ポーランドにおける企業グループ法の解説と実務への影響

2022年10月13日、ポーランドにおいて改正商業会社法(Kodeks spółek handlowych、以下「KSH」)が施行され、同国の企業法制は大きな転換点を迎えました。この改正により、ポーランドは「企業グループ(Grupa spółek)」という概念を法的に定義し、親会社が子会社に対して法的拘束力のある指示を出す権限(Wiążące polecenia)を明文化しました。これは、従来の実務慣行であった事実上のグループ経営に明確な法的根拠を与えると同時に、親会社の責任を強化するものです。
日本の会社法には、企業グループ全体を一つの有機体として規律する包括的な法令は存在しません。親子会社間であっても、法的には別個独立の人格として扱われ、その関係は契約や資本の論理に基づいて規律されるのが一般的です。これに対し、ポーランドの新法は、所定の手続きを経て登録された企業グループにおいて、「グループ全体の利益」を追求することを法的に正当化し、親会社の強力な指揮命令権と引き換えに、子会社やその債権者、少数株主に対する厳格な賠償責任を親会社に課すという、「権限と責任のセット」を導入しました。
本記事では、ポーランドへの進出を検討中、あるいは既に現地法人を有する日本企業の経営者および法務担当者の皆様に向け、この「企業グループ法」の仕組みを詳説します。特に、日本法との違いが際立つ「拘束的指示」の制度、子会社による拒絶義務、そして親会社が負うべきリスクと、少数株主の排除(スクイーズアウト)に関する柔軟な規定について、表を用いながら解説します。
この記事の目次
ポーランド企業グループ法導入の背景とパラダイムシフト
今回の法改正以前、ポーランドの会社法制は、各会社が独立した法人として「自社の利益」のみを追求することを原則としていました。そのため、親会社の指示に従って子会社が自社の利益を犠牲にするような決定を行った場合、子会社の取締役は会社に対する善管注意義務違反として、民事・刑事上の責任を問われるリスクがありました。この「法と実態の乖離」は、グローバルに展開する企業グループにとって大きな法的懸念事項でした。
2022年の改正は、この懸念を解消するために導入されました。その核心は、「グループの利益(interes grupy spółek)」という概念の法制化です。正式に登録された企業グループにおいては、親会社および子会社は「会社の利益」に加えて「グループの利益」を指針として行動することが法的に認められます。これにより、子会社がグループ全体の戦略に従って行動することが正当化され、その結果として子会社に短期的な不利益が生じたとしても、一定の条件の下で取締役が免責される仕組みが整いました。
ポーランド企業グループの設立要件と登録の効力

本法における「企業グループ」は、単に資本関係があるだけでは成立しません。企業がこの制度の適用を受けるためには、明確な意思表示と厳格な手続きが必要となる「オプト・イン(選択制)」の仕組みが採用されています。具体的には、子会社の株主総会において発行済株式数の4分の3(75%)以上の賛成多数をもって決議を行い、その上で全国裁判所登録(KRS)への登記を行う必要があります。
重要な点は、この登記が「創設的効力」を持つということです。つまり、実態として親子関係があっても、この登記を行わない限り、新法が定める「拘束的指示」の発動や取締役の免責といった特例措置は適用されません。日本企業が現地法人に対して本法に基づくガバナンスを行使したい場合は、能動的な登記手続きが不可欠となります。
| 項目 | 企業グループ法適用(登録あり) | 従来型・一般法適用(登録なし) |
| 成立要件 | 子会社株主総会の特別決議(75%)+ KRSへの登記 | 資本保有などの事実上の支配関係 |
| グループ利益 | 「グループの利益」追求が法的根拠を持つ | 原則として「各個社の利益」のみ追求 |
| 指揮命令権 | 法的拘束力のある「拘束的指示」が可能 | 株主権の行使や事実上の要請に留まる |
ポーランド親会社の最強権限である拘束的指示
企業グループ法の中心的な制度が、親会社による「拘束的指示(Wiążące polecenia)」です。これは、親会社が子会社に対して、経営に関する特定の行為を行うこと、または行わないことを命じる権限であり、子会社は原則としてこれに従う義務を負います。
この指示は、親会社の恣意的な運用を防ぐため、書面または電子形式による厳格な記載要件が課されています。口頭での指示や形式要件を満たさないメールは、本法上の拘束力を持ちません。特に重要なのは、その指示に従うことで子会社に損害が生じる場合、親会社がいつ、どのようにその損害を補填するかを明記しなければならない点です。
表:拘束的指示に記載すべき必須事項
| 記載項目 | 内容の概要 |
| 期待される行為 | 親会社が子会社に求める具体的な行動または不作為 |
| 正当化根拠 | その指示がどのような「グループの利益」に基づいているかの説明 |
| 損益の見込み | 指示実行により子会社に生じうる損害、および期待される利益の予測 |
| 損害賠償の方法 | 子会社に損害が生じた場合の、親会社による補償の時期と方法 |
ポーランド子会社による拒絶義務と日本法との相違
親会社の権限は絶対的ではなく、子会社には特定の状況下で指示を拒絶する義務があります。この拒絶要件は、その子会社が「完全子会社(一人会社)」であるか、少数株主がいる「複数株主会社」であるかによって大きく異なります。
完全子会社の場合、拒絶が義務付けられるのは、指示の実行が子会社の「支払不能(倒産)」を引き起こすリスクがある場合に限られます。これは、完全親子会社関係においては親子の財布が実質的に同一視されるため、倒産して外部債権者に迷惑をかけない限り、親会社の裁量が広く認められることを意味します。一方、複数株主会社の場合は、指示が子会社の利益に反し、かつ親会社による損害賠償が見込めない場合にも、拒絶しなければなりません。
| 子会社の形態 | 拒絶しなければならないケース(拒絶義務) |
| 完全子会社(100%保有) | 指示の実行により、子会社が支払不能(倒産)に陥る、またはその恐れがある場合 |
| 複数株主会社(合弁等) | 上記に加え、指示が子会社の利益に反し、かつ親会社による損害補填が見込めない場合 |
日本の会社法では、親会社の指示であっても、それが子会社に損害を与えるものであれば、取締役は善管注意義務違反を問われる可能性があります。ポーランドの新法は、この判断基準を「倒産リスク」や「補償の有無」という客観的な基準に置き換えることで、取締役の判断プロセスを明確化しました。
ポーランド親会社の法的責任の明確化

