タイのビザと就労許可を弁護士が解説

タイ王国(以下、タイ)への進出を検討している日本の経営者や法務部員にとって現地でのビジネスを合法かつ円滑に展開するための最初の関門となるのが外国人の入国および就労に関する法規制の理解です。東南アジア諸国連合の中でも経済的中心地の一つとして発展を続けるタイは多くの日系企業にとって魅力的な市場でありまた生産拠点としての重要な役割を担っています。しかしその一方でタイにおける外国人の就労規制は自国民の雇用機会を厳格に保護するという国家の強い政策的意図に基づいて設計されており日本の法制度とは根本的に異なるアプローチが採られています。本記事全体の要点として押さえておくべき事項は以下の通りです。
第一に、タイで合法的に就労するためには原則として「Non-Immigrant Bビザ(就労ビザ)」と「ワークパーミット(労働許可証)」という二つの独立した許可が必須であり両者は密接に連携しているため一方が失効すればもう一方も直ちに効力を失うという法的な連動性を持っている点です。
第二に、一般的な現地法人において外国人1名を雇用するためにはタイ人従業員4名を雇用しさらに200万バーツの資本金を準備しなければならないといういわゆる「1:4ルール」が存在しこれが日本企業にとって極めて大きな実務上および財務上のハードルとなっている点です。
第三にタイ投資委員会による認可を受けた企業など一部の特定の条件下においてはこれらの厳格な規制が免除される特例措置が設けられており企業は進出形態を戦略的に選択する必要がある点です。
第四に、不法就労や無許可での業務従事に対する罰則は近年の法改正により非常に厳格化されており発覚した場合には高額な罰金や国外追放さらには企業側に対する事業の解散命令や数年間にわたる外国人雇用の禁止という致命的な制裁が科されるリスクがある点です。
そして第五に、日本の出入国管理及び難民認定法における一元的な在留資格制度と比較するとタイの制度は内務省と労働省という異なる行政機関による二元的な管理体制を敷いており日々の居住地報告義務を含め企業側に求められるコンプライアンス管理の負担が格段に重いという点です。
これらの要点を踏まえ、本記事ではタイのビザおよび就労許可に関する基本的な枠組みから具体的な取得要件そして日本法との重要な違いや関連するタイの最高裁判例に至るまで企業の実務に直結する法的知識を網羅的に解説します。
この記事の目次
タイにおける外国人の入国および就労規制の法体系と基本構造
外国人がタイで合法的に滞在し就労活動を行うための法制度は主に入国管理と就労管理という二つの独立した法的柱から成り立っています。この二元的な法体系の構造を正確に理解することはタイにおける人事労務コンプライアンスを確立するための第一歩となります。
入国および滞在に関する基本法は仏暦2522年(1979年)入国管理法(Immigration Act B.E. 2522)です。この法律は外国人がタイに入国するための条件や滞在期間さらには入国拒否事由などを包括的に定めており管轄は内務省に属するタイ国家警察庁入国管理局となります。同法第12条においては適切な生活手段を持たない者や労働法規に違反して就労しようとする者の入国を明確に禁止する旨が規定されています。この規定からはタイが外国人の入国を単なる国境管理の問題としてだけでなく国内の社会秩序や経済的安定に直結する重要な安全保障上の課題として位置付けているということが言えるでしょう。
仏暦2522年(1979年)入国管理法の公式な英訳テキストはタイ国家警察庁の公式ウェブサイトから確認することができます。
一方で就労に関する規制は内務省とは全く別の機関である労働省雇用局の管轄下にあり仏暦2560年(2017年)外国人労働者管理緊急勅令(Foreigners’ Working Management Emergency Decree B.E. 2560)およびその後の改正法によって厳格に規定されています。同勅令第8条において外国人は労働許可証(ワークパーミット)を持たずに就労してはならないと明確に定められており第9条では雇用主がワークパーミットを持たない外国人を就労させることを厳格に禁じています。
