スリランカ民主社会主義共和国の法律の全体像とその概要を弁護士が解説

スリランカは経済回復の途上にあり、特に情報技術(IT)サービス分野で成長の可能性を秘めています。しかし、英国コモンロー、ローマ・オランダ法、イスラム法、慣習法が複雑に混在するその法制度は、成文法を主とする日本法とは大きく異なります。この多様な法的環境を理解することは、日本企業がスリランカで円滑にビジネスを展開するために不可欠です。
本記事では、スリランカ民主社会主義共和国の法律の全体像とその概要について解説します。
この記事の目次
スリランカの法的・政治的枠組み
統治体制の概要
スリランカは1978年憲法に基づく大統領制の民主社会主義共和国であり、大統領が国家元首兼政府の長を務めます。立法権は一院制の議会に付与され、英国議会モデルに倣っています。
スリランカの法制度は、英国コモンロー、ローマ・オランダ法、イスラム法、慣習法が複雑に混合しており、これが日本のような成文法主義の国とは根本的に異なります。
例えば、刑事法は英国コモンローに、民法の基礎はローマ・オランダ法に由来し、婚姻や相続にはコミュニティ固有の慣習法が適用されます。この多層性は、法的解釈において柔軟な視点を要求し、外国企業は適用される法律を慎重に特定する必要があります。
スリランカの司法制度
司法制度は、行政および立法から独立しており、裁判所の階層は、最高裁判所を頂点とし、控訴裁判所、州高等裁判所、地方裁判所、治安判事裁判所、初級裁判所が続きます。最高裁判所は最終上訴管轄権、令状管轄権、監督管轄権、および基本的人権に関する原管轄権を行使します。控訴裁判所は上訴管轄権と令状管轄権を、高等裁判所は上訴および原刑事管轄権を行使します。治安判事裁判所は軽微な刑事事件の原管轄権を、地方裁判所は民事の原管轄権を有します。最高裁判所および控訴裁判所の裁判官は、憲法評議会の承認を得て大統領によって任命され、その地位は終身です。下級裁判所の司法官の任命、異動、解任、懲戒は司法サービス委員会に権限が与えられています。
スリランカにおける企業設立と外国投資

企業形態と登録手続
スリランカで事業を展開する外国企業は、私会社、公開会社、子会社、支店、駐在員事務所、合弁会社などの形態を選択できます。主要な法令は会社法(Companies Act No. 7 of 2007)であり 、最近の改正案(Companies (Amendment) Bill, 2025)は企業統治とコンプライアンスの強化を目指しています。
この改正案の重要な変更点として、実質的支配者(Beneficial Ownership)の開示義務が導入されます。これはマネーロンダリング対策の国際基準(FATF)に準拠するためのもので、実質的支配者の詳細な開示が義務付けられ、虚偽開示や不開示には刑事罰が科されます。日本の会社法にも実質的支配者情報の把握・提供制度はありますが、スリランカの改正案はより厳格な透明性を追求している点が特徴です。また、単一株主会社の設立が合法化され、無記名株式の発行が禁止されるなど、企業所有構造の透明性向上が図られています。
会社設立手続は、会社名の確認、定款と必要書類の会社登記官への提出、そしてBOIの優遇措置を受ける場合はBOIの承認が必要となります。
外国投資政策と奨励策
スリランカは外国直接投資(FDI)を積極的に誘致しており、ほとんどの経済セクターで外国資本による100%所有を歓迎し、利益の100%本国送金も許可されています。スリランカ投資促進委員会(BOI)が外国投資の促進と管理を担い、その承認プロジェクトには特別な優遇措置が適用されます。
BOI承認プロジェクトには主に2つのタイプがあります。セクション17プロジェクトは、最低投資額などの基準を満たす場合に、法人税の優遇や関税免除、為替管理法からの免除といった財政的優遇措置を受けられます。特に、戦略的開発プロジェクト(SDPs)として承認されれば、最大25年間の税制優遇措置が適用されることもあります。ICTを含むサービス輸出は税金が免除される優遇措置もあります。セクション16プロジェクトは、セクション17の基準を満たさない場合や既存企業の株式譲渡の場合にBOIの承認を得られますが、特別な財政的優遇措置は受けられず、通常の法律の下で運営されます。
