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ポルトガルにおける海外資本からの投資規制を弁護士が解説

ポルトガルにおける海外資本からの投資規制を弁護士が解説

ポルトガルは、その地理的な優位性やEU加盟国であることから、多くの日本企業にとって欧州市場へのゲートウェイとなり得る魅力的な投資先です。基本的に、海外からの直接投資(FDI)に対しては開かれた姿勢を示しており、多くの分野で自由な投資が可能です。しかし、全ての投資が無条件に歓迎されるわけではありません。特に国の安全保障や重要なインフラに関わる「戦略的資産」については、ポルトガル政府による投資審査メカニズムが存在します。

日本企業がポルトガルでのM&Aや大規模な設備投資を検討する際、このFDI規制は避けて通れない重要な法的論点となります。この規制の最大の特徴は、日本の外国為替及び外国貿易法(外為法)のように、特定の分野への投資に対して一律に事前届出を義務付けていない点にあります。一見すると規制が緩やかに見えるかもしれませんが、実態は異なります。

ポルトガルの制度は、投資家による「任意の事前確認申請」と、政府による「職権での審査」という二つの仕組みで構成されています。もし、政府が職権審査によって取引に異議を唱えた場合、その投資に関連するすべての法的行為が「無効」と判断されるという、非常に強力な効果が発生します。これは、取引が完了した後であっても起こり得るリスクであり、投資の根本を覆しかねません。

さらに、審査対象となる「戦略的資産」の定義が、エネルギー、運輸、通信といった広範な分野を含みつつも、その解釈に幅があるため、どの取引が審査対象となり得るのかについて不確実性が伴います。この不確実性こそが、ポルトガルへの投資を検討する上で最大の留意点と言えるでしょう。

この記事では、ポルトガルでのビジネス展開を目指す日本企業の経営者や法務担当者の皆様に向けて、ポルトガルのFDI規制の枠組み、特に日本の制度との違い、審査対象となる「戦略的資産」の内容、そして取引の安定性を確保するために実務上推奨される対応について、法的根拠に基づき詳しく解説していきます。

ポルトガルFDI規制の法的根拠

ポルトガルにおける海外資本からの投資規制の基本的な法的枠組みは、2014年8月26日に制定された「政令法第138/2014号 (Decree-Law No. 138/2014)」によって定められています。この法令は、EUおよびOECDの枠組みにおけるポルトガルの国際的な義務を遵守しつつ、国の国防、国家安全保障、またはエネルギー、運輸、通信分野における不可欠なサービスの供給の安全保障に関連する「戦略的資産」の管理を保護することを目的としています。

この2014年の法令は、その後、EU全体でのFDIスクリーニングの枠組みを定めた「規則 (EU) 2019/452」の施行などを受けて一部調整が加えられていますが、基本的な審査メカニズム(強制的な届出義務がなく、任意申請と職権審査を柱とする点)については、2014年の制定以来、大きな変更はありません。

ポルトガル政府は、この法令に基づき、EU域外の投資家による戦略的資産への直接的または間接的な支配を可能にする特定の取引に対して、異議を唱える権限を有しています。

参考:政令法第138/2014号 (Decreto-Law No.138/2014)

ポルトガル法と日本法の顕著な違い:届出制度の仕組み

ポルトガルのFDI規制を理解する上で、まず日本の制度との違いを明確にすることが重要です。最も大きな違いは、投資実行前の「届出義務」の有無にあります。

強制的な事前届出義務の不存在

日本の外国為替及び外国貿易法(外為法)では、外国投資家が国の安全保障等に関連する「指定業種」に属する日本企業の株式を一定割合(例:1%)以上取得する場合、原則として「事前届出」が義務付けられています(外為法第27条第1項)。この届出に基づき、政府は審査を行い、国の安全を損なう恐れがあると判断した場合には、投資の中止や変更を命じることができます。

これに対し、ポルトガルの政令法第138/2014号は、いかなる取引についても、投資家に対して強制的な事前届出を義務付けていません。この点は、日本企業にとって一見すると手続き的な負担が少ないように感じられるかもしれません。しかし、この「届出義務の不存在」が、逆に異なる形でのリスクを生む要因となっています。

任意での事前確認申請制度

強制的な届出がない代わりに、ポルトガル法は投資家に対して「任意での事前確認申請 (optional prior control)」の道を用意しています(政令法第138/2014号第6条)。投資家は、計画している取引が政府による異議の対象とならないことを事前に確認するため、想定される取引の条件を詳細に説明した申請書を任意で政府に提出することができます。

政府は、この申請を受理してから30営業日以内に、詳細な評価手続き(審査)を開始するかどうかを決定しなければなりません。もし、この期間内に政府が審査を開始しない場合、または審査を開始したもののその後の所定期間内(通常、審査開始からさらに30営業日)に決定を下さない場合、法律上、政府は当該取引に対して「異議なし」と判断した(黙示的に承認した)とみなされます(同第6条第3項および第4項)。

この仕組みにより、投資家は取引を実行する前に法的な確実性を得ることが可能になります。そのため、後述する「職権審査」によるリスクを回避したい投資家にとって、この任意申請制度を利用するインセンティブは非常に強いと言えるでしょう。

ポルトガル最大のリスク:取引完了後の「職権審査」と「無効」

ポルトガルにおける海外資本からの投資規制を弁護士が解説

ポルトガルFDI規制の最も注意すべき点は、政府が有する強力な「職権による審査 (ex officio review)」権限です。

職権審査の開始タイミング

投資家が前述の任意申請を行わなかった場合でも、政府は独自に取引を審査することができます。政令法第138/2014号第7条によれば、政府は、当該取引が完了した後、または公に知られた日から30営業日以内に、職権で審査手続きを開始することができます