この二元的な構造は日本の出入国管理及び難民認定法(以下入管法)の仕組みとは大きく異なります。日本法の実務においては法務省出入国在留管理庁が「技術・人文知識・国際業務」や「企業内転勤」といった在留資格を外国人に付与しその在留資格そのものに特定の範囲内での就労許可が法的に内包されています。つまり日本の場合は適切な就労可能な在留資格さえ取得すれば別途厚生労働省などの労働管轄機関から独立した労働許可証を取得する必要はありません。しかしタイにおいては内務省の出先機関である入国管理局から「タイ王国に滞在する権利」をビザという形で得た上でさらに労働省から「タイ国内で特定の業務に従事する権利」をワークパーミットという形で独立して取得しなければならないという二重のハードルが存在します。
この二つの許可はそれぞれ独立した行政機関によって異なる法的根拠に基づいて審査されるものの実務上は極めて密接に連動しています。例えばビザの期限が切れればワークパーミットは無効となり逆にワークパーミットを取り消されれば滞在の根拠を失いビザも直ちに失効する関係にあります。この複雑な行政手続きの分離は企業にとって手続きの煩雑さを生む一方でタイ政府にとっては外国人の流入と国内労働市場への影響を二つの異なる監視の目を通して多角的にコントロールするための効果的な手段として機能しています。
タイの外国人労働者管理に関する緊急勅令の公式な英訳テキストはASEANの公式ウェブサイト等で確認することができます。
タイ就労の滞在基盤となるNon-ImmigrantBビザの取得要件

タイで就労を希望する日本人駐在員や経営者が最初に直面する実務手続きが、Non-Immigrant Bビザ(通称Bビザまたは就労ビザ)の取得です。このビザは原則としてタイ国外に所在するタイ王国大使館または総領事館において事前に申請し取得する必要があります。
Bビザの取得には入国管理局および外務省による厳格な書類審査が伴います。申請者本人の有効なパスポート(残存有効期間が通常6ヶ月以上必要とされる)に加えて受け入れ先となるタイ国内の雇用主(現地法人など)からの招聘状や会社の登記簿謄本さらには財務諸表や納税証明書などの詳細な企業情報の提出が求められます。日本企業がタイに現地法人を設立して間もない場合実績の乏しさからこれらの書類の準備や当局への説明に苦慮するケースが少なくありません。この審査手続きは単に申請者個人の身元を確認するだけでなく受け入れ先企業がタイ国内で適法に事業を営む実体として存在し外国人を雇用するだけの財務的・組織的な適格性を有しているかを事前に確認するためのものです。
Bビザを取得してタイに入国した際の初期滞在許可期間は原則として90日間です。この90日という期間は単なる短期滞在を許可するためのものではなく入国後に労働省でワークパーミットの申請および取得手続きを完了させ生活基盤を整えるための準備期間としての性質を持っています。ワークパーミットが無事に発行された後再び入国管理局に出向きBビザの滞在期間を1年間に延長する手続きを行うというのが一般的なコンプライアンス上のプロセスとなります。
ここで実務上極めて重要となるのが、仏暦2522年(1979年)入国管理法第39条の規定に基づく再入国に関する取り扱いです。同条の規定によれば一時的な滞在許可を得た外国人がタイから出国した場合特別な手続きをしていない限りその時点で滞在許可は自動的に効力を失うとされています。したがってビザの有効期間内であっても他国への出張や日本への一時帰国などでタイを出国する際には事前に入国管理局や国際空港の専用窓口で再入国許可(リエントリーパーミット)を取得しておく必要があります。
このリエントリーパーミットの概念は日本法における「みなし再入国許可」制度とは根本的に異なります。日本では有効なパスポートと在留カードを所持する外国人が1年以内に日本に再入国する場合原則として出国前の特別な許可手続きを必要としません。しかしタイにおいては事前の明示的な許可取得が絶対的な要件となっておりこの手続きを怠って出国してしまうと苦労して取得したBビザの効力が完全に消滅し再び日本でゼロからビザ申請をやり直さなければならないという事態に陥ります。企業の人事担当者は赴任者に対してこのリエントリーパーミットの重要性を周知する責任があります。
タイのワークパーミット取得要件と広範な「就労」の定義
タイに入国した後速やかに手続きを進めなければならないのが労働省でのワークパーミット(労働許可証)の取得です。タイの労働法体系において最も注意すべき特徴の一つが「就労」という概念の解釈が極めて広範であるという点です。
