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法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

IT・ベンチャーの企業法務

ベトナムのビジネス関連法制度と実務におけるリスクを解説

ベトナムのビジネス関連法制度と実務におけるリスクを解説

ベトナム社会主義共和国(以下、ベトナム)へのビジネス展開を検討されている日本企業の経営者や法務部員の皆様に向けて、ベトナムの法制度の基本構造から、ビジネス関連基本法の最新動向までを包括的に解説いたします。東南アジアにおける重要な生産拠点および消費市場として躍進を続けるベトナムですが、その法環境は著しい経済成長とグローバル化に伴い、極めて速いスピードで変容を遂げています。

ベトナムの法体系は、主に大陸法系の構造を持ち、憲法を最上位として、国会が制定する法律、政府が発行する政令、そして各省庁が規定する通達という明確な階層構造をとっています。日本と同様に成文法を中心とする制定法主義を採用しているものの、実務上は法令の文言が極めて抽象的であるため、下位規範である政令や通達による細目規定を待たなければ実質的な運用が開始されないという特徴を持っています。また、法令間の不整合や、地域あるいは行政窓口の担当者ごとに解釈が異なる「人の支配」の側面が色濃く残存しており、日本法のような高度な法的安定性をそのまま期待すると予期せぬリスクに直面する可能性があります。

本記事では、、法体系の階層構造や日本法との違いという基礎的な知見から入り、法令間の不整合や窓口担当者の裁量という実務上の壁について詳述します。さらに、2025年に施行された人民裁判所組織法の改正に伴う三審制への移行や、最高人民裁判所による判例制度の拡充といった司法の枠組みを整理します。その上で、ビジネスの根幹をなす企業法における実質的支配者規定の導入や、投資法改正による半導体産業等への特別優遇手続きの創設などを解説します。また、土地の私有が認められないベトナム特有の土地法制に関し、市場価格に基づく評価額の導入等を定めた2024年改正土地法のポイントを紐解き、雇用法や首都法といった重要法令の最新動向も網羅しています。

法制度の全体像から最新の法改正動向まで、ベトナムにおける事業基盤の構築と確実な法的リスク管理の一助となることを目指して解説します。

ベトナム法体系の基本構造と実務的特徴

ベトナムの法制度は、社会主義体制の理念を基礎としつつも、市場経済化の進展に伴い近代的な大陸法系の法体系を整備してきました。法規範の階層は、上位から順に構造化されています。

規範の種類制定機関役割と特徴
憲法国会国家の最高法規でありすべての法令の基礎
法律国会ビジネスや国民生活の基本方針を定める枠組み
政令政府法律を施行するための詳細なルールや要件を規定
通達各省庁政令に基づく実務的な行政手続きやガイドラインを規定

ベトナムにおける法令の管理と表記法は、独自のルールに基づいています。法律の場合、例えば「No. 91/2015/QH13」といった形式で採番されます。これは、2015年に第13期国会で可決された91番目の法令であることを表しています。政令の場合は「ND-CP」(政府政令)、通達の場合は「TT-BKHĐT」(計画投資省通達)のように、発行機関の略称が付与されます。この採番規則を理解することで、その法令がどの階層に位置し、どの機関が管轄しているのかを即座に把握することが可能となります。

日本の法体系においては、各法律の条文そのものに詳細な要件や手続きが網羅されており、政令や省令はあくまで実務的な細目を補完する役割に留まります。対してベトナムの法律は、原則的な方針を示すいわゆるフレームワーク法としての性質が強く、法律が公布された段階では具体的な要件が不明確なケースが少なくありません。その後、政府から政令が発行され、さらに各省庁から通達が出されて初めて、企業は具体的な申請手続き等を進めることができるようになります。したがって、ベトナムで事業を行うにあたっては、国会が制定する法律だけでなく、各省庁が実務レベルで策定する通達の動向を常に注視する必要があります。

ベトナムにおける法令の相互不整合と行政裁量による運用の壁

ベトナムにおける法令の相互不整合と行政裁量による運用の壁

ベトナムの法制度を理解し活用する上で避けて通れないのが、法令の相互不整合と実務運用上の裁量の大きさです。急速な経済成長と社会変革に対応するため、各省庁が猛スピードで法令を起草しており、新法と旧法、あるいは法律と下位規範である政令や通達との間で規定内容が食い違う事態が頻発します。このような場合、本来であれば法令の階層構造に従い上位規範が優先されるべきですが、実務上は窓口の行政担当官が、自らの所属する省庁が発行した通達を最優先して解釈適用することが多々あります。

