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法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

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オーストリアの広告規制を規律する不公正競争防止法・医薬品法

オーストリアの広告規制を規律する不公正競争防止法・医薬品法

オーストリア(正式名称、オーストリア共和国)へのビジネス展開を検討される日本の経営者や法務ご担当者の皆様へ。国境を越える事業において、広告・表示規制は避けて通れない重要な法的課題です。オーストリアの法体系は、日本の景品表示法に相当する「不公正競争防止法(Gesetz gegen den unlauteren Wettbewerb, UWG)」や、日本の医療広告ガイドラインと根本的に異なる「医薬品法(Arzneimittelgesetz, AMG)」を核としています。特に、医薬品や医療分野の広告においては、日本と比較にならないほど厳格な規制が存在します。

まず、不公正競争防止法(UWG)は、 日本の景品表示法に相当するものの、特定の行為を無条件に禁止する「ブラックリスト」という厳格な規制を有しています。そして、医薬品法(AMG)ですが、 日本の医療広告ガイドラインが表現の自由を一定程度認めるのに対し、オーストリアのAMGは、処方箋医薬品の一般消費者向け広告を原則として禁止しています。 医薬品広告においては、直接的な製品名を使用しない啓発キャンペーン等も、法的に問題視される可能性があります。

本稿では、オーストリアと日本の法務実務との共通点を踏まえつつ、特に注意すべき根本的な相違点に焦点を当て、実務上の具体的なリスクと対応策を詳らかに解説します。

オーストリアの不公正競争防止法(UWG)

UWGの目的と「不公正な商行為」の定義

オーストリアの不公正競争防止法(UWG)は、市場における公正な競争を維持し、事業者と消費者の両者を保護することを目的としています。この目的は、不当な表示や過大な景品類を規制する日本の景品表示法(以下「景表法」)のそれと共通するものです。しかし、その規制の骨格には重要な違いが存在します。 

UWGの核となるのは、§ 1(1)に定められる「不公正な商行為(unlautere Geschäftspraktik)」の禁止です。この定義は非常に広範であり、特に以下の二つの類型に大別されます。第一に、誤解を招く商行為(irreführende Geschäftspraktiken)です。これは、消費者が「情報に基づいた取引上の意思決定」を行うことを妨げるような、虚偽または誤解を招く情報提供を指します。その対象は、商品の主な特徴、価格、事業者の身元、資質など多岐にわたります。第二に、攻撃的な商行為(aggressive Geschäftspraktiken)です。これは、欺瞞や物理的・心理的な強制などを用いて、消費者の自由な意思決定を阻害する行為を指します。 

日本の景表法との比較

日本の景表法が主に「優良誤認表示」や「有利誤認表示」といった、消費者が実際に誤認する可能性を事後的に判断するアプローチをとるのに対し、オーストリアのUWGは、特定の行為そのものに不公正性を認める側面が強いと分析できます。日本の景表法では、表示された内容が「実際のもの」と異なり、それが「一般消費者に誤認させる」ことを要件とします。

このことから、行為の違法性がその結果(誤認の可能性)に依存すると言えます。一方、オーストリアのUWGは、後述の「ブラックリスト」に記載された行為を、いかなる状況下でも無条件に不公正とみなす枠組みを有しています。この違いは、法的なリスク管理に決定的な影響を与えます。日本の慣行では、広告表現の「グレーゾーン」を試行錯誤する余地があるかもしれませんが、オーストリアでは「ブラックリスト」に該当する行為は、その効果や意図に関わらず即座に違法と判断されるため、より厳格な事前のリーガルチェックが不可欠となります。 

UWGにおける「ブラックリスト」

UWGの特筆すべき特徴の一つは、その附属書に「いかなる状況下でも不公正」とされる商行為の網羅的なリスト(ブラックリスト)が存在することです。このリストに挙げられた行為は、その誤解性や攻撃性を個別に証明することなく、一律に違法と判断されます。これは、日本の景表法にはない、オーストリア独自の厳格な規制メカニズムです。 

具体的な禁止行為の例としては、以下のようなものが挙げられます。 

  • 企業の評判を損なうような虚偽の事実を述べ、または拡散すること。
  • 特定の行動規範に参加していると虚偽の主張をすること。
  • 適切な許可なく、信頼マークや品質ラベルを使用すること。