仏暦2560年(2017年)外国人労働者管理緊急勅令における「就労(Work)」とは賃金やその他の金銭的報酬の有無にかかわらず肉体的または精神的な知識や労力を費やして行うあらゆる業務活動を指すと解釈されてきました。日本法の入管実務においては無報酬のボランティア活動や単なる市場調査または社内会議のための短期出張であれば「報酬を受ける活動」に該当しないとして短期滞在ビザのみで適法に活動できるケースが多く見られます。しかしタイにおいては報酬が発生しない活動であってもタイ国内で何らかの価値を生み出す行為や労務を提供する行為は原則としてワークパーミットの取得対象となる「就労」と見なされる重大なリスクが常に存在しています。
過去には日本企業の経営陣がタイの現地法人を視察に訪れ社内会議で指示を出した行為が不法就労と見なされ摘発された事例も存在します。このように厳格すぎる法の解釈が海外からの投資や自由なビジネス活動の阻害要因となっているとの批判を受けタイ政府は仏暦2561年(2018年)に緊急勅令の一部を改正しました。この改正により特定の会議への出席やセミナーでの講演さらには見本市や展示会での活動スポーツ競技への参加など一定の限定された活動については例外的にワークパーミットの取得義務の対象外とされる除外規定が新たに設けられました。
また15日以内の緊急かつ不可欠な業務に従事する場合には正規の煩雑なワークパーミット申請手続きを省略し労働省に対して事前の通知(WP.10と呼ばれる手続き)を行うのみで合法的に就労が認められる特例も存在します。しかしこれらの緩和措置が導入された現在においても「何が就労に該当し何が免除されるのか」という境界線は現場の労働監督官の裁量に委ねられる部分が大きく依然として不確実性が残っています。したがってタイ国内で何らかのビジネス活動を行う場合には事前に現地の法律専門家を通じて当該活動がワークパーミットの要求される「就労」に該当しないかを慎重に検討し必要に応じて当局への事前確認を行うことが企業防衛の観点から強く推奨されます。
外資企業に課されるタイ人従業員雇用要件と資本金要件

一般的なタイの現地法人(BOIの奨励を受けていない非BOI企業)が外国人駐在員のためにワークパーミットを取得する際最も大きな障壁となり経営上の重荷となるのが「タイ人従業員の雇用要件」と「資本金要件」という二つの厳格な法定基準です。原則として外国人1名のワークパーミットを取得・維持するためには企業は最低でも4名のタイ人従業員を雇用しなければならないという規定が存在します。これが日系企業の間で広く知られているいわゆる「1:4ルール」です。このルールの根底にあるのはタイの国内労働市場を保護し自国民の失業率を低く抑えるという政府の強力な政策意図です。政府は外国企業が自国に参入して経済的利益を得る見返りとして直接的なタイ国民の雇用創出に貢献することを法的に強制しています。
この要件を満たすための「タイ人従業員」とは単なる名義貸しや一時的なアルバイトでは認められません。対象となる4名のタイ人はタイの社会保険(Social Security)システムに正規のフルタイム従業員として登録され企業側が毎月適切な社会保険料を納付している実態があることが厳格に求められます。日本法においても外国人を雇用する際には受け入れ企業の経営の安定性や適正な労働条件の確保が審査されますが「外国人1名を雇用するごとに日本人4名の雇用を義務付ける」といった機械的かつ硬直的な数値基準は存在しません。日本の入管法は外国人が持つ専門的な技術や知識が日本の産業界や社会全体にもたらす波及効果を総合的に評価する傾向がありますがタイの制度からは外資企業の活動を直接的な国内雇用のバッファーとして利用しているということが言えるでしょう。
さらに、タイ人従業員の雇用要件に加えて受け入れ企業には厳格な資本金要件が課されます。外国人1名のワークパーミットを取得するためには企業は最低200万バーツ(全額払込済み)の登録資本金を有している必要があります。もし事業規模の拡大に伴い日本人駐在員を2名に増やす場合には400万バーツの払込済み資本金と8名のタイ人従業員の雇用が必要になるという単純比例の計算となります。これらの要件はビザおよびワークパーミットの新規取得時だけでなく毎年の更新時にも継続して厳しく審査されます。タイ人従業員が退職して比率を下回った場合には速やかに新たなタイ人を採用して要件を回復させなければ外国人駐在員のビザ更新が却下されるという事態に直面します。