また、法律の文言そのものが意図的に抽象的かつ包括的に規定されていることが多く、具体的な判断基準が明記されていないケースが散見されます。これにより、担当官の個人的な裁量や地域的な政策方針が判断に大きく介入する余地が生まれ、同じ要件を満たしていてもハノイ市とホーチミン市で結論が異なる、あるいは担当者が変われば窓口の回答が変わるといった事象が発生します。これはいわゆる「法の支配」が完全には浸透しておらず、「人の支配」の側面が色濃く残存していることに起因します。日系企業がベトナムで事業を展開する際には、日本の法務感覚で法令の文面のみを解釈するのではなく、その法令が実際の行政窓口でどのように解釈され運用されているのかという、実務上の生きた情報にアクセスすることが極めて重要となります。

ベトナム司法制度の大改革と判例機能の拡充

2025年7月1日に施行された人民裁判所組織法を改正する法律(Law No. 81/2025/QH15)により、ベトナムの司法制度は歴史的な転換を迎えました。旧来のベトナムの裁判所は、最高人民裁判所、高等人民裁判所、省級人民裁判所、県級人民裁判所の四層構造を維持していましたが、本改正により最高人民裁判所、省級人民裁判所、そして新たに設置された地域人民裁判所の三層構造へと抜本的に再編されました。この構造改革から、司法の効率化と管轄権の明確化を図ろうとする政府の強い方針があるということが言えるでしょう。

裁判所の階層(旧法)裁判所の階層(新法)主な機能と管轄(新法下)
最高人民裁判所最高人民裁判所省級人民裁判所からの控訴審および最終的な再審・破棄審
高等人民裁判所(廃止)旧高等人民裁判所の控訴機能は最高人民裁判所等へ移管
省級人民裁判所省級人民裁判所地域人民裁判所からの控訴審、および特定案件の第一審
県級人民裁判所地域人民裁判所地域を広域に管轄し第一審の大部分を担当

さらにベトナムは、成文法主義の国でありながら、最高人民裁判所が公式な判例(Án lệ)を発布し、下級審に対して事実上の拘束力を持つ法源として機能させる制度を近年強力に推進しています。日本の最高裁判所の判例変更メカニズムとは異なり、ベトナムでは最高人民裁判所の裁判官会議が特定の判決を「判例」として明示的に選定・公表する手続きを踏みます。2025年12月25日には新たに10件の判例が採択され、これにより公式判例の総数は82件となりました。

具体的な事例として、最高人民裁判所裁判官会議により採択された判例第81号(Precedent No. 81/2025/AL、2026年2月2日施行)が挙げられます。この事案は、当事者間で締結されたサービス契約が後に合意解除され、サービスの利用者が未払いの支払い義務を認めたにもかかわらず、その支払いを履行しなかったものです。被告側は時効の成立を理由に請求の棄却を求めましたが、裁判所は、契約が解除されて履行に関する紛争が消滅し、支払い義務が明確に承認された時点をもって、本件はもはや契約上の紛争ではなく、2015年民法第155条2項に基づく財産返還請求に該当すると判断しました。その結果、この種の財産返還請求には消滅時効が適用されない旨が判示されました。このような司法判断の積み重ねから、取引の安全性を担保し法的安定性の確保に向けた司法府の継続的な努力があるということが言えるでしょう。

この判決に関する詳細な実務への影響は、The LAM LAW LLCの公式ウェブサイトで確認することができます。

参考:The LAM LAW LLC公式ウェブサイト

また、商事紛争の定義に関しても重要な司法判断が下されています。2025年2月26日のホーチミン市人民裁判所の決定(Decision No. 35/2025/QD-PQTT)では、仲裁合意が存在する事案であっても、その紛争の本質が商業的活動に起因するものではなく民事的な性質であると認定された場合、2010年商業仲裁法に基づく仲裁対象とはならず、仲裁判断が取り消されることが示されました。この決定から、ベトナムにおける仲裁の対象範囲が厳格に解釈されていることが言えるでしょう。

外資系企業の基盤となるベトナムのビジネス基本法

外資系企業の基盤となるベトナムのビジネス基本法

企業法における実質的支配者の透明化と財務規律

企業法は、会社の設立から組織運営および解散に至るまでのルールを定める基本法であり、日本の会社法に相当します。2025年7月1日に施行された改正企業法(Law No. 76/2025/QH15)における最も重要なトピックは、実質的支配者(Ultimate Beneficial Owner、以下UBO)に関する透明性規制の導入です。日本においてもマネーロンダリング対策として実質的支配者リスト制度が存在しますが、ベトナムの法改正は、金融活動作業部会(FATF)の監視対象リスト、いわゆるグレーリストからの脱却を目指すという極めて切迫した国家課題に基づいています。

