ウズベキスタンのコーポレートガバナンスと最低資本金規制

ウズベキスタン共和国(以下、ウズベキスタン)は、中央アジアにおける重要な成長市場として、近年、多くの日本企業にとって魅力的な進出先となっています。しかし、この地域での事業の成功を確実にするためには、現地の法人設立に関する法制度、特にコーポレートガバナンスの設計と資本に関する特殊な規制を深く理解することが不可欠です。ウズベキスタンでは、日本と同様に、有限責任会社(LLC)と株式会社(JSC)が主な事業形態ですが、その機関設計や資本規制には、日本の会社法と異なる重大な相違点が存在します。
特に、JSC(株式会社)では日本の会社法と異なり、業務執行を監督する監査役会(Supervisory Board)の設置が義務付けられる二層構造が強制されます。さらに、現地法人の設立を検討する外国企業は、原則として最低資本金の定めがないにもかかわらず、「外国投資を伴う企業」(EFI)として登録する際に最低4億UZS(約32,000米ドル相当)の初期資本が要求されるという「例外規定」に細心の注意を払う必要があります 1。この初期費用は事業計画に大きな影響を与えるため、設立の初期段階でこの法的要件を正確に織り込むことが求められます。また、少数株主保護の観点からは、資本増加時の新株予約権が定款に依存する構造となっており、合弁契約における詳細な取り決めが必須となります。
本稿では、ウズベキスタン現地法人の機関設計の構造と、日本企業が遵守すべき最低資本金規制について、具体的な法令に基づき解説します。
この記事の目次
ウズベキスタン現地法人設立の基本類型:LLCとJSCの機関設計
ウズベキスタンでの法人形態は、その規模や目的によって主に有限責任会社(LLC)と株式会社(JSC)の二つから選択されます。これらの法人の設立、活動、再編、清算に関する関係を規制するために、個別の法律が存在します。
LLC(有限責任会社)の構造と日本法(GK)との比較
有限責任会社(LLC)は、2001年12月6日付のウズベキスタン共和国法律第310-II号「有限責任・追加責任会社法」に基づき規制されています。
LLCの参加者(社員)は、原則として、会社の義務について個人的な責任を負わず、その出資額の範囲内で会社活動に関連する損失のリスクを負担します。この点は、日本の合同会社(GK)と同様であり、最も基本的な事業リスクの限定メカニズムが機能しています。
しかしながら、日本企業が設立文書を確認する際に注意すべき点は、法令の正式名称に「追加責任」が含まれていることです。同法によれば、社員は原則として有限責任ですが、完全に出資を履行しなかった社員については、未払い分の範囲内で会社の債務に対して連帯責任を負うと明記されています。日本の法務部員は、出資が完全かつ迅速に行われたことを確認し、定款(設立文書)における追加責任条項の有無を厳しくチェックすることが必要です。
機関設計においては、最高意思決定機関は「社員総会」であり、業務執行を監督するための監査役会(Supervisory Board)の設置は任意とされています。比較的柔軟なガバナンス運営が求められる中小規模の現地法人や、少数株主の関与が限定的なケースに適していると言えるでしょう。
JSC(株式会社)の構造と監査役会の強制設置義務
株式会社(JSC)は、2014年5月6日付のウズベキスタン共和国法律第ZRU-370号「株式会社法」に基づき規制されています。JSCは、一般に大規模な事業や、将来的な資本市場からの資金調達を想定する企業に採用されます。
JSCのガバナンスモデルにおいて、日本の会社法と大きく異なるのは、二層構造の強制です。JSCは、最高意思決定機関である「株主総会」に加え、業務執行を監督する監査役会(Supervisory Board)の設置が義務付けられています。
