能にするような、従業員の過失による行動」であると定義しています。

さらに同条第2項では、正当な理由となり得る具体例が以下のように列挙されています。

  • (a) 正当な理由のない、上司の命令への不服従
  • (b) 同僚の権利や保障(特に、職場でのいじめに関するもの)の侵害
  • (c) 正当な理由のない欠勤が、会社に直接的な損害や重大なリスクをもたらした場合
  • (d) 職務の遂行に対する、繰り返される(repeated)関心の欠如
  • (e) 会社または会社の資産に対する重大な損害(serious material damage)
  • (f) 虚偽の報告
  • (g) 会社、同僚、または第三者との間で繰り返される(repeated)紛争
  • (h) 職場での暴力、侮辱、または重大な不敬行為
  • (i) 信頼関係の違反、または職務に関連する重大な機密の漏洩
  • (j) 会社の安全衛生規則への違反
  • (k) 故意のパフォーマンス低下(intentional reduction of productivity)
  • (l) 勤務時間中または勤務場所における、アルコールや薬物の常習的な摂取(ただし、それが疾病として扱われるべき場合を除く)

これらの例はあくまで例示ですが、ポルトガルの裁判所はこれらの要件を非常に厳格に解釈する傾向にあります。例えば、単なるパフォーマンス不足や一度の軽微なミス、あるいは日本企業で時に見られるような「社風に合わない」といった抽象的な理由では、「正当な理由」とは到底認められません。「繰り返される(repeated)」や「重大な(serious)」といった文言が多用されていることからも、解雇が最終手段であることがわかります。

客観的理由による解雇(冗長性など)

客観的理由とは、従業員側には帰責事由がなく、会社側の経営上・構造上の理由に基づく解雇を指します。これには、主に以下の3つの類型が定められています(労働法典第359条)。

  1. 集団解雇(Collective dismissal): 経済的、構造的、または技術的理由に基づき、一定期間内に一定数以上の従業員を解雇する場合。
  2. ポスト(職位)の消滅(Extinção do posto de trabalho): いわゆる「冗長性(redundancy)」による解雇。経済的、構造的、または技術的理由により、特定のポスト(職位)自体を廃止する必要がある場合。
  3. 従業員の適応能力の欠如(Inadaptação): 導入された新しい技術や職務遂行方法に対し、従業員が(適切な研修機会が提供されたにもかかわらず)適応できないことが明らかな場合。

日本法における「整理解雇」では、一般的に「人員削減の必要性」「解雇回避努力」「人選の合理性」「手続きの妥当性」という4つの要件(要素)に基づき有効性が判断されます。ポルトガル法における客観的理由による解雇も、これらの要件と類似の側面を持ちますが、特に「ポスト(職位)の消滅」や「適応能力の欠如」については、その必要性や立証責任が雇用主側に厳格に課されます。

ポルトガルにおける厳格な解雇手続きと金銭的補償

ポルトガルでは、たとえ「正当な理由」が存在すると雇用主が判断した場合でも、法律に定められた厳格な手続きを遵守しなければ、その解雇は違法・無効とみなされるリスクが極めて高いです。

懲戒解雇の手続き

従業員の重大な非行(主観的理由)に基づき懲戒解雇を行う場合、雇用主は労働法典第352条以下に定められた厳格な懲戒手続き(procedimento disciplinar)を踏まなければなりません。

この手続きには、違反行為の発生から一定期間内(通常60日以内)に手続きを開始する義務、従業員に対して解雇の意図と具体的な理由を詳述した書面(acusação, 告発状にあたる)を送付する義務、従業員に弁明の機会(書面または口頭での反論、証拠の提出、証人の要求など)を(通常10労働日以上)与える義務、そして最終的な解雇決定を書面で行う義務などが含まれます。この手続きのいずれかを怠った場合、解雇は無効とされる可能性が非常に高いです。

解雇予告期間

雇用主が客観的理由(冗長性など)に基づき解雇を行う場合、または懲戒解雇(この場合は予告期間不要)以外の理由で解雇する場合には、従業員の勤続年数に応じた解雇予告期間(aviso prévio)が必要となります(労働法典第363条)。

  • 勤続1年未満: 15日
  • 勤続1年以上5年未満: 30日
  • 勤続5年以上10年未満: 60日
  • 勤続10年以上: 75日

これは、日本法における原則30日前の予告(労働基準法第20条)と比較し、勤続年数が長いほど雇用主の負担が重くなる制度設計となっています。

退職金(Severance Pay)