BOIによるこれらの大規模な税制優遇措置は、日本には一般的ではないスリランカ独自の強力なインセンティブであり、特に輸出志向型プロジェクトやIT分野において、日本企業が享受できる大きな利点となります。
スリランカは、インドやパキスタンとの自由貿易協定(FTAs)や南アジア自由貿易地域(SAFTA)を通じて、外国市場への優遇アクセスも提供しています。また、EUの「GSPプラス」スキームの下では、7,000以上の製品をEU市場にゼロ関税で輸出できる唯一の南アジア受益国であり、国際市場へのアクセスを確保しようとする企業にとって大きな利点です。
スリランカにおける主要なビジネス関連法
契約法
スリランカの契約は、契約関連法に基づいて規定され、法的に強制力のある合意を指します。有効な契約の基本的な要件には、申込み、承諾、法的関係を築く意思、能力、合法的な目的、約因、履行可能性、条項の確実性があります。
特に、約因 (Consideration) はスリランカの契約法に特有の重要な概念であり、日本法には存在しません。約因とは、契約が法的に有効であるために、各当事者が相手方に対して提供する「対価」を指します。これは金銭、物品、サービス、約束、不作為など、何らかの交換の要素を意味し、約因がない合意は原則として強制力のある契約とはみなされません。一方、日本法では、契約は当事者間の「意思の合致」のみで成立し、対価の有無は有効性に影響しません。したがって、スリランカで契約を締結する際には、日本法にはない「約因」の要件を満たしているか、特に無償の約束や一方的な合意の場合には、その法的有効性を慎重に確認する必要があります。
口頭での合意も有効な契約となり得ますが、不動産譲渡証書など特定の法令では署名や拇印による証人が必要です。電子契約の有効性については、電子取引法(Electronic Transactions Act No. 19 of 2006)が法的認識を与え、電子署名も物理的な署名と同等とみなされます。これは日本の電子署名法などと共通する点です。
労働法
スリランカの労働関係は、労働省が管轄する様々な労働法令によって規制されています。これには、労働争議法、賃金委員会条例、商店・事務所従業員法、全国最低賃金法、退職金支払法、従業員積立基金(EPF)、従業員信託基金(ETF)、出産手当条例、工場条例、労災補償法などが含まれます。これらの具体的な制度は、日本の社会保険制度や最低賃金制度とは異なるため、進出企業は現地の制度を詳細に理解し、適切な労務管理を行う必要があります。
税法
スリランカの税制は、主に内国歳入法(Inland Revenue Act No. 24 of 2017)によって規定されています。主要な税制には、所得税、付加価値税(VAT)、社会保障拠出金、キャピタルゲイン税、印紙税などがあります。
法人所得税の一般税率は2023年4月1日以降30%ですが、賭博・酒類・タバコ事業には40%(2025年4月1日以降45%)、外貨で受領されるサービス輸出や外国源泉所得には15%の軽減税率が適用されます。キャピタルゲイン税は30%です。VATは2024年1月1日以降18%で、輸出はゼロ税率です。これらの税率や課税基準は日本の税制とは大きく異なります。特に、BOI承認プロジェクトは法人税の免除や軽減税率の適用を受けられるため、税務計画において重要な考慮事項となります。
スリランカにおけるIT分野関連法

IT分野はスリランカ経済の重要な成長分野であり、政府はデジタル経済の発展を支援する法的枠組みを整備しています。
知的財産法
スリランカの知的財産権は、知的財産法(Intellectual Property Act No. 36 of 2003)によって包括的に規定されています。この法律は著作権、特許、商標、意匠の保護を定め、その基本的な枠組みは日本が加盟する国際条約に準拠しているため、日本法と共通する部分が多く見られます。著作権はコンピュータプログラムを含むオリジナルな知的創作物を保護し、著作者の生存期間中および死後70年間保護されます。特許は新規性、進歩性、産業上の利用可能性の要件を満たす発明に付与され、出願日から20年間有効です。商標は登録により排他的権利が得られ、10年間有効で更新可能です。
データ保護法