判例と「誤解を招く広告」の判断基準

UWGの誤解を招く広告に関する判断は、条文だけでなく、裁判所の判例を通じてその解釈が確立されてきました。

オーストリア最高裁判所(OGH)が2012年10月18日に下した判決(事件番号4 Ob 152/12z)では、新聞発行部数に関する広告の正確性を巡り、メディア所有者同士が争いました。具体的には、被告新聞が自社の「印刷部数」(Druckauflage)をグラフで示した広告について、原告新聞が読者に誤解を与える表示であるとして差止を求めた事案です。この紛争の核心は、広告に記載された「印刷部数」が事実と異なるという虚偽性だけでなく、消費者がより関心を持つであろう「実際に販売された部数」や「無料配布分」といった本質的な情報を欠いていたことでした。 

最高裁判所は、比較広告はUWG § 2に照らして判断されるべきであり、客観的に検証可能な事実に基づかない、または誤解を招く可能性のある表現は不公正競争にあたるとの原則を改めて示しました。特に、最高裁の法原則集にある記載からは、「不完全な情報は、本質的な要素を隠蔽することで、誤った全体的な印象を引き起こす場合、§ 2 UWGに違反する」という考え方が明確に読み取れます。この原則は、広告主が自社の優位性を主張する際に、単に事実を述べるだけでなく、消費者の客観的な判断を可能にするために必要なすべての情報を開示する義務があることを示唆しています。 

ただ、本件においては、被告の広告は「オーストリア発行部数管理機構(ÖAK)」のガイドラインに準拠し、正確な部数値を記載していたため、下級審の判断を支持し、誤解を招くものではないとしました。この判決は、「不完全な情報が誤解を招く場合は不公正競争に当たる」という原則を維持しつつも、本件の広告は、その原則に照らしても違法とは判断されなかったという結論から、単なる虚偽だけでなく、本質的な情報を隠すことで読み手に誤った印象を与える表現も規制の対象となることが言えます。 

この事案で裁判所は、広告が対象とする「平均的な消費者」がどのような印象を持つかを重視しています。これは、日本の景表法における「一般消費者の認識」と類似しており、両国の法が消費者保護という点で共通の基盤を持っていることがうかがえます。

また、オーストリアの法的執行モデルは、日本とは異なる特徴を有しています。不公正な競争方法に対する措置が、連邦労働会議(Bundesarbeitskammer)消費者情報協会(Verein für Konsumenteninformation, VKI)のような「利益団体(Interessenvertretungen)」に委ねられています。このアプローチは、日本の消費者庁による行政処分や、事業者団体による自主規制とは異なり、集団訴訟的な法的手続によって、法令遵守の環境を作るものです。したがって、オーストリアでの事業展開においては、単に法令を遵守するだけでなく、VKIのような強力な消費者保護団体が主導する動向にも注意を払うことが不可欠です。実際に、VKIは不公正競争を理由に航空会社や歯科サービス提供者に対する訴訟を起こしています。 

オーストリアの医薬品法(AMG)に基づく厳格な広告規制

オーストリアの医薬品法(AMG)に基づく厳格な広告規制

医療・医薬品関連の広告は、オーストリアの法体系において最も厳格に規制される分野です。日本の医療広告ガイドラインが、広告可能な事項を限定しつつも、事実に基づく表現を一定程度認めるのに対し、オーストリアの医薬品法(AMG)は、対象となる広告の種類によって、その可否を根本的に区別しています。 

医薬品法(AMG)における広告の定義と二つの類型

AMG § 50は、「医薬品の広告」を、医薬品の処方、販売、または消費を促進することを目的とした、すべての情報提供、市場調査、および市場開拓の措置と、非常に広範に定義しています。この定義には、医療専門家向けの広告(Fachwerbung)一般消費者向けの広告(Laienwerbung)の両方が含まれます。この広範な定義は、意図的なマーケティング活動だけでなく、結果的に医薬品の利用を促す可能性のあるあらゆる行為を包括し得るものです。 

一般消費者向け処方箋医薬品広告の原則禁止

日本の医療広告ガイドラインとの最も決定的な違いは、この「一般消費者向け広告」に関する規制にあります。AMG § 51(1)は、以下の医薬品について、一般消費者向け広告を禁止しています。 

  1. 処方箋が必要な医薬品(Rezeptpflichtige Arzneispezialitäten)
  2. 処方箋は不要だが、処方箋医薬品と同一のファンタジー名や科学的名称を含む医薬品
  3. 登録済みのホメオパシー医薬品