親会社が強大な指揮命令権を手に入れた反面、新法は親会社に対して厳格な責任を課しています。日本の親会社がポーランド子会社を「企業グループ」として登録する際、最も慎重に検討すべきリスク要因がここにあります。
まず、親会社が拘束的指示を出し、その結果として子会社に損害が発生した場合、親会社はその損害を賠償する義務を負います。特に注意すべきは、子会社の債権者に対する責任です。子会社に対する強制執行が不調に終わった場合、親会社はその債務について補充的な責任を負うことが明文化されました。これは、日本法における「法人格否認の法理」に似ていますが、裁判所の解釈に委ねられる日本とは異なり、条文として明記されているため、親会社が直接的に責任を追及されるリスクが高まっています。
さらに、子会社に少数株主が存在する場合、親会社の指示によって子会社の株式価値が減少したならば、親会社はその減少分を補償する責任を負います。
表:親会社が負う主な法的責任
| 責任の対象 | 内容 |
| 対 子会社 | 拘束的指示により生じた損害で、約束通り補填されなかったものへの賠償 |
| 対 債権者 | 子会社が債務不履行に陥り、強制執行が奏功しなかった場合の補充的責任 |
| 対 少数株主 | 拘束的指示により子会社の株式価値が減少した場合の補償 |
ポーランド法におけるスクイーズアウト(少数株主排除)の円滑化
企業グループ法は、ガバナンスの効率化のために、少数株主を強制的に排除(スクイーズアウト)する権利についても規定を整備しました。従来、ポーランド法におけるスクイーズアウトは要件が厳格でしたが、新法ではこれが緩和されています。
登録された企業グループ内の子会社においては、親会社が資本の90%を直接保有している場合、残りの少数株主の株式を強制的に買い取ることが可能になりました。さらに特筆すべきは、子会社の定款で定めれば、この閾値を75%まで引き下げることも可能である点です。日本の会社法における「特別支配株主の株式等売渡請求」が90%以上の保有を要件としていることと比較すると、定款による75%への引き下げオプションは極めて柔軟であり、合弁解消や完全子会社化の手続きを容易にします。
また、逆に少数株主の側からも、親会社に対して株式の買取を請求する権利(セルアウト権)が認められています。
| 制度 | 日本の会社法(参考) | ポーランド企業グループ法 |
| スクイーズアウト要件 | 議決権の90%以上を保有する特別支配株主 | 原則として資本の90%保有。 ただし定款により75%まで引き下げ可能。 |
ポーランド取締役の保護とビジネス・ジャッジメント・ルール
本改正のもう一つの重要な側面は、子会社取締役の免責です。企業グループに参加し、正式な手続きを経て発行された「拘束的指示」に従って行動した子会社の取締役は、その結果として会社に損害が生じたとしても、民事上の賠償責任を負わないことが明記されました。
日本では「経営判断の原則」は裁判例上の法理ですが、ポーランドの新法はこれを条文として規定し、特に「グループ利益に基づく拘束的指示への従属」という特定の行為に対して明確な免責(セーフハーバー)を与えています。これにより、現地駐在員等の法的リスクが大幅に低減される点は、日本企業にとって大きなメリットと言えます。
まとめ
ポーランドの企業グループ法は、実態としてのグループ経営を法的に追認し、経営の効率化を図る先進的な制度です。特に、100%出資の完全子会社を持つ日本企業にとっては、現地取締役の免責リスクを低減しつつ、本社からのコントロールを強化できる点で大きなメリットがあります。一方で、合弁会社など少数株主が存在する場合には、親会社が債権者や少数株主に対して直接的な責任を負うリスクが明確化されているため、慎重な判断が求められます。
この制度を利用するためには、単なる株主総会決議だけでなく、KRSへの登記という手続きが不可欠です。また、拘束的指示を発する際には、損害賠償計画を含む詳細な書面化が求められるなど、実務的な事務負担も増加します。モノリス法律事務所では、本件新法への適応診断、定款変更、KRS登記手続き、および拘束的指示のドラフティングに至るまで、日本企業のポーランド事業展開をサポートいたします。
カテゴリー: IT・ベンチャーの企業法務

