スリランカは南アジアで初めて包括的な個人データ保護法(Personal Data Protection Act No. 9 of 2022, PDPA)を制定しました。この法律は2025年3月18日に主要規定が施行予定で、日本の個人情報保護法と同様に、個人データの適法な処理、データ主体の権利保障、越境データ移転の規制を目的としています。
PDPAは、データ主体からの同意、契約履行の必要性、法的義務の遵守などを適法な処理の条件とし、機微な個人データにはより厳格な条件を適用します。管理者には、目的制限、データ最小化、正確性、保存期間制限、完全性・機密性、透明性、説明責任といった義務が課されます。データ主体は、アクセス権、同意撤回権、訂正権、消去権、不服申立権などを有します。
越境データ移転はPDPAによって厳しく規制されており、公共機関と非公共機関で異なる要件が設けられています。十分性認定を受けた国への移転や、適切な保護措置(データ保護庁が指定する拘束力のある強制可能な約束など)を講じた上での移転が求められます。日本の個人情報保護法も同様の規制がありますが、スリランカのPDPAは公共機関と非公共機関で異なる要件を設けるなど、より詳細な規定があるため、日本企業は具体的な要件を遵守する必要があります。
サイバー犯罪法
スリランカは、コンピュータ犯罪法(Computer Crimes Act No. 24 of 2007)により、コンピュータシステムへの不正アクセスや不正改変などを犯罪としています。これは日本の不正アクセス禁止法などと類似しています。
しかし、比較的新しいオンライン安全法(Online Safety Act No. 51 of 2023 または No. 9 of 2024) は、誤情報、サイバーいじめ、名誉毀損を含む有害なオンラインコンテンツから個人を保護することを目的としています。この法律は、特に「虚偽の声明」の広範な定義や、オンライン安全委員会に与えられた広範な権限、そして言論の自由への潜在的な影響について国際的に懸念が表明されています。日本の法制度では表現の自由が強く保障され、オンライン上の規制は具体的な法益侵害に限定されるのが一般的です。スリランカのオンライン安全法は、国家安全保障や公衆秩序への脅威、悪意や敵意の助長といった抽象的な基準で「虚偽の声明」を処罰対象とする可能性があり、日本法と比較してより広範かつ厳格な規制であるため、オンラインサービスを提供する日本企業は細心の注意を払う必要があります。
スリランカにおける紛争解決
スリランカでは、伝統的な裁判制度と代替的紛争解決(ADR)手段が利用可能です。
裁判制度
スリランカの裁判制度は、最高裁判所を頂点とする階層構造を持っています。ビジネス紛争、特に商事紛争の解決を促進するため、コロンボ商事高等裁判所が設立されています。この裁判所は、銀行、輸出、サービス、運送、保険、商慣習、会社法、知的財産法に関する訴訟など、幅広い商事紛争を専門的に扱います。日本にも専門性の高い裁判所はありますが、スリランカの商事高等裁判所はより幅広い商事分野を専門的に扱う点で注目されます。
仲裁と調停
スリランカにおける仲裁は、仲裁法(Arbitration Act No. 11 of 1995)によって規定されており、国際商事仲裁に関するUNCITRALモデル法に部分的に影響を受けているため、国際的な仲裁の枠組みとしては日本法と共通点が多いと言えます。仲裁は迅速性や国際的な執行可能性という利点がありますが、仲裁手続の秘密保持に関する明示的な規定が仲裁法には含まれていない点が日本における仲裁の慣行とは異なる可能性があり、契約締結時に秘密保持条項を明確に定めることがより重要となります。
調停も商事紛争の解決手段として利用可能で、セイロン商工会議所のADRセンターなどが機関調停を提供しています。調停は非拘束的な手続であり、当事者間の対話を促進し、関係性を維持しながら紛争を解決したい場合に有効です。
まとめ
スリランカは魅力的な投資先ですが、その混合法体系は日本法と異なる点が多いため、慎重な法的検討が不可欠です。特に、契約における「約因」の要件、BOIによる強力な投資優遇措置、労働・税制の具体的な違い、そしてオンライン安全法の広範な規制は、日本企業が事業展開する上で理解すべき重要な相違点です。
モノリス法律事務所の取扱分野:国際法務・海外事業
カテゴリー: IT・ベンチャーの企業法務