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法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

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フィリピンの法律の全体像と概要を弁護士が解説

フィリピンの法律の全体像と概要を弁護士が解説

フィリピン経済は近年、アジアの中でも特に高い成長率を維持しており、若い労働力と旺盛な内需を背景に、サービス業を中心に発展を遂げています。国際通貨基金(IMF)によれば、2025年には名目GDPで世界第32位に達すると予測されており、ITおよびビジネスプロセスアウトソーシング(BPO)、電子機器製造、観光業が主要な牽引役となっています。

フィリピンの法体系は、植民地時代の歴史的背景から、スペインの民法(Civil Law)とアメリカのコモンロー(Common Law)が混在するユニークな特徴を持っています。

本記事では、フィリピン法の法体系から、特に日本企業が関心を持つであろう法分野について、日本法との比較を交えながら詳細に解説します。

フィリピンの法体系と司法制度の全体像

シビルローとコモンローの融合

フィリピンの法体系は、スペイン植民地時代に導入されたシビルロー(大陸法)と、その後の米国統治時代に確立されたコモンロー(英米法)の要素が融合した「ハイブリッド」な構造を有しています。日本の法体系が、民法や商法といった成文法を主要な法源とするシビルローを基盤としているのに対し、フィリピンでは成文法に加え、高位の裁判所、特に最高裁判所の判例が下級裁判所の判決を拘束するコモンローの原則(判例法主義)が強く影響しています。

裁判所の種類と構造

フィリピンの司法制度は、最高裁判所(Supreme Court)を頂点とする四段階の階層構造を有しています。最上位に位置する最高裁判所は、首席判事と14人の陪席判事で構成され、憲法解釈や下級裁判所からの上訴を扱うほか、司法行政の監督や裁判手続規則の制定権限など、広範な権限を持っています。

その下には、地方裁判所(Regional Trial Courts)や、最も身近な事件を扱う第一審裁判所(First-Level Courts)が配置されています。軽微な犯罪や少額の民事事件を扱う第一審裁判所からの控訴は、地方裁判所が担当します。地方裁判所からの上訴は、控訴裁判所(Court of Appeals)が扱います。控訴裁判所や、公務員の汚職事件を扱うサンディガンバヤン(Sandiganbayan)、税務事件を扱う税務控訴裁判所(Court of Tax Appeals)といった特別裁判所からの決定に対する上訴は、最高裁判所にのみ行うことができます。

フィリピンの裁判所階層構造をまとめると、以下のようになります。

裁判所名(日本語/英語)主な役割と管轄
第四階層最高裁判所(Supreme Court)憲法解釈、司法行政の監督、下級裁判所からの上訴審
第三階層控訴裁判所(Court of Appeals)地方裁判所からの上訴審、特定の準司法機関の決定に対する控訴審
特別裁判所(Sandiganbayan、Court of Tax Appealsなど)公務員の汚職事件、税務関連の訴訟などを専門的に扱う
第二階層地方裁判所(Regional Trial Courts)重大な民事・刑事事件の第一審、第一審裁判所からの上訴審
第一階層第一審裁判所(First-Level Courts)軽微な民事・刑事事件、地方条例違反などの第一審

フィリピンの会社設立とコーポレートガバナンス

フィリピンの会社設立とコーポレートガバナンス

会社設立手続きの柔軟性

2019年に制定されたフィリピン改正会社法(Republic Act No. 11232)は、フィリピンの会社設立手続きに抜本的な変化をもたらしました。最も重要な変更点の一つは、株式会社設立に必要だった最低資本金制度が撤廃されたことです。これにより、小規模な起業家にとっての参入障壁が大きく下がりました。さらに、最低5人だった発起人要件が撤廃され、単一の自然人、信託、または法律上の実体によって設立できる「一人会社(One Person Corporation, OPC)」が法的に認められました。

これらの改正は、単なる手続きの簡素化にとどまらず、フィリピン政府が意図的に、特にスタートアップを含む小規模な起業家がビジネスを立ち上げやすい環境を整備し、経済を活性化させるための政策的措置であると捉えられます。日本の会社法が最低1名の発起人を必要とするのと比較しても、この一人会社制度は非常に柔軟性が高く、単独で事業を展開したい日本の経営者にとって魅力的な選択肢となります。