そのため、企業は一時的に要件を満たすだけでは足らず事業運営の全期間を通じてこの法定比率と資本基準を維持し続けるための計画的な採用活動と財務管理が求められます。以下の表はタイにおける一般的なワークパーミット取得要件と日本法における就労可能な在留資格の取得要件の主な違いを比較したものです。
| 規制項目 | タイの一般的な要件(非BOI企業) | 日本の一般的な要件(技術・人文知識・国際業務など) |
| 就労と滞在の許可構造 | ビザ(内務省)と労働許可証(労働省)の二段階審査 | 在留資格(法務省)として一体的に付与 |
| 自国民の雇用義務 | 外国人1名につきタイ人4名の正規雇用が必須(1:4ルール) | 法定の比率や人数に関する絶対的な義務なし |
| 企業の資本金要件 | 外国人1名につき最低200万バーツの払込済み資本金 | 資本金の絶対的な数値基準はない(事業の安定性を総合的に判断) |
タイ投資委員会(BOI)等による特例措置と新たなビザ制度
前述のような極めて厳格な外資規制および雇用規制が存在する一方でタイ政府は自国の経済発展や産業の高度化に不可欠な最先端の技術や高度な専門知識をもつ外国企業および外国人材を積極的に誘致するための強力な特例措置も同時に展開しています。その代表的な枠組みがタイ投資委員会(Board of Investment:BOI)による投資奨励制度です。
BOIが指定する特定の産業分野や地域への投資計画が承認され奨励認可を受けた企業(いわゆるBOI企業)は外国人事業法における外資規制が大幅に緩和され事業分野によっては最大100%の外資出資が認められるとともに法人税の免税措置などの財務的恩恵を受けることができます。そして人事労務の観点から最も実務的なメリットとなるのが一般企業に重くのしかかる「外国人1名につきタイ人4名」という1:4ルールの雇用比率要件が免除されることです。
BOI企業は事業計画に基づきBOIから事前に承認された人数の外国人熟練労働者や専門家を厳しい比率制限を受けることなく雇用することが可能となります。また、ワンストップサービスセンター(OSSC)と呼ばれる特別な行政窓口を利用することが許可されビザの延長とワークパーミットの取得・更新手続きを別々の役所を回ることなく一カ所で同日に完了させることができ駐在員と人事担当者の行政手続きの負担が劇的に軽減されます。
さらに近年タイ政府は従来のBOI制度に加えて高度な専門知識を持つ人材や富裕層を直接ターゲットにした「LTRビザ(Long-Term Resident Visa)」などの新たな長期滞在ビザ制度も導入しています。このLTRビザの資格要件を満たし取得した外国人は個人として1:4の雇用比率要件の適用から除外されるほか労働許可証をデジタルワークパーミットとしてより簡易なプロセスで取得できる特権が与えられます。さらに指定されたターゲット産業に従事する場合所得税率が一律17%に優遇されるなど税制面でも大きなメリットを享受することが可能となっています。
これらの高度に設計された特例措置からはタイ政府が単純労働市場は厳格な法律によって強固に保護しつつも国家の持続的な発展に寄与する高度人材や優良な投資案件に対しては法的なハードルを下げて門戸を大きく開くという極めて戦略的かつ二面性を持った政策意図を持っているということが言えるでしょう。日本企業がタイへ進出する際には自社の事業がBOIの奨励対象に該当するかどうかを綿密に調査し可能な限りこれらの特例措置を活用することが成功の鍵となります。
就労許可違反に関する厳格な罰則とタイ最高裁判所の判例動向

タイの労働法規は不法就労や違法な雇用に対して極めて厳格な罰則を設けており単なる行政上の形式的な不備であっても企業の存続を揺るがす重大な結果を招くリスクが潜んでいます。仏暦2560年(2017年)に外国人労働者管理緊急勅令が施行された当初その罰則のあまりの厳しさが経済界や周辺国からの強い反発を招いたため仏暦2561年(2018年)の法改正によって一部の罰則は合理的な範囲に引き下げられました。