日本法では、解雇時に必ずしも退職金を支払う法的義務はなく、企業の退職金規程によります。しかし、ポルトガルでは、**客観的理由(集団解雇、ポストの消滅、適応能力の欠如)**によって解雇された従業員は、法的に退職金(compensação)を受け取る権利を有します(労働法典第366条)。

退職金の額は、原則として勤続年数1年につき、基本給+勤続手当(diuturnidades)の12日分に相当する金額と定められています。ただし、この計算の基礎となる月給や総額には一定の上限(例:最低賃金の20倍を基礎月給の上限とするなど)が設けられています。

重要な点として、従業員の重大な非行に基づく懲戒解雇の場合、雇用主は予告期間を設ける必要も、この退職金を支払う義務もありません(労働法典第351条)。

解雇手続きの厳格性と違反の効果

客観的理由による解雇(ポストの消滅など)の場合も、懲戒手続きと同様に厳格なプロセスが求められます。雇用主は、解雇の理由、必要性、対象となるポストなどを記載した書面を従業員および労働組合(または従業員委員会)に通知し、協議のプロセスを経る必要があります。また、労働当局(Autoridade para as Condições do Trabalho – ACT)への通知も必要です。

従業員は、解雇通知を受け取った場合、裁判所に対して解雇の差し止めを求める仮処分を迅速に申し立てたり、解雇の無効を主張して本訴を提起したりする権利を有します。

ポルトガル労働法典に関する公式な法令テキストは、ポルトガルの官報であるDiário da República Eletrónicoなどで確認することができます。

もし、これらの厳格な実体的要件(正当な理由の欠如)または手続的要件(通知義務違反、弁明の機会の不付与など)に違反した場合、その解雇は違法(ilícito)とみなされます(労働法典第381条)。解雇が違法と判断された場合、裁判所は原則として従業員の職場復帰(reintegração)を命じるか、あるいは従業員が職場復帰を望まない場合には、雇用主に対して高額の補償金(勤続1年につき15日から45日分の基本給+勤続手当)の支払いを命じることになります(労働法典第389条、第391条)。これは、日本企業にとって極めて重大な経営リスクとなり得ます。

まとめ

本記事では、ポルトガル共和国の労働法、特に日本企業が現地で直面する可能性のある雇用契約の終了に関する厳格な規制について概観しました。ポルトガルの労働法は、労働時間、有給休暇、最低賃金といった基本条件においても労働者保護の色合いが濃いですが、その最大の特徴は解雇規制の厳格さにあります。

日本法における解雇権濫用法理とは異なり、ポルトガルでは「正当な理由(Just Cause)」がなければ解雇は原則として認められません。この「正当な理由」は、労働法典第351条に列挙されるような従業員の「重大な非行」(主観的理由)か、または同第359条に定められる「ポストの消滅(冗長性)」や「集団解雇」(客観的理由)などに厳格に限定されています。単なる業績不振や軽微なミスを理由とした解雇は、法的に極めて困難と言えるでしょう。

さらに、たとえ正当な理由が存在すると考えられる場合でも、懲戒手続きにおける厳格な通知と弁明の機会の付与(主観的理由の場合)や、労働組合等との協議プロセス(客観的理由の場合)など、法律に定められた手続きを寸分違わず遵守することが求められます。これらの実体的・手続き的要件のいずれかを欠いた解雇は「違法」とみなされ、原則として解雇無効(職場復帰)または高額な補償金の支払いという重大な結果を招きます。

加えて、客観的理由による解雇の場合には、勤続年数に応じた法定の退職金(1年につき12日分)の支払い義務が発生する点も、日本の法制度との大きな違いです。

ポルトガルでの事業展開を成功させるためには、日本の常識や感覚で労務管理を行うのではなく、現地の労働法典の規定と、それを厳格に適用する実務・判例の傾向を深く理解し、遵守する体制を構築することが不可欠です。

モノリス法律事務所は、日本の法律事務所として、国内法務のみならず、海外進出に伴う様々な法務課題についても、現地の専門家と連携しつつサポートを行っております。ポルトガルの労働法に関する具体的なご相談や、現地での労務管理体制の構築についてお困りの際は、ぜひ一度ご相談ください。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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