弁護士法人 モノリス法律事務所03-6262-3248平日10:00-18:00(年末年始を除く)

法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

IT・ベンチャーの企業法務

ギリシャにおける広告規制の解説

ギリシャにおける広告規制の解説

ギリシャ共和国(以下「ギリシャ」)への事業展開を検討する日本の経営者や法務部員の皆様にとって、現地の広告規制を正確に理解することは、予期せぬ法的リスクを回避し、事業の成功を確実にする上で不可欠です。ギリシャの広告法制は、日本の景品表示法や薬機法に相当する消費者保護法を基盤としていますが、欧州連合(EU)の法制度に深く根ざしていることから、日本法にはない独自の厳格な要件や、罰則制度における根本的な違いが存在します。

本稿では、ギリシャの広告規制の全体像を解説するとともに、特に日本の法制度との重要な相違点に焦点を当てて詳述いたします。具体的には、「強引な広告」に対する明確な禁止規定、比較広告の厳格な法的条件、そして医薬品広告に特有のリスク管理モデルといった、日本企業が特に留意すべき点を掘り下げます。ギリシャへの進出を成功させるために、本レポートが皆様の法務戦略の一助となることを願っております。

ギリシャ広告規制の全体像

ギリシャの広告規制は、日本の法制度と同様に、複数の法律と業界の自己規制規範が組み合わさった多層的な体系を形成しています。その核となるのは、EU指令を国内法化した主要な法律群であり、これによりEU域内における法的一貫性と予見可能性が確保されています。

消費者保護法(Law 2251/1994)

まず、広告活動の最も重要な法的根拠となるのが、消費者保護法(Law 2251/1994)です。この法律は、消費者に対する不公正な商慣行(unfair commercial practices)を包括的に禁止するもので、虚偽または誤解を招く広告(misleading advertising)強引な広告(aggressive advertising)がその対象とされています。この法律に違反した場合、重い罰則が科される可能性があります。これに加えて、不正競争防止法(Law 146/1914)が存在し、商取引や産業活動における「道徳原則に反する」競争目的の行為を不正競争として定義しています。

日本の景品表示法が不当表示や景品類の規制を通じて消費者の利益を保護し、不正競争防止法が競争者の利益を保護しているのと同様に、ギリシャも消費者保護法と不正競争防止法という二つの法律を通じて、消費者と事業者間の公正な競争環境を確保しようとしていると言えます。

業界による自主規制規範

しかし、ギリシャには、これら法的拘束力を持つ法律に加え、業界による自主規制規範が強固に機能している点が日本との重要な違いです。この規範は「ギリシャ広告・通信コード」(Greek Code of Advertising and Communication, EKD-E)と呼ばれ、国際商工会議所(ICC)のコードを基盤としています。法的罰則はないものの、このコードは広告が「法的に適法、品位があり、真実で、公正な競争の原則に沿っていること」を求めており、業界団体からの制裁リスクが存在するため、事実上、全ての事業者がその遵守を求められます。この法規制と自主規制の二重構造は、単なる法律の適合性だけでなく、「品位」や「社会的な責任」といった倫理的な側面まで、広告活動全体に高い基準を課していることを示しています。

EUの不公正な商慣行指令(UCPD)

ギリシャの消費者保護法は、EUの不公正な商慣行指令(UCPD)を国内法化したものであることから、ギリシャの広告規制はEU加盟国の間で根本的な枠組みを共有していることがわかります。このことは、日本企業がEU域内での事業展開を検討する際に、各国で個別の規制をゼロから学ぶ必要がなく、EU全体の広告規制の原則を理解すれば、ギリシャでも同様の原則が適用されるという高い予見可能性があることを意味します。このため、日本の法務担当者は、景品表示法のような広範な概念を理解するだけでなく、EU法に根ざした、より具体的な類型に基づく広告審査のチェックリストを整備することが、実務上の有効な対策となります。

ギリシャでの「虚偽・誤解を招く広告」と「強引な広告」の禁止

ギリシャでの「虚偽・誤解を招く広告」と「強引な広告」の禁止

虚偽または誤解を招く広告(misleading advertising)