新法では、議決権付き株式または定款資本の25パーセント以上を直接的または間接的に保有する個人、あるいは取締役の大部分の任命権や定款変更に対して支配的な影響力を行使できる個人をUBOとして明確に定義しました。企業はこれらの情報を収集し、関係当局の要求に応じて報告する義務を負います。

また、非公開株式会社による私募債の発行に対しても新たな規制が設けられました。具体的には、直近の監査済み財務諸表に基づき、私募債の発行を予定する額を含めた総負債額が自己資本の5倍を超えてはならないという厳格な財務制限が追加されました。この規定から、過度な負債による資金調達を抑制し、企業統治の健全化を図る意図があるということが言えるでしょう。

投資法改正による市場アクセスの柔軟化と規律の厳格化

2026年3月1日より順次施行される新投資法(Law No. 143/2025/QH15)は、市場アクセスの自由化と行政手続きの簡素化に大きく舵を切りました。外資規制の対象となる条件付き投資事業分野が大幅に見直され、38の事業分野が除外された結果、条件付き分野は199分野に縮小されました。また、事前許認可から事後監視へと管理手法が移行し、外国投資家であっても、特定の市場アクセス条件を満たせば事前の投資プロジェクト登録なしに企業を設立することが認められるようになりました。

特筆すべきは、半導体産業やハイテク産業を対象とした「特別投資手続き(グリーンチャンネルメカニズム)」の導入です。工業団地やハイテクパーク内での特定プロジェクト(第28条関連)においては、技術評価、環境影響評価、建設許可などの複数の行政手続きが同時並行で審査・承認されることとなり、事業開始までのリードタイムが250日から300日程度短縮される見込みです。

一方で、投資プロジェクトの実行遅延に対するペナルティは厳格化されています。予定完了日から24ヶ月以内に稼働目標を達成できないプロジェクトに対しては、単なる一時停止ではなく、所管当局がプロジェクトを強制終了させる権限が明記されました。この厳格化から、限られた土地資源や投資恩恵を効率的に活用し、実質的な経済効果をもたらさない投機的なプロジェクトを排除するという政府の強い方針があるということが言えるでしょう。

これらの投資法改正に関する詳細な影響は、Acclime Vietnamの公式ウェブサイトで確認することができます。

参考:Acclime Vietnam公式ウェブサイト

土地法の抜本的改正による不動産開発権の拡充

ベトナムの土地法制は、日本の法制と根本的に異なり、土地の私有が憲法上認められていません。すべての土地は人民の所有に属し、国家が唯一の管理者として企業や個人に対して土地使用権(Land Use Right)を付与するという法理が貫かれています。2025年1月1日から本格的に施行された2024年改正土地法(Law No. 31/2024/QH15)は、外資系企業の実務に多大な影響を与える画期的な内容を含んでいます。

最大の変更点は、従来の政府が定める硬直化した「土地価格フレームワーク」が撤廃され、市場原理に基づく「土地価格表」が毎年更新される制度へと移行したこと(第159条等)です。この市場価格への連動から、適正かつ迅速な立ち退き補償を実現し、インフラ開発や不動産開発を加速させようとする政府の狙いがあるということが言えるでしょう。

取得手法適用される主なケース特徴
競売によらない割当・リース公共投資プロジェクトや鉱業等厳格な行政要件を満たす特定事業に限定
土地使用権の競売立ち退きが完了し更地となっている土地競争原理に基づく透明性の高い取得手法
プロジェクト入札大規模な都市開発や商業住宅プロジェクト国家による土地収用権の発動が認められる場合
既存使用者との合意法律で定められた特定の開発プロジェクト民間当事者間での直接交渉に基づく取得

また、外資系企業に対する権利も大きく拡充されました。従来の法制度下では、外資系企業は工業団地内において土地使用権を国や開発業者からリースすることしか認められていませんでしたが、新法の下では工業団地や経済特区内において、土地使用権および土地に付随する資産の譲渡を直接受けることが可能となりました。さらに、土地賃貸料の支払い方式についても、従来は契約時に一括払いか年払いのいずれかを選択し途中変更が不可とされていましたが、新法では年払い方式の企業が特定の条件下においてリース期間全体に対する一括払い方式へと柔軟に切り替えることが認められています。これにより、外資系企業が在ベトナムの信用機関に対して土地使用権を抵当に入れ、資金調達を行う道がより現実的なものとなりました。