これは、ウズベキスタンが、所有(株主)と経営(執行機関)の厳格な分離を要求する大陸法系の影響を受けたガバナンスモデルを採用しているためです。監査役会は、執行機関の活動を監督し、会社の開発戦略全体の実行に対するコントロールを行い、リスク管理を担うなど、非常に広範な権限を有します。さらに、監査役会は、その構成員の中から議長を選出するほか、執行機関のメンバー(取締役会など)との雇用契約に署名する権限を持ちます したがって、日本の株式会社のように、ガバナンス体制を柔軟に設計したり、監督と執行の分離を最小限に抑えたりすることはできません。進出企業は、監査役会に十分な独立性と、経営戦略を監督できる専門的知見を持つ人材を確保することが、現地におけるコンプライアンス維持とリスク管理の要諦となります。
日本企業が最も警戒すべきウズベキスタンの資本金規制

原則として、ウズベキスタンの会社法は、LLCおよびJSCの双方に対して最低資本金の定めを設けていません。この自由度の高さは一見、日本企業にとってメリットに見えますが、日本企業が現地法人を設立する場合、この原則には非常に重要な例外が適用されます。
「外国投資を伴う企業(EFI)」の定義と最低資本金の要求
日本企業がウズベキスタンで現地法人を設立する際、その法人が「外国投資を伴う企業」(Enterprise with Foreign Investment:EFI)として認められるか否かが、最低資本金規制の適用を決定づけます。このEFIの地位は、単なる法人登記ではなく、ウズベキスタン政府が定める投資促進と規制を目的とした上級法令、具体的には2018年8月1日付大統領令第DP-5495号や2019年12月25日付投資法第LRU-598号などに基づき規制されています。
EFIとして登録されるためには、現地法人設立時に以下の3つの条件をすべて満たす必要があります。
- 創設者に外国法人または外国人が含まれること。
- 外国資本の持分割合が総授権資本の15%以上であること。
- 最低授権資本が4億UZS(ウズベキスタンスム)以上であること。
この「最低授権資本4億UZS」の要件は、日本企業が設立するLLC(合弁LLCや外国企業LLC)に対して明確に適用されます。2024年3月時点の換算では、約32,000米ドルに相当する金額であり、日本の会社設立時には不要な初期費用として計上しなければなりません。
資本規制の戦略的意義と地域特例
この4億UZSという最低資本金要件は、基礎的な会社法ではなく、投資規制法によって課されています。これは、この要求が、単なる企業の財務基盤の保護だけでなく、ウズベキスタン政府が求める「実質的な」投資をスクリーニングし、その後の税制優遇などの投資インセンティブを付与するための門番(ゲートキーパー)として機能していることを意味します。この要件は、過去に比べ緩和傾向にありますが、依然として、当局が堅実で長期的な経済貢献を志向する企業を誘致する意図を持っていることが読み取れます。
なお、地域振興策として、カラカルパクスタン共和国およびホレズム州において事業を行う企業に限り、最低授権資本の要件が2億UZSに緩和されています。立地戦略を検討する際には、この地域特例が初期投資額に与える影響を考慮することが可能です。
以下に、外国企業がEFIとして登録する際の要件をまとめます。
外資系企業(EFI)としての登録要件
| 要件 | 詳細 | 日本企業にとっての重要性 |
| 最低資本金額 | 4億UZS以上 (約32,000米ドル相当) | 日本法との最大の相違点であり、初期投資計画に必須 |
| 外国資本比率 | 総授権資本の15%以上 | 投資優遇措置(EFIステータス)を受けるための最低条件 |
| 地域特例 | 特定地域では2億UZSに緩和 | 地域戦略に応じた初期投資額の調整が可能 |
ウズベキスタンのコーポレートガバナンスにおける少数株主保護と定款自治
ウズベキスタンでの事業展開、特に合弁事業(JV)においては、現地法人における少数株主の権利保護の仕組みを深く理解することが、将来の紛争防止に直結します。
透明性向上に向けた法的枠組みの整備
ウズベキスタンは、国際的なコーポレートガバナンス基準への整合を目指し、少数株主保護の法整備を進めています。法制度の下では、少数株主は、会社の財務諸表、会議の議事録、その他の重要な文書を含む、会社の活動に関する信頼できる完全な情報を受け取る権利が保障されています。