ギリシャの消費者保護法は、消費者との関係における不公正な商慣行を包括的に禁止しています。この規制の核となるのが、虚偽または誤解を招く広告(misleading advertising)と、強引な広告(aggressive advertising)の禁止です。

虚偽または誤解を招く広告は、製品の仕様、価格、原産地、使用方法、または広告主に関する情報について、消費者の経済的行動を歪める可能性のある不正確な情報や真実でない情報を提供することを禁止しています。これは、日本の景品表示法が禁止する虚偽・誇大な表示(優良誤認表示)と本質的に共通する原則です。

強引な広告(aggressive advertising)

一方で、ギリシャの法制度で特に注目すべきは、「強引な広告」が明確に定義され、禁止されている点です。消費者保護法(Law 2251/1994)によれば、強引な広告とは、嫌がらせ、脅迫、または不当な影響力を用いることで、平均的な消費者の自由な選択や行動を著しく阻害する可能性のある広告を指します。例えば、消費者が立ち去るよう求めたにもかかわらず、販売員が戸別訪問をやめなかったり、取引が成立するまでその場を離れようとしなかったりする行為は、強引な広告の典型例とされます。

この点は、日本法と決定的に異なります。日本の景品表示法には「強引な広告」という概念は存在しません。訪問販売や電話勧誘販売における強引な行為は、日本の特定商取引法で個別に規制されていますが、ギリシャではこれらの行為が広告活動そのものの一環として明確に禁止されており、違反すれば消費者保護法に基づく厳格な罰則が適用されます。このため、ギリシャでダイレクトマーケティングを計画する日本企業は、日本の慣習的な営業手法が現地では違法となる可能性があることを十分に認識し、現地の法務基準に合わせた厳格なコンプライアンス体制を構築する必要があります。

「誤解を招く」に関する判例法理

誤解を招く」という概念の解釈は、単に製品の性能や価格に留まりません。ギリシャの裁判所による国内判例の詳細は少ないものの、EUレベルの知的財産権に関する判例が、ギリシャにおける「誤解」の解釈に影響を与えることは間違いありません。2025年1月にEU知的財産庁(EUIPO)がトルコの「Turkaegean」商標登録をギリシャからの異議申し立てに基づき取り消した事例から、このことが言えるでしょう。この判決は、商標が消費者に与える「誤解」が、製品の品質だけでなく、地理的・文化的な関連性まで広範に及ぶことを示しています。これは、広告における表現の真実性が、製品自体の特性だけでなく、広告全体が示唆する文化的、歴史的、地理的な意味合いにまで及ぶという、より包括的で厳格な視点が必要であることを示唆しています。ギリシャで広告を出す日本企業は、自社の製品やサービスが特定の地理的・歴史的背景を持つ場合、その表現が意図せずとも消費者に誤解を与えたり、競合国の利益を不当に害したりしないか、慎重に検討しなければなりません。

ギリシャにおける比較広告の厳格な条件

比較広告は、ギリシャにおいて消費者にとって有益で情報提供的な手法と見なされており、原則として許可されています。しかし、消費者保護法第9条(2)に基づき、以下の厳格な要件を全て満たさなければなりません。

比較広告が許容されるには、まず誤解を招くものでないことが必須です。また、比較の対象は同一のニーズや目的を満たす製品やサービスでなければなりません。さらに、その比較は、客観的で、実質的かつ、関連性があり、検証可能な1つまたは複数の特徴に基づいている必要があります。競合他社の商標や評判を不当に利用したり、中傷したりする行為は明確に禁止されています。特定の原産地呼称を持つ製品については、同一の呼称を持つ製品のみを比較することが求められます。

日本の景品表示法には、比較広告を直接的に規制する条文は存在しません。あくまで比較の結果が「優良誤認表示」に該当するか否かという判断になります。これに対し、ギリシャでは、上記のように比較広告そのものに対して明確かつ厳格な法的要件が定められている点が大きな違いです。このため、日本では「根拠があればセーフ」と判断されがちな表現も、ギリシャでは「競合他社の信用を毀損している」と見なされ、法的リスクを招く可能性があります。特に、自社製品の優位性を強調するあまり、競合製品を不当に貶めるような表現は厳禁です。