旧法(改正前)改正会社法(2019年)日本法との比較
最低発起人数5人以上、15人以下1人以上、15人以下。ただし、1人会社(OPC)の設立が可能。日本法は発起人1人以上。フィリピンの一人会社制度は、日本の発起人要件よりも柔軟性が高いといえます。
最低資本金授権資本の25%以上を払込み、かつ発行済株式総額の25%以上を払込む必要があった特別法で別途規定がない限り、最低資本金は不要。日本法も最低資本金の規定はありませんが、フィリピンではこの撤廃が近年実施されました。
存続期間50年(更新可能)永久存続が可能。日本法と同様、定款で別途定めない限り、永久存続が可能です。

コーポレートガバナンスと取締役の権限

フィリピンの株式会社では、日本の会社法と同様に、取締役会(Board of Directors)が会社の業務執行を担う最高意思決定機関として位置づけられています。取締役会は、法律により、会社のすべての企業権限を行使し、すべての事業を遂行し、すべての企業財産を管理すると定められています。

フィリピンの会社法は、取締役の忠実義務(Duty of Loyalty)注意義務(Duty of Care)を明確に規定しており、これらの義務に違反した場合は、会社や株主に対する損害賠償責任を負う可能性があります。また、株主の権利として、累積投票(Cumulative Voting)制度が義務付けられている点も特徴的です。これは、株主が保有する株式数に応じて複数の議決権を持ち、それを特定の候補者に集中して投票できる制度です。これにより、日本の単記非拘束投票制度と比較して、少数株主も取締役を選任する機会が保障され、少数意見が取締役会に反映されやすくなります。

フィリピンにおけるM&Aと外国人投資規制

法人買収に関する主要な法律

フィリピンにおけるM&A(合併・買収)取引は、複数の主要な法律によって規制されています。中心となるのは改正会社法(Republic Act No. 11232)であり、合併や事業統合の手続きを定めています。これに加えて、大規模なM&A取引はフィリピン競争法(Philippine Competition Act, R.A. No. 10667)の規制対象となります。同法は、取引規模が一定の基準(例:2025年3月1日時点で「Size of Person」が85億ペソ、かつ「Size of Transaction」が35億ペソ)を超える場合、フィリピン競争委員会(PCC)への事前届出と承認を義務付けており、違反した場合は取引が無効となり、取引額の最大5%の罰金が科せられます。また、上場企業のM&Aでは、証券規制法(Securities Regulation Code, R.A. No. 8799)に基づき、公開買付け(Tender Offer)の義務が生じる場合があります。

外国人投資ネガティブリスト

フィリピンの法律は、特定の産業における外国人による投資や出資比率を制限しています。この規制は「外国人投資ネガティブリスト(Foreign Investment Negative List, FINL)」に集約されており、日本の投資家がM&Aを検討する上で最も重要な法的制約の一つとなります。

このリストは、外国人投資を制限する一方で、「何が許されるか」の明確な指針を提供しています。これは、曖昧な規制の下で投資判断を迫られるよりも、投資家にとって法的安定性と予測可能性をもたらすものです。リストは、憲法や特定の法律によってフィリピン国民に限定される活動を列挙した「リストA」と、国防や公衆衛生・道徳に関連する活動を列挙した「リストB」の2つに分かれています。

例えば、広告業は外国人の出資比率が30%に、公共事業は40%に制限されています。したがって、日本の企業がこれらの分野のフィリピン法人を買収する際には、買収後の持ち分比率がこれらの上限を超えないように注意深く取引を設計する必要があります。特に、公共事業は憲法上の制約が課されている場合があるため、買収対象の事業内容を精査することが不可欠です。

フィリピン不動産所有権の法的制約

外国人の土地所有を制限する憲法規定

フィリピンの不動産法で最も特徴的かつ重要な点は、外国人による土地所有が原則として禁止されていることです。フィリピン憲法第12条第7項は、土地の所有権をフィリピン国民、または株式の60%以上をフィリピン国民が所有する法人に限定しています。この原則は、外国人も自由に土地を購入できる日本の法律と根本的に異なります。