特に、ガバナンスの透明性強化策として、関連当事者取引(RPT)の規制強化が進められています。2015年には、RPTに関する情報の年次報告書での開示や、取締役会への開示基準の厳格化、さらには株主がRPT関連文書すべてを受領する権利が確立されました。これは、支配株主がその立場を利用して自己に有利な取引を行う利益相反行為を防止するという、日本の法制度と共通の方向性を示すものです。
少数株主の資本希釈リスクと定款に依存する新株予約権
透明性の向上傾向にあるものの、日本企業が合弁契約交渉時に最も留意すべきガバナンス上の弱点が、資本増加(増資)に際する少数株主の持分比率維持の保護メカニズムです。
日本では、原則として既存株主の持株比率を維持するための新株予約権(Pre-emptive rights)が法定され、手続的にも強く保護されています。しかし、ウズベキスタンのJSC法制下では、資本増加時における新株予約権は、定款に規定されている場合にのみ適用されるという構造を持っています。
この「定款自治への全面依存」は、日本の会社法に慣れた企業にとって、合弁事業において極めて高いリスク要因となります。定款に規定がなければ、支配株主は自らに有利な形で増資を行い、少数株主である日本企業の持分を意図的に希釈することが法的に可能となるためです。したがって、合弁契約書(JV Agreement)および会社定款の作成・レビュー時において、増資時の新株予約権の確実な適用とその行使条件を詳細に規定することが、少数株主の権利を守るための絶対的な防衛策となります。
ウズベキスタンの紛争解決メカニズムと投資家保護の動向
ウズベキスタンでのクロスボーダービジネスにおいて紛争が発生した場合、どの解決メカニズムを選択するかは、リスク管理上非常に重要です。
国内司法制度と国際仲裁の選択肢
ウズベキスタンは、2006年の「仲裁裁判所法」や2021年の「国際商事仲裁法」の導入を通じて、裁判外紛争解決手続き(ADR)の利用拡大を図っています。タシケント国際仲裁センター(TIAC)などの現地仲裁機関も整備が進められ、投資家に対してより迅速かつ透明な解決オプションを提供しようとしています。
しかしながら、複雑で高額な国際商事紛争においては、依然としてロンドンを仲裁地とする契約が増加傾向にあります。これは、国際的な執行力、中立性、および確立された判例に基づく予測可能性を重視する国際投資家の戦略的な判断を反映したものです。
日本企業は、現地に進出する際の契約において、係争の性質や相手方の特性に応じて、現地の司法・仲裁制度の利用と、ロンドンやシンガポールといった信頼性の高い国際仲裁地の中から、戦略的に最も有利な紛争解決条項を選択することが求められます。
まとめ
ウズベキスタンは、投資環境の改善に積極的に取り組んでいますが、日本企業が現地で事業展開する際には、日本の法制度との重要な異同を把握しておくことが、事業の安定性を確保する鍵となります。
特に、設立計画の初期段階で検討すべき論点は以下の三点です。
第一に、株式会社(JSC)を選択した場合、日本の会社法と異なり、業務執行を監督する監査役会(Supervisory Board)の設置が強制される二層構造のガバナンス設計を受け入れる必要があります。第二に、国内企業には最低資本金の定めがないという原則に対し、日本企業を含む外国企業が「外国投資を伴う企業」(EFI)として設立する場合、最低4億UZS(約32,000米ドル)の授権資本が要求されるという「重大な例外」です。この金額は初期の事業計画に必ず計上しなければなりません。第三に、合弁事業における少数株主の保護に関し、資本増加時の新株予約権が法定されておらず、定款に規定がなければ行使できないという重大な弱点が存在するため、定款・合弁契約における権利の確保が絶対的に不可欠です。
これらの規制上の違いを正確に把握し、設立段階で適切な機関設計と資本戦略を構築することが、投資家保護と事業の安定性を確保する鍵となります。当事務所では、ウズベキスタンへの進出を検討されている日本企業の皆様に対し、複雑な現地の法人設立、ガバナンス設計、および合弁契約の策定に関する専門的なサポートを提供いたします。
カテゴリー: IT・ベンチャーの企業法務
タグ: ウズベキスタン共和国海外事業

