ギリシャの消費者保護法では、比較広告の文脈における競合他社の商標使用は原則として許容されています。これは、比較広告が、誤解を招くことなく、競合他社の評判を不当に利用することなく、公正な競争の原則に沿って行われる限り、商標法上の問題が生じないという構造になっていることを意味します。このことから、比較広告が商標権侵害と見なされるか否かの判断基準は、比較の「客観性」と「公正性」に集約されると言えるでしょう。これは、広告の表現手法を戦略的に検討する上で重要な考慮点となります。

ギリシャ医薬品広告の特別規制

ギリシャ医薬品広告の特別規制

医薬品広告は、ギリシャでも特に厳格な規制が適用される分野です。EU指令を国内法化した Ministerial Decision DYC3a/32221/2013 に基づき、日本の薬機法と同様に、一般消費者向けと医療従事者向けで異なる規制が課せられています。

一般消費者向けの医薬品広告は、処方箋が不要なOTC医薬品(一般用医薬品)に限定されます。処方箋医薬品(POM)の一般向け広告は厳しく禁止されています。広告内容は、誇大な表現を避け、消費者が製品を誤った方法で使用するよう誘導してはなりません。製品名、正しい使用方法、使用上の注意などの基本的な情報を、消費者が理解しやすい言葉で明確に記述することが求められます。この点は、日本の薬機法における医療用医薬品の広告禁止や誇大広告の禁止規定と共通しています。

一方、医療従事者向けの広告は、科学的根拠に基づき、製品の特性を誇張せず、客観的かつ正確な情報を提供することが求められます。広告内容は、製品の添付文書(Summary of Product Characteristics, SmPC)の情報と整合性がとれていなければなりません。また、未承認医薬品の広告、販促目的での金銭的・物品的利益の提供(安価で専門業務に関連するものを除く)、未公表データの使用は厳しく禁止されています。

ここで、日本とギリシャの医薬品広告規制における最も重要な違いが明らかになります。日本の薬機法は、医薬品の「承認前の広告の禁止」(薬機法第68条)を明確に定めており、広告を開始する前に当局の厳格な事前審査が行われるというモデルが採用されています。これに対し、ギリシャでは、国家医薬品機構(EOF)への広告物の事前承認義務はありません。その代わりに、広告物のコピーをEOFに届け出る事後的な届出制が採用されています。

一見すると、ギリシャの規制は日本よりも緩やかに見えるかもしれませんが、これは大きな誤解を招く可能性があります。この事後届出制は、「承認」というお墨付きがない状態で広告を開始する法的リスクを全て企業側が負うことを意味します。EOFは事後的なモニタリングで違反を発見した場合、自らの判断で罰金を科し、広告の撤回を命じる権限を持っています。これは、日本の事前審査モデルとは根本的に異なるリスク管理を要するものであり、日本企業はギリシャでの医薬品広告開始前に、EOFのガイドラインを徹底的に分析し、厳格な社内審査体制を構築することが極めて重要となります。

違反時の罰則とギリシャ法と日本法の比較

ギリシャの消費者保護法に違反した場合、事業者は重い罰則に直面する可能性があります。罰則の種類と性質において、日本法とは顕著な違いが見られます。

罰則と救済措置

不公正な商慣行に対する行政罰として、ギリシャでは最大100万ユーロの罰金が科される可能性があります。違反を繰り返す事業者に対しては、罰金が倍増されるほか、最長1年間の事業一時停止処分が科されることもあります。

民事上の救済措置としては、消費者の個人または消費者団体が裁判所に訴訟を提起することができます。これにより、以下のような措置を求めることが可能です。

  • 差止請求:問題のある広告の継続を停止させる命令。
  • 損害賠償請求:違反行為によって生じた物質的または精神的な損害に対する補償。
  • 是正広告の掲載命令:裁判所の判断で、違反行為を是正する内容の広告をメディアに掲載するよう命じられることがあります。