これが意味するのは、日本企業がポルトガル企業との間でM&A契約を締結し、クロージング(取引の実行)を完了させた後になってから、ポルトガル政府が「待った」をかける可能性があるということです。

異議決定の基準と強力な効果

政府は、職権審査の結果、当該取引が「国防、国家安全保障、および/または国家の利益に不可欠なサービスの供給の安全保障に現実的かつ十分に深刻なリスクをもたらす」と判断した場合に、取引に異議を唱えることができます(同第5条)。

そして、この異議決定が発行された場合の効果は極めて深刻です。同第8条は、異議決定の対象となった取引に関連するすべての法的行為および取引は「無効 (nulidade)」とみなされる、と規定しています。

日本の外為法における「中止・変更命令」も強力ですが、ポルトガル法の「無効」は、取引の法的基盤そのものを遡及的に覆すものです。投資家は、すでに支払った対価の回収や、実行した事業統合の巻き戻しなど、極めて困難な事態に直面する可能性があります。取引完了後にこのリスクが現実化することは、日本企業にとって甚大な損害となりかねません。

ポルトガルで審査対象となる「戦略的資産」の範囲

では、どのような投資がこの強力な審査の対象となるのでしょうか。それは「戦略的資産」の定義にかかっています。

「戦略的資産」の定義と金融的閾値の不存在

政令法第138/2014号第2条および第3条によれば、審査対象となるのは、以下の分野における「戦略的資産」の直接的または間接的な支配権の取得です。

  1. 国防および国家安全保障に関連する主要なインフラストラクチャおよび資産
  2. エネルギー、運輸、通信の各分野における不可欠なサービスの提供(供給の安全保障)に関連する資産

ここで重要なのは、多くの国のFDI規制に見られるような、投資金額による閾値(例えば「1億ユーロ以上の投資」など)が一切設定されていないことです。つまり、理論上は少額の投資であっても、それが上記の「戦略的資産」の「支配」に関わるものであれば、審査対象となり得ます。

定義の不明確性と実務上の対応

もう一つの重要な問題は、上記の「戦略的資産」の定義が非常に抽象的であり、明確性に欠けるという点です。「国防に関連する主要インフラ」や「エネルギー分野における不可欠なサービス」が具体的に何を指すのか、法令上は詳細にリストアップされていません。

この定義の不明確さが、ポルトガルへの投資における法的な不確実性を高めています。自社が投資しようとしている対象が「戦略的資産」に該当するのかどうかの判断が難しく、それゆえに政府による職権審査のリスクを正確に見積もることが困難となります。

この不確実性というリスクを軽減するため、実務上は、投資対象が少しでもエネルギー、運輸、通信、または防衛関連の分野に関わる可能性がある場合には、たとえ該当性が明確でなくとも、任意での事前確認申請を行うことが強く推奨されます。事前に「お墨付き」を得ることで、取引完了後に「無効」とされる破滅的なリスクを回避することが、賢明な戦略的判断と言えるでしょう。

ポルトガルにおける審査で考慮される要素

政府が異議を唱えるかどうかを判断する際、どのような点が考慮されるのでしょうか。

投資家(買収者)の属性

審査基準(同第5条)は、単に対象資産の重要性だけでなく、投資家(買収者)の属性にも焦点を当てています。例えば、以下のような状況が、国防・国家安全保障への脅威とみなされる可能性のある状況として例示されています。

  • 買収者の過去の実績
  • 買収者が、民主的法治国家の基本原則を認識または尊重しない第三国(政府)によって管理されている、または関連している場合

「支配」の概念と競争法との関連

FDI審査の対象となるのは、資産の「直接的または間接的支配 (controlo, direto ou indireto)」を取得する取引です。この「支配」の概念は、EUおよびポルトガルの競争法(独占禁止法)における「支配」の概念と同一であると解されています(同第3条第3項)。

このことから、ポルトガルでのM&Aを検討する際には、FDI規制の観点だけでなく、同時に競争法上の観点からも「支配」の有無や市場への影響を分析する必要があることがわかります。両方の規制が密接に関連しているため、統合的な法的検討が不可欠です。

まとめ:ポルトガル投資における法的安定性の確保

ポルトガル共和国の海外資本からの投資規制(FDI規制)は、日本の外為法とは大きく異なる特徴を持っています。強制的な事前届出義務がないため、一見すると自由な投資が可能に見えますが、その裏には「戦略的資産」という定義の曖昧な対象分野と、政府による強力な「職権審査」のリスクが潜んでいます。

特に、エネルギー、運輸、通信、防衛といった分野への投資を検討されている日本企業にとっては、取引完了後に投資が「無効」と判断されるリスクは、決して無視できません。このポルトガル特有の制度的リスクを回避し、投資の法的安定性を確保するためには、取引実行前に「任意での事前確認申請」を行うことが、実務上、最も確実かつ重要なリスク管理の手法となります。

ポルトガルへの進出やM&Aをご検討の際には、対象事業がFDI規制の対象となり得るかを慎重に評価し、必要に応じて現地の法制度に精通した専門家と連携しながら、適切な法的手続きを踏むことが成功の鍵となります。

モノリス法律事務所では、海外進出に伴う各国の法規制に関する調査や、現地弁護士との連携を含めた戦略的なアドバイスなど、日本企業のグローバルな事業展開をサポートいたします。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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