しかしながら、緩和されたとはいえ依然として違法な雇用を行った雇用主に対するペナルティは非常に重いままです。ワークパーミットを持たない外国人を雇用した場合や許可された業務範囲外の労働をさせた場合雇用主は違法状態にある外国人従業員1名につき10,000バーツから100,000バーツの罰金に処されます。さらに同一の雇用主が過去に処罰されたにもかかわらず再び同種の違反を犯した反復違反(リピートオフェンス)の場合制裁は飛躍的に重くなり最大1年の禁錮刑および従業員1名につき50,000バーツから200,000バーツの高額な罰金が科されます。そして企業にとって最も恐ろしい制裁は当該企業が最終的な裁判所の有罪判決の日から3年間にわたって新たな外国人の雇用を一切禁止されるという事業存続に直結する致命的な行政処分を受けることです。
また、外国人労働者本人に対してもワークパーミットを所持せずに就労した場合には5,000バーツから50,000バーツの罰金が科されその後国外追放処分の対象となります。日本法における不法就労助長罪(入管法第73条の2)も3年以下の懲役や300万円以下の罰金という重い刑罰を定めていますが、タイの場合は外国人の新規雇用を3年間一律に禁止するなど企業活動そのものを物理的に停止させる性質の行政的・司法的な強制力を持った制裁が法律に組み込まれている点でより強力な抑止力を持っています。
外国人労働問題に対する厳格な法執行の姿勢はタイの最高裁判所の判例からもはっきりと読み取ることができます。
タイ王国最高裁判所判決 第3618/2566号(仏暦2566年/2023年)
この事件は、外国人労働者管理法規に違反した法人およびその関係者に対する法的制裁の適用範囲が争われた事案です。裁判において被告人である法人は違法な雇用による罰金刑を受けたもののさらに法律に規定されている「事業の解散命令」や「違反が継続している間の日々の罰金」の適用についてこれらは裁判所の裁量によって減免されるべきであると主張しました。
しかし、最高裁判所は不法就労に関する法令の規定は裁判所の自由裁量によって制裁を減免できる性質のものではなく法律の要件を満たした場合には必然的に適用されなければならない絶対的な強行規定であると明確に判示しました。この判決からはタイの司法当局が外国人雇用に関する法律違反を単なる行政上の手続き漏れや軽微な過失とは見なさず国家の労働政策や経済秩序を根底から揺るがす重大な違法行為として一切の例外を認めず厳格に処断しているということが言えるでしょう。
タイ王国最高裁判所判決 第162/2549号(仏暦2549年/2006年)
また、不法入国や不法就労が絡む複合的な犯罪行為に関する重要な判例として最高裁判所判決第162/2549号があります。この事件では被告人が労働許可証を持たない外国人労働者を建設作業員として不法に雇用しさらに警察からの摘発や逮捕を免れさせるためにその外国人を自らが管理する労働者キャンプ内に匿った行為が問われました。
弁護側はこれらの一連の行為が「不法な外国人を雇用して働かせた」という単一の意思に基づく一つの犯罪行為(刑法上の「一所為数法」)であると主張し刑の減軽を求めました。しかし最高裁判所は「逮捕を免れさせるために隠匿や支援を行う行為」は入国管理法が保護する国家の出入国管理秩序を侵害するものであり、一方で「労働許可証を持たない外国人を雇用する行為」は外国人労働法が保護する国内労働市場を侵害するものであると指摘しました。
すなわち、両者は保護されるべき法益が全く異なり別個の意思に基づいて行われた独立した複数の犯罪(併合罪)であると認定しそれぞれの罪について個別に量刑を科しました。この判例は外国人労働者を不法に雇用しさらに住居などの生活基盤を提供する行為が労働法規のみならず入国管理法規を含めた複数の法律によって多重的に処罰される甚大なリスクを示しており外国人労働者を雇用する企業のコンプライアンス管理において極めて重大な警鐘を鳴らしています。
タイの居住地報告義務(TM30)と企業のコンプライアンス管理
タイにおいて外国人を合法的に雇用し長期滞在させる企業が最も見落としがちでありながらコンプライアンス上極めて重大な影響を及ぼす法的義務の一つが住所届出義務いわゆる「TM30」と呼ばれる制度です。仏暦2522年(1979年)入国管理法第38条はタイに一時滞在の許可を得て入国した外国人を宿泊させた家主や不動産の所有者占有者またはホテルの支配人に対し外国人がその住居に到着してからわずか24時間以内に管轄の入国管理局(バンコク首都圏の場合は入国管理局本部地方の場合は最寄りの警察署等)に対してその旨を通知しなければならないと厳格に義務付けています。この外国人の滞在に関する届出にはTM30という指定された様式が用いられます。