この憲法上の制約が、フィリピンにおける外国人による不動産投資の慣行を形成しています。直接的な土地所有ができないため、外国人は他の法的手段を模索する必要があるのです。この制約を迂回するのではなく、合法的に不動産を利用・投資するための代替手段が発展してきました。日本の経営者が土地を必要とする事業(工場建設など)を行う場合は、これらの代替手段を検討することになります。

外国人でも可能な不動産投資方法

憲法上の制限がある一方で、外国人が合法的にフィリピンの不動産に投資する方法は複数存在します。

  • コンドミニアムの区分所有権:外国人はコンドミニアムの区分所有権を100%所有できますが、そのコンドミニアム全体における外国人所有率が40%以下でなければならないという制限があります。
  • 長期リース契約:土地の所有権は得られませんが、外国人は土地を最長50年間、さらに25年間の更新が可能という長期でリースできます。この方法により、外国人は土地の上に建物を建てて所有することが可能です。
  • 法人設立による所有:外国資本が40%以下(フィリピン資本が60%以上)の株式会社を設立し、その法人名義で土地を所有することも可能です。この方法は、現地のパートナーと合弁事業を組む場合に特に有効です。

フィリピンの労働法

フィリピンの労働法

「雇用安定保障」の原則

フィリピン労働法(Labor Code of the Philippines)は、労働者の「雇用安定保障(Security of Tenure)」を強く保護しています。これは憲法上の原則であり、日本の労働法以上に、安易な解雇を認めないという強いスタンスを示しています。このため、フィリピンでは「任意雇用(At-Will Employment)」の概念が存在せず、解雇は厳格な法的要件を満たす場合にのみ許されます。

日本の雇用慣行でも解雇は慎重に行われますが、法的には「解雇権濫用法理」という判例法理が適用されるのに対し、フィリピンでは「正当な理由」(Just Cause)または「法的権限のある理由」(Authorized Cause)という成文法上の厳格な要件を満たす必要があります。日本の経営者が最も注意すべきは、この解雇要件の厳しさです。安易な解雇は「不当解雇(Illegal Dismissal)」とみなされ、法的に無効となるだけでなく、解雇された従業員は原職への復帰と、解雇時から復帰時までの満額の賃金・手当の支払いを請求する権利を得ます。

解雇の「正当な理由」と「法的権限のある理由」

フィリピン労働法は、以下の事由を解雇の正当な理由として定めています。

  • 正当な理由(Just Cause):従業員の過失や悪意のある行為による解雇です。例として、重大な不正行為、職務の重大な怠慢・常習的な怠慢、雇用主に対する詐欺行為などが挙げられます。
  • 法的権限のある理由(Authorized Cause):従業員に過失はないものの、経営上の理由や不可抗力による解雇です。例として、省力化装置の導入、人員削減(Redundancy)、事業不振に伴う人員整理(Retrenchment)、事業の閉鎖などが挙げられます。これらの理由で解雇を行う場合、雇用主は、解雇の必要性を証明する十分な証拠(財務書類など)を提示し、誠実な手続きを踏むことが求められます。

法定労働時間と福利厚生

フィリピンの法定労働時間は、1日8時間、週40時間です。また、日本にはない独自の福利厚生制度が義務付けられています。最も代表的なのが「13ヶ月手当(13th Month Pay)」であり、雇用主は従業員に対し、1年間の基本給の12分の1以上の金額を年末までに支払わなければなりません。この制度は、年末ボーナスとは別に法律で義務付けられており、フィリピンで事業を行う上で必須のコストとして認識する必要があります。

フィリピンの広告規制と消費者保護法制

消費者保護法と自主規制

フィリピンには、日本の景品表示法に相当する消費者保護法(Consumer Act of the Philippines, R.A. No. 7394)が存在します。同法は、商品の性質、特徴、品質、価格について消費者を誤解させるような虚偽または欺瞞的な広告を禁止しています。政府機関としては、貿易産業省(DTI)が消費者からの苦情を受け付け、調査・調停・裁定を行う権限を持っています。さらに、業界の自主規制機関である広告基準評議会(Ad Standards Council, ASC)が独自のガイドラインを策定しており、会員企業はこれに従うことが求められます。