消費者団体による集団訴訟制度

ギリシャでは、消費者団体が不公正な商慣行の差し止めや是正を求めて裁判所に提訴する権利が認められています。近年、EU指令(Directive (EU) 2020/1828)の国内法化に伴い、Law 5019/2023が施行され、消費者団体による集団訴訟(代表訴訟)がより容易に行えるようになりました。この法改正により、個々の消費者が訴訟を起こすハードルが高い場合でも、消費者団体が代表して法的措置を講じることができ、一見軽微な違反であっても、それが集団的な損害につながる場合、大規模な訴訟リスクに発展する可能性があります。この制度は、企業のコンプライアンスリスクを飛躍的に高める要因となるでしょう。

日本の課徴金制度との比較

罰則の性質において、ギリシャの罰金制度は、日本の景品表示法の課徴金制度と根本的に異なります。以下の表は、その主な違いをまとめたものです。

ギリシャ日本
罰則の種類罰金、事業の一時停止、刑事罰課徴金、刑事罰
罰則額・算定方法最大100万ユーロの罰金。違反を繰り返す場合は倍増。違反行為の対象期間における売上高の3%。上限なし。
罰則の性質制裁金としての性格が強い。違反行為そのものに対する強い懲罰を重視。不当利得の剥奪としての性格が強い。違反行為によって得た経済的合理性の剥奪を重視。
他の制裁差止請求、損害賠償、是正広告の掲載命令。差止請求(消費者庁による措置命令)。

この比較表から、ギリシャの罰金制度は、上限額が非常に高い「制裁金」としての性格が強いことがわかります。これに対し、日本の景品表示法における課徴金は、違反行為によって得た不当な利益を剥奪するという性格が強いと言えます。この違いは、ギリシャが違反行為そのものに対して強い懲罰を重視しているのに対し、日本が経済的合理性の剥奪を重視しているという、法制度の目的の違いを示唆しています。このため、ギリシャでは、たとえ違反広告による売上が小さかったとしても、罰金が最大100万ユーロに達する可能性があるため、違反行為そのものが持つリスクを日本以上に重く見る必要があります。

まとめ

本稿では、ギリシャでの事業展開を検討されている皆様に向け、ギリシャの広告規制が有する法的特徴について解説いたしました。ギリシャの広告規制は、EU法を基盤とした厳格な体系であり、日本の法制度と共通する多くの原則を持つ一方で、以下のような重要な違いが存在します。

第一に、日本の景品表示法にはない「強引な広告」が明確に禁止されており、電話勧誘や戸別訪問などのダイレクトマーケティングを計画する際には、ギリシャの基準に合わせた慎重な対応が求められます。

第二に、比較広告については、日本では優良誤認表示の枠組みで判断されるのに対し、ギリシャでは消費者保護法に厳格な法的要件が定められています。競合他社の商標を使用する場合でも、客観的かつ公正な比較であれば許容されるという点は、表現手法を検討する上で重要なポイントとなります。

第三に、医薬品広告の規制において、日本が事前審査モデルを採用しているのに対し、ギリシャが事後届出制を採用している点は、リスク管理の観点から決定的に異なります。事前承認という「お墨付き」がないギリシャの環境下では、企業自身が徹底したコンプライアンス体制を構築し、事後的に当局からの是正命令や罰金が科されるリスクに備える必要があります。

これらの違いから、日本市場での成功体験がそのままギリシャで通用するとは限りません。ギリシャへの進出を成功させるためには、日本法とEU法双方に精通し、現地の商慣行や法務リスクを正確に評価できる専門家の助言が不可欠となります。

当法律事務所は、日本のビジネス法務に精通するとともに、クロスボーダー案件における実践的な法的サポートを提供しております。ギリシャにおける広告法務について、ご不明な点やご相談がございましたら、ぜひお気軽にお問い合わせください。皆様のギリシャでのビジネス展開を、法務の面から強力にサポートいたします。

関連取扱分野:国際法務・海外事業

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

シェアする:

TOPへ戻る