日本の住民基本台帳法に基づく転出入の手続きでは外国人が引越しの日から14日以内に自ら居住地の市区町村役場へ赴き転入届を提出すれば足ります。しかしタイのTM30制度は外国人本人ではなく「住居を提供する側(アパートのオーナーや会社が提供する社宅の管理者など)」に対して報告義務を課しておりしかも24時間以内という極めてタイトな期限が設定されています。このTM30の届出がシステム上で適正に行われていない場合外国人従業員本人が法的に義務付けられている90日ごとの居住地報告(90日レポート)を行おうとした際やBビザの1年ごとの重要な更新申請を行う際にオンラインシステム上または窓口でエラーとなりビザの延長手続きが直ちに却下されるという深刻な事態に直面します。
さらに、企業の人事法務担当者が日々の労務管理において留意すべきもう一つの重要なポイントはタイの法制度においてビザ(滞在許可)とワークパーミット(就労許可)の効力が不可分に結びついているという実務上の取り扱いです。仮に外国人従業員が自己都合で退職した場合や会社から解雇された場合法律上は退職日をもってビザもワークパーミットも直ちに無効となります。日本のように退職後であっても在留期間の満了日まで一定の猶予期間(例えば就労資格であれば3ヶ月間)が自動的に与えられその間に転職活動ができるといった柔軟な仕組みはタイには存在しません。
退職や解雇が生じた際には企業は速やかに労働省に赴いてワークパーミットの返納手続きを行いそれと同時に入国管理局においてBビザのキャンセル手続きを行って当該外国人を直ちに合法的に出国させるかまたは家族ビザなど別のビザへの切り替え手続きを行わせる責任を負います。これを怠った場合退職した元従業員がタイ国内で不法滞在(オーバーステイ)状態となりその違法な状態を作り出した原因として企業側も入国管理局から厳しいペナルティや今後の外国人採用に関する不利益な扱いを受けることになります。
したがってタイで事業を展開する企業は単に「入社時にビザと就労許可を取得すればコンプライアンスは完了する」という認識を捨てなければなりません。日々の居住地管理(TM30)法定のタイ人従業員数(1:4ルール)の継続的な維持そして退職時の迅速なキャンセル手続きに至るまで外国人材の入社から退職・帰国までのライフサイクル全体を網羅する社内コンプライアンス体制を構築し維持していくことが求められます。
まとめ
タイにおける外国人の就労規制は国家の安全保障を担う入国管理局が所管するNon-Immigrant Bビザと国内労働市場の保護を担う労働省が所管するワークパーミットという二つの独立した法体系に基づく二元的な管理体制の下に置かれています。日本の入管法に基づく包括的かつ一元的な在留資格制度とは異なり企業はそれぞれに設定された独立した厳格な審査基準をクリアしなければなりません。特に一般の現地法人に課される「外国人1名に対してタイ人4名を正規雇用する」という1:4ルールや200万バーツの払込済み資本金要件はタイの自国民保護政策の根幹をなすものであり日本企業が現地で新規に事業を立ち上げる際の極めて大きな財務的・実務的障壁となり得ます。
また、仏暦2560年(2017年)外国人労働者管理緊急勅令の施行以降不法就労や目的外労働に対するペナルティは劇的に強化されており最高裁判所の判例が明確に示している通り法令違反をした企業には多額の罰金のみならず事業の解散命令や反復違反による外国人の雇用禁止といった事業の存続そのものに関わる致命的な制裁が一切の妥協なく科されるリスクが存在します。タイでの安全かつ持続可能なビジネス展開のためには自国民保護の規制と高度人材誘致という政府の二面的な政策意図を正しく読み解きタイ投資委員会(BOI)の優遇措置やLTRビザといった特例制度を戦略的に活用することが求められます。同時にTM30などの細かな行政報告義務の徹底を含め現地の最新の法制度に基づいた高度な労務・法務管理体制の構築が不可欠です。
モノリス法律事務所ではこうしたタイにおける複雑なビザ制度や労働法規の法的な解釈現地法人の設立に伴う厳格な要件のクリアランスから日々のコンプライアンス管理に至るまで日本企業が海外進出において直面する多岐にわたる法的課題について的確にサポートいたします。
カテゴリー: IT・ベンチャーの企業法務

