フィリピンでは、政府機関による強制力のある法規制と、業界の自主規制機関によるガイドラインが併存しています。日本の業界団体による自主規制が法的な強制力を持たないのに対し、フィリピンではASCへの苦情が政府機関の調査につながる可能性があります。したがって、広告を出す企業は、法的な規制に加えて、ASCのガイドラインにも違反がないかを確認する必要があります。

薬機法・医療広告ガイドライン

医薬品、医療機器、化粧品などの広告は、食品医薬品局(Food and Drug Administration, FDA)の厳格な規制を受けます。未登録・未認可の製品の広告は禁止されており、広告内の効果効能に関する主張は、FDAが承認した内容に限られます。また、処方薬は、医療従事者向けの専門誌などの特定の媒体以外で一般向けに広告することは禁じられています。

医薬品広告に関する規制で最も顕著な特徴は、後発医薬品(ジェネリック)の名称をブランド名より目立たせることを義務付けている点です。これは、単に虚偽広告を防ぐだけでなく、国民が安価な後発医薬品を選択しやすくすることで、医療費の負担を軽減するという政府の明確な政策的意図が反映されています。日本では、医薬品のブランド名が前面に出る広告が一般的ですが、フィリピンではこの点が厳格に規制されており、広告のクリエイティブを検討する上で重要な留意点となります。

フィリピンで許認可を要する事業と法務上の留意点

事業登録手続きと主要な許認可機関

フィリピンで事業を始めるには、複数の政府機関での登録・許認可が必要です。まず、株式会社は証券取引委員会(SEC)に、個人事業主は貿易産業省(DTI)に、それぞれ事業名と法人名を登録します。近年、SECは外国企業を含む法人の登録を1日で完了させるオンラインシステム「OneSEC」を導入するなど、手続きの効率化を進めています。次に、事業所を置く各地方自治体(LGU)から、バラガン・クリアランス(Barangay Clearance)市長許可証(Mayor’s Permit / Business Permit)を取得する必要があります。

特定の事業については、さらに個別の許認可が必要です。

  • 資金決済サービス:フィンテック企業など、資金決済サービスを提供する事業は、フィリピン中央銀行(Bangko Sentral ng Pilipinas, BSP)が監督する資金決済システム法(National Payment Systems Act, R.A. No. 11127)に基づき、事前の許認可が必要です。
  • 海事産業:海事産業は、海事産業庁(Maritime Industry Authority, MARINA)によって規制されています。同庁は、船舶の登録、事業者の免許付与、海事安全基準の施行などを担っています。

優遇措置とインセンティブ

フィリピン経済区庁(PEZA)投資委員会(BOI)といった政府機関に事業を登録することで、外国企業は大幅な税制優遇措置(タックス・ホリデーや特別法人所得税など)非税制上のインセンティブ(外国人の雇用許可、ビザ取得支援など)を受けることができます。

PEZAとBOIのインセンティブは似ているように見えますが、その目的と適用要件が大きく異なります。PEZAは、輸出志向型の企業やIT・BPO企業など、特定の産業に特化し、経済特区(エコゾーン)内での事業展開を前提としています。一方、BOIは、国内市場志向の戦略的な産業を含む、より幅広い事業を対象とし、場所の制約がありません。どちらの機関に登録するかは、単に税金の問題ではなく、事業の性質、対象市場、立地戦略といったビジネスモデル全体に関わる重要な意思決定となります。例えば、輸出製造業であればPEZA、フィリピン国内市場向けに製品を販売する事業であればBOIというように、事業計画に応じて最適な選択を行う必要があります。

まとめ

本稿で解説したように、フィリピンの法制度は、その歴史的背景から日本のそれとは異なる独自の要素を多く含んでいます。特に、外国人の土地所有制限、労働者の解雇要件の厳格さ、医薬品広告におけるジェネリック名称の規制、そして多層的な事業許認可プロセスなど、日本の商習慣や法務感覚とは異なる重要な点があります。これらの違いを事前に把握し、専門的な法務調査と適切な手続きを行うことが、フィリピンでのビジネスを成功させるための鍵となります。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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