雇用法再編に伴う労働環境と社会保険のアップデート

雇用関係の基本ルールを規定する労働法令についても、大幅なアップデートが進行しています。2019年に全面改正された労働法が労使関係の近代化を図ったのに続き、2026年1月1日に施行された新雇用法(Law No. 74/2025/QH15)は、社会保険制度の枠組みを再編し、失業保険の適用対象を大きく広げました。

具体的には、1ヶ月以上の期間を定めた労働契約を結ぶ労働者(従来は3ヶ月以上)や、最低賃金基準を満たすパートタイム労働者、さらには給与を受け取る企業の経営管理者までもが失業保険の強制加入対象となりました。保険料率についても、従来は労使ともに固定で1パーセントと定められていましたが、新法では「最大1パーセント」という上限規制に変更され、具体的な料率は経済危機や不況時に応じて政府が柔軟に引き下げることができる変動メカニズムが採用されています。日本の労働法規に比べ、ベトナムの法令はより直接的に幅広い労働者の保護と社会保障への組み込みを急ピッチで進めている段階にあります。

首都法に基づくハノイ市の戦略的投資家誘致

国全体の法律だけでなく、特定の地域に適用される特別法規の動向も見逃せません。2025年1月1日に施行された首都法(Law No. 39/2024/QH15)は、政治および文化の中心であるハノイ市に対して、特別な行政権限と経済的自律性を付与するものです。この法律の第42条および第43条では、戦略的投資家を誘致するための優先分野と強力な優遇措置が詳細に規定されています。

具体的には、半導体集積回路の製造、新素材、新エネルギー開発、また都市鉄道などの大規模公共交通システムを中心とした公共交通指向型開発(TODモデル)が優先分野に指定されています。ハノイ市人民議会の決議によれば、これらの分野で戦略的投資家として認定されるためには、プロジェクトの種類に応じて5兆ベトナムドンあるいは2兆4000億ベトナムドンといった極めて高額な定款資本金要件、または総資産20兆ベトナムドン以上の要件を満たす必要があります。これらの要件から、ハノイ市が高度な技術力と強固な財務基盤を持つグローバル企業に絞って優遇措置を集中させようとしているということが言えるでしょう。戦略的投資家は、関税や税務手続きにおける優遇のほか、インフラ整備や人材育成に関する支援を受けることができます。

戦略的投資家の誘致に関する公式な方針の詳細は、ハノイ市の公式ウェブサイトで確認することができます。

参考:ハノイ市公式ウェブサイト

まとめ

ベトナムにおける法制度は、大陸法系の制定法主義を基礎としながらも、現実の社会経済の急速な発展に合わせて極めてダイナミックに変化を続けています。本記事で解説したように、企業法における実質的支配者の透明化や、投資法におけるハイテク産業へのグリーンチャンネルの導入、さらに土地法における市場価格の反映といった一連の法改正は、同国が国際的なコンプライアンス基準への適合と市場経済の成熟に向けて力強く前進している証左です。また、人民裁判所組織法の改正を通じた三審制への移行や、最高人民裁判所による判例制度の拡充は、法解釈の統一を図り、長期的な法的安定性の向上に寄与する画期的なプロセスに他なりません。

一方で、日本のように法律そのものに詳細な要件が網羅されている法体系とは異なり、ベトナムでは実質的な手続きの全容が政令や通達に委ねられているというフレームワーク法としての構造的な特徴に深く留意する必要があります。法律と下位法令間の矛盾、行政担当官の広範な裁量権、さらにはハノイ市やホーチミン市といった地域ごとの運用方針の違いなど、実務上の壁は依然として存在しています。これらを乗り越えるためには、文面上の法令解釈にとどまらない、現地の行政窓口における運用実態に対する深い洞察が求められます。特に外資系企業に対する投資優遇措置の獲得や、国家所有を原則とする土地利用権の取得といった事業の根幹に関わる領域では、法改正のスピードに取り残されないための継続的な情報収集が不可欠です。

モノリス法律事務所では、ベトナムへのビジネス展開や現地法人の設立・運営に伴う複雑な法的課題に対して、日本企業の皆様が安心して事業に専念できるよう、最新の法令動向と現地の運用実態を踏まえた適切な法的助言を提供し、多角的にサポートいたします。ベトナム特有のダイナミズムを事業成長の推進力へと変えるための、強固なコンプライアンス体制とリスク管理基盤の構築にぜひご活用ください。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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