この規定は、処方箋医薬品の広告を原則として禁止するものであり、日本のように「限定解除」の要件を満たせば可能となる規制とは根本的に異なります。日本の法律が「何を言ってはならないか」に焦点を当てているのに対し、オーストリアのAMGは「誰に言ってはならないか」という対象者に明確な線引きをしています。

オーストリアの医薬品広告規制がこれほど厳格なのは、消費者が専門的な知識を持たないゆえに、誤った情報や誇張された表現によって不正確な自己診断や不適切な自己治療に誘導されることへの強い懸念があるためです。日本の医療広告ガイドラインは、患者の主体的な選択を尊重し、情報提供を通じて健全な市場競争を促すことを一つの目的としています。そのため、客観的根拠に基づく情報であれば、一定の範囲で掲載を認めています。

一方、オーストリアのAMGは、誇張や成功の保証、副作用がないという主張を禁止しており、不正確な自己診断を促す詳細な病状説明も許容しません。これは、消費者を医療専門家の判断から切り離し、直接的な医薬品選択に誘導するあらゆる試みを排除しようとする姿勢の表れと言えます。この哲学の違いは、日本の医療機関がオーストリアでビジネスを展開する際に、慣行的なマーケティング手法が通用しないことを意味します。例えば、日本のガイドラインでは限定解除の要件を満たせば掲載可能な「ビフォーアフター写真」や「体験談」も、オーストリアのAMGの精神に照らすと、誇張や自己診断を促す行為と見なされるリスクが高いでしょう。 

判例による間接的な広告行為の規制

オーストリアの規制は、直接的な医薬品広告だけでなく、間接的な広告行為にも及びます。この点を象徴する重要な判例として、肺炎球菌ワクチンキャンペーンの事案が挙げられます。

製薬会社とその業界団体が、特定の処方箋医薬品の製品名を直接出さずに「肺炎球菌感染症の危険性」について啓発するキャンペーンを実施しました。 

ウィーン上級地方裁判所(OLG Wien)は、このキャンペーンが全体として当該医薬品への間接的な広告にあたるとして違法と判断しました。しかし、最高裁判所(OGH)は、キャンペーンが特定の医薬品への言及を避けており、一般消費者に向けた情報提供として許容されると判断し、下級審の判決を覆しました。この判例は、医薬品広告の線引きが必ずしも明確ではなく、個別の事案ごとに、その広告の「全体的な印象」が厳しく評価されることを示しています。下級審と最高裁の判断が分かれたことは、この分野の法的判断の複雑さと、予見可能性の低さを物語っています。 

さらに、オーストリアの医薬品法は、法的遵守を確実にするために、企業に内部統制の専門家を置くことを義務付けています。AMG § 74aは、医薬品を販売する企業に対し、科学的な情報提供を責任を持って行うための「情報担当官(Informationsbeauftragter)」を任命することを義務付けています。この担当官は、医薬品の表示、添付文書、専門情報、および広告が承認または登録と一致していることを保証する責任を負います。さらに、不正行為があった場合には個人的な責任を問われる可能性があります。この制度は、単に企業に罰則を科すだけでなく、コンプライアンスの責任を明確な個人に帰属させることで、規制の有効性を高めることを目的としています。日本の企業がこの制度を理解せずに進出することは、思わぬ法的リスクを招くことになりかねません。 

まとめ

本稿で解説した通り、オーストリアの広告・表示規制は、日本の法規制と多くの点で共通項を持ちつつも、特に「不公正行為のブラックリスト」と「医薬品広告の原則禁止」という、事業運営に大きな影響を与える厳格な枠組みを有しています。日本での常識が必ずしも通用しないこれらの領域では、間接的な表現であっても法的リスクを慎重に評価する必要があります。

こうした複雑な法務課題に対し、モノリス法律事務所は、現地の法規制に精通した専門家として、貴社のオーストリアでの広告戦略構築を強力にサポートいたします。事前のリーガルチェックから、広告表現に関する具体的な法的助言、さらには現地弁護士との連携に至るまで、多角的な視点から貴社のビジネスを円滑に進めるための包括的なサービスを提供いたします。オーストリア市場への参入をご検討の際は、ぜひ当事務所にご相談ください。私たちは、貴社の法的リスクを最小限に抑え、成功への道筋を共に築き上げます。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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